56.業火の中で
「ヴァルミラ…お前っ!!自分が何をしたか分かっているのかっ!?」
大空洞に立ち昇る幾つもの火柱。チェルシスタの叫びも虚しく放たれた業火によって、辺りは文字通り火の海と化す。
熱気に喉は枯れ、流れる溶岩に足の踏み場さえ危うい中で。立ち尽くす男に掴み掛かる女の顔は怒りよりも寧ろ、困惑に青褪めていた。
「…離せ。まだ殺しちゃいない。…こいつには覇天核の居場所を聞かなきゃならないからな」
「…ぅっ……」
「シア様っ!シア様!」
「…離せだと…!?もし彼女の仲間に今代の者がいたら…これをどう説明するつもりだっ!?」
ちらと背後を振り返り。倒れる女に一瞥をくれ吐き捨てる。そんなヴァルミラの様子に、事の重大さなど米粒程の理解もないのだろうと、勢いを増して言い募るチェルシスタ。
焦げた髪。焼け爛れた顔。溶けた装備から覗く肌は辛うじて。
ゆっくりと起き上がり、腕を押さえ。苦悶に顔を歪めて諍いに目を向ける。レイシアの側で叫ぶシルフェルの様子を見れば、如何に酷い状態かは言うまでもないだろう。
ぱしっ…!
「知った事じゃない。あの女から覇天核の居所を聞き出し…俺はそいつを殺す!」
「な…っ!?」
「…長かった…本当に長かった。だが…あいつら人間の寿命は短い…」
「…お前…まさか…」
チェルシスタの手を振り解き。此処へ至ってはもう、隠す必要もない。
目を閉じれば蘇る若かりし頃の出会い。忠義を尽くしたいと鍛えに鍛え、鍛え抜いたこの身この技この魔力。
愛しの君が望んだ支配。その真なる意図も知らぬまま。
危うい思想。危険な性格。幾年月を共にすれば、至って当然。そして。男が明かす理由など、最悪を以って他に無い。
ぼっ……
「老いたとは言え魔宮七帝を、あいつを相手にしながら奴を殺すのは骨が折れる。だが…後継も無く、時が経てばいずれ何をせずとも奴はくたばる。…今代が覇天なら尚更…全てが瓦解するだろう。燻ってるのは俺だけじゃない。もう、お前の小言は聞き飽きた。…死ね、チェルシスタ」
すっ…
「…ちっ…!」
どぅーーーーんっ!
焔を手に、高まっていく魔力。逆巻く赤光は螺旋を描き。抑揚の無い言葉と共に放たれる。
常人であれば骨も残らなかっただろう。迸る炎熱に飲まれ、跡形も無く消え去る。
女もまた、彼女に認められた七帝の一人。
「……さて…邪魔者はもういない…」
ざっ…ざっ…ざっ…ざっ…
じり…
「…覇天核は何処にいる」
「…くっ…ぅ…」
「……オマエ…絶対に許さないっ!!」
地を這う残火をその目に伏し。遮る者無く歩み寄る。悍ましく歪んだ顔を向け、迫る男を阻むように。身を呈し、勇敢にもレイシアを庇う精霊が何故、無事だったのか。
半身半歩を翻せば隠れる小さな身体。左半身の装備を溶かし、激痛に顔を歪め。また痛みに顔を歪ませる。
そんな、敬愛すべき契約者の姿を間近に見つめ。徐々に近付く男を睨め付け。不甲斐無さに涙を湛えて叫びを上げる。
シルフェルは抑えの効かない怒りに身を任せ、勢い良くその場を飛び出した。
ひゅっ…!
「…駄目っ!シルフェル…戻りなさい…!」
「はぁぁぁぁぁ…!飛んでけーっ!」
びゅびゅんっ!
「ふっ…ふはははははははっ!風の精霊か。よく燃えそうだ…ふっ…!」
ぼっ…!
「…消えろ」
すっ…
ごごぉーーーっ!
「…そんな…ワタシの魔法が…」
「シルフェルっ…!!」
きっと今まで以上。これ以上ない想いの発露に呼応する風は鋭く。両腕を振りかぶり、放つは翠緑の風刃。それも一条ではない鎌鼬の交差。決死の覚悟で繰り出す魔法は、しかし。ヴァルミラには届かない。
嘲るように声を上げ。腕を払って振り撒く火焔に消える風。その余りに無情な光景を前に、茫然自失。喪心呟くシルフェルは次の瞬間。男の放つ業火に焼かれ地に落ちた。
ばた…
「………シ……ア…さ……ま」
ざっ…ざっ…ざっ…!
「…覇天核は何処にいる。お前から漂う忌々しい魔力…さっさと答えれば楽に死なせてやる」
(……シルフェル…!)
