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夜のアリカと銀の星  作者: k...
第二章 星降る夜の再会 前編
36/49

34.束ねる者

…ぎぃぃ…


ざわ…ざわざわ…


「…次の依頼をこなせばAランクへの昇格も見えてくる。明日も気を抜かずにいこう…」


「迷宮で狩った素材は防具にしてもらおうと思ってる。売却するのは勿体無いからな。…そう言うお前こそ、新しい武器はどうするんだ…」


「今日は助かった。やっぱり魔法を使える奴がいると戦闘の幅が広がるな。次は………」


すた…すた…すた…


「…随分と混んでるな」


「そうですね。あっ…夜神様、あちらが空いています!」


「ん…あぁ」


「高ランク冒険者御用達、って感じだな。…なぁシャラ。この店、もしかして結構高いんじゃ…」


「そうね。仲間内とは言え、寝食を共にするなら金銭に関する事ははっきりしておいた方がいい」


「……………」


静まり返るとも、騒がしいともつかない品のある賑やかさに辺りを見回し。客達は皆一様に笑みを湛え、酒を手に生の実感を語り合う。

煌びやかなプレートに目を止め、客達の非凡さに声を漏らし。レインはふと、この先の旅を思いレイシアの背に視線を落とした。そして間も無く。微かな憂いと二人を置いて、この場を仕切る女の声が店内に響く。

注文を受け、皿を手に卓を巡る従業員。交差する足音。夜神は次々と運ばれる料理を眺め、味の想像も出来ない一つの皿に目を留めた。


「柊様、どうぞ」


「……あぁ…」


「ふふっ…夜神様、こちらはルウィンタと言う牛の肉を使った煮込み料理です。城での食事にもこれを使った料理は時折り出ていましたし…他の料理も鳥や豚を使ったものなので、そう警戒しなくても大丈夫ですよ」


「露店など、安価な食べ物はそれ相応ですが、このように動物の肉を使った料理であれば異世界…柊様の世界の文化や技術が踏襲されている事も少なくありません」


「なるほど…言われて見れば確かに。俺の知る料理とも遜色はない。…中にはレシピを売って稼いだ奴もいるんだろうな。だとすると…この琥珀色の飲み物は俗に言う…」


「はい、こちらはエールです。この世界では最も一般的なお酒になります」


「へぇ…これが噂にも名高いエールか。普段は余り飲まない俺でも流石に興味が湧くな」


先入観。或いは固定観念とでも言うべきか。卓に並んだ料理を見つめ、怪訝な表情を浮かべる。

想像の出来ない味に加え、食感と舌触り。特に、大きな肉の塊と思しき物は何なのか。目新しさに好奇心を刺激され、主人公が異界の料理を頬張る姿は目に浮かぶ。しかし、現実に見るそれは夜神にとって異物そのもの。警戒はしても、自ら手を動かすには些か勇気が要るだろう。

