43.願望
「…あたしが囮になって引きつけます。柊様は隙を突いて奴を!」
「それはいいが…死なれては寝覚めが悪い。無理はするなよ」
「はい…!」
だっ…!
相対する魔物は推し量るように。威嚇咆哮も無ければ物言わず。窺うように擦り歩き。
言葉少なに男へ声を掛けるシャラは脇構えに武器を持つと地面を蹴り、颯爽と駆け出した。
(先ずはあれの強さがどの程度か様子を見る。…魔力を込めた攻撃で傷を付けたら素材としての価値が落ちちゃうし…かと言って一撃で屠るのは難しい…なんて…あたしが人じゃなくて魔物を殺して金を稼ぐ日が来るなんて。…夜月、力を貸してもらうわよ!)
ひゅっ!ひゅひゅん…!
たんっ!
「はぁぁぁぁぁぁっ!」
ぎぃーーーんっ!
(硬い…!けど!)
「もう一発っ…!!」
ぎぎぎぎぃっ…!
「…ッ!!」
たっ!
「ちっ…」
(そう簡単にはいかないか。でも、こいつの動きは見切れてる。後は柊様が攻勢に出れる隙さえ作れれば…!)
素早い動きで敵を翻弄し、胴体部側面に足を掛け跳び上がる。大上段から振り下ろされた刀は鋼の如く頑強な皮膚に弾かれ。シャラは反動を利用し宙を舞うと、更にもう一撃。
痛痒を感じず。けれど煩わしさに苛立ちを覚え。反撃に出るエマレグルスが毒の染みる凶爪を振り下ろす。
僅かにでも触れれば致命は必至。それを足蹴に距離を取り、シャラは間髪入れずに前へ出た。
だっだっだっだっ!
「ッ…!」
ひゅんっ!
ぎーーんっ!!がぎんっ!ぎんっ…!
だだだっ!
「シャァァァァッ!」
がぎーんっ!
ひゅっ…
「……………」
(やっぱり硬いわね。…いっそあたしが本気で…いや、それはだめ。これだけの獲物はそうそう見つからないし…何より柊様の戦闘を間近で見れる機会を失うのは惜しい…)
一帯を払わんと迫る尾を躱し。研ぎ澄まされた爪をいなして鋭い牙を掻い潜る。一気呵成。幾重にも繰り出す攻撃に、しかし敵は怯む事もなく。
元より期待など、されていない事くらい分かっている。でも、ただ見つめているだろう視線に応え、良くやった。そう言われる事を期待するくらいはいいと。格好を付けて飛び出した結果が無様では振り返る事も出来ず。
焦り、見失いそうになる目的と、手段の錯誤に葛藤する思考は視野を狭めさせ。或いは仕損じるかもしれないと。内心を見透かす男はそっと彼女の頭に手を乗せた。
ぽふっ
「…焦る事はない。要はあれの首を落とせばいいんだろ。後は俺に任せて下がっていろ」
「柊様っ…!いつの間に…役に立てなくてすいません…」
「お前は十分強い。武器に魔力を注げば隙を作る事くらい造作もなかった筈だ。…仕事ってのは何処の世界でも面倒なもんだな。救いがあるとすれば、通勤以外はものの数分と掛からない事くらいか。…今回は俺が自ら出る意味もある。悪いが譲ってもらうぞ」
ぴし…
「っと…安かろう悪かろうとはよく言う。王国騎士団の武器よりも遥かに脆い」
「それって…」
「あぁ。出会い頭、お前に買ってもらった剣だ。お飾り程度にあればいいと思っていたが…冒険者で食っていくなら後々は買い替える必要もありそうだな」
ざっ…ざっ…ざっ…
言いながら、手に持つ剣に魔力を込め。軋む様子を見て思い出す。一本五万ディアと言う破格の安さで捨て売りされていたそれを手に取りこれでいい。本当に欲が無いのだと実感した瞬間だった。
先日もそう。冒険者ギルドでの昼食以降、街を巡って色々な物を目にしたが結局、男が欲しいと言ったのはあの首飾りだけ。
「…柊様!気を付けて下さい!そいつの爪や牙には毒があります!」
「……………」
「心配するな。城で多少なり魔力の扱い方は慣らしてきた。…さて…へぇ…さっきまでとは様子が違うな。そんなに俺が怖いか?」
「キシャァァァァァッ!!」
どぅーんっ!!
