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夜のアリカと銀の星  作者: k...
第二章 星降る夜の再会 前編
46/51

44.月の首飾り

ぎぃぃ…


かんっ!かんっ!


ぎこぎこぎこ!


「…ん?」


「…あの、討伐した魔物の査定をお願いしたいんですけど!」


「…ちょっと待ってろ」


一際大きい鉄扉を抜けた先。仰々しい塀に囲まれたこの場所で、筋骨隆々の男達が汗水垂らして振るうのは斧や槌、ナイフに鋸。山と積まれた魔物を切り刻み、少し離れた場所では魔物を物色している姿も見て取れる。

男の手を引き、二人がやってきたのはギルドに併設された解体場。働く偉丈夫達を眺め、声を掛ける隙を窺い。こちらに気付いた男に用件を伝えると、無愛想な言葉一つ。そしてまた作業へと戻っていった。


「あーもうっ…!早くしてよ!」


「Fランクのプレートじゃあしょうがないだろう。あいつらも仕事だ。優先順位くらいある。我慢しろ」


ざっ…ざっ…ざっ…


「待たせたな。それで、持ち込んだのはゴブリかオルクか…その様子だとトロルでも狩ってきたか」


「そんな雑魚と一緒にしないで。手数料は払うから解体と、素材の買い取りをお願い」


すっ…


どんっ!!


「っ!?…この赤黒い皮膚は…それに…これは毒か…こいつは…お前達が狩ったのか…」


憤る女を横目に立場と現実を受け止め十分後。ようやく戻ってきた偉丈夫はさも当然のように有象無象を列挙し。焦る女は暗に見た方が早いと吐き捨てる。

腕に掛かる魔道具に魔力を注ぎ、幾何学模様と共に現れる。敵を睨み付けたままの頭部。その鋭い眼光に過ぎる凄惨な死闘が滲む小王の姿。

実物を目にするのはこれで三度目。特徴のある色合いと、牙から垂れる毒液。死して尚、漂う強者の覇気を醸す巨大な体躯は男の思うそれに相違なく。しかしだとすれば。僅かな疑念を募らせ、男は険しい表情で問いただした。


「そんな事どうだっていいでしょ!」


「…ったく…騒がしくてすまないな。これを狩ったのはこいつだ。俺はその供をしたに過ぎない。怪訝な目を向ける気持ちも分かるが…冒険者登録は買い取りなんかの施設利用が目的と…こうして各地で説明するのもいい加減慣れてきたところだ。実際、力があれば依頼を受けるよりも効率がいいからな」


「…なるほど。中にはそういう奴もいるが…後ろ暗い過去を持つ人間が多い。真っ当に生きたいなら依頼を受けて冒険者ランクも上げておく事だ。それだけの強さがあれば…っと急いでるんだったな。ちょっと待ってろ」


「…あぁ」


迷宮に在って下層ともなれば、多様な魔物を退ける為の力と準備を必要とする。熟練の冒険者。それもAランク以上の者達で構成されたパーティであろうと至難の業とされる魔物を下し、一見して無傷とも言える状態で持ち帰る。そんな偉業を成し遂げたのが低ランク冒険者とあっては男が訝しむのも無理からぬ事。

さりげなく。旅の道行に寄ったまで。素性を隠し、何処にも属さない野に隠れる強者を演じれば後は勝手に想像を膨らませる。

経験があればこそ。策を巡らせるなら無能よりも賢い相手に対してと。これに理解を示す男は忠告と共に懐から一枚の紙を取り出すと、再び魔物に顔を向け、ペンを走らせた。


さささっ…ささっ…


「…ほら、ざっくりとだが最低限これくらいの値は付くだろうと言う金額だ。これを受付に持っていけば買取金が支払われる」


「ちょっと!それって…」


「シャラ、少し黙ってろ」


「っ…!……はい…」


「すまない…だがその言い方だとだいぶ安く見積もられているように聞こえるのは気のせいか?」


「本来なら素材として価値のある部位ごとに損傷がないかを調べたり、取れる素材の量を計る工程があるが…入用なんだろ?言った通り、それはあくまでも最低限だ。…残りは後日また取りにくればいい」


「そうか。気を遣わせてすまない。こいつにも言い聞かせておく。ほら、お前も謝れ」


「…ごめんなさい…ちょっと急いでて…」


手渡された紙に視線を落とすまでもなく。男の言葉に食って掛かるシャラを制し。穏やかな口調で疑問を呈すのは、そこに書かれた破格の金額を見ればこそ。

意味ありげな口振りも、意図を聞いては納得に足る言葉に謝罪を述べ。対する偉丈夫は事も無げ。

その容姿に違わぬ懐の広さでこれを受け入れると、豪快に笑い声を上げた。


「がはははは!なぁに気にする事はない。冒険者を相手にしてれば査定に文句を言う奴は飽きるほど見る。これくらいどうと言う事もない。それよりも、忘れずに残りの金を取りにこいよ!」


こうして、無事に魔物の売却を済ませ、沈みゆく夕陽を眺めそそくさと。歩き出す男を見ながら失態に次ぐ叱責に影を落とし、シャラは恐る恐ると言った様子で口を開いた。


「すいません…」


「はぁ…俺に謝ってどうする」


「あたし…邪魔ばっかりで…」


「…そう思うなら気遣いを覚えろ。俺の前以外では取り繕え。相手は機械…魔道具じゃない。…人との関わりを断つ事は出来ても、人と接する事を避けて生きるのは難しい」


「…はい」


「誰にでもという訳じゃないが相手は選べ。さっきのはただ諂うだけで得られるものはそれ以上だ。失うものがお前にとって大事なものでないなら幾らでもくれてやれ。…俺は、自分の大切なものの為なら魔物の足さえ舐めてみせる」


