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夜のアリカと銀の星  作者: k...
第二章 星降る夜の再会 前編
39/50

37.積み重ねの果てにあるもの

それから暫くして。


がちゃ…


すた…すた…すた…


「………その様子では、貸した衣装も無駄に終わったようですね」


「…わざとらしいわね。こうなる事を知っててあたしを行かせたんでしょ。…そうよね…愛する男が他の女を抱くなんて…許せる筈がない。あんたはあたしが柊様に拒絶されると知ってた…!何で…最初に言ってくれなかったの…」


それは、一行が宿に着いてすぐの事。彼女は男の意向を伝えると共にこう切り出した。


『…少しの間で構わない。柊様と、二人きりにしてほしい…』


恐らくは目的を果たす為。その身を代価に取り入ろうとしたのだろう。少なからず男の本質を知るならば。そう思い、彼女の頼みに応えレインを外へ連れ出した。

元より玉砕覚悟の投げ売り。本人も受け入れられるとは考えていない筈…それが、憤りを見せるなど想定の範囲外。

一方で。開口一番、視線を刺す女は胸を衝く気持ちを持て余し。まるで八つ当たりのように非難轟々喚き散らす。

これをして、予定調和と言うには程遠く。レイシアは言葉を選び、慎重に答えを返した。


「さて…どうでしょうか。私も夜神様の全てを理解してる訳ではありません…それに一つ誤解しています。私は夜神様が他の女性を抱く事を今はまだ咎めはしません。無論、貴方の言うように嫌という事に変わりはありませんが…そこまで狭量では、煩わしいと捨て置かれかねない」


「じゃあ…何であんたは迫らないの?…この部屋もそう。柊様はあんたをまだ抱いてない。それは拒絶されると知ってるからじゃないの?」


果たして繰り出される詰問は核心に迫り。これを退ける言葉も記憶の中に存在する。

城を出る前夜。せがむレイシアに手向けとばかりに言って聞かせた一幕は、誰あろう彼女だけが所有する事を許された色褪せない思い出。


『…余り茜の事は話したくないんだがな…』


『ですが…どのようにして夕陽様は夜神様の心を射止めたのか…気になって気になって…』


『…お前本当に俗物的だな…ずけずけと…これで王女とか冗談だろ。……はぁ……ふっ…まぁいい。いつかの続きだ。今度は黙って聞いてろ。……あいつは…ただ側に居て、何も求めず、けど何よりも俺を優先してくれた…』


『……………』


『離れろと言っても聞かず…あいつが唯一首を横に振ったのは、俺からの拒絶に対してだけだった。飽きもせず、頑なに側に居たよ。…俺の何がそんなにいいのか…俺にも分からないのにな。それから…少しずつ会話が増えて…少しずつ距離が縮まっていった』


『その…どれくらいの期間…夕陽様は夜神様の側に?』


『一年くらいか…この世界での一年の重みがどれ程かは知らないが…俺の世界で結婚適齢期を控えた女が脈も無い男に一年を費やすのは稀な事だ。歳を重ねる度に人は打算的になる。出会ったその日に身体を重ね、三日もあれば恋仲になり、早い奴は一月を待たずに婚姻をする。そんな世界で一年。あいつは脇目も振らず、ただ俺だけを見ていた。これで落ちなきゃ俺は人間じゃないだろう』


『その間…欲情したり、或いは迫られたりとかは…』


『あいつが迫ろうとした事は勿論あった。俺だって男だ。抱きたいとも思ったさ。けど…それ以上に…あの時の俺は踏み込まれる事を恐れていた。…弱いだろ?こんな仰々しい力があっても人間としては脆く、弱い』


