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夜のアリカと銀の星  作者: k...
第二章 星降る夜の再会 前編
38/49

36.願い

『ほら!そんなんじゃすぐに死ぬわよ!』


『………くぅっ…!』


ぎーーんっ!


『違うっ!受けるんじゃない!いなして回り込め!非力なら頭を使う事を覚えろ!唯一あるのは速さだけ。まだ魔力も少ないあんたがそんなちっさい武器であたしの孤月と張り合おうなんて思うな!』


『…はい』


それから一年が経つと、痩せ細っていた身体は本来の姿を取り戻し。感情は見えずとも苛立ちを覚える。

そして、厳しい訓練に耐える日々を送り…。


すたっ…


しゅっ!


ばた…


『よし…!これで敵は全て…』


『シャラ!!』


『死ねぇぇぇぇっ!』


『えっ…!?』


ざしゅっ!


どさ…


『ふぅ…いつも言ってるでしょ。油断はしちゃだめよ。…それで標的は?』


『上の階に。敵はロミアさんが殺したので最後…だと思います』


二年が経つ頃になると、その成長も著しく。才能の片鱗を見せ始めると同時に死地へ飛び込んだ。

貴族要人の私兵に隙を突かれては助けられる事幾度目か。名を呼び、名を与えられ。そして三年が過ぎた頃。


『ちょっと…ロミア姉さん!あれくらいあたし一人で殺れるって!』


『あははは!あんたが遅いからよ。それより…今日はまだ終わりじゃないわよ』


『…分かってる。ここ最近台頭してきた商人を拉致して、商会の誘いに頷くよう脅してから…依頼主と敵対する貴族嫡男の暗殺。…あたしが言うのもなんだけど、色々と世知辛い』


『……因果は巡る…か…』


『姉さん、何か言った?』


『ううん、何でもないわ。行きましょ』


戦場に在って姉妹のように戯れあい。手を差し伸べた少女の成長に僅かな憂いを零しながら。

染まり切らない輝きを見て、葛藤に苛まれる女はもう長いこと、答えを出せずに迷っていた。


『…こうやって陽のある時間に…ひと目も憚らず街を歩いてると逆に落ち着かない』


『たまにはいいじゃない。…ねぇ、シャラはこの仕事…どう思う?』


『…いきなりどうしたの、姉さん』


『ん?…いえ、なんとなくね。この世界に引きずり込んだのはあたしだけど…どう思うかはあんた次第。…あたしの事、恨んでる?』


『恨む訳ない!あの日、あたしを救ってくれたロミア姉さんには感謝してる!…でも…あたしはあの人達みたいに殺しが好きって訳じゃない…ただ…姉さんと一緒だから…』


行き交う人々とはまるで違う世界に身を置き。望まれ、羨望に焦がす夢は現実に阻まれ。

それでもいつか。そう、語るだけなら自由と声高に…。


『…あんたは胸が少し小さい事を除けば顔も悪くない。性格は好きな男が出来れば自然と変わる。…仕事で使い潰すには惜しい身体…シャラ、あんたには普通の人生を歩んでほしいものね』


『あたしは別に…今のままでも…と言うか…胸は関係ないでしょ!』


『ふふ…もう少しくらいあった方が仕事でも重宝するわよ』


側に居たい。ただそれだけが生きる理由で生きる意味。少女にとって未来とは、選ぶものではなく、ただそこに在るだけのもの。

元より選択の余地は無く。与えられた現実にどう、価値を見出すか…。

当時の彼女に姉と慕う女の想いを知る術はなく。更に数年後、ロミア・テーゼはある男との出会いによって夢を掴む事を決意する。

そして今。復讐に燃える女は全てを失い、最後に残った姉の願いさえ踏み躙ろうとしていた。


「……一度しか言わない。その手を離せ」


「柊様……あたしは……」


「……………」


「すいません…勝手をしました…」


「…はぁ……」


ばさっ!


