51.迫る気配
「きゃーっ!」
「村が…」
「くそっ…!火がすぐそこまで…ぐずぐずするな!早く逃げろっ!」
「だ…誰か助けを…魔族の襲撃を知らせに行ってくれっ!」
炎に呑まれ崩れ落ちる家屋。助けを求め、叫びを上げる男の声も虚しく絶望に染まる。まさに阿鼻叫喚。
同時に、黒煙が烟る町を眼下に眺めて宙に浮く。
浅黒い褐色の肌。赤と黒のまだら髪。好戦的な貌は言わずもがな。
存在の意義を知れば笑みを浮かべて然るべき。だが、男の表情は明らかに曇っていた。
「あ…あのぉ…ヴァルミラ様…」
「…なんだチェルシー」
「少しは残しておかないと魔王様に…」
そして、これに声を掛けるはおどおどと。同じく褐色の肌と片目に掛かる濃い緑色の髪。覗く可憐な顔立ちに、隠す力は同等か。
組まされたるは魔王の勅命。その内容は僅かな人間を生かしつつ、国の存亡に影響のない町村を殲滅する事。
かくして。男が選ぶカミールの村は、先の狙いを見据えるものだった。
「…分かっている。だから追ってはいないだろう。何が悲しくてこんな中途半端な事を…全盛の魔族が聞けば呆れる行いだ」
「ですがこれは…」
「あーうるせーな!お前も少しは人間共を殺してこいっ!」
「は…はひぃ!」
「…二人の覇天…今回はそのどちらかの可能性がある。ふっ…至る前に捻り潰せば後はない。そうすればまた昔のように…俺の忠誠はあの御方一人のもの。紛い物の魔王を戴くなんて真っ平ごめんだ」
あの日から変わってしまった魔族の在り方に異議を唱え、反旗を翻す時を待つ。彼の言う紛い物とは一体何を意味するのか。それも遠からず、理解の及ぶ言葉もあるだろう。
「…ヴァルミラ様、その…これくらいで宜しいのではないかと…幾人か、人間達が方々に散って逃げていくのを確認しました」
「ちっ…癪に触る喋り方だ。魔族ならもう少し堂々としろ。…そういやお前は保守派の人間だったな…あんなのに唆されやがって」
「ま…魔王様は…私達魔族の為に全てを捧げてくれています。お陰で魔都の民も暮らし易く。大規模な戦闘が無いのも…」
「はいはい、分かった分かった。それよりも、近くに迷宮がある」
「………またですか…」
「別に魔王の意向に逆らっちゃいないだろ」
そして間も無く。戻る女に悪態を吐き、暗に対立を口にする。
どうやら、相容れぬ関係は二人に限った事ではないらしく。次いで男が目を向けた先は奇しくも今現在、夜神達が滞在するフェルメースの街がある方角と一致する。
辟易とした表情を見せるチェルシーの言葉を聞けば、彼女にとって利のある行動でない事は言うまでもなく。ここから暫しの間、両者の間で醜い言い争いが繰り広げられる。
「でも…あれは人間達にとって大切な場所で…あ…安易に攻めては…」
「…今代の候補はもう間違いなくこの世界に来ている。その根拠たる膨大な魔力の感知は幾度かあるが…中でもバッシェルド帝国内でのそれは迷宮からと言う。一年前のアーリスイフを境にぱったりと音沙汰もないが…お前の言うように生きていくには金が要る。当てもなく待つよりは建設的な考え方だろ?…こっちから見つけて招待してやればいい」
「…なら、せめて冒険者達を殺すのはやめて下さい。万が一、各国の要人が紛れていたら人間達が大挙して押し寄せてくる可能性もあります…」
「はっ…それを言ったらこの村だって変わりはないだろう。そもそも、そんな奴が迷宮なんかに居るかよ。報復に来ると言うなら構わない。駆逐するだけだ」
「……そういう事も往々にしてあると…魔王様の言葉を忘れたのか。我々のように戦闘に特化した魔族の数はそう多くない。勝利を手にする事は出来ても…同時に必ず魔都の民が犠牲になる。いい加減貴様の尻拭いはごめんだ。言う事を聞け」
すっ…
とんっ…
「…やれば出来るじゃないか。普段からそっちでいたらどうだ。俺の勝手が気に食わないなら力ずくで止めてみろよ…チェルシスタ・バーチェス」