『それを許す…いえ、踏み超える何か…夜神様にとっての切っ掛けはあったのですか?』


『……絵空事のような展開が都合良く起こる世界じゃない。…簡単だ。あいつは俺に突きつけた。自分か、それ以外かを。そして積み重ねを盾に迫った。私を恋人にするか、私と離れるかってな。それまで頑なに俺と離れる事を拒んだ女が掌を返すようにそう言ったんだ。…一年だぞ…今更離れられる訳がないだろう…。見透かしていたんだ…傷付く事に臆病な俺を。だからあいつは待った。俺に一歩を踏み出させる為に。…抱きしめた後……号泣するあいつを宥めるのに一晩掛かった。離れるって言われたらどうしようって…俺と違って強い女だった』


「……貴方の言うように今回、私はまだ夜神様にこの身をもって迫る事はしていません。…およそ一般的な男性を例に挙げるなら、貴方のように益を求めて寄る者は、与し易しと良いように扱われるのが世の常。ですが…夜神様に限ってはその逆。他者を突き放しながら、それでも寄ってくる人間が苦手なんです」


「…何でそう言い切れるの」


「そんな人間に対して心を開き、そして離れていった時に…自身が傷付く事を恐れているのだと…やり直す前にその口から直接聞きました。これは皮肉ではありません…夜神様に抱かれなかったのならまだ可能性はあります。無論、今のまま幾星霜を尽くせるなら、ですけど」


先の出来事を思い返せば、納得する他ない。だが、それで全てが晴れる訳でもありはしない。未だ胸に残る小さな疑問。言葉にしようもないそれは、彼女にとって未知の領域。

愛とは一体…そして胸を占めるこの気持ちは何なのか。その答えを欲し、シャラは続けて問い掛けた。


「…あんたはどうなの?」


「十年でも、百年でも尽くしてみせます」


「そこまで…柊様の…何がそんなに…」


「それは言葉にしようもありません。部分的にという事なら夜神様のような人も多く存在するでしょう。愛する者の為に命を懸け、及ばずとも無理を通し。欲するものは何も無く、孤独であり、全てを持つ者。…巡り合わせとは…運命とは数奇なもの。状況が、順序が、そして何より心を穿つ言葉全てが一致した刻に…目の前に居たのが夜神様だった。ただそれだけの事。けれど、世界中でたった一人の人」


「……………」


「ふふっ…思い当たる節があると言った顔ですね…貴方自身、そういう人に出会った事があるのではありませんか?」


胸に手を。語られる想いに波紋は広がり。決死の覚悟で夢と未来を掴もうとした者をこの目で見た。

大きさの問題ではなく。愛されていたと胸を張って言える程。命を賭して武器を振り、願いを叫ぶ姿が焼き付いている。

であれば確かに。今の自分もまた然り。そして沈黙は是と返り、告げられる言葉は唐突だった。


「…明日から向こう数日間、夜神様と共に行動して下さい」


「え…あんた…柊様と離れていいの?」


「はい、良い機会です。私も……ほんの少し…対価が欲しい……この想いの…」


それは困惑に狼狽える男と窓に煌めく翠緑の光。呆れ、溜息を零すはいつかの時と同じように。


『シア様ー!あの女!ヨルカに顔を近づけてた!ヨルカの精霊怒ってた!』


これを聞いた彼女の顔からは血の気が引き。横で呆ける男の事など存在すら忘れ。不安に駆られるどころではない。

破裂しそうな心臓を押さえ。項垂れる女の顔に、どれだけ胸を撫でたか分かりもしない。

まだ早い事は自分が一番良く解っている。けれど何か。少しでも思うところがあってほしい。


「…どうしたの」


「…何でもありません。詳しい事は明日。改めて決めましょう」


辛いかな。要らぬ誤解を受けて尚、双方に顔を向け。あちらを立ててはこちらを立てる。

嫉む男を喜ばせ。先を考え女に譲り。ただ一人、苦衷に踠くレイシアがこの街で得るものは…。

相応の対価か、満たぬ見返りか、或いは誰も知らない女への想い、その発露だろうか。

ままならない心だけが慌しく騒めき。床に入るも無為な時間は過ぎていく。

この日、二人が眠りについたのは空が白み始める少し前の事だった。

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