63.戦士
かつ…かつ…かつ…
『…皆、此度はよく集まってくれた。心より感謝する。そして…これは王からではなく、民へでもない。アルティヴァ・ルミナーレから同胞への言葉と受け取ってほしい。…今尚続く戦と、困難を耐えることしか出来ぬ事…同時に、理想を求める愚かさをここに詫びよう…すまない』
すっ…
ざわざわ…
『……おい…』
『あぁ…戦場での事は聞いているがまさか本当に…』
『…それも何か思惑があっての事だろう』
『だとしても…これまで、多くの魔族が命を落とした事に変わりはない…』
東西で大陸を分つ巨大な渓谷を挟み、東に位置する魔族の国ラプセル。その中心に在り、魔王が城を構える魔都に於いて、常とは違う戦士の公募に多くの者が押し寄せる。
我こそは。そう勇み激る彼等の目的は言わずもがな。その意気を後押しするように囁かれる。
魔宮七帝と冠された魔王直属の戦士に与えられる称号を欲し集う。
彼等を廻り縁から見下ろし、一声と共に腰を折れば、衝撃に呑まれ騒めき立つ。アルティヴァはこれを見回し口を開くと、行末を思う激励ではなく、未来を紡ぐ願いを語り始めた。
『…歳若く、知らぬ者も多くなった戦の起源と我らの故郷。語られぬ不安もあるだろう…奪うではない。護る為の戦いに疑問を持つ者も多いだろう。…命を落とした戦士達の想い。今、此処に集う者達の中には家族の、友の。そして我ら同胞の死を悼み武器を手にしようと言う者も多いだろう!…それでも、我はお前達に望む。…これは、霞に消え入る程昔の話だ。我は一夜にとある男の夢を見た。それは悪逆非道の限りを尽くし、魔族が蹂躙される破滅の悪夢。その中で相見え、満身創痍となった我に男はこう吐き捨てた。…俺の大切な者を傷付ける奴等は皆殺しだ、と』
ざわ…ざわざわ…
『…陛下は一体…何を言っているんだ…』
『聞くに及ぶ戦場での不殺…大義を掲げる理由がこれか…だが幾ら何でも…』
『…いや、辺りの戦士達に動揺の色はない。或いはここからが…』
崇拝する王の言葉に口を閉じ、耳を傾ける。
起承無き話しは核心を逸らすように。然りとて、腕を振って語る姿に慈悲を待つ。そして。
僅かな間を置き繰り出された王の意向は覆ることもなく。怖気、或いは卑屈とも言える姿勢に落胆の色が浮かび始めると、続く言葉に混迷を繰り返す。
愚者は顔を見合わせ。賢しい者は真意を探ろうと。しかして混沌極まるその中に、困惑とはまた違う表情を浮かべ、一人ごちる青年の姿があった。
『…アルティヴァ様…一体何の話をしてんだ?あの人の言ってる事はいちいちよく分かんねーんだよなぁ』
『…何だあいつ…御身の前で随分と不遜な態度だな』
『…やめておけ。目に悪い覚えは無い方がいい。それでなくとも…ありゃ相当強い』
『ちっ…あんなのが戦士になろうとは…関わり合いにはなりたくないな』
腕を組み、首を傾げ。誰に憚る事も無く。
あの頃より変わらぬ精神と、辺りの者より僅かに突出した背丈。鍛えた身体に薄布を被せれば、蛮族と見紛う風体に赤と黒のまだら髪が靡く。
ヴァルミラの姿に強者の貫禄を受け。また、王の言葉を遮る不敬に押し黙る。これを遠目に我関せずと。目を背ける者達を押し除け、男の背に歩み立つ者の姿が在った。
それは御身の為と誓い合い、後に分たれる絆。身に合わぬ胸に強い心を持ち、一つの身体に二つの精神を宿す緑髪の少女。ヴァルミラとチェルシーの出会い。そして今尚続く彼女との諍いはこれが始まりだった。
ざっ…ざっ…ざっ…
『あ…あの…静かにしてもらえませんか…その…魔王陛下のお話はまだ…』
『……あぁ?なんだお前。まさかお前も戦士に志願すんのか?』
『えっと、はい。魔宮七帝と言われる組織が創設されると聞いて…いえ、そうじゃなくて…』
『だぁっはっはっはっは!おいおい、冗談はやめてくれ!…お前みたいに弱そうな奴が戦士として認められるわけねーだろ。ほら、恥をかく前に帰れ』
おどおどと。引け腰に声を掛けるチェルシーに遅れて返る言葉。
ヴァルミラは背後を振り返り。眼前を見て視線を下げると、次いで飛び込む少女の姿に口を衝く。
己の無理解を棚に上げ、嘲笑と共に手を振り吐き捨て。まだ純粋な心に垣間見る優しさも、嫌味ではないと知るには足りぬ仲。
ヴァルミラが笑みに濡れる眼尻を拭うと、直後。それは唐突に姿を現した。
『…お前の方こそ深淵なる陛下のお言葉。その意図も分からずに…よくもまぁのこのこと魔都に来られたものだ。身体よりも先に、頭を鍛えたらどうだ』
『なっ…!?てめー誰だ!?…さっきの奴は…!』
『…あれは私の妹だ。これ以上妹を侮辱するなら容赦はしないぞ』
