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67.出会いと別れ

数日後。

此処はサロンド伯爵領内、サレーテア。


「…これで約束は果たしたと思っていいのか」


「はい。柊夜神様、貴方のお陰で無事に領地へ帰還する事が出来ました。有難う御座います」


「…俺は何もしていない。ただ付いてきただけだ」


緑豊かな森林に囲まれ、長閑な街の一角に建つ豪華な邸宅の前でそう、問いかける。

男に対し、彼女は出会いにそぐわぬ笑みを向け、感謝を述べた。


オークションへの参加。金銭の貸与と便宜を図る見返りとして護衛を請け負う。夜神は四日間に渡る同道を終えると、素気無くも応えを返し。女は名残惜しさを漂わせ、親しみの滲む声音で先を紡いだ。


「ふふっ。感謝くらい、素直に受け取って下さると嬉しいのですが…その程度には仲を深めたと思っているのは私だけでしょうか?」


「…はぁ…ここ数日、飽きもせずにまぁ根掘り葉掘りと…あんなので仲が深まったと思うのか。…俺の方こそ、感謝している。お陰で大切なものを失わずに済んだ」


「…羨ましいですわね。それに…貴方を酷く誤解していました。申し訳ありません」


「気にする事はない。いつもの事だ。けど…あいつのお陰で少しは変わろうと思えた。あいつらのお陰で繋がった。…これまでの俺には口にする事が出来なかった言葉だ。…この恩は決して忘れない。本当に、ありがとう」


ただ、それだけの言葉が言えなかった。言える程、誰かと共に過ごした記憶さえなかった。

柊夜神にとって感謝とは、遥か昔にその意味を失った言葉。


誰にとっても少なくはない。託された遺志を果たし。閉ざされた未来を嘆き。思わぬ対価に咽び泣く。そして今…男が手にしようとしているものは、価値を諦め遠ざけた人との関わりだった。


すた…すた…すた…


『………………』


背に掛かる声も届かぬ焦燥に駆られ、喧騒に眠れぬ街を一人歩く。

宿を出て、夜神が向かったのは煌びやかな街灯が怪しく揺れる花柳街。

女達は蠱惑的な笑みを向け。男達は金と権威を花に見立てて蝶を待つ。

踊る遊女の園はまるで世界から隔絶されたかのように。或いは、彼女達の強かさを示すように変わりなく。たった一晩を共にしただけの女を頼り着いたのは、記憶にも新しい娼館の前だった。


ぎぃぃぃ……


『いらっしゃいませ……きゃーっ!』


『血…血がっ…!』


『…マテア!すぐにエリス様を呼んで!罪人が店に!』


『…そう言えば…急いでいたせいですっかり忘れていたな…まぁ、呼んでくれるなら手間が省けたと思う事にしておくか…』


突如店内に轟く女の悲鳴。瞬く間に騒然となる周囲を眺め、次いで自身の姿に目を配る。

夜道に在っては気付かぬ異様と言えたであろう。血に塗れた衣服を見つめ、一人ごちる。その声は淡々と。しかし心は漠然と。


道中に浴びる視線など意にも介さず。声を掛けてくる女の言葉は聞こえもしなかった。

不安で。心配で。堪らなく傍に居たい。それでも。たった一つだけ、深い眠りに落ちる女を救う手立てがあるとすれば…。

地位権力を着飾り、自慢げに披露するだろうその中に。そうでなくとも手掛かりくらいはある筈と。夜神は淡い期待を胸に顔を上げ。

騒ぎを聞きつけた女は、上階へと続く螺旋階段から店内を見下ろし、覚えのある姿に目を留めた。


『それで…罪人が店に押し入ったと言うのは、どういう事?』


かつ…かつ…かつ…


『すいません…詳細は不明です。私もイルーザさんの叫び声を聞いて慌てて来たので…けど…あっ!あれです!恐らくあの男が罪人だと思います!…ん?…何処かで見たような…』


『…まだ他のお客様には騒ぎも届いていないようね。…それにしても…押し入ったと言う割には動きがないわね。…兎も角、貴方は裏口から店を出て衛兵の所へ……いえ…ちょっと待ちなさい。…あれはもしかして…』


かつかつかつ…!


