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夜のアリカと銀の星  作者: k...
第二章 星降る夜の再会 前編
49/50

47.夜の蝶

それから数時間後。


「ありがとうございました」


にこやかに腰を折る店員に見送られ、店を後にする。夜神が購入した商品は収納用魔道具のストレージと、傷を癒す回復薬の二つ。

前者の魔道具については当初、今すぐに必要な場面もそうはないだろうと見送るつもりでいたのだが…利便性や単独での行動を視野に入れ、有用であると判断した為購入を決意。選んだのはレインと同じ指輪の形をした物で、性能や容量については特筆すべき点もない。身の回りの物さえ持ち運べればそれでいい男にとっては十分と言える品だろう。

そしてもう一つ。最悪の事態を想定し、街へと繰り出す。男が今し方手に入れた回復薬こそ、此度の目的であり、後の備えに他ならない。

それらしい店を見つけては店内を物色し、方々を彷徨い歩く。結果、望みの品は見つからず。効果は一歩劣る物が精々。それでも、手ぶらで帰るよりは幾分かましと考えを改め。仕方なく上級と名の付く高級品に支払った金額は二十万ディアと安くはなかった。


ざっ…ざっ…ざっ…


「金は天下の回りものか。あれだけ稼いでも使えば一瞬。それに、物の価値がいまいち掴みにくい。が、傾向は何となく…安い高いのどちらにも突き抜けているくらいは知れた。最上級の回復薬か…市場には出回る事もない程希少らしいが…上級じゃ失った身体の一部を再生する事や、致命傷までは癒す事が出来ない。万が一の時はレインの言葉を信じて祈るか…これ以上近づくようなら俺が…」


(いや…それは違うな。難しいもんだ。あいつらに期待している俺が確かにいる。…それでも…事が起こってからじゃ遅い。ふっ…まさかこんなくだらない事を考える日がまた来るとはな…)


細緻な装飾の施された小瓶を揺らし、名状し難い予感に思慮を巡らせる。同時に、いつかの自分に想いを馳せ。結論を急く中に垣間見る己の変化に薄く笑みを浮かべると、上機嫌に街を征く。とは言え、ここは街外れ。入り組んだ道を勘に頼って進む先。知らず踏み込んだのは色艶やかな花柳街。

そんな場所で独り歩きの男を見逃す遊女がいる筈もなく。艶のある声に振り返ると、ここでようやく道を外れた事に気が付いた。


「ねぇねぇお兄さん、良かったらうちのお店で遊んでいかない?」


「ん?…あ…」


(…ここは…さっきまで普通の通りだった筈…)


「…なんだFランクかぁ…声掛けて損した。ごめんね、この辺りで遊びたかったらもうちょっと稼げるようになってからまた来てね」


「……やれやれ。告白する前に振られた気分だな。まぁ、あれも仕事じゃ仕方ない。…さっさと抜けて宿へ戻るとするか」


ざっ…ざっ…ざっ…


異世界の夜を賑わす蝶達の楽園に迷い込み。言うが早いか突き付けられる現実。もう既に、突き抜けた方が早い所まで来た通りを眺め、一人ごつ。

枯れ果てた訳じゃなく。然りとて、欲するほど飢えてもおらず。時折り笑みを向ける女達の視線をやり過ごし、通りを進んで間も無く。再び、一人の蝶が男に迫る。


「あの…」


以降、柊夜神の関わりとなり、一助となり得る出会い。一夜の冒険譚とも言うべきそれは、艶美な明かりが灯る花柳界にて幕を開けた。


「ん?…あぁ、悪いが見ての通りだ。声を掛けるなら他を当たった方がいい」


「…良ければ私の働くお店に寄っていきませんか?」


「…おいおい…聞いてなかったのか。……ほら、あそこに俺よりも金を持っていそうな冒険者がいるだろ。あいつの所へ行ってそのつぶらな瞳を向けてこい」


(…人違い…いいえ。でも、そうよね…覚えてる訳…)


「ふふっ。安心して下さい。当店は冒険者のランクでお客様を選んでいません。娼館ですが…少しお酒を飲んでいかれるだけでも…どうですか?」


「…どこの世界にも物好きはいるもんだな。…因みに幾らだ。今はそう手持ちがある訳じゃない」


掛けられた声に振り向き、先に習っては振られる前にと答えを返す。男の言葉を聞きながら、依然食い付いて離さず。女は、色鮮やかな世界において些か不釣り合いとも言える清楚な装いと、視界に入る誰よりも美しい顔で微笑んで見せた。

後ろ手に組み、長いベージュの髪を揺らしてやや上目遣いに覗き込む。その仕草に見惚れるどころか息を吐き。男はそう言って先を促した。


「幾らと言えば来て頂けますか?」


「質問に質問で返すなよ。…そうだな…5万ディア。それ以上なら他を当たれ」


「それで大丈夫です。決して損はさせません」


(…あいつらに知れたら何を言われるか…とは言え、俺も男だ。興味はある。それに…俺の知るこの世界はまだ小さく狭い。見聞を広めると言うならまたとない機会だろう…)