容姿声音に留まらず。険を含み、放たれた辛辣に狼狽えるヴァルミラ。直前までそこに居た筈の少女とは似ても似付かない。妖艶な美貌を晒す女に誰何を叫ぶと、チェルシスタが敵意を込めて睨め付ける。
腐れ縁と言うには長過ぎる時の中で積み重ねた絆。或いは本心でなかった言葉を残し去った女の影も懐かしく。これを見下ろし、二つの光といつかの夜に想いを馳せる。アルティヴァは笑みを溢すと、間も無く夢の続きを語り始めた。
『ふっ…此度戦士となる者達は威勢が良いようで何よりだ。これなら前線での活躍も期待できよう。…しかしながら、我の話はまだ終わりではない。…その後、暫し時が過ぎた頃。我はまたしても同じ男の夢を見る。…前回とは打って変わる光景は、人と魔族が共生を歩む街の中。誰とも知れぬ者の祝言を見る男は、侍り佇む我に目を向けてこう言った。…積み重ね、紡がれた想いにはハッピーエンドがよく似合う…とな』
『はっぴー…?』
『どこの言葉だ…』
『おい、お前知ってるか?』
『いや、聞いた事がない…』
不意に見せる表情と、冗談めかす言葉に次いで語られた夢の先。アルティヴァの言葉に多くの者が仄む真意を窺いながら。耳朶を打つ表現に無理解を示す。
この場に集う者達を前に決断を憂い震える手。幾度も目にした光景は、それでも慣れぬ緊張に次を待つ。
王命と言うには余りにも滑稽な世迷言。今は明かせぬ夢の夢。であれば。彼女はその意味と託す命の選択を彼らに問いかけた。
『…聞き慣れぬ言葉は我も同じ。夢幻に解したその意味は幸せの始まり、だそうだ。…察しがいい者は我の言いたい事にも想像が付くだろう!戯言と捨て置かれるのも致し方ないと思っている。だが!夢と切るには余りにも…!我らが選ぶ未来の結末を暗示しているとは思わないかっ!…皆の心に問う。誰とも知れず、いつかも分からぬ夢を信じ、我に命を預ける事が出来る者だけこの場に残れっ!』
『『『……………』』』
こうして、決断を委ね締め括られた王の言葉は激励に遠く。己の、ひいては種族の存亡を懸けた問いに誰もが俯き思案する。
聡い者ほど危うさに躊躇い踏み出す事は難しく。夢の道行に屍を築き、果てに希望はあるのだろうか。
いつ終わるとも知れぬ時。死にゆく者を目端に捉え、或いは罪悪感に苛まれる。
戦士となるべく馳せ参じた者達にとっては選び難く、理屈や思考が導く答えなどある筈もないだろう。
葛藤に静まり返る城内広場。燦々と輝く太陽は雲に隠れ、意気揚々と集った者達の顔からは威勢と気勢が剥がれ落ちる。
望むべくもない奇跡では弱く。叶わぬ願いでは届かぬ理想を前に、誰もが足踏みをする中で。
青年はただ一人、折れぬ想いだけを胸に声を張り上げた。
『アルティヴァ様っ!』
『……………』
『あんたの言ってる事は昔から難しくて俺にはよく分かんねーけど…俺は、あんたの助けになりたくて此処へ来たんだ!戦でも、同胞を守る為でもいい!俺はあんたが望む事の手伝いがしたい!それが…命を救ってくれたあんたに返せる俺の精一杯だっ!』
『…ふっ…我の目に狂いはなかったか。それにしても…言うようになったものだ。まるで…何処ぞの誰かを見ているようではないか』
『………お言葉ですが…あのような蛮族風情と同列に思われるのは心外です』
戦場に在って眩い光を放つ欠片達。幾年月を経て、芽吹く光輝に目を見張る。
アルティヴァが青年の言葉に口元を綻ばせ、ちらと窺い控える戦士に声を掛ければ、沈黙を貫けぬ我の強さにいつかを重ね今を見る。
此度に限った事ではない。緊張に身を固め、まだ戦士ではない者達の決断を憂う。
連綿と続く時を紡いできたのはいつだって…熱く激る想いを秘めた者達だった。
『…魔王陛下!私は…いえ、私も、何の為にではなく誰が為に!そう決めて此処へ参りました!貴方の覇道に付いて行きます!』
『…俺の親父は魔都の戦士だった…魔王様の想いは幼い頃より親父から聞いています!この身、存分にお使い下さいっ!』
『夢…夢か…くっくっくっ…面白いっ!彼の方であれば。そう聞いて育ってきた我らが王の行く末を!導く果てを見るまたとない好機!…俺は紅炎の王にこの剣を捧げよう!』
ぶぅおんっ!!
雲間に覗く一筋の光が降り注ぐと共に、熱い想いが伝播する。
男が身の丈を超える大剣を掲げ、号砲を叫べば俄然威勢を取り戻し。湧き立つ熱気に暗雲すら退ける。
そも彼等は何の為に。戦う為に。では何の為に…。
誰もが求む誉れと賛美。誰もが欲す称号と権威。またある者は財貨を欲し。けれど命を散らし、懸ける者を選ぶ権利がある。
仰々しい始まりと、煙に巻く言葉に薄れ、葛藤に消える。
騙し欺き王命に押さえつける、では成らぬ綺麗な想いを積み束ね。アルティヴァは煌めく欠片達に小さく呟きを落とした。
『…皆…感謝する』




