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夜のアリカと銀の星  作者: k...
第二章 星降る夜の再会 前編
32/50

30.是非を問わないその力

「………………」


(なんだあれは!本当に人間かっ…!?)


だっだっだっだっだ!


脳裏に焼き付いた悍ましく、色の無い瞳。宛ら死神の鎌と言って差し支えない殺気は薄黒い魔力を幻視させ。これら全てがダーカスに逃れようもない死を突き付ける。それでも。

脇目を振らずひた走り。気のせいともつかない怖気に背後を見てはひた走る。風を切り、大地を踏み締め、間に間に見る男の影を振り切っては幾度目か。辿り着いた街道との境。またしても眼前に立ちはだかる幻影は、逃れようのない絶望を纏っていた。


ざざざぁ…!


「嘘だろ……」


「残念ながら嘘じゃない。それに…逃げるって事は…もうそういう事でいいんだろう?」


「く…くそがぁぁぁぁぁぁっ!」


しゅっ…!


「え……」


ぶしゅぅぅぅぅっ!


どさ…


「やれやれ…」


それはもう一か八かでさえなく。果たしたとて覆る事はない。無造作に振るわれた剣に倒れ伏し、返り血を見て肩を落とす。

男は一人水の入った桶を取りに戻ると、何事も無かったように振る舞い。一行が存在の有無に気が付いたのは、注がれたスープの椀が行き渡る頃。


「あれ、一つ余って…そう言えば、ダーカスさんは?」


声を上げたのは、調理を任されていた年端もいかない若き女性冒険者だった。


「ほんとだ。何処に行ったんだろ」


「…おかしいですね。ラインフィル、ダーカスを見ていませんか?」


「申し訳ありませんお嬢様。存じておりません」


「…ちょっと辺りを見てくる」


瞬く間に広がる不穏な空気にルドインは知らず辺りを見渡し。サリュアが執事に声を掛けると、次いでガジェルが立ち上がる。

しかし、誰が何をしたところで見つかるのは物言わぬ骸が一つ。遅かれ早かれ騒ぎになるのは間違いなく。言おうが言うまいが疑われるのは自明の理。ならばどうするか。


「居ない奴の事はどうでもいい。さっさと飯にしよう」


「そう言えば…柊夜神様、貴方はダーカスと一緒に水を汲みに行かれてましたよね?…何か知っているのではありませんか…」


雑と言う他にない。誤魔化しと言うには余りにも余りな言葉にこの場の視線を一挙に集め。文字通り、意を決して問う令嬢に男はこう告げた。


「…はぁ…殺したが…それがどうした。…言った筈だ。居ない奴の事などどうでもいいと」


ばっ…!


「…お嬢様、お下がり下さい」


「…………」


「………柊さん…」


ちゃき…


「あんた…一体どう言うつもりだ」


「待った待った!皆んな落ち着けって!」


「ちょっと!柊様は…!」


老輩は庇い、令嬢は険しい表情で睨め付け。ルドインが理解の及ばぬ呟きを零すと、ガジェルが武器を持つ。必然の流れに、しかしどうしてか。

誰よりもこれに先んじ、清々しい程に声を張り上げ。どちらと言わずあちら側。そんな男が彼等の前に割って入ると、薄紅の髪を揺らし。女もまた弁明を叫ばんと一行の前に立ちはだかる。


「…レイン、それにシャラもか。…最初に言った筈だ。俺のする事に口を出すな。…あいつと一緒に大人しくしてろ。こんな茶番はすぐに終わる」


「ちいっ…誰の為だと思ってるんだ…」


「……………」


これを無碍に一蹴し。待つのではなく促す事で終わりとする。その真意とは。


「それで…お前達はその手に武器を持って何をするつもりだ。俺に罪を償えと。或いは言葉を尽くして弁解を、理由を述べろとでも言うつもりか?…ならば問おう。お前らの中に、たった数日を共にしただけの男に命を懸けられる者がどれだけいる」


言葉と共に湧き立ち、男を包み迸る。魔力。それを可視する事は難しく。この場を支配する不可視の領域に違和を感じ、ありありと目に映る異様に冷たい汗が背を伝う。

是非を問うている訳ではない。可否もなく。意を唱える事さえ許さない圧倒的なまでの力は何を問うものか。


「……………」


どさ…


ただそこに佇んでいるだけの男を前に、己が命を握られている感覚。それは彼等に身じろぎを許さず。しかし、戦慄に竦む足は意志もなく、支えを失うように崩れ落ちた。


「…あの時の比じゃない……」


「これが…柊様の力…」


「……さて……ここに居ない奴の事は皆、どうでもいいということで話は纏まったようだ。…そこの女」


かくして。驚きに目を剥く二人を他所に言葉も無く。動きも無ければこれ以上は不要と解し。魔力を抑え、へたり込む女に声を掛ける。


「はっ…!はひぃっ!」


「さっさと飯を配れ。女が三人も居てまさかスープだけという事はない…そうだよな?」


「…え…えーっと…あ…あはは…」


手に持つ椀を見つめ、さも当然のように言ってのける。男に対し、その通りですと言えたら、どれ程この胸はすいただろうか。セシルが目の前の火に掛かる寸胴を見て狼狽えると、これまで何も言わず、成り行きを見守っていたレイシアが笑みを湛えて口を開いた。


「ふふっ…夜神様、余り脅えさせては可哀想ですよ。旅に節制は付きもの。昨晩と同じで申し訳ありませんが…昼食はスープとパンで我慢して下さい。その代わり、街での夕食は少し豪勢にしましょう」


「…はぁ…まるで勘定奉行か財務大臣だな。パンとスープばかりとは…まぁ…これも旅の醍醐味と割り切って我慢するとしよう」


それは変わる事のない日常で。悪い夢から醒めるように、見ている者の思考を掻き乱す。

どうだっていい。何だって構わない。異常者である事を知った上で、例え彼等を皆殺しにしようと変わらない。

私はどんな貴方に対しても、笑みを振り撒く女で居続ける。


「…では、頂きましょう」


「…お前達も、いつまで固まってんだ。飯にしようぜ」


「…セシル、あたしにもパンちょうだい」


「あ…はいっ!」


「「「「………………」」」」


納得は出来ずとも、理解せざるを得ない力を垣間見て。命惜さにこれ以上、何を声に出す事もなく。

始まりを告げる憩いのひとときは口に運ぶスープの味も曖昧な程、息の詰まるものだった。

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