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夜のアリカと銀の星  作者: k...
第二章 星降る夜の再会 前編
44/50

42.蜥蜴の小王

翌日。


ざっ…ざっ…ざっ…ざっ…


「遠い…後どれくらいだ」


黙々と街道を歩き、続く街道を見ながら迷宮を目指す道すがら。男はげんなりとした表情で横を歩く女に問いかけた。


「…もう半分くらいまでは来てます」


「はぁ…この世界の人間は時間を無駄にし過ぎだろ。王都からフェルメースまでを程近いだの…こんだけ歩いて半分だの…ったく…こうまで非効率じゃ化学文明の利器が恋しくなってしょうがない」


そうして、繰り返される問答はこれで二度目。夜明けと共に街を出て暫く。そして現在。明らかに不機嫌な男に対し、先の答えはすぐ近く。そして今回、より明確に示された目的地までの道程に溜息を零し、辟易と愚痴を零す男にシャラは臆する事なく言葉を返した。


「これでも実際、かなり近い方です。万が一、迷宮の魔物が外に出た際に防備を整える最低限の時間が稼げる場所。そして王都から近いのも物流の観点から計算されて建てられた街みたいですから」


「…そういや情報収集が得意なんだったな」


「はい…!各地を転々としたり…後は仕事で覚えなければいけなかったりで…面倒を見てくれた人に色々と教え込まれました」


「…以前話していた人の事か」


「そうです…姉と呼び、慕っていました。…柊様のように強くて優しい、あたしの憧れです!」


「ふっ…俺は強くも優しくもない。一緒にしたらその人が可哀想だ」


「そんな事はありません!あたしは昨日、柊様の優しさに直接触れました…」


何を話したらいいか。どう答えたらいいか。ここまでの道中、何を語る事もなく。噛み合わない気持ちに空回り、返る言葉に気付かされる。

そも、男が本を読み耽る姿など幾らでも目にしてきたと思い出せば、暗きに潜み、蓄えた知識も自分だけの武器と。俄然明るく。けれど、どこまで語ればいいのやら。次第に尻窄み、俯き始める女に向け。夜神はかねてより気に掛かる疑問の一つを口にした。


「分かったからそう興奮するな。まだ先は長いんだろ。…だったらその豊富な知識で無学な俺に色々と教えてくれ。差し当たっては先ず…魔族について」


「…それは、依頼票の件ですか?」


「あぁ。ばったり出会す、なんて事がなければいいが…折角の旅を邪魔されるのは不愉快だ。俺の世界では魔王の配下として町や村を襲ったり、国を謀ったりと…中には物語の後半で仲間になる奴もいたりするが、基本的には敵として扱われる事が多い」


毛色の変わる話に、いつまでも浸っていたい時は去ってゆき。然りとて落ちぬ沈黙。問われればまた顔を上げ。先を促すと、男が口にしたのはこの世界の者達をして謎の多い存在、魔族。これについては口を衝いた訳でもなく。思い付きでもなく。つい先刻、ギルドで見たとある依頼に端を発していた。


たったったっ…


『柊様…!お待たせしました』


『来たか。…昨日は柄にもなく隈なんか付けていたが、今日はゆっくりと寝れたようだな』


命の軽さを言い。自身の強さを感じ。緊張に目覚めては空が白み始める以前から。

所狭しと貼られた依頼票を眺め、間も無くやってきた女の声に振り返る。


『…っ!気付いていたんですか…』


『あれだけくっきりと付いていれば誰でも気付くだろ』


『うっ……そんな事より…今日は迷宮ではなく依頼を受けるんですか?あたしたちはFランクなので依頼だと…その…昨日の…』


『ふっ…安心しろ、ただ眺めているだけだ』


『…すいません。それでどんな依頼を…哨戒…それもギルドから…!柊様、これって』


言葉を交わし、不安げに視線を彷徨わせ。男の前に貼られた一枚の依頼票を見て驚きの声を上げる。

目を剥くような報酬に息を撒き、俄然高まっていく高揚感。もう既に、自ら言った立場も忘れ振り返る。シャラの期待は男の言葉によって呆気なく打ち砕かれた。


『さっき他の奴らが話しているのを小耳に挟んだが…どうやら魔族絡みらしい。なんでも近くでそれらしい目撃があったとか。…俺もそこにでかでかと書いてある報酬に釣られて詳細を見てみたが…』