『え…エリス様!?急にどうしたんですか!?』


そして間も無く。


『やはり…夜神様、貴方でしたか』


『驚かせてすまない。が、そう悠長にしている時間はない。今すぐ…聞きたい事がある』


ごくり…


『…畏まりました。ですが少々お待ち下さい。まずは彼女達に説明を…マテア、急ぎハルメアを呼んできなさい。接客中でも構いません』


『はっ…はい!』


(あれって前にハルメアさんが連れてきた冒険者…)


夜の蝶を束ねる娼館の支配人エリス。彼女の登場によって程なく騒ぎは収束を迎え。同時に、語らずとも見て取れる男の雰囲気に息を飲む。

数日前とは見違える、平静を取り繕う余裕さえ無くした鋭い目付きと、否を許さないその言葉。

未だ憶測の域は出なくとも、エリスにとっては貴族よりも気を使う相手。であれば。僅かな隙を窺い、女を呼び付ける気持ちも分からないではないだろう。同時に、これ以上男の気に触れる事があってはならないと。言葉を選び、丁重に別室へと促した。


『それで…本日はどのようなご用件でしょうか。凡そ逼迫した状況であるのは理解致しますが…その格好…聞きたい事と言うのはこの街へ攻めてくるという魔族に関係が…』


対面に顔を見合わせ、恐る恐ると口を開く。返り血に濡れた装いを見るエリスの疑問は当然。また、男の素性を考えればそう願うのも必然と言える。

激戦の跡か。死闘の末か。目に見える疲労、焦燥と苛立ちを加味すれば男の身に不測の事態が起こった事は明白。そして飛び交う魔族襲来の報。

なにも聞きたい事があるのは夜神に限った事じゃない。一見して動じず、しかし内心は蝶の安否を気に掛ける。ここで働く者の中には行く当ての無い者も少なくはない。

娼館へ訪れた理由を問いながら、そうあってほしいと問いかける。エリスの言葉は全てを言い終えるより早く、男の言葉に掻き消された。


『質問は後にしてくれ。事が済んだら何でも答えてやる。…聞きたいのは回復薬についてだ。最上級と言われる回復薬…エリクサーはどうすれば手に入る』


『……近々、この街で開催されるオークションなら或いは。しかし相応の金銭が要求される上に、招待を受けた貴族しか参加する事は出来ません。加えて…現在この街は魔族の強襲に備え、厳戒態勢が敷かれています。恐らく、オークションの開催も中止か、良くて延期になると思います』


それは先日、この花柳街へと迷い込んだ日の事。夜神はとある商店でこんな話を耳にした。

曰く、損傷だけでなく欠損まで修復し、再生する最上級の回復薬。またの名をエリクサーと呼ばれる代物は、王侯貴族であっても手に入れる事は難しい。

そんな、実在も疑わしい回復薬を手に入れる為、文字通り藁にも縋る思いでやってきた。

男の問いに対し、なんと答えるべきか。エリスは戸惑った。

無論、耳にした事はある。が、どうすれば手に入るかなど皆目見当も付かず。

錬金術師の偉業か。薬師の偉効か。可能性と言うだけなら心当たりも無いではないが…。

ちらと男の表情を窺い口にする。微かな希望と言うには余りにもか細い道筋。

その儚さを知りながら。けれど怖気を知らぬまま…。賢しくもこの場をやり過ごそうとするエリスの言葉は、想像の斜め上を行く結果を齎す事となる。


『…オークション…それに貴族か…確か数日は滞在していると言ってたな。もしかしたらあの女がこの街に来た目的もこれか…居場所はあいつらが知っているだろう。形振り構わなければ金を稼ぐ事はそう難しくない…ははっ…まるで物語のご都合主義もいいところ。何の偶然だ…何の因果だよ全く…喜劇にも程があるだろ…』