「………………」
そして間も無く。小さき友を超え、眼前に立つヴァルミラ。吐き捨てるように問う言葉の意味も、今なら分かる。
とは言え。元より答える気も無く死ぬ気もない。故に興味が失せれば或いは…と。レイシアは僅かな可能性に賭け、ゆっくりと口を開いた。
「…申し訳ありませんが…貴方の言っている事自体、意味がよく…何を勘違いされているかは分かりませんが…私はただの冒険者です」
「…なかなか豪胆ではある…が、それは悪手だぞ女」
しゅっ…!
「え……が…はっ…!?」
どーーーんっ!
がらがら……
「覇天核の魔力は特別だ。他の矮小な魔力とは匂いが違う。…聞かずとも近くにいる事が分かれば十分。お前の命、そう高くはないぞ」
果たして。レイシアの言葉は通用せず。蹴り飛ばされ、壁面に激突する。
もう既に。不意の一撃を喰らい満身創痍。そうでなくとも敵は魔族。分の悪い賭けになるだろう。…だとしても。最早戦わずしてこの窮地を脱する術は無い。例え、それが小さくか細い希望であっても。これを手繰り寄せるべく、レイシアは覚悟を決めて立ち上がった。
「…くっ……」
(…この男は何で夜神様を…いえ、理由は関係ない。…私は………誰にも渡さない…!)
「…すぅ…はぁ…知っていたとして…あの人を殺そうと言う貴方に教える事は何もない。…そして…私からあの人を奪おうとする者は…例え神であっても許さないっ!」
ぶわっ…!
「…小賢しい魔力…だがまぁ、いいだろう。少し遊んでやる。お前の次は覇天を殺す。己の無力さに絶望しろ!あの時の俺のようになぁっ!!」
じり…
だっ…!
「はぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
ぎんっ!きんきんきんっ!がぎんっ!
そして。燃え盛る業火の中で二人。レイシアは剣を振り、一気呵成に攻め立てるが、これをものともしない。ヴァルミラの身体は鋼のように硬く。その指で、手で剣を弾き受け流す。
「ふはははははは!そんなものかっ!?」
ざざっ…
「…ぐっ…!はぁぁぁぁっ…!」
がぎーんっ!…きん!…がぎんっ!…ぎん…
「ほらどうした!?もっと無様に足掻いて見せろっ!」
がぎーーーんっ…!
「…はぁ…はぁ…うぉぉぉぉぉぉぉっ…!」
激痛に顔を歪め。熱気に汗が吹き出し。朦朧とする意識の中。それでも剣を振り続けるレイシア。
しかし、それも長くは続かず。裂帛の雄叫びを上げ、全霊を賭して放つ一撃を受け止められると、続く剣戟は男の嘲笑に掻き消され。鉛のように重い足は、女の意志に反して膝を折る。
最早、立っている事さえ出来ず。レイシアは剣を地に刺し動きを止めた。
ぐさっ…
「…はぁ…はぁ…はぁ…」
(…死ねない…こんな所でなんて死ねない!私の死に場所は夜神様の腕の中。いつかやり直しが露見して…この身を裂かれる。そんな未来だって受け入れる覚悟がある。けど…まだ何も……魔族なんかに殺されてたまるかっ!)
「…うっ……シア様…ワタシも…行かなくちゃ…!」
「…つまらん女だ。覇天の居場所を吐く気がないなら用はない」
「…くぅっ…!」
(…何か…一瞬でもいい…隙さえあれば…!)
「灰も残さず消えろ」
もう既に、剣を握る手の感覚は無く。勝ち筋と言える切り札などありはしない。それでも尚、活路を望む女の目から輝きが失われる事はなく。
ヴァルミラはこれを冷めた目で見つめると、腕を上げ、手の平を向ける。
次第に具現を成す紅の炎。これを避ける体力など、もう残ってはいない。が、間近に迫る死を前に覚悟も遠く。いつだってあの男との先を見据え足掻いてきた。であれば死など、なにするものぞ。
逃れようの無い窮地に在ろうと折れはしない。レイシアの想いが、地獄の釜に一筋の希望を垂らす。
…どぅーーーーーーんっ!!
ぐらぐらぐらぐら…!
「…ちっ…なんだこれは」
「シア様ーーーっ!!」
「…シルフェル!良かった…無事だったのね!」
それは、男の手に渡る誓いと想い。振り抜かれた記憶の欠片。
爆ぜる光爆は女の笑みのように弾け。再会に湧く心が男を強く抱きしめる。そして。肩を掴み、強く揺らして言うだろう。また、あたしをあんたに刻み込む。
…突如として迷宮を襲う異変。震える地面に足を掬われ、辺りを見回すヴァルミラ。その一瞬を突き、シルフェルはレイシアの元へと駆けつけた。




