↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
61/74

59.覚悟

ぱきっ…!


すっ…


「……いや待て……どうすんだこれ…振りかけるのか…飲ませるのかっ!?効かなかったじゃ済まないんだぞ…くそがっ!」


そして間も無く。取り出した上級回復薬の蓋を開け。傾けた小瓶を手に慌てふためき狼狽える。

最早、一刻の猶予さえあるかどうかの瀬戸際。こんな事で奇跡を逃したなど、後悔してもしきれない。…とは言え。

睨み合っていても埒など明かず。夜神は小瓶とレイシアを交互に見つめると、覚悟を決め。彼女の口に液体を流し込んだ。


すっ…


「…頼むから効いてくれ…!頼むから!」


元より価値も曖昧な代物。全幅の信頼など程遠く。それでも、今はこれが一縷の望みと手を握り。男が切望を口にすると、ここでようやく。

跡に残った魔物の死骸を潜り抜け、シャラが男の元へ辿り着く。


だっだっだっだっ…!


「柊様っ!シーア達は……っ!?……酷い…」


期待と不安が入り混じる声でその名を叫び。駆け寄り見れば…変わり果てた女の姿を前に目を逸らす。

きっと、今この時に於いてレインの存在を覚えていた者も、彼女を除いてはいないだろう。

男は掛かる声に一瞥もなく。数秒を要し、価値を示し始める回復薬の効果に目を見張る。

淡い光に包まれ、徐々に癒えていく身体は…しかし。峠を越えたと言うには些か早く。何より、失った左手と左足の損壊を直しはしない。

これに歯噛みしながらも。次いで聞こえる微かな声に、今はただその命が失われなかった事を神に感謝した。


「…………ぅ…っ……」


「っ…!レイシア!おいっ!聞こえるか!?レイシア…!」


(許さない…)


「………………は…じ…めて…なま…え………」


「シア様っ!」


「シーア!」


「…………すぅ……すぅ…」


「………安心しろ。息はある。気を失っているだけだ」


いつからか。躊躇うようになった女の呼び名。理由を聞かれても、これと言って思い当たる節は無く。今に在っては誰も知らぬ胸の内。

けれど事実が物語る。過去、男がその名を呼ぶ時は、決まって別れの際だった。

故に。此度初めて耳にする。感謝でも、別れでもなく自身の名を呼ぶ男の声に…レイシアは薄らと目を開け応えを返すと、また眠るように瞼を閉じた。

しかして、憂虚は消え去り。束の間の平静を経て湧き上がる感情など怒り以外にある筈もないだろう。一人は言わずもがな。一匹だって変わりはしない。何があっても守ってみせると誓った。

今はまだ存在を明かす事が出来ないと、言い訳が出来る程安いものではない。男の涙を目の当たりにし、冷静でいられる事など出来ようか。


(許さない…!)


「…シャラ」


「はいっ!」


「レイシアを連れて先に迷宮を出ろ。…街に着いたらこいつと…精霊の治療が最優先だ。金はギルドの解体屋から報酬の残りを貰え。足りなければ何をしても構わない!後の事は俺が全て消し飛ばして終わりにする。…今は元に戻らなくてもいい…絶対に死なせるな!」


「…はい!」


すっ…


憎悪に堕ちる精霊と、まだ理性を残す男の言葉。街一つとて釣り合わない女の価値に、もう何を思う事はない。

巡り合わせの果てに出会えた兄の期待に応えるべく。シャラが力強く頷き返すと、男は再燃する怒りと殺意に身を焦がし、ここでようやくチェルシスタの存在に目を向けた。


「…それで…さっきからこっちを窺っているあいつは一体何だ」


「…っ!」


「…分からない…けど、もう一人のヤツとは仲が悪かった!」


じり…


「……………」


(…何だ…この威圧感は…これじゃあまるであの女と同じ…だが、魔力どころか核さえ感じられないのは一体…兎に角、一度状況の説明をする必要がある。…さっきの、あの取り乱し方は普通じゃない。奴の尻拭いは気分も悪いが、そうも言っていられない状況だろう。先ずは謝罪と女の治療、後は金か…地位権力など、魔都にくれば幾らでも手に入る。話はそれからでも遅くはないだろう…)