『…あの、夜神様?』


『いやすまない。情報、感謝する。お陰で光明が見えた』


口元に手を当て、真剣な表情で思案する。かと思えば不意に笑みを零して背を凭れ。エリスが変わる空気の流れに口を衝く。

先にも述べた通り、憂慮すべきは実在が認められているか否か。

夜の世界に根を張り、貴族子弟も訪れると言うエリスの話はあくまでも可能性。だが、そんな眉唾な代物について、彼女は存在の否定をしなかった。

夜神にとってこの意味は大きく。如何に希少とは言え、実在しているなら幾らでもやりようはある。…いや、あったと言うべきか。今はその手段も選ばなければならない。たとえ不自由に囚われようと…。


しかして笑みを浮かべ、礼を述べる。まるで全てが解決したと言わんばかりに落ち着き払う男の変容を見つめ。エリスは挙げれば切りもない懸念を口にした。


『…ですが、オークションの開催は今現在、未定となっています。それに…エリクサーが出品されるかどうかも…時間を頂ければ目録を入手する事くらいは可能ですが…参加までとなると…』


『そう言えば、魔族がどうとか言っていたな』


知らない訳じゃない。気付かない筈がない。なのに何故、そうまで落ち着いていられるのか。

あの逼迫した表情は。切迫した焦燥は。誰が聞いても苦し紛れの戯言を、まさか本気にしているとでも言うのだろうか。いや、あり得ない。

続け様に困難を論う。エリスの言葉に思う所が無い訳ではない。

オークションの開催は必須。同時に奇跡の代償を支払う覚悟を決め。夜神は歯切れも悪いエリスの言葉に問い返し。そして、唐突に響く乾いた音に振り返った。


こんこん…がちゃ…


『失礼します。エリス様、お呼びでしょうか…え…夜神…これは一体…何で夜神がここに…』


『来ましたか。ハルメア、こちらへ』


『えっと…はい』


『…なるほど。随分と気を使われているようだが、今日はそいつを抱きに来た訳じゃない。けど…そうだな。いずれはこの街全てが知る事になる。それに、お前はもう俺の関わりの中にいる。…魔族についてだったな。…安心しろ。ついさっき殺してきたばかりだ。もうこの街に攻め入る事はない』


『え…?』


『…それは…一体どういう事でしょうか…』


『…流石にこのまま、何も話さず消えるってのは自分勝手にも程があるか。少し頼みたい事も出来たしな』


急ぎ、エリス様の元へ。そう言われ、部屋を訪れたハルメアは目に飛び込む男の姿に困惑し。

夜神は、彼女がこの場に駆り出された意味を即座に理解する。同時に。淡々と語られる魔族討伐の言。エリスはその突拍子もない話の真偽を見定めようと刹那に思考を巡らせた。

返り血に染まる衣服。回復薬を求め荒ぶる姿。激戦を終え、負傷した。誰が。目の前の男がこれ程までに平静を欠く。それは一体誰が為に。

…間も無く。全ての疑問は詳らかに明かされる事となった。


『…と、まぁ掻い摘んではあるが、俺の素性と現状だ。悪いが回復薬を手に入れる為に協力してほしい』


『……………』


(…やっぱり…そうだったんだ…)


『…それは勿論、夜神様の頼みとあれば。しかし本当にいいのですか?どちらかと言わず…素性を隠していたように見えますが…』


『あいつを助ける為だ。派手に喧伝してくれて構わない。存在証明は迷宮で珍しい魔物を狩ってくれば事足りるだろう。安全が担保されればオークションも予定通り開催される筈だ。後は…』