「…余り調子に乗るなよヴァルミラ・スパーク。…二年前から未だ魔都に訪れの無い御方の捜索には協力してやるが…魔王様の命に背くなら容赦はしない」
両者一歩も譲らぬ口論の末、変容する女の容姿声音は覇気を纏う強者のそれとなり。
間も無く地に降り立つと、男は笑みを浮かべて嘲弄を口にする。
夜神が聞けば幾つもの疑問が晴れるであろう言葉から分かる事は大きく二つ。彼等は以前より誰かを探し。意味のある虐殺は尊い犠牲と、明確な意図があっての事。
果たして。結論の出ない先行きに面倒そうだと評する者達との邂逅は、あるのだろうか。
そして現在。
ぎぃぃ…がちゃ…
「……………」
「……………」
(あの時と同じ…まさかこの街が襲われるという事はないと思うが…)
依然として思い詰めた表情のまま、暗く沈んだ雰囲気を醸し宿へ戻る。レインは腰を下ろすと、込み上げる不安に知らず救いを求め、男の顔を窺った。
「……………」
「…何だ。話す気にでもなったか」
「……っ…………」
(馬鹿か俺は…こいつに何て言うつもりだ…!仲間を犠牲に一人逃げ帰ったとでも言うつもりか!この俺が…臆病風に吹かれさっさと街を出たいと…共に行動してくれと…言える筈がない!嘲りは勿論、何よりシーアの落胆する姿は見るに堪えない…あの時とは違う…興味本位に近付きさえしなければ問題ない。残り三日…いや、明日さえ凌げば…!)
「…話すって…お前に話す事は何もない。勝手に決め付けるな」
「…そうか…明日は早い。俺はもう寝る」
ぼふっ…
「……………」
(大丈夫…大丈夫だ…)
これを見透かそうとする夜神に対し、口を開いては閉じ。
Sランク冒険者であるこの俺が。それ以前に男として。更に言うなら未だ気心も知らぬ相手に弱音など吐ける筈がないと。
強がるレインは夜神の不器用な優しさに触れる事なく悪夢に堕ちていった。
ざっ…ざっ…ざっ…
『思った以上に酷いな…』
『あぁ…』
ちら…
『…生存者はまだこの街に残っているのか…』
『でも…ここまでの状態…復興なんて出来るのかしら…』
『あれから二週間。国も対応に追われていると聞く。ロッケルティアは復興まで一時放棄し、住民達は移住となるだろうが…受け入れ先で揉めているんだろう。領主は既に帝都に移ったらしい。…酷い話だ』
『…我先にとここを離れた領主の事よりも…今は被害に遭った人達に祈りを捧げよう』
『…そうね』
『『『『…………』』』』
時は過ぎ。日々を過ごす中で冷めていく熱はとある依頼を機に再燃すると、好奇心に押され足を向けさせる。
ロッケルティアの惨状を目の当たりに声を失う一同。
ぽつぽつと、すれ違う者達を横目に町を進むレインの言葉に、アールテが不安を口にすると、ガルードが噂話を披露する。
現実を直視し、ようやく胸に落ちる悼みは、それでも。他人事である事実に勝る事はなく。
迫る災厄に身を焦がさずして何を祈るというのだろうか。
ざっ…ざっ…ざっ…
『それで…俺達はなぜまたこの町へ戻ってきた』
『んー…なんとなくですねぇ』
『…はぁ…お前のなんとなくは良い方へ転がった事がないだろう』
『まぁまぁいいじゃないの。別に急ぐ訳でもなし。魔都に戻っても報告以外やる事はないんですから…もしかしたら、もしかするかもしれやせんぜ』
時を同じくして。男の問いに気怠げな様子で答えを返し、瓦礫を踏み越える。
街へと入り、その背に溜息を零すのは整った顔立ちに苦労の滲む優男。
これに振り返り、糸目隻眼を光らせひょうきんに。掴みどころのない男の言葉は無為と知りつつ興味を引かれ。一目を置くが故に無碍にあしらう事もなく。
そんな彼等に共通しているのは、浅黒い褐色の肌を持つ種族であるという事のみ。
『…これだけ派手にやったんだ。様子を見に立ち寄る可能性はあるか。…もっとも、近くに居ればの話だがな』
