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70.エピローグ②

ごごごごごごご…


ぐらぐらぐらぐら…


ざっ…ざっ…ざっ…じゃり…


「随分とまぁ…怨みを買ったものだね。ぼろぼろじゃあないか」


戦いの跡に揺れ、未だ灼熱が荒れ狂う迷宮地下十四階にて。

激闘を制し、夜神がこの場を去った後。それは唐突に現れると、物言わぬ骸に近付き朗らかにそう、声を掛けた。


「あれから千年…も経ってないんじゃないかな。一人目の覇天核。ようやくの邂逅だね。そして…覇天の極致へ至る者。けど…あいつの気配は感じられないし、僕もまだ契約をしていない。…まさか君は僕にまで嘘を付いたのかい?」


フードを目深に被り、外套に身を包む。これもまた、怨讐の悪鬼と同じく覇天を求め、幾千年を彷徨ってきた。

その声は中性的で男女の区別も判然としないまま、疑問を呈し、また眼下に横たわる男を見つめ独白を繰り返す。


「やれやれ…いつも言っていただろう。君は少し抜けているんだ。言葉は足らない癖に精霊使いだけは荒い…僕達がどれだけ苦労した事か。今だって君がもう少し詳しく未来を語っていたら…っと…ふふっ…懐かしい香りについつい口走ってしまったよ。そうだね。そうだとしてもヴァルミラ、お前にはまだ使命がある。その時が来るまで、ゆっくりと眠るがいい」


まるで目の前に親しい友が在るように。彼、或いは彼女とも言い難いそれは自身が精霊である事を仄めかし。誰とも知れない何かに語りかける。

間に間に見る懐かしい女の幻が何を答えたのかは知る由もないが。愚痴を零し、事解を得ると、それは大仰な言葉と共に両手を広げ、漆黒の闇を生み出した。


すぅ……


「…なんて…キィの真似をして格好をつけてみたけど…僕にこいつを生き返らせる事は出来ないんだよね。…幾つか聞きたい事も出来たし、あいつの所にでも顔を出しに行くとするか」


言いながら指を振り、長らくその姿を目にする事もなかった片割れを思い浮かべる。

あれの存在が役に立った事など数える程度にあるかないか。しかし、この先の物語にあれの存在は不可欠。重要な局面に於いては必須となれば、聞き及ぶ啓示に僅かな違和感を抱き、さてどうするか。

宙に浮かされ闇に消え入るヴァルミラを一瞥し、それは火吹く大空洞を見上げたのだった。


それから暫し時は進み。迸る紅炎に隔てられ、命からがら魔都への帰還を果たす。

チェルシスタは満身創痍の姿を晒し、覇天の行方を巡る七帝評議にて此度の出来事を語り尽くしていた。


「そうか…ヴァルミラが…。あれはお前と同じく最初期の七帝として古くから彼女に仕え、今尚狂気的なまでに心酔していた。今回の謀反については御せなかった私の失態と言う他にないだろう。しかし問題は…そこへ現れたと言う、覇天核を持つかもしれぬ男。もし本物なら我等魔王を継ぐ者にとっても嬉しい報告だが…この地へ向かい随行する事は叶わなかった、と」


「…はい。余程…大切な仲間であったのか、こちらの話しなど聞く耳もなく…私も…奴を囮に逃れてくるのがやっとでした」


「………………」


老いと貫禄が滲む表情を崩し瞼を閉じる。その声は驚愕よりも寧ろ腑に落ちたと言った様子で淡々と。しかし。続く言葉は経緯を聞いて尚、繰り返す。

落胆の色さえ浮かんで見える魔王の問い。円卓の中央に跪き、頭を垂れるチェルシスタに突き刺さる視線には、期待と不安が入り混じる。

果たして。覆る事もなかった答えにこれ以上は無為と黙し、評議の始まりを告げる。

魔宮七帝が一堂に会するこの場で最初に口を開いたのは、ヴァルミラとも浅からぬ絆と因縁を持つこの男だった。


「ほら見ろ…言わんこっちゃねー…ヴァルミラの野郎は昔からそうだ。一人で勝手に突っ走る。あのなんとかって国を滅ぼした時も、俺達が行ってやらなきゃどうなってたか」


魔宮七帝における力の象徴として常に戦場の前線を担ってきた三人の帝。その一人は言うまでもなく。灼熱の紅炎を身に纏い、鍛えた拳で阻む全てを打ち砕く。ヴァルミラ・スパーク。