『最上級の回復薬、エリクサーが出品されるかどうか…ですね。…万が一、手に入らなかった場合はどうするのですか…?』


『…手に入れるさ』


それは、柊夜神が己に挑む一度きりの賭け。

無論、夜神は気が付いていた。エリスの提示する可能性の儚さ。無くはないだけの妄言。しかし、だからこそ価値がある。


難航する仕事の達成、その暁に。或いは手の届かない受験の合格に。また好意を寄せるあの子が誘いを受けてくれたなら。

高い酒を用意し。高価な腕時計を買い。想いを伝えようと奮い立つ。そんな、誰が得をするでもない賭けを己自身と行う。制約と誓約、などと言い換えてもいいだろう。

オークションの開催には広い人脈を持つエリスの協力が不可欠。そして、彼女との出会いを繋いだのは言わずもがな。而して参加資格を有する貴族にも心当たりはあるが…居場所を知るには道行に出会った冒険者、ルドイン達の協力が必要だった。

手段を選ばなければ如何に希少とは言え、手にする事はそう難しくない。だが、どうあっても離れる気がない彼女達に背負わせるには余りにも大きな代償が付き纏う。

何の因果か。これらは全て、柊夜神という人間が過去に捨てた人との関わりそのもの。だがしかし、薄氷たり得る。笑えない喜劇であろうとも、賭ける価値がある。


もし奇跡が起こるなら。関わりがその意味を変えてくれるなら。

もう一度だけ、人との繋がりを大切に思ってみよう。そんな期待を胸に展望を語る男にとって、もはや運否天賦と現実を問うエリスの言葉は、まるで瑣末なものだった。


『…それで…その…取り敢えずは明日の朝、冒険者ギルドへ行くまで…時間はあるんですよね…』


『あぁ、あいつらと行き違いになったら面倒だからな。多少の猶予もあるが…やる事は多い。俺はこれからもう一度迷宮に行って…』


『なら!今日は泊まっていって下さい!…気付いているかは分かりませんが…酷い顔をしています…』


『いや、悪いが…』


かくして素性を明かし、人事を尽くそうと。時は進むばかりで戻りはしない。

瞬く間に広がる勇者来訪の噂だけでは事足りぬ。力の顕示に加え、捨て置いた魔族の死体に代わる存在証明。何より、落札に必要な金銭が無ければ絵にもならず。残された時間はそう多くない。それでも…。

話の節目を見て、唐突に問いかける表情は驚愕から憂慮へと。ハルメアが夜神の心労を察して言い募ると、言葉は男を通り過ぎ。けれど受け止める者が在れば繋がってゆく。


『…夜神様、流石にその格好では外を歩くにも目立つのではありませんか?要らぬ些事に捉われてはそれこそ時間の無駄と言うもの。宜しければこちらで…。その間、少しお休みになられては如何ですか?』


『……そう…だな…。そうさせてもらうとしよう。エリスも…色々と面倒を掛けてすまない。…代わりと言っちゃなんだが、俺に出来る事があれば言ってくれ。助けになると約束しよう』


『ふふ…お気持ちは嬉しいですが、もう十分に夜神様の恩恵に肖っています。あれから、ハルメアのやる気は目に見えて変わり、不躾なお客様も少なくなりました。…何より皆、ハルメアの純愛に魅せられて積極的にお客様を…』


『エリス様っ!?』


『…ふっ…』


束の間の休息と言うには余りにも短く。束の間の休息と言うには余りにも賑やかしい夜。

誰かに向けられる優しさと、暖かさに身を委ね。或いは一人だったなら…。

気恥ずかしさに頬を染めるハルメアに手を引かれ。抱きはせずとも温もりにまどろむ。

一夜の安らぎを経て、映す空は心なしか澄み渡るように蒼く。視線を落とし、すぐ側で寝息を立てる女の髪を撫でると、男は静かに部屋を後にしたのだった。


それから程なくして。


『ルドイン』


冒険者ギルドを訪れた夜神は、次第に人の出入りも増え始める門扉を眺め。物々しい雰囲気を纏う冒険者達の中に見覚えのある姿を見つけると、男の名を呼びその背に声を掛けた。


