62.覇天の至り
「おらぁっ!」
ぎんっ!…がぎーん!
「どうした、その程度か」
ざっ…!
「ちょこまかと…!逃すかっ!」
ぶわっ…ごごごごーっ!
「…随分と粗末な炎だな。さっきの火球に比べれば魔力も殆ど感じない…目眩しのつもりか。小賢しい真似をしやがって…とは言え、勝ち筋は必要。侮りも自信も、あればあるだけいい。後は…」
(…シャラ達も無事に迷宮を脱したようだな。となれば頃合いか…崩落の危険がある上に時間も惜しい。が、一息には逝かせない。こいつにはレイシアと同じ…いや、それ以上の苦痛と絶望を刻み込んでやるっ…!)
ぶぅおんっ!
一気呵成に繰り出すヴァルミラの攻撃を受け流し、後方へ飛び退き距離を取る。夜神は追って放たれる炎を前に立ち尽くし。火噴く大空洞での戦いも幾許か過ぎて時機を見る。
気配を探り、託した女の安否を気に掛け。看破も容易い策に乗じると、次いで斬り裂く視界に醜悪な男の笑みを見る。
「掛かったな!くらいやがれっ!」
「…どうだかな」
ひゅっん!
すた…
「ちっ…てめぇ、やる気あんのか!逃げてばかりいないで攻めてきたらどうだっ!?」
「…言われずとも生かして帰すつもりはない。お前は俺の大切な者を傷付けた。その報いが命一つで済むと思うなよ」
「あぁ?…何を言ってやがる」
虚を突き放つ拳は紙一重に空を切り。焦れる攻防に舌を打つ。
仕切り直しに交わす視線。ヴァルミラは攻勢の隙を捉えんと夜神を見据え。一つではない言葉に無理解を口にすると、直後。眼前で振るわれる一刀を機に、攻守劣勢は覆る。
「……………」
ちゃき…ひゅっん!
ざしゅっ!
「がっ…!?」
(馬鹿な…!いつの間にっ!?)
ぶしゅうぅぅぅっ!
「言葉の通り。お前を殺し、魔族を滅ぼす」
それは言うまでもなく。これまでとは一線を画す明確な殺意を放ち、赤熱の魔力に覆われた身体を易々と斬り崩す。
鮮血を撒き、胸を押さえて膝を突く。致命傷には至らずとも困惑に揺れ、垣間見る力に畏怖を抱き。それでも尚、告げる報復に及ばぬ理解。
チェルシスタは至るが故、有るが故に跪き。ヴァルミラは先の栄光に見失う。
過信と怨嗟に曇る想いは奥深く。夜神はこれを引き摺り出し、剥いた心に恐怖を刻むべく動揺を誘い始めた。
「…くっ…!それがどうした!」
「…憐れだな」
「なんだと…!」
「お前のその、女々しい恨み節を聞けば想像も容易い。恐らく、お前は過去に何かを奪われた。それも覇天核を持つ者に。…全くもって、八つ当たりもいいところ…だが、だからと言って何も無いとは言わせない…これまでを生きた軌跡に何も残らなかったとは…言わせないっ!」
ざっ!しゅっ!
「舐めるなぁっ!」
がぎーーんっ!
声を荒げ、踏み込む予兆に五感を研ぎ澄まし大太刀を受け止める。その表情は逼迫し、片腕ではない両腕と、迸る魔力の差が劣勢を物語る。
ただそれだけが大切だったと叫ぶヴァルミラに対し。繋がり、関わる事の意味を知る夜神は確信を持って吐き捨て。同時に、出会い頭と重なる姿。その拮抗は更なる奮起に刃を弾き、代償に無防備を晒す事となる。
「…らぁっ!」
ぎーんっ!
「随分と必死だな。けど…まだ足りない」
しゅっ!
「ぐはっ!」
…どーーんっ!
「おぇっ…!がっ…かはっ!」
ざっ…ざっ…ざっ…
「…喪失に怨讐を抱く程想いを寄せた。大切な者が慈しみ、綺麗だと思い、感じたもの。或いは残したものかもしれないし、伝えたかったものかも分からない。それら全てが詰まった思い出や場所さえも…!俺はお前を殺し、蹂躙する」
「…はぁ…はぁ…てめぇ…ぶっ殺してやるっ!」
振り上げた腕と共に隙の生じる身体を蹴り飛ばし、壁面に激突するヴァルミラを追って答えを語る。それも浅い呼吸と、打ち付けられた衝撃に蹲り、聞こえているのかいないのか。
惨めと言う他にない。地を這う男の姿を前に溢れる怒りは止めどなく。夜神はヴァルミラの肩を刺し貫き、痛烈な言葉を浴びせ追い詰めていった。
「そうじゃないだろう」
ぶしゅっ!
「がぁっ…!」
「媚び諂う以外の選択肢などお前にはない。…見て、聞いて知っている筈だ。託されたのなら尚の事。お前にとってのではない、誰かにとって大切だったもの。お前はそれらを顧みた事があるのか。…友も、家族も同胞も。お前のせいで皆、理不尽な鏖殺を受ける」
めりっ…!