『いやはや…レヴィアの旦那は相変わらずおいらの心を抉るのが上手いですねぇ。けど、もし今代を見つけたとしてこの惨状…理解してくれると思います?』
『それは俺達が気にする事じゃない。ただ促せばいい。後は魔王様が…』
『……っと、少し気になる魔力がありやすね…』
『…いや、こんなのは…まぁいい。好きにしろ。それよりも…ラッキー、その区切り方はやめろといつも言っているだろう』
『旦那だっておいらの事をそう呼ぶじゃあないですか』
『それはお前がっ…』
『まぁまぁ、取り敢えず行ってみましょうよ』
『…はぁ…』
付き合いの長さが窺える呼び名を挙げる彼等の名はレヴィアード・ヴァレン、並びにラーキー・ジェイ。
そしてやはりと言うべきか。彼等も何か、いや…誰かを探しこの街へ赴いた事は想像に容易く。
人間に比べ魔力に対する感覚が鋭いのも種族による特性だろうか。
今はまだ影も形もありはしない存在との勘違い。物見遊山に立ちはだかるは絶望か、或いは求めた光か。
ラーキーは笑わぬ顔で声を上げると、額に手を当て彼等を指差した。
『あはは…こいつぁなんて事ない、ただの冒険者ですねぇ。核も小さく、異世界人ですらなさそうだ。…すいません旦那、どうやらはずれみたいです』
『…元よりお前の勘には期待していない』
『『『っ…!?』』』
『…お前ら魔族か…!皆んな!…油断するなよ』
『『あぁ!』』
『えぇ!』
『…旦那、こいつらどうしますか?』
『もうこの街に用はない。さっさと殺して魔都に戻るぞ』
『ですよねぇ…』
突如として掛かる声に顔を上げ、瓦礫の山から見下ろす二人の男を目に映す。
逆光ではない衣服に覗く肌の浅黒さは、とある種族を除けば他になく。その特徴的な部位を見れば誰何もなく一目瞭然。
目的を考えれば願ったり叶ったりとも言うべき状況に、驚愕はあれど動揺は少なく。一同はレインの言葉を受けると、武器を構え、素早く臨戦体制へ移行する。
対して。変わらずやる気も無さげに問いかける。
男に向け、告げる答えなど知れたもの。ならば出来るだけ。為されては些か以上の心痛が胸を刺す。
言うが早いか。一変する殺意を身に纏い、ラーキーは刹那に駆け抜けた。
ひゅっ!
ぶしゅぅぅぅぅ…!
ぷす…ぷすぷす…ぷすす…
『え…』
『なっ…!』
『ガルード!?』
『がは…っ…』
どさ…
『…なら…おいらが殺ってもいいですかね』
ぱち…ばちちちち…ぱち…ぱちち…
『…勝手にしろ』
ざっ…ざっ…ざっ
『…貴様…一体何をしたっ!』
鮮血を撒き、身を焦がして地に伏せる。後には雷と共に佇む男の姿。
これを見て、やれやれと言った様子で下がるレヴィアードを一瞥し、誰よりも早く声を上げるバズラン。パーティの中でも特に親しかった仲間の倒れる姿に怒声を放つと、これを機に戦端が開かれる。
『っ…!アールテ!』
『やってるわ!リーラ、お願い手伝って』
『うんっ!』
染み渡る現実に、背を向くより早くその名を叫び。これに答える女もまた同様に。傷を負ったガルードに手を翳し、光の精霊に請い願う。
不意を突かれたと言えば聞こえの良い言葉に身を委ね、見誤る戦力差。レインは窮地に在っても尚、己が超えられる死線と高を括り、敵を睨み付けた。
『…ディーネ!バズラン、奴から目を離すな…』
『ここにいるわ!…あいつ、よくもガルードを…!』
『…分かってる…俺が奴の攻撃を防ぐ。全力でいけ』
『ふぅ…本当に骨が折れますねぇ。あの啓示…何処にいるとかいないとか。どっちがどうでもう一人はなんなのか…もう少し具体的にならないもんでしょうか。まぁ、何にせよ。…今回は…他の奴に見つけられたくないんだよ…』
雷を手にがっくりと肩を落とし。垣間見せる鋭い殺気は道化か、はたまた本性か。
そして間も無く。突きつけられる絶望に、心は失う事を拒み。都合の良い事だけを塗り固め、自信だけを積もらせた。結果、不出来な主人公は重なる過去から目を逸らす。