「…なら、ものは試しだ。案内してくれ」


…………………


ぎぃぃ…


「「「「いらっしゃいませ」」」」


「…完全に目の毒だな。今の俺には刺激が強い。それでなくとも…数日前にお預けを食らった気分で悶々としてるっていうのに…」


「でしたら後ほどこの中から選び、抱いてあげて下さい。勿論、私でも構いません」


かくして。脳裏を過ぎる女の顔を振り切って、足を踏み入れた店内は豪華絢爛。

一目で敷居の高さを感じると共に、華美なドレスに身を包む女性達の歓迎。惜し気もなく強調される胸や臀部に目を奪われる男の言葉に、女は冗談ともつかない答えを返して微笑んだ。


「さっきも言ったが、今はそこまで金を持っている訳じゃない。少し酒を飲んだら帰るさ」


ぎゅっ…


「ふふっ。では、その気になったら言ってください。私でしたらそう高くはありませんよ」


「…やれやれ…分かったからしれっと腕を組むな」


居並ぶ蝶の出迎えに立ち尽くし、魅入る男の欲情を煽る様に。或いは、自身を差し置く嫉妬に負けじと胸を押し付け腕を引く。女は広いホールを前に用意があると言ってその場を離れ。これを継ぐように現れた黒服に促されるまま席に着く。

扇情的で落ち着いた雰囲気。辺りを見回せば其処彼処で蝶を口説く男達の姿が見て取れる。

事を前に酒を煽り、好みの女を吟味する。その気が無くとも積極的な蝶の誘惑に落ちる男は多いだろう。酒と色とりどりの女。流石は商業の街と言うだけの事はある。などと、そんなどうでもいい事を考え始めて程なく。彼女は装いも新たに一人の女性を伴い戻ってきた。


すた…すた…すた…


「お待たせしました。…そう言えば、自己紹介がまだでしたね。ハルメアと申します。今日は楽しんで頂けるよう精一杯尽くさせて頂きます」


「失礼します。初めまして、サレイシャです。よろしくお願いします」


「夜神だ。と言うか…お前も接客をするんだな。わざわざ着替えまで…てっきり客引きに戻ったのかと思ったが…まぁ確かに…外で立たせておくには惜しい。そっちの女も、気立が良さそうで何よりだ」


「ふふっ。お世辞でも嬉しいです。先ずは乾杯からですね。こちらは当店で人気のお酒になります。…サレイシャ、夜神様にグラスを」


「はい」


とくとくとく…


「…エール以外は初めてだが…気泡と言い、見た目はまるでシャンパンだな」


「気に入って頂けたようで何よりです」


そうして、さも当然のように男の隣へ腰を下ろすハルメアに続き。薄色の淡い髪を耳に掛け、対面に座るサレイシャ。彼女が自己紹介を終えると、夜神はこれに対して一言。そして短く名を告げ笑みを貼り付ける。

杯を手に、注がれた液体はこぽこぽと泡を立て。ほのかに香る柑橘系の爽やかな匂いに口走る。そんな男を見つめ、一層笑みを深めるハルメア。

美女を侍らせ、今日の出会いにグラスを重ねて始まる談笑。その光景に息を飲む周囲の事などまるで興味も無いと眼中から跳ね除け。次第に騒つきだす店内の雰囲気に夜神が違和を感じるまで今少し。ここでようやく、上階から店内フロアへと降りてきた女は、いつものように受付近くの従業員に声を掛けた。


かつ…かつ…かつ…


「エリス様、おはようございます」


「おはよう、マテア。それで、早速だけど今日の入りはどう?」


「相変わらず好調です。新規のお客様も何組か。その中にハルメアさんが連れてきた方が一人…」


「…ハルメアが?…今日はまだ休みの筈だけど…」


「はい。何でも買い物帰りに見掛けて声を掛けたとか…ここでの支払いも全てハルメアさんが持つとの事で…その…以降はもし自分の出勤が他の客に知られても絶対に指名を受けるなと…」


「…どこの大貴族?」


「それがその…Fランクの冒険者です」


「…え?」


「あ…あはは…一応言っておきますが聞き間違いじゃありません」


我が耳を疑い、目の前の女が向ける眼差しに驚愕を重ね。苦笑いさえ浮かべて見せるマテアの言葉を聞き、間髪入れずに店内を見渡すエリス。

どうやら、自身が思うような事態にはなっていない事に胸を撫で下ろすと、彼女はゆっくりと口を開いた。


「…席は?」


「四番テーブルですけど…オーナー自ら行かれるんですか?」


「うちの一番人気が連れてきたお客様に挨拶へ行かない訳にはいかないわ。…それに…」


かつ…かつ…かつ…


「あ……えっと…エリス様…!…どうしよう…ハルメアさんからの言伝…」


しかして。この場を去る背に呟きは宙を舞い。マテアは友の言葉と不安を抱えて立ち尽くす。これが後に諍いの種に成るとも知らず。男は酒を呷り、いつにも増して饒舌に語らいながら。それらしく装い、言葉遊びに興じていた。

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