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夜のアリカと銀の星  作者: k...
第一章 貴方と共に
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10.自己満足

「…謝る必要はない。それで、俺が勝ったら何を得られるのか、まだ聞いていない訳だが」


「…望みを言え。私に出来る範囲で叶えよう」


「なら…そうだな…ーーーーー」


「…良いだろう。それと…こちらは魔法を使わせてもらう。…卑怯と罵られても構わない。恥も承知の上。だが、引く気はない」


「はっ…存外に太々しいな。魔法ならさっきから使っているだろう。…まぁ、それであんたが納得できるなら…何でも好きに使ったらいいさ」


これと言って、切っ掛けがあった訳じゃない。ただ、いつの間にか期待せず、信用せず、頼る事がなくなった。

人との関わりを通し得たものは、人間が酷く醜い生き物であるという事実だけ。故に。俺は何も求めない。だから何も求めるな。そう素気無い言葉を浴びせ、人との関わりを拒絶する。

孤独でいい。ではなく。孤独がいい。そんな男が益の無い申し出を受ける意味は大きく、そこには明確な理由があった。

絆、友情、信頼、約束、そして愛。これらが価値も無く、空虚な言葉であると知り、見限った現実。男は手に出来ずとも裏切られる事のない非現実的な創作物の世界にのめり込んだ。

胸熱く、感涙に咽び、手に汗握る。求めたものは空想の中にしか存在しない。それが柊夜神にとって普遍の事実…その筈だった。


恥も外聞も捨て、殺意を持って斬り掛かる。大切な王女の為に尽くすジュレットの想いは、夜神の関心と興味を大いに掻き立てた。

久しく感じる事もなかった期待感に比べれば瑣末な代償。この世界と、人の価値を測る試金石が対価であれば断る理由は何も無い。

そうして、果たし合いも同然の様相を呈する事となった真剣勝負を前に、剣を構え睨み合う。俄然高まる緊張感の中。先に動きを見せたのはジュレットだった。


「……………」


「……………」


だっ!


「…はぁぁぁぁっ!」


がぎーんっ!…きんっ!…きん!きんっ!


「……………」


(見える。まるで手に取るように…魔力の流れから一瞬先の動きが解る…)


ぎーーんっ…!


ずざざざざざ…


「ロシュアカンタ!」


ひゅっ!


(これも…魔法の発動を前に体内の魔力が一気に収束していく様子がありありとこの目の映っている…けど…一体どういう理屈だ。スキル…いや、そんなものがあるとは聞いていない…なら、この身体の動きは何だ…)


およそ武芸の嗜みなどありはせず。剣術に至っては竹刀さえ握った事はない。なのに何故か。先の比ではない速さと重さを兼ね備えた斬撃を打ち払い、地面から突き立つ岩尖を跳躍して回避する。

魔力によって見えてはいる。が、どうして反応出来るのか。夜神は不可解な現象に疑問を抱きつつ、ジュレットの攻撃を防ぎ反撃の隙を窺った。


「姫様…一応お聞きしますが…彼は数日前に目覚めたばかりで…先程魔力に関しての雑な説明を受けただけですよね?」


「雑な説明、とは何ですかアリア」


「え…!…えーっと…」


「…先の話。貴方達も色々と思う所があるのは理解します。そして、こんな私を大切に思ってくれている事も嬉しく思います。…ですが、余り無茶な事はしないで下さい。それが私の為と言うなら尚の事。理由は…言わなくても分かりますね」


「……はい」


「…私も夜神様が戦うところを見るのはこれが初めてです。魔力の扱いに関してはあの子が感覚を教えたのでしょう。剣術は…きっと私の知らない空白の時に身に付けたもの。あの子の話だと、共に神聖の大樹を踏破したそうですから…」


「え…神聖の大樹って…あの神聖の大樹ですか?」


「えぇ…」


(きっと藁にも縋る思いだったに違いない…)


「あ…あはは…団長、殺されませんよね…?」


「さぁ、どうでしょう。今の夜神様が手加減を知っているといいですね」


覇天核を持つ者は人外の域にある。そう聞き及んではいた。しかし、実際に見るそれは想像を逸脱し。幾人もの比較対象があるからこそ戦慄する。

国内屈指と言われる男の本気を凌ぐ技量と、可視できる程の魔力。無知故に理解の及ばぬ夜神と違い、知っているからこそ解る強さ。気炎を上げ、果敢に攻め込むジュレットは今まさに、それを肌で感じていた。


「ぬぉぉぉぉぉっ!」


きんっ!きんっ!がぎーんっ!