『…ん?えっ!夜神さん!?』


『久し振り…でもないな。昨日振りか。セシルにガジェルも…魔族騒ぎで心配だったが、来てくれて助かった』


『夜神さん!おはようございます。随分と早いですね』


ゆっくりと振り返り、驚きに目を丸くする。同業の顔馴染みにでも声を掛けられたと思いきや。

予想だにしない男の登場に狼狽えるルドイン。朗らかに、とはいかずとも。無愛想以外の表情に機嫌の良さが窺える。

良くて無表情。或いは呆れ顔が常だった昨日までとは異なり、親しみさえ滲む声音にセシルが挨拶を返すと、次いでガジェルが口を開く。


『その口振りだと…俺達を待っていたんだろう。何かあったのか?』


『…察しがいいな。唐突で悪いがサリュアの居場所を教えてくれ。まだこの街にはいるんだろ?』


『はい、この街に来たのも近々開催されるオークションに参加するのが目的という話でしたから、まだ街に居ると思います』


『それも、こんな状況じゃどうなるか分からないけどね』


『…それで、居場所を教えてほしいと言うのは…せめて理由くらい話してくれないと…幾らあんたの頼みでも…』


『…そうだな。…少し場所を変えよう』


短い付き合いではある。が、助かったと口にする程、目の前の男に自分達を訪ねて来る理由があるのだろうか。

僅かに訝しみ。用件を尋ねるガジェルを置いて答えを返すルドインと、殺気立つ冒険者達に視線を配るセシル。魔族の脅威に騒めき立つ今この時。有り体に言って性急な様子に思い巡らせ問いかける。

もう既に。男に対して誤解などありはしない。が、依頼主の所在を明かす事は冒険者としての信用を損なうに等しく。歯切れの悪いガジェルの胸中を察し。夜神はギルド内に併設された酒場の一角へと目を向けた。


そして。


『シーアさんが魔族にやられて重症!?』


『…あぁ、今は何とか繋ぎ止めているが…長くは保たないだろう…』


『…酷い…けど、そんなのがこの街を襲撃したら…』


『その心配はない。言い忘れたが…魔族は殺してきた。…奴らも馬鹿でなければ直ぐに攻勢を仕掛けてくる事はない筈だ。当面の危機は去ったと思ってくれて構わない。それに…回復薬を手に入れる為、色々と手を打っている。俺の素性が知れると共に、この騒ぎも収まるだろう』


『……え…ごめんなさい。今、魔族を…何て?』


『…殺してきたから心配ないと言ったんだ』


『…俄には信じ難い話だな』


『…私ちょっと頭が追いつかない…驚き過ぎてどこに驚けばいいのか分からないんだけど…』


元より、柊夜神という人間が異世界から召喚された勇者である事を知る彼等に聞かせる話は多くない。それでも。数年、或いは数十年に一度現れる救世主よりも身に近く。経緯を語り、理由を話す。これをして三人が見せる困惑は、事のついでと言った風に飛び出す魔族の撃破に他ならない。

Eランクの冒険者である彼等にとって、死は常に隣り合わせ。

カミール急襲も明日の我が身と言って大袈裟な事ではなく。脅威が去ったと言うなら願ってもないが…セシルのように理解が追いつかないというのが素直な気持ちだろう。とは言え、事は一刻を争う事態。

ルドインの叫びに、こちらを窺う者達の視線さえ気に留めず、真剣な表情で次の言葉を待つ。

窮地に在って調子が良いと罵られても構わない。いや、そう言われても仕方が無いだけの振る舞いをしてきた。夜神の内心など露知らず、ガジェルがゆっくりと立ち上がる。


がた…


『取り敢えず、サリュアさんの元へ行く道すがら、もう少し詳しく聞かせてくれ』


『…いいのか?』


『急いでいるんだろ』


運が悪かったと言えばそれまでの事。本来、人は人に対してそうあるべきなのだと。性悪説を信じる夜神は一瞬、ガジェルが何を言ったのか理解することが出来なかった。


自分優位に付け込み対価を求め。またある時は関係無いと素気無くあしらう。それが人間という生き物であれば。同じように対し、それら人との接点を煩わしいと思うのも致し方なかった。