「……………」


「大人になるとはそういう事だ。自分の中に天秤を持て。そうすれば滅多な事で声を荒げる事もない。…と、長話が過ぎたな」


ぴた…


「…え……」


いつものように呆れ、溜息を零し。続く言葉は次第に険を柔らげ吐き捨てられる。

シャラにとっては耳に痛い説教も、夜神にとっては珍しく。捨てた筈の他者への関心を示し、先を憂う。そんな自身の変化に戸惑い、いつの間にやら辿り着く。そこは、昨日の今以前より、彼女が想い焦がれた場所だった。


「おっちゃん!」


「ん…?おぉ!昨日の兄ちゃんか!あの首飾りなら取ってあるぜ!」


「悪いな。…約束の10万ディアだ。また機会があれば宜しく頼む」


「へへ…毎度!」


「…あの、柊様……」


「広場に行くぞ」


「…はい!」


湛える笑みと弾む言葉に、先程までの昏い気持ちなど捨て置いて。その手に渡る首飾りを見て男の背を追い掛ける。

告げられた言葉の意味はこの先で。昨日と同じベンチに腰掛け待ち望む。女の期待は、今少し持て余された。


「…今日は随分と歩いたが、労力に見合った報酬と、明日からを有意義に使える時間を得られたと思えば悪くない」


「そうですね…」


「ふっ…」


「…あたし何か変な事でも言いましたか?」


「あいつと同じくらい分かりやすい女だ。…背を向けろ」


「えっと…はい…」


男心を知れば、女の愛嬌ある姿に湧く気持ちも理解出来るだろう。

ちょっとした悪戯程度にはぐらかしてみれば。まるで別人のような落ち込みを見せる姿に、堪えきれず失笑を漏らす。

男の言葉に期待しつつも期待し過ぎないよう心を落ち着け。シャラは迫る気配に知らず胸を押さえ付けた。


ちゃら…


すっ…


「…っ!」


鎖の擦れる音に待ち望んだ瞬間の訪れを感じ。身体を抱くように腕を回す男の息遣いが心をざわつかせる。

高鳴る胸の鼓動が聞かれてはいないかと、意味の無い不安に駆られ…そして間も無く。噛み締める束の間の幸福は夢幻と消えた。


「…前にも言ったが…生き急ぐ事はない。俺はお前の憧れに擦りもしない人間だ。これを理由と定めるには少しばかり早いだろう」


「…柊様?」


「今日を過ごし、お前が俺に姉の影を重ねている事はなんとなく察している。…居場所を与えてやると言った手前、その責任として成長を促してやる事くらいは出来るだろう…けど…時期が来たら俺から離れて思うままに生きろ。俺の傍ではきっと、お前の姉が願う幸せも遠い。…よし。これで良いだろう」


かちっ…


「…嫌です……」


「ん?」


「嫌ですっ…!あたしの幸せは…あたしが決める!…責任と言うならこの気持ちにも責任を持って下さい!…与えた居場所を勝手に取り上げないでっ!」


繰り返される拒絶が何を意味するものかを知り。今此処でそれを口にする理由を知らず。男の惑いなどお構いなしに声を荒げる。

躊躇いながらも親しげに。隔てる壁を超え、距離を詰めようと必死な姿を見て察するに余る。女の甘え、我儘に振り回され。尻拭いをして感じるに過ぎる。

喪失が慕い憧れた姉と聞けば確信さえ抱く程。そして切っ掛けは叫びの中に…。

留め具を繋ぎ、あっけらかんと話を終える夜神の言葉に振り向き、放つ言葉は男をして返す事は難しい。正論であり、彼女にはこれを求める権利があった。


(…はぁ…まったく…取り返しの付かない事を言ったもんだ。…それもこれも全部あの女のせい。…何でか期待しそうになる。この世界ならと…誰かの為に損得を抜いて言葉を尽くしたのはいつ以来か…本当に調子が狂う。…シャラの場合は一緒に居させる理由もあるし、残してきた者も居ないようだからまだいいが……俺はあの女に……)


「…落ち着け。今すぐと言う話じゃない」


「そんなの関係ないっ!あたしの居場所はここで…それ以外にありません!…あたしは…あたしは…!」


「分かった分かった。…それよりも、似合っているぞ、その首飾り。まぁこれが安物かどうかは知らないが…あれだけ楽しみにしていたんだ。そんな悲しそうな顔よりも嬉しそうな顔を見せてくれ。この世界に来て、俺が初めて自ら稼いだ金で買った物だ」


もはや何を言っても押し通す。それ程までに大切な次の、そして次への居場所を失うまいと言い募る。

目的を察し。欲するものを見透かし。遂には求めるものに手を掛けて。

打ち明けるまでもなく。積み重ねに知っていくほど振り払う事は難しい。男にとっての関わりが少しずつ変わり始める。分かりやすい誤魔化しと、不器用な苦笑いがその証左。


ぎゅっ…


「…そんな言い方ずるいです…嬉しいに決まってるじゃないですか…」


「なら良い…」


喜んでいる顔が見たい。そして誰でもない自分が最初と聞かされては、これ以上続く言葉など出よう筈もなく。

何を言われようと。例え突き放されたとしてもこの身は傍に在る。そう決めたのなら、男の言葉など関係ない。この意思は自分だけのもの。

頬を赤らめながら恥じらい。掛けられた月の首飾りを握りしめ、夢幻ではないと言い聞かせる。

肩越しにちらと覗く笑みに魅せられ、刻まれていく存在は少しずつ。けれど確実に、男の中で大きくなっていった。


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