「はぁっ!」


きんっ!がぎーーんっ!


ざっ!…すた…


「……………」


(…不味いな…動きを完全に読まれている。それに、奴自身の体捌きも見事なものだ。これをたった一年でとは恐れ入る。…何をせずとも大抵の事は叶った筈…一体どれだけの修練を積み重ねてきたのか。全ては愛する女性の元へ帰る為、か。…それも今なら理解出来る。…同情くらいはしてやろう。だから今度はその力で、姫様を守ってくれ…)


天すら覇する事を由来とした覇天核。その性質は精霊の器である事を除き他の魔力核と大きく異なる点が幾つかある。その一つが、生み出す魔力の違い。

端的に質の差とでも言えば分かり易いだろう。それは少量で並以上、同等であれば超える事は能わず。一線を超えた時、全ては無に帰す。


いいようにあしらわれ、反撃を警戒して距離を取る。ジュレットは男を見据え、次いで僅かに距離のある練兵場の隅へと目を向けた。

相手はあの柊夜神。もう既に全力で挑み手に余る。男の技量はジュレットを上回り、速さ、重さも徐々に増している。

最早出し惜しみをしている場合ではない。騎士団の長として民を護る。その為に武を捨て得た魔法。天災からより多くを救う為ジュレットが選んだのは、地の上位精霊だった。


「ガブ…!出てこい!」


ぼんっ


「あいよ、だんちょ」


「…奴の注意を引き付けろ」


「………だんちょ…俺があんな化け物を相手に出来る訳ないでしょ」


「……ふぅ…言い方が悪かった。時間が欲しい。私が前に出るから隙を見て魔法を放ち、奴の動きを止めてくれ。その際、出来れば…」


「だんちょ、みなまで言わなくても分かってる。あれをやるんだろ」


契約者の呼び掛けに此度初めて姿を見せる子熊の精霊。所謂グリズリーを連想させる灰色の毛並みと、覇気の無い表情。ぷかぷかと宙に浮かぶ姿は愛らしくもあり、憎たらしくもある。

精霊は焦燥に駆られ、冷静さを欠いたジュレットに生暖かい目を向けると、言葉少なに答えを返した。


(恐らく…今はまだ魔力の扱いに二の足を踏んでいるのだろう。思考を優先するタイプなのは間違いないが…一度攻めに転じさせれば加減を知らない奴の攻撃で死にかねん…)


機を逸せば後はない。

精霊の言葉に頭を冷やし息を吐くと、ジュレットは短く瞼を伏せ、やがて男を睨め付けた。


「ふっ…あぁ。だが、余り時間はない。一気に畳み掛けるぞ!」


一方。僅かに距離を空け、ジュレットの様子を窺っていた夜神は、不意に変わる空気を察し、男の傍らに現れた“何か”へと視線を移した。


「あれは…熊…いや精霊か。随分と不格好な姿だな。ぶさ可愛いとでも言うべきか…人の夢を壊さないでもらいたいもんだ。それよりも…何か仕掛けてくるつもりか。…普通に考えれば共闘による線が濃い。或いは、精霊がこの場に居る時のみ発動可能な大魔法なんてのが…あったりしてな…」


それは当たらずも遠からず。警戒を強める男を見据え、また少し離れた王女を見つめ。そして、近く訪れる結末に想いを馳せる。

その顔を見上げた精霊の目には、強い意志を宿しながらも、既に諦念を滲ませるジュレットの瞳が映っていた。


「だんちょ…」


「………………」


(もとより勝てるとは思っていない。…私は…変わらないな。今も勝てぬと知りながら挑み。諦めさせて欲しいと願いながら縋ろうとする。なんとも間の抜けた話だ…結局私は何がしたいのだろうか…)


『なら…そうだな…俺が勝ったらあの女に上等な魔道具の一つでもやってくれ。…餞別ってのはそういうもんだろ。押し付けがましい自己満足よりは余程嬉しいと…俺は思うけどな』


(自己満足…結局は全て見透かされていたという訳か…)


『彼にとって人とは…いえ、きっと全ては無価値なもので。だからこそ価値あるものをあれ程大切に想うことが出来るのではないでしょうか』


(まだ二十の半ばを過ぎた頃…それ程に過酷な人生だったのか。或いは…酷く歪んでしまう程、繊細な心を持っていたのかもしれないな)


「心配するな。どちらにせよ…全力で放って尚、届くかどうか…」

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