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60.幼き純心

ごごごごごーーっ!


「……………」


「…これはっ!?」


ざっ…!


(…ヴァルミラか…あの野郎…!いや、生きているなら丁度いい。…もう二度と会う事もないだろうが…せめて御方の怒りをその身に浴びて償え。…今代、遂に姿を見せた覇天と思しき異世界人…確か、ヨルカと呼ばれていたな…)


『…きっとお前も、そう在れるだけの価値あるものを抱えているんだろう。…なのに何で…人の痛みが分からない…!』


(優しく、繊細でいて冷徹な男か。扱いを間違えればこの様。加えて見た事もない極彩色の魔力。…あの女のそれとは異なるが…恐らく…。何にせよ、まずは現状を報告するのが先決か)


すっ…


突然の事態にその場を飛び退き。火焔の先を睨み付け…。此度の惨状。その尻拭いに頭を垂れる気も知らず、投げ打つ覚悟でいた命。それも、替えが利くなら願ったり。


チェルシスタは失った左腕を押さえ。これを事も無げに見つめる男を振り返る。

怒り、殺意は当然。色の無い視線は冷たく。武器を振る動きに躊躇いはなかった。しかし。垣間見る表情は無理解を。言葉は理解を示しながら困惑に揺れ動く。

危うい均衡。後ろ髪を引かれる胸の内は過ぎる炎に呑み込まれ。この機に乗じて姿を晦ますチェルシスタ。

まんまと窮地を脱した彼女に代わり。煌々と沸る火の海を裂いて…ヴァルミラが姿を見せる。


ざっ…ざっ…ざっ…ざっ…


「おいおい…この俺を捨て置いてチェルシスタに手を出すとか…そりゃあねーだろ?この時を…ずっと待ってたんだぜ。…あんま調子に乗ってると、焼けちまうぞ」


ぶぅおんっっ…!


「…知った事か。邪魔をしやがって」


遂に相対する怨嗟と憤怒。邪悪を浮かべ、悦に入って冗談めかすヴァルミラに対し、夜神は刀を振って辺りの残火を斬り払う。


開けた視界。睨み合う両雄。しかし、一触即発の空気は数秒を数えても進みはしない。

積年の果てに待ち人来たる。それは男にとって、笑みが溢れる程の愉悦だった。


「……くっくっく…そうつれねー事を言うなよ。…忘れもしない。お前からはあの女と同じ、嫌な匂いがする。覇天核…!随分と探したんだぜ?少しくらい付き合えよ」


「……なるほど。あれも苦労が絶えないな。同情くらいしてやるが…俺には関係のない話。とは言え…まぁ、腕の対価くらい支払ってやるべきか。…おい魔族。レイシアを、女とその精霊をやったのは…お前一人か」


赤熱の魔力を身に纏い。歪んだ笑みを浮かべて誘いをかける。ヴァルミラの言葉に、ふと脳裏を過ぎる疑問の答え。

煩わしくも優しい精霊の言葉。抵抗もなく、覚悟を見せる女の姿。繋がる線に察する妄執と逆恨み。

人としての一線を超えぬよう、平静と激情の狭間を揺れる。夜神は見失いそうになる怒りの矛先を求め問いかけた。


「ほぉ…随分とあの女に執心しているようだが…ただの仲間だろ?代わりなんか探せばいい。…それとも何か…お前にとって、あれは特別な女だったのか?」


「……………」


「…そうだとしたらこれ程嬉しい事もない…!あぁ、そうだ。俺がこの手で焼いてやった!悔しいか?切ないか!?見るに堪えない姿に変わり果て、助けられなかった後悔に打ち拉がれる…お前が悲しんでくれたなら何よりだ!」


「…そうか…それを聞いて安心した。これで躊躇う理由も無い……」


ぎゅっ…


腕を広げ、視線は高く。叫ぶように。その身で歓喜を表し打ち震えるヴァルミラの答えに、最早情けは要らず。絶望の底へ突き落とし、死に勝る恐怖を与え蹂躙する。

夜神はヴァルミラから視線を切ると、言わずと知れた怒りを抑え、心を落ち着けるように息を吐いた。


何せ、一太刀で殺してしまっては晴れる間も無い女の恨み。一方的な暴力では、開き直るのが関の山。

希望を折り、心を折り。誰にもある積み重ねを引き裂いてこそ。溜飲が下がると言うもの。

刀を握り締め。男が描く悪辣は、振るわれる一刀に示された。


ひゅっ!