そしてもう一人。怨讐に身を焦がし、愚かにも覇天の仲間を手にかけ。片腕を失い目の前で平伏する。女の姿にもう二度と会う事はないのだと、懐かしい思い出が口を衝く。男の名はジーグ・カレイドル。

仮にヴァルミラを攻めの剣と表すなら、ジーグはどんな敵からも仲間を護る盾と言えるだろう。その身体はヴァルミラよりも僅かに大きく、かと言って肥満とも言い難い。

戦場に在っては巨大な戦鎚をぶん回し、多くの敵を引き付ける。その頑強さは七帝随一と評され、これまでに一度として地に臥した事はない。


「ラルーア王国でしょ。て言うかジーグ、あんた自分が賢い部類だと思ってるようだけど…私に言わせればヴァルの次に頭悪いからね」


「…俺をあんな馬鹿と一緒にすんじゃねー」


次いで。その曖昧な記憶力に棘を刺し黙らせる。

荒々しい口調にそぐわない美貌と強さを兼ね備え、前線を担う最後の一人。彼女の名はアミュレシア・コールド。

褐色の肌と艶めく金色の髪。戦場を駆る魔王の姿に見惚れ手にした槍を持って敵を穿つ。その強さは言わずもがな。洗練された技に加え、風の魔法を得意とする。

また、これを修めた理由を聞けば、存外可愛いところがあるものだと。彼女に対する印象も変わるだろう。


「…まぁまぁ二人とも。状況は最悪だけど…陛下が言うように、その人間が覇天核を有しているなら…遂に、私達が待ち侘びた調停者の訪れがあるって事だよね」


「…それは些か以上に都合がいい解釈と言わざるを得ないな、バニー。覇天核を持つ者が調停者の訪れに繋がると、何故そう言える。希望的観測を語る前に議論すべき事があるだろう。必要悪と理由を語れる町村の壊滅とは訳が違う。覇天核であれば無視は出来ない…ここまで拗れたヨルカという人間との関係をどうやって修復するつもりだ。…あれの再来と言うなら、ヴァルミラどころか魔族の存亡すら危ういんだぞ」


「…うぐっ……言いたい放題言いやがって…空気を読めない訳じゃあないけど言わせてもらう!私の名前はバーニーだ!バとニを繋げて、さもそうであるかのように呼ぶなこの陰気野郎!それに…みなまで言われなくてもそんな事、分かってるんだよ!結局…夢の夢は語られないまま…あいつの言葉に翻弄され続けて…ずっと…何百年も、覇天核を持つ異世界人を探し続けてきた。その結果がこんなんじゃ…」


「「「………………」」」


まだ誰も核心に触れず。鬱屈とした空気を避けるように。或いは希望もあるのだと。そんな言葉にレヴィアードが現実を突き付けると、誰からともなく視線を下げる。

彼女が言うように、皆分かっている。痛い程に分かっていた。であれば一体誰に、ヴァルミラの愚行を責める事が出来るだろうか。

見た目は可憐にして愛嬌があり、性格はご覧の通り溌剌と、思った事を口にする。魔宮七帝の賑やかし、バーニー・マーニー。

きっと誰もが吐き出したくてたまらなかったやるせなさを叫び、彼女は拳を強く握った。


「…そう言えば…レヴィの旦那も初代の勇者を見た事があるんでしたね。と言う事は…七帝の中で覇天核を目にした事がないのは…」


「新参のあんただけよ、ラーキー。あんた以外の七帝は皆…初代勇者とアルティヴァ様の死闘を目にし、あの方の死に立ち会った。そして魔族を統べると言い出したあいつに…紗弥稀緋莉(さや きひり)の強さに平伏した。だから初代の勇者にも、覇天核にも、そして陛下にも…思う所がない訳じゃない」


