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夜のアリカと銀の星  作者: k...
第二章 星降る夜の再会 前編
33/51

31.あんたが少し羨ましい

ざっ…ざっ…ざっ…


「夜神様」


そして間も無く。一人離れた小岩に腰を下ろし、頁を捲る男に声を掛け。レイシアは、手に持つカップを理由に孤独の中へと踏み込んだ。


「…何だ」


「食後のコーヒーをお持ちしました。…それと、準備が整い次第出発するそうです」


「そうか…悪いな」


皆一様に息を殺し。沈黙に伏せ作業のように手を動かす。ちらと男を見る彼等の目に浮かんでいたのは、言い知れぬ恐怖と僅かな嫌悪。故に。在るべきではないと、流し込むように食事を終え、その場を後にした。なのに…。


「…何を読まれているのですか?」


「…ふっ…本当に変わった女だ」


これを覗き込む横顔は常と変わらず。畏怖も嫌悪もなければ、憂慮も遠慮も羨望すらもない。

その目に映る柊夜神という存在を見つめ、男は呆れるように笑みを零した。


一方、人として。善性を体現する男は昏く沈んだ空気を浄化すべく弁明に勤しんでいた。


「え…ダーカスさんが盗賊の仲間…」


「あくまでも可能性の話だ。今となっては確かめる術もない。まぁけど…これについては俺もシーアもシャラも。それに夜神も同じ意見だったと思う。だから、あいつがダーカスを伴って水を汲みに行くと言った時は探りを入れるつもりなのかと思ったが…」


真相と言えるかも怪しい話を語り、判断を委ね、蟠りを解す。誰に頼まれた訳でもないその言葉に一同は耳を傾け。ルドインが声を漏らすと、俄には信じ難い推測に誰もが険しい表情で真偽を求め始める。

顎に手を当て、額を揉み、首を傾げ…そして鋭い声が静けさを断つ。


「…執事さん」


唐突に向けられる敵意。視線の先に在るのは守るべき者を、そして傷付けられては些か以上に困る存在を傍に置く白髪の老輩だった。


「…何でしょうかシャラ様」


「先刻、あんたは真っ先に柊様の前に立ったけど…この先の道中、そこのお嬢さんがあの男に隙を見て連れ去られる。もしくは殺される。なんて事になったら…あんたは仕方が無かったと納得出来る?」


「それは…」


「……………」


「…かと言って、あたし達があの男を怪しいと言っても証拠がない以上、本人がしらを切れば話は終わり。にも関わらず、これを捨て置いた結果が最悪じゃあ…余りにも救いが無いとは思わない?」


「…何が仰りたいのですか」


「別に。ただ…あんた達の、その辛気臭い顔のせいで柊様はこの場から立ち去った。…もし戻らなかったら、あたしがあんた達を殺す!」


「おい、シャラ!」


「…はいはい。…あたしは先に馬車に戻ってるわ」


ざっ…ざっ…ざっ…


「仲間がすまない…」


弛まぬ鍛錬の末に得た生業と、秀でた才を持てばこそ、全容を知る術もあるだろう。

悪魔の証明を剣として斬りかかる女に、ラインフィルは言葉もなく。それが既に失われた未来だとしても、横に忠節を尽くす者が在っては慎重に答えを選ばざるを得ない。

過ぎた言葉に歯止めを掛けるレインを見てその場を立ち去るシャラの胸中には、無自覚な嫉妬の炎が揺らめいていた。


「いえ…お気になさらないで下さい」


「…けど、お二人の言うように、もしダーカスが盗賊の一味だとすれば、柊夜神様は命の恩人と言って差し支えありません。Sランク冒険者のレイン様を始め、これら強者達が一様に声を揃えているのです。もしあの方に確固たる根拠があったなら…寧ろ大事が起こる前の解決に感謝を述べるべきではないでしょうか」


「私も…そう思います。やっぱりダーカスさんの誘いは少し強引だったと言うか…確実に依頼を達成するなら私たちである必要もない訳で…」


「…確かに、驚きが過ぎたせいで考えが及ばなかったけど、そもそも何でダーカスさんを殺したのか。その理由を僕達は聞いてない」


「…些か以上に無愛想ではある。言葉も少ない上に何を考えているのか…それでもレインさんやシーアさん程の冒険者を供に据え、俺達を救ってくれたシャラさんがあそこまで言うんだ。何か明確な意図があった可能性も考慮すべきかもしれないな」


長きに巻かれ、多きに属し。人の上に立つ者が声を上げればこれに賛同する。それは偶然にも真実を穿ち、醜い生き方ではあるが間違いではなく。

令嬢が口にする真言の如く言葉に今一度の再考を経て。ルドインとガジェルは思い至り、そしてまた新たな疑問が浮かび上がる頃。一人その気配に気付いたレインはこれを切り上げるべく、思考に沈む静寂を切り裂いた。


「…さぁ、そろそろ出発の準備に取り掛かろう。この分だと着くのは夕方になる。皆思うところはあるだろうが、残り数時間の辛抱だ」


それぞれが疑問と葛藤を抱きながら、暴君の帰還に口数を減らし手を動かす。

準備を終え、馬車が再びフェルメースを目指し走り始めると、ラインフィルはすぐ横に座る男をちらと窺い、己が真偽の答えを口にした。


がたごろがたごろ…


「………先程は申し訳ありませんでした」


「…気にするな。あれが普通の人間の反応だ。別に何も思っちゃいない」


片手間に、まるで興味もないと言った風に右から左へ聞き流し。これに一瞥もくれない男が何故あのような行動に出たのか。

疑念に対する答えが真であるなら、疑問に対する答えとは何か。殺す理由ではなく、殺した動機に目を向けるラインフィルは、自身が思う以上に柊夜神という人間に興味を唆られていた。


「…何故根拠を語られないのですか?」


「それを知ってどうする。覆す力の無い者が、白黒を知ったところで意味はない」


「なるほど。しかし…示せば皆の反応も違ったのではありませんか?」


「そう望むならな。俺は後ろのあれと違って他者との関係を求めていない。…街が見えたらまた声を掛けてくれ」


核心には遠く。探りを入れ始めて僅かに二言。取り付く島もなくあしらわれ、素気無い言葉に次はなく。肩越しに、ちらと男を覗いて瞼を閉じる。

そんな異様に魅入られ、女達を取り巻く全ては歪に変わり始める。これはその、兆しに過ぎない。


「もうすぐお別れですね」


「そうですね。皆さんには大変お世話になりました。…結局、あの方の真意は分からないままですが…」


「夜神様はそういう方ですから。けど、理由も無く動く人じゃありません」


「…いい気なものね…」


「…シャラ様?」


「あんたに言った訳じゃないわお嬢様。…あの男が盗賊の一味というのは間違いない。けど、それだけなら柊様は動かなかった。…シーア、あたしはあんたが少し羨ましい」


「…え」


一時。束の間の同道に救われ火を囲み。内心はどうあれ人として。そう口にするのが礼儀と言うならば。

視線を落とし、憂う令嬢に答えを返す女を見て。呟くように言葉を落とすシャラは若さ故、逸る気持ちに翻弄されていた。

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