「ぐっ…出来る訳がねー…てめー如きが魔族を滅ぼすとは笑わせるっ!」
「これだけ一方的な状況で、随分と威勢がいいな。…この窮地を覆す手があるなら見せてみろ。その悉くを叩き潰し、抗う術などない事を教えてやる」
「…っ…………」
(馬鹿が!調子に乗りやがって…さっきの手応えから恐らく、灼紅散華はこいつの障壁じゃ防げない!兆候は一瞬、いくらなんでもこの距離なら…!最大火力で消し炭にしてやる!)
相入れぬ敗北と復讐に口を衝く。否定と拒絶は言葉の意味を解す表れとも言えるだろう。
嬲るように刀を捻る痛みと、蔑むように見下す視線に、凄惨な未来が脳裏を過ぎる。
虚勢とは言い難く、覆せるともまた言い難い。僅かと思いたい力の差に知らず怨嗟を勝る。
いつか置き忘れた想いの再起は奪うではなく護る為。であれば。満身創痍の身体は俄然、抗心に沸き立ち。流れる血を蒸発させ、裂かれた胸の傷を焼く。
あの日見た憧れに及ばずとも成し誇る。それはレイシアを焦がし、大空洞を火の海と化した赤炎よりも更に紅く。内なる魔力を炎熱に変え、その身から烈火の爆炎を解き放つ。
「上等だ…見せてやる!これが魔族を統べたあの方の、全てを焼き尽くす紅炎だぁっ!」
ご…ごごごごごーっ!!
「………やったか!?」
果たして三度迷宮を奔り舞う。獄炎に飲まれ、姿を消す男の気配を焔に問いかける。
事ここに至っては認めざるを得ない力。彼我の戦力差を悟り、心の奥深くを穿つ言葉に報復の先を垣間見る。
覇天の極致。それも至る前であるならと、声高に叫びを上げた。なのに何故か。紅炎を割り、事も無く歩み出る男の影に、否定出来ない本能が警鐘を鳴らし始める。
ざっ…ざっ…ざっ…
「……おいおい、それは言ったら駄目なセリフだろう。特に…お前のような死亡フラグが立ってる奴は」
じり…
「…嘘だろ……」
「くっくっくっ…良いぞ…そう、その顔だ。俺はお前のその顔が見たかった!これで少しは人の気持ちが分かっただろう?」
間も無く。先の攻防に見る薄闇の魔力を纏い現れる。夜神の繰り出す言葉、その理解より無傷である事に。或いは悍ましさに歪み、恍惚と語る姿に怖気が走る。
再起を果たし、奮起に燃える意志さえ挫く。憧憬に得た全力が通用しない現実に後退り、狼狽える。
ヴァルミラを見据え、笑みを深める者も一人ではなく。覇天に棲まう彼女もまた、沸々と湧く怒りを堪えこの時を待ち侘びていた。
後悔も近く訪れるであろう混濁した思考の最中に言い放つ。悔い改める言葉が欲しい訳ではない。
より深く深淵に突き落とし、這い上がり掛ける手を踏み砕くように。夜神は憤怒を叫び、覇天の至りを知らしめた。
「…だが…絶望はここからだっ!!」
ぶわっ…ごごごごごごご…!
ぐらぐらぐらぐら…!
「何…だ…その魔力…まさかそれは…あいつと同じ…」
「……………」
(そうだ…怯え慄き恐怖に折れろ。オレはもう決めたんだ。ヨルを傷付ける奴は誰であろうと許さないっ!あの日…オレを、オレだけを選んでくれた。分たれた光と闇。魔王の使命と願い。…お前達が望む変革者、世界の調停を成す者…今のヨルならあり得たかもしれない救世と、幾千年を掛けた想いを水泡に帰す…その愚かさを、後悔しながら死んでいけ)
「お前が探していた覇天核の魔力に決まっているだろう。…どうだ。俺は魔族を一匹残らず根絶やしに出来そうか?…もしそう思ってくれるなら…これ程嬉しい事はない」
「…っせるか…!アルティヴァ様が望んだのは魔族の繁栄だ…滅ぼされてたまるかぁっ!」
迷宮を揺らす膨大な魔力の奔流が極彩を割って立ち昇る。漆黒の魔力は有り有りと彼女の性質を汲み。同時に枷を失い放たれる威圧感に息を呑む。
あってはならない現実。あるとは思わなかった覇天の極致。
夜神は叶えたい願いの為に強さを求め。そして彼女は男の優しさに報いる為、その身を賭して求めに応えた。
至る二人の皮肉は盛大この上なく。天地の開きに覆る立場。何故、どうして。そんな疑問すら消し飛ばす。
もはや怨嗟どころではない。食い止めなければ魔族が滅ぶ。絶体絶命の窮地に尚も折れず抗おうとする。レイシアがそうであったように。
これは誰にもある、出会いと積み重ねの物語。