浮かぶ慰めもないまま、ただ経緯を聞くに留まる評議の終わり。これを予感させる重苦しい空気は、都合が悪いと知らぬ振りして疑問を呈す。

この機を逃せば次はいつになるか。皆、態とらしく話題を逸らしてきた初代の覇天と彼女の死について。気にならないと言えば嘘になる。が、それ以上にここで、七帝の前で。ラーキーには言質を取っておく必要があった。


その座を手にして幾許か。まだ日も浅く、新参と言われる立場で勝手をすればどうなるか。

保守派、旧体制派などどうでもいい。が、覇天の怒りを買った事で皆、二の足を踏んでいる。

逃す手はない好機。今なら、答えも知れた問いに口を衝く誰かが居てもおかしくはないだろう。

そうして、進む時はあらぬ方へ。重苦しい空気を振り払う剣呑な声は魔族を統べる支配者へと向けられた。


「ちょっ…アミュレの姉さん、それは魔王様の前で言ったら駄目なやつじゃ…」


「構わん。全て聞き及んでいる。七帝の腹に一物あるのは百も承知だ。それでも皆、人間の私に頭を垂れる程、護りたく、譲れない想いがある。最低限の秩序さえ遵守するなら何をしようと自由だ。…勿論お前もな、ラーキー」


慌てふためく道化を演じ、視線を配る。そして魔王は淡々と。舞台装置としての役割に徹し、ラーキーの欲しい言葉を返してみせた。

或いは全てを見透かすように。魔王と呼ばれる人間の…いや、元は異世界の勇者としてこの地に降り立ち、世界を巡った彼の身に何があったのか。全てが語られる時はまだ遠く。積み重ねた幾千年を知らぬまま変革を促す歯車と成る。

今、覇天を欲してやまないラーキーはここぞとばかりに問いかけた。


「…なら…陛下に聞きたい事があります。覇天核を持つ者は二人現れるらしいですが…戴くのはどっちの覇天でもいいんですかい?」


(ほぉ…)


「……覇天核を、としか伝え聞いてはいない」


「…望む褒美とは具体的に…何を指すので?」


「私に…いや、魔王に叶えられる事ならどんな願いでも構わん」


(七帝に限らず、当時は興味を示す者も多く居たと言う。同時に先んじられまいと牽制し合い。だが、覇天核がこの世界に居なくては意味もないと捨て置かれた。私ですら初めて聞いた時は何の為にと不思議に思ったものだが…)


すっ…


「ありがとうございやす。では…先輩方の中に一番槍を望む方がなければ…このラーキー・ジェイに暫くの間、覇天核との確執を取り除く時間を貰えないでしょうか」


謝意を述べ、ゆっくりと立ち上がる。ラーキーは大袈裟に腰を折って皆に問う。

無論、中には啓示を信じ、もう一人の覇天を待つ者もいるだろう。旧体制派にはあれと同じように覇天を望み、その寿命が尽きると共に反旗を翻す。想像に容易い思惑を持った者もいる筈。

同時に、幾百年を経て一つの疑問に答えを見る。

噂に聞く覇天招致の褒章。その為に。その為だけに帝の座を欲した男の求めるものは何か。

例え高く聳える困難であろうと、もう後戻りは出来ない。


「ラッキー…!?お前自分が何を言ってるか分かっているのか!?」


「ぶぁっはっはっはっは!新参、お前そんなに早死にしたいのか?手に入れた帝の椅子は座り心地が悪いか。…チェルシスタを見てみろ。今代、遂に現れた覇天核と思しき者は魔族ってだけで殺しにかかってくる程怒り狂ってる。…それも恐らく…綺緋莉と同じ強さを持ってな。その意味が分かるか?」