そんな歪曲した価値観が崩れていく。異世界での出会いと積み重ねが男を変えていく。

驚き、訝しむ言葉の綾。けれど答えなど既に決まっていた。

ガジェルに続いて立ち上がるセシルとルドインは、珍しくも呆け、問い返す夜神を見ながら薄く笑み。言いながら歩き出す背を追って冒険者ギルドを後にすると、四人はサリュアの宿泊している宿を目指し歩き始めた。


『…そうか…この魔族騒ぎはあの後すぐだったのか。けど、シーアさんが一命を取り留める事が出来て良かった。サリュアさんに協力してもらえたとして残す問題は金銭か…申し訳ないが俺達では力になれそうもない…』


『いや、ガジェルが謝る事じゃない。実際、金はそう問題じゃないんだ。この力を使えば稼ぐ事自体はそう難しくない。迷宮に行けば幾らでも…問題はぶっ飛んだ話にならないよう、どう立ち回るか…』


『夜神さんなら、迷宮の階層記録を塗り替える事も出来そう…』


『そうなったら、冒険者ギルドも魔族とはまた別の意味で大騒ぎになりそうですね』


『あんた程の強者には要らぬお節介だと思うが…俺達に出来る事があれば言ってくれ』


『……そう言ってくれるのは嬉しいが…何でそこまで俺に協力的なんだ。お前達にとって利するものは何も無い…どころか…俺に対して良い印象なんかこれっぽっちもないだろう』


その後、詳らかに経緯を語り終えるも話が尽きる事はなく。ガジェルを先頭に、後を歩く三人は他愛もない話に花を咲かせ。不意に口を衝く疑問。

先程から親しみのある言動に違和感を覚えると、夜神の問いを受け、似た者同士と言えなくもない無骨な男の胸中をルドインが明かし始めた。


『実はこいつ、昨日夜神さん達と一緒に薬草を採った後、あの人は口下手なだけで本質はそう悪い人じゃない、とか言ってたんですよ!楽しそうにはしゃぐシャラさんを見てれば分かるって!』


『そうそう!言ってた!盗賊の一件も疑ってしまって悪い事をしたなって!終いには…』


『『功績を誇示せず、皆に疎まれようと己の信念を貫く。その姿勢は俺の目指す所に最も近い。とか言って浸ってたんですよ!』』


『………………』


『そうか…過大評価だと思うが…素直に嬉しいよ』


それはきっと、仲間の心情を思い。また、尊敬の念すら抱く友の想いを伝えたく。冗談めかして本意を紡ぐ。

何を言われても仕方が無いと思っていた。罵声も、罵倒も受ける覚悟だった。

夜神の想像は裏切られ。薄紅色の髪を靡かせ笑みを振り撒く女の顔が脳裏を過ぎる。


元より一人だったなら。そんなつまらない思考は捨て置き、手にしたものを数えれば。

人間らしい言動に失望を禁じ得ないレインさえ繋がりの中に在る。この世界で得た関わりに無駄なものなど一切なかった。それが余りに都合の良い解釈だとしても、期待せずにはいられない。


『因みに、僕は始めから夜神さんは良い人だって気付いてましたよ!』


『わ…私だって…いや最初はなんかいきなり詰められて怖かったけど…でも、シーアさんの為に魔族と戦って…今も必死に助けようとしてる姿は…かっこいいなって思います』


『セシルそれってもしかして…』


『ち…違う!違うわよ!シャラさんがあんなにも夜神さんを慕う気持ちが分かるっていうか…!』


『…着いたぞ。ここだ。…それとお前達、後で覚えてろよ』


そして間も無く。気恥ずかしさに押し黙り、気付けば辿り着く。いつか自分の口で伝えたかった想いを先んじられ。睨め付けるガジェルの背に聳える豪奢な建物。

この先で相対するは貴族の令嬢。これまでのように易々とこちらの頼みを聞いてくれるとは思えない。或いは、侮蔑と共に門前払いを食らう可能性だってあるだろう。なのに何故か。根拠など有りはしないが、全て上手くいく気がしてならなかった。


