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夜のアリカと銀の星  作者: k...
第二章 星降る夜の再会 前編
37/49

35.ロミア・テーゼ

こんこん…


「…シーアです。少しいいですか?」


がちゃ…


「…どうしたんだ、こんな夜更けに」


「突然すいません。もしかして…忙しかったですか?」


「いや、そんな事はないが…あいつなら酔ってぐったりしてるけど…呼んでくるか?」


静まり返る室内に、突如舞い込む誘いの響き。レインは扉へ歩み寄り、目の前に立つ女の姿を見て知らず表情を強張らせた。

どうせ。そんな気持ちが滲む声音と、無造作に向けられた視線。顎をしゃくって問い掛けると、レイシアは恥じらう様にこう答えた。


「いえ、大丈夫です。実はその…私も少し飲み過ぎてしまったようで…夜風にでも当たりながら酔いを覚まそうかと…良ければ付き合ってもらえませんか?…この時間に一人と言うのは不安で…」


「勿論、それくらい構わない。でも…シーアが酔っているところなんて初めて見るな」


「ふふっ…そうでしたか?余り覚えていません。…では、準備が出来たら下に来て下さい」


「分かった。すぐに行くから待っててくれ」


赤く染まる頬と、女性らしい奥ゆかしさ。上目遣いで迫る女の色香に抗える者は、そう多くないだろう。

胸の奥で弾ける鼓動。湧き上がる情欲。レインは緩みそうになる口元を引き締めると、言うが早いか用意を済ませ、寝息を立てる男の様子をちらと窺い部屋を後にした。


それから数分後。


「……あー……完全に飲み過ぎたな…ったく…何やってんだか…」


断続的に訪れる意識の消失を繰り返し、一人ごちる。男は見慣れぬ天井を見上げ、虚な記憶と酒に溺れたいつかを手繰り、知らず目を閉じ寝息を立てる。

掴みきれぬまま遠ざかり、霞に消え入る微かな思考。

それは、深い眠りの狭間に訪れた。


こんこん…


「…………」


こんこん…


「……………」


がちゃ…


「……おいおい…嘘だろ…」


室内に響く乾いた音が、沈みかけた男の意識を掬い上げる。

薄らと目を開け、辺りを見回し。ふと、違和感を覚え身体を起こす。

記憶を辿れば少し前。剣を持ち、部屋を出て行く姿を見たと。そう思わざるを得ない状況。何故なら今、ここに在るのはただ一人。

吐き気と頭痛に苛まれ、動ける気などしやしない。扉に続く通路を見つめ、夜神は再び身体を横たえた。

しかし。間も無く扉は開け放たれ、差し込む光と這い寄る気配に警戒を強め身構える。次の瞬間。男は自身の顔を覆い、狼狽の声を漏らした。


すた…すた…すた…


「…柊様……」


「…シャラ…か?」


「はい…」


「…そう言えば話があるとか言ってたな…」


すっ…


「失礼します…」


「あぁ、それで……って…いや……ちょっと待ってくれ……悪い…思った以上に酔ってるみたいだ。…話はまたにしてくれ…」


不意に現れた女の装いはヴェールのように薄く。淡い、桃色のキャミドレスから零れる色香に視線が留まる。

月明かりに照らされ透ける肌。羽織りを下げる仕草に欲情が滾ると、もう既に。半歩の距離まで迫った女に手を突き出し顔を背ける。

一体、この状況はなんなのか。困惑し、狼狽える男の腕を取り、女は臆する事なく踏み込んだ。


「……………」


すっ…


「ちょっ…おい…!」


「貧相な身体ですが…良ければ柊様の慰みものにして下さい…正直、こういうのは初めてで…何をどうすればいいかも分かりません。だから、好きなように…」


(ロミア姉さん、あたしやっぱりだめ…。普通に生きていくなんて…ましてや姉さんを殺した奴らを忘れる事なんて出来ない!…もうすぐ、手の届く所まで来たの…だから…)


紡がれた願いと、数奇な運命に翻弄され。

これはとある国のとある町にて。後に姉と慕う者との出会いの記憶。


がさがさがさ…


『……………』


ざっ…ざっ…ざっ…ざっ…


『ちっ……仕事は終わったんだ。こんな所、さっさと出ようぜ』


『…後始末が先よ』


廃れ、寂れた町を歩き。ごみを漁る少年を横目に仲間を引き連れ濶歩する。

貧富、善悪、そして力が生み出す闇に潜み、悪逆非道な依頼をこなす者達。その中に、まだ全てを諦め切れず、光に手を伸ばす一人の女がいた。

彼女の名は、ロミア・テーゼ。


『…わぁかってるよ。言ってみただけだ』


『けど、こんな廃墟みてーな町の一つもなきゃ潜伏するのに困っちまう』


『がはははは!そりゃ違ぇねぇや!』


『…まったく…ほら!』


ひゅっ…


『ん?…おっとっと…』


ぱしっ…!


『今回の報酬。あんた達といると騒がしくてしょうがないわ』


ちゃり…


『へへ…じゃあ、俺達は一足先に一杯やってるから、いつもの所で待ってるぜ!』


調子が良いのは今に始まった事じゃない。下卑た笑みを浮かべ、そそくさとこの場を後にする。男達を見送り、ロミアは人影も疎な路地裏へと足を踏み入れた。

鼻を抜ける汚臭。ふと見れば、そこかしこで蝿が舞い。物乞いと、孤児ばかりが目に付く貧困の吹き溜まり。

今は亡き師に拾われ、愛情と生きる術を叩き込まれた。

恨んではいない。感謝もしている。しかしどうしてか。胸に燻るこの気持ち。


ざっ…ざっ…ざっ…


『……………ん?』


『……………』


ざらついた風を受けながら、物思いに一人歩く道の途中。不意に感じる視線に目を向けると、路地の隙間に覗く見窄らしい薄紅髪の少女と目が合った。


『……………』


いつかの自分と同じように。売られ捨てられ流されて。辿り着いた場所でただ生きている。

目に光はなく。身体は痩せ細り。希望など、ある筈がないと諦めていた。


ざっ…ざっ…ざっ…


『…生きたいなら付いてきな。あたしが居場所を与えてやる。但し…ろくな死に方は出来ないよ』


気紛れ自己満足もいいところ。贖罪後悔希望を押し付け自分勝手もいいところ。だがしかし、一人の少女が救われたのもまた事実。

こんな気持ちだったのだろうか。振り返る過去に想いを馳せ、そして願いは紡がれていく。


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