「…けど、誰かがその役目を担う必要はある。チェルシスタがそうしたように…覇天の怒りを鎮めなきゃ何をせずともレヴィアードの言う通り、存亡の危機だ。やりたいって言うならやらせたら?」


その突飛な申し出に珍しく声を上げて驚きを見せるレヴィアード。陰気と揶揄される彼は基本的に物静かな性格をしているが、ラーキーと行動を共にするようになってからは如実に変化が見られた。

そんな彼に続き、無謀と声を上げるジーグ。そして未だこの世界に訪れもなく兆しもない二人目の覇天を思考の隅に置き。それでも現状の放置は出来ないと促すバーニー。

望みはある。が、誰だって命は惜しい。何より、紅炎の王が見据えた先を見ずに死ねる筈がないと。ラーキーを遮る者は現れず。残す帝は後三人。


「…チェルシスタ、あんたはそのヨルカって男の怒り、鎮められると思う?」


「…可能性もなくはないだろう。跪く私に情けをかけようとしたくらいだ。本来は…とても優しい男なのかもしれない。好感を得るとはいかないまでも…怨みを相殺するくらいなら或いは…」


「なるほど。まぁ、だとしても一番槍と勇める程、あたしは命を安売りする気なんてない。やってみたらいいんじゃない?…でも、ラーキーの次はあたしが行く。あんたは…聞く必要も無いわよねチェルシスタ。あんたがそいつの前に姿を現したらどうなるか…きっと、何を言うよりも早く殺されるだろうし」


「………………」


「残るは…」


「…黒の事は気にしなくて構わん」


かくして。アミュレシア、チェルシスタの合意を得て目を向ける空席。最後の帝。黒と呼ばれる者は此度の評議会に姿を見せていない。

あれは七帝に在って異質な存在と扱われ、断片的な啓示を語り、何者にも縛られず。

だからこそ、意見是非を求める事に意味はないと。暗にそう聞こえる魔王の一言によって、事実上の決議となる。

果たしてラーキーは魔族に対し、並々ならぬ憎悪を抱く夜神を相手にどう立ち回るのか。

想い、思惑、意思、願い。そして圧倒的な力によって歪にも忠誠を誓う魔宮七帝の行く末は。


さぁ…いよいよ。男を中心に世界を巻き込む物語が動き出す。

第二章前編、最後までお付き合いいただきありがとうございました。


現在は第二章後編を執筆しており、物語は間もなく佳境を迎えるところまで来ています。

また、文字数や話数については、前編と同じか、それ以上になる見通しです。


まだ暫く完結には至りませんが、その間、読者の皆様には幕間をお楽しみいただければと思っております。


内容は、ロミアとヨルの出会いと別れを描いた過去編。

全7話構成で……総文字数は約7万7千字。第一章(24話)と同程度の長さとなります。

恐らく、皆さんの思い浮かべる幕間とは似て非なるものだと思います。

(シリーズ化し、中編としての投稿も検討中)


ここまででも物語の輪郭を掴むに足る情報は、所々に散りばめてあります。

更新頻度の都合上、一気読みが難しかったこれまでとは、また違った感じ方をされる部分も多々あると思います。

お時間が許すようでしたら、再度読み直していただき、幕間をお待ちいただければ幸いです。


公開時期については、後日の活動報告をご確認ください。


また、第二章後編を含め、公開時期や更新頻度については、今回の前編完結後の反応を見て決めたいと思っています。


つきましては……


「続きを読みたい」


そう思っていただけましたら、評価やブックマークなど、反応を残していただけると嬉しいです。

勿論、感想もお待ちしております。


いただいた反応がそのまま今後の公開時期や更新頻度を決める材料となります事をご了承下さい。

………果たして。数ヶ月間に及ぶ投稿の末、私の『得られた対価』はどのようなものになるでしょうか。


改めまして。第二章前編、最後までお付き合いいただき、本当にありがとうございました。

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