そんな、男の不安を即座に察し、レイシアが笑みを浮かべて意識を誘うと、シャラが先を紡ぎ、経緯を語る。

次第に熱を帯び始める好奇心。乾いた喉。俄然高まる食欲に押され、男は静かに手を伸ばした。


「「「乾杯っ!」」」


「…美味いな」


「夕食は豪勢にと約束しましたから。…気に入って頂けたなら良かったです」


「……………」


「…それにしてもシーア……よくこんな店を知ってたな」


「先程の宿で聞きました。なんでも、高ランク冒険者御用達との事で…努力が実を結ぶというのは嬉しいものですね」


酒を呷り、満足気に息を漏らす男の横顔を見て、笑みを溢す。レイシアはまだ、この先を握る事など露知らず。

喜びに霞むレインの憂慮が一瞥に伏すその横で。視線を戻し、シャラは窺うような目で夜神を捉えた。


「そっちの料理も取り分けてくれ」


「ふふっ、はい」


穏やかな表情と、優しい声音。咄嗟に口を噤んだレインの判断も、当然の流れ。だが。この機を逃し引き摺れば、蟠りの種にもなり得る微かな軋み。

為すべきは均衡の破断。得るべきは采配の契機。シャラはレインに視線を送ると、何食わぬ顔でこう切り出した。


「…確かに美味しいけど…これ、相当高いわよね。…どうするの?」


「心配しないで下さい。ここは私が…」


「いや、俺達は仲間なんだ。そういう訳にはいかないだろう。それに…おい夜神。お前、今食べてる料理が幾らするか知ってるのか」


「いや、知る訳がないだろう」


「何でそんな偉そうなんだよ…」


「それ以外に言いようもない。…ただ、そうだな。お前達の言いたい事には見当が付く。…おい」


気が付けば、蚊帳の外だった筈の会話に巻き込まれ。険を含む物言いに呆れを零す。

男の浅慮など、手に取るように。しかし、一理あると思えばこそ。夜神は返す言葉に加え、目の前の女に声を掛けた。


「何でしょう、夜神様」


「今後、パーティ内の金銭管理はお前に一任する。街に滞在している間はそれぞれに成果を課し、得た金を共有財産にしろ。衣食住に充て、生活水準を決めるのもお前の一存でいい。欲しい物がある奴はそれ以上に稼げ」


「え…ちょっと待ってくださいっ!夜神様、それは幾ら何でも…!」


「まぁ、当たらずも遠からずと言ったところだ…けど、シーアなら文句は無い」


「あたしも別に。…柊様が言うなら従うわ」


必要性を問う不文律の明確化。そして、これを為すはパーティの纏め役と示唆し。思い至るその慌てようたるや。

一瞬前の彼女からは想像も出来ない程。常に冷静でいた女の表情が困惑に歪む。

まさかここで、自身に白羽の矢が立つなど彼女達の構想に一切の筋書きも無く。議論の末、これを任せる者はレインとし。彼の自己顕示欲を満たしつつ、上手く手の平で操る公算だった。


「待って…!待って下さい!私の一存でって…夜神様はそれで良いんですか?」


「仮に俺がこの役割を担った場合、お前らの生活水準は最低なものになるだろう。…レインならその逆か。シャラは未知数だが…俺はお前にならいくらかの指図を受けても構わないと思っている。これは城で世話になった事の返しだ。最低限の協調性だと思えばいい。…お前が俺達のリーダーだ」


「うっ……」


「大丈夫!シーアには俺が付いてる。何も心配する事はない」


「…はぁ…痛々しいな。…どうでもいいが、そこの料理を取ってくれ」


「どうぞ、柊様」


「悪いな」


男の決定に意を唱え。返す言葉に声を失い。お前になら。そう言って聞かせる言葉の響きに抗う術などありはせず。項垂れ、肩を落とす女を前に、レインがすかさず胸を張る。

まるで喜劇を見るように。溜め息と共に一瞥をくれ、話も終わりと視線を逸らす。レイシアは夜神を見つめ、重責を凌ぐ尽くしたい想いを胸に、ゆっくりと口を開いた。


「…分かりました…どれだけやれるか分かりませんが…パーティの纏め役、精一杯努めさせて頂きます」


「何かあれば言ってくれ」


「…まぁ頑張って」


「そんな肩肘張る必要はない。お前は適当に指示を出すだけだ。何かあればそこのSランク冒険者様がどうにかしてくれる」


「はいっ!」


かくして。

決意と共に声を上げ、手に持つ杯を重ね合う。

尽きぬ話に進む酒。気付けば足元さえ覚束ず、肩を凭れていた。

視界を流れる薄紅の絹。その奥に。頬を赤らめ視線を逸らす女の顔が目に映る。それが誰で、この状況が何なのか。記憶も疎に宿へ着き、後悔に苛まれる。

偶にはこんな日も、悪くない。


重い瞼を持ち上げ、ぼんやり見つめる誰かの背。レインは剣を磨く手をぴくりと跳ねさせ、肩越しに振り返った。


「…………」


「…………」


まだ、仲間と言えぬ間柄。視線を交わし、言葉もないまま過ぎていく。

気まずくも、心地良くもない沈黙と、微かな余韻。それは、唐突に切り裂かれた。

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