思い出を振り、声を上げる女を背にゆっくりと距離を詰め。警戒を見せる魔物に対し挑発をかます。
言葉ではなく、傲慢不遜な雰囲気に悟る侮りと、紫紺の煌めきを放つ剣に好敵手足ると認め。尾を振り地を砕き。そして、かかって来いと言わんばかりに咆哮を上げる。
「…ふっ…そう来なければ面白くない。道中は避けるまでもなく。弱い魔物は俺に近付こうとしなかったが…追うのは面倒だ。そのままじっとしていろ…!」
だんっ…!!!!
ずぅんっ…!
「…嘘でしょ…くぅっ…!」
(っ…!速い!…柊様はどこ!?)
虚を突く。ではない。敵を見据え、来る攻撃に万全を期して臨み、これを迎撃する構え。にも関わらず、圧倒的な力は抗う事を許しはしない。
踏み込みと共に砕け散る地面に足を掬われ。かと思えば掻き消える姿を追うように。
一瞬を待ち、吹き抜けていく衝撃に腕を上げた直後。シャラの目に映ったのは全てを終え、立ち尽くす男の姿だった。
ぼと…
どすぅん…!
「…見えなかっ…」
(…違う、問題はそこじゃない。この世界に…柊様が絶技を使う程の相手なんか…)
首を落とし、地に伏していく小王を見つめ。あっという間に終わる戦闘に小さく漏らすのは驚愕ではない無念。それは優しさに触れた日から心に芽生えた小さな望み。
いつか聞いた姉の想い人。名をヨルと言い、肖って付けられた刀の銘は夜月。
強く、美しかった姉が惚れる程の男などそうはいないだろう。単なる願望だと分かっていても縋ってしまいそうになる。
確かめられる物は失われ、けれど確かめる術は今ここに。そう思い付き、道中はなるべく魔物の気配がする方へ先導してみたが…その悉くは雲を散らすように遠ざかり。
何も知らない男は瞬く間に事を成すと、直ぐ側に横たわる巨躯を一瞥し、女に声を掛けた。
「さてと…シャラ!」
「っ…!はい!」
たったったったっ…
「…注文通り無傷で首を刎ねたが…まさかこれを引きずって来た道を戻る、なんて事はないだろうな…」
「えっと…ふっ…心配しなくても大丈夫です!…これを見て下さい」
すっ…
「お前今、俺を馬鹿にしただろう…まぁいい。それで…その腕輪がどうした」
「これは俗にストレージと呼ばれる収納用の魔道具です。形は加工によって様々ですが、あたしの場合はこのブレスがそう。用途は主に武器や防具、素材や金品の保管に加え、討伐した魔物の運搬にも使用します。容量は素材の質にもよりますけど…これくらいならあたしのでも十分なので安心して下さい」
「所謂魔法の袋…もといアイテムBOXと言った方が適当か。まぁ期待を裏切らない答えで助かったが…これくらいって…結構でかいぞこのなんちゃらレグルスとやら…」
「大丈夫です!」
自身の名を呼ぶ声に応え、気を取り直し駆け寄ってみれば。
思いもよらない男の言葉に虚を突かれ。笑みを漏らせば憂いなど、いつの間にやら晴れていく。
そも、何をしにここまで来たのか。思い至っては弾む声。そして心は既に、街の中。
「ならとっとと帰るぞ。…収穫があったからいいものの…地上に出て、迷宮から街までも結構な距離なんだ。余りゆっくりしていると陽が落ちて夜になるぞ」
「はい!…えっ!?」
「ふっ…地上まで少しばかり急ぐ。遅れずに付いてこい」
かくしてこの日の狩りを終え。迷宮を出ると、まだ明るい空を見上げそわそわと。
男にとっては長く、女にとっては短い数時間。徐々に見えてくる城壁をその目に映し、俄然高まっていく衝動を抑えきれずに走り出す。
街に入れば気怠げに歩く男を急かし。女は、紅く染まる夕陽に焦りを滲ませ雑踏の中へ消えていった。