『…募集の条件はAランク以上の冒険者複数名を含む四人以上のパーティ…』


『そう言う事だ。Fランクで受けられる依頼の報酬は高が知れている。…目標は50万ディア。手っ取り早く稼ぐなら迷宮に行くしかないだろう。それもあいつの話を聞く限り、雲を掴む話でもないと思うが…これは何の根拠もない俺の戯言だ。お前の意見を聞かせてくれ』


『それは勿論、柊様なら可能ですが…今日一日でそんなに稼ぐって…柊様もシーアに…』


『はぁ…俺は今一人じゃない。取り分は15万ずつ。残りをあの女に献上して、明日は冒険者ランクを上げる為に依頼を受ける。…お前も陽の下を歩くならプレートの色くらい気にしておけ』


かくして現在に至り。忘却の彼方へ消え入る言葉を繰り返す。

何故、良い予感は気のせいと消えるのか。何故、悪い予感は悉く苛むのか。

仮に無意識下における根拠の有無がこれを分けているとすれば…。

まだ暫し続く道程に在って持て余す時間は多く。長きに渡り一人で生きてきた男にとって予感とは、杞憂を望める程些細なものではない。

人事を尽くし天命を待つ。これはその一環であり、男にとって始まりに過ぎなかった。


「柊様の言う通り、魔王の配下である事は間違いないし、やっている事も大差ないですけど…その目的は一貫性もなく不明瞭だと聞きました。…けど、敵である事は間違いないので殺れるなら得る物も多いと思います」


「目的は分からないときたか。存外この世界の人間も馬鹿じゃないらしい」


「…姉さんが前にそう言ってました。何か思うところがあったのか…あいつらにはなるべく関わるなって」


「良い姉を持ったな。…それで殺せるなら、と言うのは?」


「言葉の通りです。あたしは見た事ないですけど、奴らは相当に手練れだと聞きます。御伽噺には魔族数人で一国を滅ぼした、なんて逸話もありますし…討伐に報酬を出している所も少なくありません」


「なるほど…良くも悪くも俺の想像と一致する部分は多そうだ。とは言え、報酬があろうと無かろうと…そんな面倒そうなのと戦うのはごめんだな。…さて…他にも聞きたい事は山程ある。次は今日の獲物についてだ。稼げる魔物に心当たりがあるなら教えてくれ」


知識を擦り合わせ、理解を深めながら。けれど今はまだ胸の騒めきも遠く。やはり。そう言いたげな言葉だけが憶測と推測の狭間を彷徨う。

以降、弾む会話に時間を忘れ。気付けばもうすっかり陽は昇り、足を踏み入れた迷宮の深奥。本来なら避けるべき彼等の棲家、大空洞で遭遇したのは、赤黒い体皮に覆われた一体の魔物。

その見てくれは蛇と言うには不恰好、蜥蜴と言っては過小とも言える覇気貫禄を纏う地を這う小王。


ずざ…じゃり…


のし…のし…


「……………」


「…シャラ、こいつはさっきお前が言っていたバシリスクの上位種とやらで間違いないか?」


すっ…


「はい…!この魔物は爪や牙、皮に至るまで素材としての価値が高いので、なるべく傷付けずにお願いします!」


ぎゅっ…


「ふっ…なる程…狩りとはよく言ったもんだ。中には殺した瞬間、魔石とやらになってくれる世界もあるっていうのに…注文は短期決戦で首を落とせか…」


強靭な肉体と研ぎ澄まされた爪牙に加え、体躯に見合わぬ敏捷を合わせ持ち。シャラをして武器を持つ手に力が入る程の難敵。その名もエマレグルス。滅多にお目にかかれない特異な進化を遂げたこれら上位種は強者にとって至宝とされ、その殆どがA級以上に分類される。得られる対価と支払う代償は等価と言って差し支えないだろう。

会敵から間も無く。こちらの気配に気付きゆっくりと翻る。ぎらりと光る眼を見れば一目瞭然。敵は臨戦体制待ったなし。

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