「…っ!」


「さっさと着ろ。…俺も男だ。性欲だって人並みにある。しかも人が酔っている時に…」


激しく突き放すように。今はここに居ない男の外套を放り、視線を逸らして背を向ける。

まだ、愛されたい訳じゃない。使い潰されても構わない。姉に惜しいと言われた身体さえ、目的の足しになるならそれでいいと思っていた。


「あたしは柊様になら…」


「だから…お前が良くても俺が良くないんだっ!………すまない…大人気なかったな。…兎に角、余り俺に近付かないでくれ…」


「何で…そこまで…」


「…もう嫌なんだ。心を開けばその分だけ…踏み込めばより深く…裏切られた時に返ってくる…目に見えず、形の無いものはもう…信用できない…」


常ならば。吐き出しはしない本音を叫び、心の内を吐露する男に何と答えるべきか。

女は知らない。いや、知り得ない。であれば。これに協力したレイシアは何を思い笑みを向けたのか。

確証は無く。けれどこうなる事を予見し…これ以上を予期出来なかった。


「…柊様……」


「…それに…お前は貧相と言うが…十分魅力的だ。この先幾らでもその身体を抱いて欲しいと思える男が現れるだろう。初めてなら尚の事…俺が見出す価値はそこにない」


「…そんな事は……何より…生きていたいと思う理由がないです…」


「…ったく…お前の事情なんか知った事か。果たしたい事があるなら取り繕うな。急ぐなら打ち明けろ。意味と居場所は用意してやるから理由は勝手に拾ってこい。…今は無くても未来にならあるかもしれないものだ。…死に急ぐ事はない。大事な人に…大切にされてきたんだろ」


「……………」


俯き、昏い影を落とす女を見つめ、諭すように。語る言葉はその真意も曖昧なまま、出会いの記憶と差し出された手を想起させる。

ぽっかりと。空いた心に落ちる光は瞬く間に広がり。それはまるで、求めていた全てが与えられたようで、重なる影に幻想を抱かせた。


「…はぁ…お喋りが過ぎたな…お前のせいで色々と台無しだ。…うぅ…酔いが…俺はもう寝る。お前もさっさと部屋に戻れ……」


「…はい………………」


そう言って、ベッドに身体を投げ出す男は間も無く寝息を立て始め。

女は整理の付かない気持ちを抱え呟くように言葉を返すと、一瞬の静寂を挟み、顔を近付けた。


『連れていってと縋ったわ。その時…生まれて初めて自分が女だって事を自覚した』


『……何で…戻ってきたの…そんなにその人と居たいなら…』


ぽふっ


『…あんたが居るからよ。…ううん…違うわね…大切な者を簡単に捨てる女を側に置きたいとは思わないって…そんな男だから…惚れたのかも…』


『……大切な…者を…』


『そ。勿論あんたの事よ。…訳ありなのは間違いない。何を聞いても言葉少なにはぐらかされて…結局名前すら教えてもらえなかった。仕方なく、彼の精霊が呼ぶようにあたしもヨルって呼んだ』


『ヨル…姉さんが惚れた人…』


『悔しいから、別れ際に無理矢理唇を奪ってやったわ。でも…初めてのキスは…とても切ない味がした…』


真っ直ぐに目を見つめ。分かってほしいと頭を撫でる。唇にそっと指を這わせる姉は別人のようで。惚気を聞かされる少女はただ、その気持ちを想像する事しか出来ず。

受け止められない心は今尚姉の姿を追い求め。けれど、男に対する甘え方など教わってもいなかった。


「…………っ!……何してるの…あたし…これ以上柊様に嫌われてどうする…!」


すた…すた…すた…


そして二つが重なる間際。気のせいとも付かない視線を感じ、夢から引き戻される。

男を見つめ、不意に口を衝く。忌避すべき嫌悪は目的の為か、自身の為か。

胸の奥に微かな違和を残し、女はこの場を後にした。

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