「っ…!」


(早いっ…だがこの程度!)


ぶぅぉっ!


がぎーーっ!ぎ…ぎぎ…ぎりっ!


「…残念だったな。天を覇するとは言え…今はまだ俺の敵じゃないっ!」


一足に距離を詰め、上段から大太刀を振り下ろす。男の急襲に片腕を上げ、防ぎ拮抗する二人の間に飛び散る火花。

圧倒的な力と、絶対的な自信。鋼の様に硬い身体は武器を通さず。全てを焼き尽くす炎と、全てを打ち砕く拳をもって最強を自負する。ヴァルミラは嘲りと共に確信を吼えると、残るもう片方の手に紅の炎を顕現させた。


ぼっ…!


「……………」


「…はっ…!安心しろ。そう簡単には殺さねー!」


最早、出会い頭に吹き飛ばされた事など覚えておらず。手玉に取っているのは自身であると。

余裕を浮かべ、眉一つ動かぬ男を前に、これを死への恐怖と見誤る。

均衡を保つ歪な鍔迫り合いは、距離を取れば業火に焼かれ。そうでなくともいずれは弾かれ隙を生む。そう見えるよう、力を抑え。

夜神は一人語りに耳を傾け嘲笑を溢した。


「…ふっ……」


ぎり…ぎ…ざしゅっ!


「なにっ…!?」


だんっ…!


同時に刀を引き、撫でるように滑らせ肉を断つ。

突如として崩れる均衡。一変する表情は困惑に染まり、久しく感じる痛みに狼狽える。直後。ヴァルミラの隙を突き、夜神が理不尽な膂力にものを言わせ、返す刃を振り上げる。


「刻んでやる…!」


ちゃき……しゅっ!


「ちっ…調子に乗るなよ覇天核!」


しかし。これを読み切る反応は思考よりも早く。上体を逸らし、頬を掠める鋒をやり過ごすヴァルミラ。

腕を上げ、僅かな隙とは言えない無防備を晒す夜神に対し。仰け反り、態勢を崩すその手には、今も身を焼く焔が盛る。

直撃必至の至近距離。如何に態勢を崩したとは言え、放つだけなら造作なく。懐に入るなら好都合と手を翳す。

次の瞬間。ヴァルミラの放つ紅炎が、男を呑み込み迸る。


「くらいやがれっ!」


ごごごごごーーっ!


「………………」


ざざっ…!


「…嫌な目をしやがる。だが、お前が死ねばもう後はない…!瓦解した七帝を取り込み、屈服させ…俺が魔族を従え人間達を蹂躙するっ!アルティヴァ様が目指した人魔統一は…俺が実現する!」


どぅーんっ!どぅーんっ!


しかして。逆巻く炎に飲み込まれ。消える刹那に垣間見る。変わらぬ視線と、気付かぬ畏怖に距離を取り。姿も見えない男に向け、火球を放つ。

爆炎と共に昇る火柱。陽炎に揺れるあの日の姿。

貴方の為に鍛え磨いたこの強さ。なのに何故、貴方は此処に居ないのですか…。


『ヴァル、人間達が近くまで来てるらしいぜ…大人達が言ってた…』


『くそっ!これで何度目だ…いつになったら終わるんだよ…!』


今はもう、遠い昔。ブランディア北方に位置するゼルディアス大陸にて。

常となった争いは長きに渡り。次世代の子供達が精算を強いられる時代。とある町のはずれで友の言葉に憤る。赤と黒のまだら髪を揺らし、声を荒げるのは若かりし頃のヴァルミラ・スパーク。


『仕方ないわよ…お父さんが言ってた。私達は他所者なんだって…』


『けどじゃあ…それが同胞を殺されていい理由になんのかよっ!』


その口調は今と変わらず。しかし心は今よりもずっと純粋で。行動を共にする少女に理不尽を嘆き散らし、己の無力を突きつけられる。

それでも、熱く激る想いが運命を導く。

数日後、ヴァルミラは一人荒れた街道を駆け、戦場へと足を踏み入れた。

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