ここを凌げば後は時間との勝負。同時に街を護れるだけの力、勇者という存在の証明に忙しなく。この街を出る際は慌ただしい出立となるだろう。

根無草の彼等と別れの挨拶を交わす事など出来るかどうか…。であるなら言葉は今ここで。想いは伝えなければ伝わらないのだから。


『悪いな。助かったよ。…ルドイン、セシルも。恐らくは言葉を交わすのもこれが最後になるだろう。…最初は疎ましく、煩わしいとさえ思っていた。この世界で触れた関わりが今、俺を奇跡へと繋いでくれている』


『『『……………』』』


『都合が良いのは百も承知だが…いつか、誰かにお前達の事を語る時は友と、そう言葉にしてもいいか』


礼を述べると共に真剣な表情で向き直る。夜神の雰囲気に別れを悟り。戯れ合う二人が空気を察して口を噤むと、次いで飛び出す友誼の言葉に肩を跳ねさせる。

表情の変化が乏しいガジェルは驚きに目を見開き。ルドインとセシルが顔を見合わせ、聞き間違いでない事を確かめ合う。


『友…それって僕達と友達って事…だよね?』


『…でも…私達みたいな低ランクの冒険者が夜神さんと友達だなんて…もしかしてまた何か私達に分からない画策が…』


『そんなものはない。純粋に、感謝しているんだ。道案内にじゃない。出会いにな。だから、途切れさせたくないと思ったんだ。いつかまた再会する日が来たら…お前達の成り上がりを聞かせてくれ』


何処ぞの主人公であれば感動に伏す場面も、相手がこの男である以上、先んじて過ぎるのは歓喜よりも疑念に振れ。凡庸な自分達には分からない意図があるのでは。先日の同道を機に芽生えた先入観がセシルの不安を煽る。


そも、異世界から召喚された勇者と友になるなど、まずもってあり得ない話。

仰々しい護衛、華々しい仲間。利権欲しさに蠢く貴族達。民衆の羨望に妬かれ近寄る事すら出来ないのが勇者という存在。にも関わらず。

そう呼ばれる事を忌避するだけでなく、物見遊山と街を巡る。憚られる程の訳があるのは間違いない。だとしても。異世界の勇者と友誼を結ぶ機会など、人生に二度は無いと断言出来る。


『…条件がある』


『ん?何だガジェル』


『いつか…また会えた時は…今度は薬草の採取じゃなく、一緒に迷宮へ行ってくれ』


『迷宮?』


『俺達はいずれ必ず高ランクの冒険者になる。…友というのは、誰かにあんたを蔑ませる為に在るもんじゃないだろう。一緒に肩を並べて戦える。俺はそんな友でありたい。それを…再会の日に証明してみせる。…夜神、あんたが俺達を友と語っても恥ずかしくない男になってみせる』


『ははっ…本当にこの世界の奴等は…こんなんだから期待したくなる。…分かった。その時を楽しみにしている』


何処ぞの主人公とはまるで違う。傲慢で、自分本位で、高圧的で。けど、仲間の為であれば困難さえ打ち砕き。本質は底抜けに優しい。

そんな男だからこそ、近づきたいと。認められたいと思う。

ガジェルの言葉に同意を示し、胸を張るルドインとセシル。彼等が一線級の冒険者として活躍する日も遠くはないだろう。

込み上げる感情に知らず顔を覆い、真っ向から誓いと約束に答えを返す。

夜神はこの日初めて、異世界の友を得たのだった。


そして、今また繰り返す。二度目の別れは淡い栗色の髪が揺れると共に。

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