45.押し込めた過去
「…ではそろそろ、本日の戦果をお願いします」
じゃら…
「俺達は今日、二人で30万ディアを稼いできた。もう二、三日あれば目標までは手堅くいっても問題ないだろう。後はシーアの為に、金になる魔物が狩れれば言う事はないな」
「ふふっ…ありがとうございます。けど、無理はしないで下さいね。…それでは夜神様とシャラもお願いします」
繰り返す日々の終わりに積み重ね。意気揚々と、レインが取り出したのは昨日と同じ麻の巾着。鈍い音を鳴らす金貨を眺め、酒を呷る姿も束の間。先を促すレイシアに応え、シャラがストレージから重量感のある袋を取り出すと、夜神も懐から一枚の硬貨を取り出し、器用に転がしてみせた。
ずし…!じゃら…
きーんっ…
すーーーっ…こん…ぴた…
「…なっ!?」
「…これは…」
「俺とシャラの稼ぎは200万。その少しでかい硬貨が上納金だ。…聖金貨と言うらしいな。価値は100万ディアだとか。これで俺達は目標達成だ。後はゆっくりと小さな依頼でも受けて暇を潰させてもらう」
「…たった一日でどうやって!?」
「運が良かったのは勿論だけど、今回は柊様の強さがあってこそ。A級指定の上位種を無傷で討伐…その売却金がこれ。…正直、あたしも驚いてるわ」
「上位種って…それじゃあ下層に行ったのか!?」
「それも柊様のお陰よ。…道中は一度も魔物と遭遇しなかった。でなければ何の準備もなく下層へ辿り着くなんて不可能よ。…もっとも、あんたじゃ中層へ行くのがやっとかもしれないけど」
「くっ…!」
下手をすればまた今日も。そんなレインの予想を覆し、並ぶ二つの戦果に劣等感を覚え声を張り上げる。
成した偉業の形に目を剥き、それぞれが驚きに戸惑う中。やはりと言うべきか。この女だけはぶれる事を知らず。その視線はある一点に注がれていた。
「流石は夜神様。…それで…先程から気になっていたのですが…昨日まで冒険者プレートが掛かっていた筈のシャラの首に何故か。何故か、見慣れない物がぶら下がっている気がするのですが…あれは一体何でしょうか」
「………………」
差し出された戦果に一瞥をくれ。讃える言葉さえ適当に。あざとく、見せつけるように掛けられた首飾りに目を奪われ問いただす。女の抑揚もない言葉に視線を逸らし、夜神はこれ以上要らぬ約束を交わされないよう口を閉ざした。にも関わらず。空気も読まずに胸を張り、ますますもって得意げに。要らぬ答えを告げたのは言うまでもなく、絶賛有頂天のこの女。
「気付いた?ふふっ…これは柊様に買ってもらったのよ」
「ちっ…どうせ安物だろ」
「…そうね。あんたの言う通り、確かにこれは1万ディアの安物だけど…昨日までの柊様にはこれを買う金銭の持ち合わせすらなかった。なのに…あたしが見入っていたこれを一日取り置いてもらう為に10万ディアを支払った…。分かる?あたしにとってこの首飾りの価値は、1万ディアでも、10万ディアでもないわ」
「……………」
「…はぁ…後が面倒だからあんまりこいつらを煽るなよ」
しかして、語られた経緯に何を思ったか。これ以上の言葉がないのは彼女の想いを知るが故。
小さな胸を張る姿も微笑ましく。妬みを置いて羨ましさを滲ませる。夜神はその様子を盗み見るように、ちらとレイシアを窺い溜息を零した。
「くっ…なら俺はシーアの為にもっと良い物を買ってやる!…明日は俺達も獲物を絞って狩りをしよう。シーア、中層で金になる魔物に心当たりはあるか?」
「…そうですね…スフェラゴレム辺りが戦力的にも妥当ではないでしょうか。物理耐性の高い敵ですが、魔法を使える私達なら倒す事はそう難しくありません。核となっている心臓も高値で取り引きされています。…問題は、上手いこと発見出来るかどうかですね」
「…また随分と興味深い話だが…レイン、そんなに稼ぎたいならもっと確実な方法がある」
「何っ!それは本当か!?」
「柊様、それって…でもあの依頼は複数名でないと…」
「なんだ。お前あの続きを読まなかったのか。Sランク冒険者は単独でも構わないそうだ」
「依頼?迷宮の魔物よりも金になるのか」
「あぁ、ただそこいらを散歩するだけで50万。標的を発見し、討伐出来た暁には…2000万だそうだ」
「…俄には信じ難い話だな。…それで、肝心の標的…獲物は何だ?」
「魔族。どうやらこの辺りにいるらしい奴らの動向調査が依頼の内容だ。ついでに倒せれば破格の報酬が手に入る。俺とシャラは見ての通り門前払いだが…興味があるなら受付で聞くといい」
対抗心を燃やし、俄然明日への気力を昂らせる。いつかと同じ。既視感の滲むやり取りを眺め、口を挟み会話の中へ。それは、疑いようもない変化の兆し。
割って入るシャラの言葉を受け、含みのある声音で告げる破格の報酬。抗いがたい誘惑に詳細を求め、疑問を呈すレインは次の瞬間…顎をしゃくって示す男の答えにその身を凍りつかせた。
からーん…
びちゃ…
「魔…族…」
「レイン、どうしました?」
「え…あ、いや…何でもない。…少し飲み過ぎたみたいだ。…悪いけど先に宿へ戻る」
がたっ…
「……………」
手に持つ杯を落とし、掛けられた声に辛うじて踏み止まる。席を立つレインを見て、胸に落ちる予感の欠片。たとえそれが杞憂だとしても、大切に扱いたい者の為。夜神は目を細め、レインの虚な瞳に宿る小さな闇を刹那に捉えた。
がちゃ…ぎぃぃ…
すた…すた…すた…
がくっ…
「何で…こんなところに魔族が…」
『レイン…ごめん…』
『レイ…ン…』
『後は…頼む…レイン…』
「違う…俺のせいじゃない…!」
そして間も無く。足早に部屋へと戻り、明かりも点けずに項垂れる。
心の奥底に仕舞い込んだ凄惨な過去と、脳裏を過ぎる仲間達の声。
たった一言に呑まれ、激しい動揺を見せる。レイン・セロルシスにとって忌むべき敵でありながら、雪辱を果たさず退いた後悔の楔。
運命の歯車は、彼等が出会う以前に歪み始めていた。