鋭い視線を浴びせられ。一歩後退り。何を感じずとも本能が悟る予感に身体は震え、至る思考は遅きに失し。

大空洞に広がる異様な魔力を見れば、男の強さに予想も付くが…想像の域を超えるとは知る由もなく。焼けた精霊の言葉に期待を寄せ、超克の機を窺い続ける。

多少怒りを買ったとは言え、覆せるだけの材料はあると。高を括り、チェルシスタは男の価値観をこれまでに準え見誤った。


「…もう一人…レイシアを掴んでいた奴か。…お前も…悔しいだろうが今はゆっくり休め。俺が必ず報いを受けさせる。…シャラ、悪いが後の事は頼んだぞ。俺もあいつらを仕留めたらすぐに街へ戻る。…もう一度言うがこいつと、レイシアの治療が最優先だ。それ以外はどうでもいい!」


「はい。柊様も気を付けて下さい。…戻ってきたら話したい事がいっぱいあります。必ず帰ってきて下さい…!」


「ふっ…今はもう俺にとって…お前達は大切な仲間だ。それを置いて何処かへ行ったりはしない。だからそんな顔をするな」


「…待ってます。…行くわよ精霊!その羽じゃまともに飛べないでしょ。あたしにしっかり捕まってて!」


「ワタシの名前はシルフェル!」


がばっ!


だっだっだっだっだっ…!


恐れていた最悪が薄らいでいく。

大切だと。仲間だと言われ、託された想いと魔力。であれば。引くものも、遮るものもありはせず。シャラは逆立つ髪を靡かせ、炎の中を駆けていく。その背を見送り。一歩踏み出す男は気付いていない。不意の約束がその証。


「…魔族か…この際だから聞いておきたい事もあるが…そんなのはもう…どうでもいい…」


かくして。目的を果たし、用は済んだと迷宮を後に出来る程、擦り減らしたものは少なくない。

何処ぞのアニメではきっと、何も生みはしないと。空虚なものであると、諭す者もいるだろう。

復讐も、男にとっては想いを遂げる手段であり。それはとても純粋で、綺麗なものだった。


すっ…


ざっ…ざっ…ざっ…


「……………」


(…来る…まずは敵意がない事を伝えなければ。第一声は謝罪か…或いは平伏か…。何にせよ、多少はこちらの事情も知ってもらわなければ困る。どう切り出す…いや、あの男はどう切り出してくる…)


ざっ…ざっ…ざっ…


一方。身を翻し、歩み寄る男を見据え。対話に臨むべく思慮を巡らすチェルシスタ。

その内心が示す通り、言葉を違えれば交戦に陥る可能性は高く。謝罪や事情を説明するにせよ、注意を払う必要はあるだろう。…そんな浅慮を持って迎えようと、始まらなければ意味がない。


チェルシスタが小さく息を吐き。瞼を伏せ。次いでゆっくりと口を開いた…次の瞬間。それは目の前から忽然と消え去った。


ひゅっ…


「………え…」


ぶぅぉんっ!


「なっ…!?」


(…う…そ…っ…!?)


開いた口から間抜けた声を漏らし。我を取り戻せば眼前に光る剣尖。状況は想像を超え。死を目前に狼狽えるチェルシスタに向け、男は刀を振り下ろした。


「…待って下さいっ!私は貴方様の敵ではありませ……っ!?」


(駄目だ…!この目…聞いていない…!)


手を前に突き出し、言葉を尽くす。それでも、眼前に迫る凶刃が勢いを失う事はなく。

仄暗い男の目に映る自身の姿は、大切な者を傷付けた憎き敵。それ以下でも、それ以外でもないと知り、愚かな自分を顧みる。

魔力の障壁を展開させ、これをやり過ごそうとするチェルシスタは本質を見抜けず。今も、全てを無に帰す闇の精霊を前に、身を守る盾など無きに等しく。


許してほしい。これは貴方の為の私の怒り。


ざしゅっ…!


「……がはっ…!?」


(…一体…何が起こった!?…私の障壁が消えた…いや、魔力を消されたのか…!?そんな馬鹿な事が…いやまさか…!しかしだとすれば納得がいく。失念していた…覇天に棲まう精霊の存在。低く見積もっても上位か…下手をすれば…ちっ!あの考え無しが…!御方を敵に回したこの状況、どうしてくれるんだ!)


ざっ…ざっ…


「楽に死ねると思うなよ…」


「…っ!?」


(…このままでは私も殺される。元より逃すつもりもないだろうが…この怒り、晴らしておかねば後に必ず災いを齎す。今こそ…魔宮七帝としての務めを果たす時か…)


魔力の消失と共に胸を裂かれ。刹那に巡る思考が遅きに至ると、ここでようやく内なる者の存在に辿り着く。

精霊との契約によって得られる恩恵に加え、覇天の魔力があれば腑に落ちる数々の異常事態。同時に、向けられる視線に諦念と覚悟を抱き始めるチェルシスタ。

致命傷とは言えない傷は見た目よりも浅く。追撃がないのも言葉通り、嬲る為だろう。

脳裏を過ぎるヴァルミラの短慮が招いた事態は…思った以上に絶望的だった。


ざっ…ざっ…ざっ…


じゅっ…


「……話を聞いて頂けませんか。その怒り、収まらないのであればこの首を差し出しても構いません。ですがその前に…何卒私の話を…」


「…お前らはあいつの言葉に耳を傾けたのか。いや、あの女の事だ。きっと命乞いなどしなかっただろうが…あれだけの傷…!惨いと言うにも程があるっ!」


ぶぅおんっ!


ぷしゅぅぅぅぅっ!


「ぐっ…!」


葛藤の末に跪き。抵抗の意思がない事を告げ言い募る。果たしてそれは、男の何を変える事も出来ず。ただ怒りに薪をくべ。

頬から鼻筋を通り、額までをざっくりと。美しい顔を鮮血に染め、苦痛を堪えて尚平伏を貫き通す。女に対し、夜神は続けて口を開いた。


「…きっとお前も、そう在れるだけの価値あるものを抱えているんだろう。…なのに何で…人の痛みが分からない…!」


ぶぅぉんっ!


ぴしゅっ…


「…っぅ!」


言った所で詮なき事。命惜しさにそうしている訳ではない。

浅いとは言え立つ膝を斬りつけられ。それでも、屈せず男を見つめる。女の真剣な表情が心を逆撫で、知らぬ躊躇いと迷いが誓約を想起させる。

これは魔族か塵か。今の自分は人か、それとも…醜悪な人間か。

気付いていない訳ではない。しかしもう、見て見ぬ振りなど出来ない怒りに身を任せ、夜神は怒声と共に刀を振り払った。


「…てめーがそんな顔を…すんじゃねーよっ!!」


ぶぅおんっ!!


ざしゅっ!


…ぼと……


「………話を…聞いて頂けませんか」


「…お前の話なんか聞く気はない。だが…その覚悟に免じてこれ以上は無しだ。抵抗しなければ一息に殺してやる」


ちゃき…


胴を掠める刃が女の左腕を落とす。

何の為に。なんて理由はどうでも良かった。ただ、その顔は男にとって綺麗だと思えるだけの想いを滲ませ。

敵でありながらこれを踏み躙るべきではないと、そう思った。


やりきれない胸の内。猛る怒りは不完全燃焼もいいところ。それでも。これが人として在れる最大限の譲歩と告げ、夜神が刀を構えた直後。二人を別つ紅の炎が迸った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。