プロローグ
「芳醇な魔力に釣られて来てみれば…なるほど。…異世界の人間か。オレはこの世界で最上位とされる闇の精…喜べ、これを縁と定め貴様と契約を交わしてやる」
「…その見てくれで一人称がオレとかどうなんだよ…それと、勝手に話を進めるな。狙いの精霊は他にいる。闇なら願い下げだ」
これが、最初の出会いだった。誰もが望む最上位精霊との邂逅に興味も無く。冷めた目でそう言われたのを覚えている。
ざっ…ざっ…ざっ…
「それで…貴様は何を望む。覇天に加え、オレの力があれば世界は思いのまま。遍く全てを掌握する事さえ容易いだろう。まずは…そうだな。手始めにこの街を…」
「はぁ…俺を元の世界に帰せないくせに何が思いのままなんだよ。…やりたきゃ勝手にやってろ。その時は契約もこれっきりだがな」
「ぐっ……なら…金はどうだ!女は?お前も人間なら欲しい物の一つや二つあるだろう?」
「…そうだな。金はあるに越した事はない。…女だって抱きたいと思う事はあるだろう」
「なら…!」
「お前の力が無くても稼ぐ事は出来る。それに…この世界にはお誂え向きな制度もあるだろう。何度も言わせるな。求められたことだけやってくれたらそれでいい」
「……………」
理解し難い思考に戸惑ったのをよく覚えている。
興味はある。欲望だって…なのにオレの力を使おうとしない。…その理由は存外単純なものだった。
「…と言うかお前…外に出ていたいならその姿はもう少しどうにかならないのか」
「…これでいいか?本当に変わった奴だな」
「やれば出来るじゃないか」
何かを為す事で誰かと関わる事は、奴にとって何かを得る事以上に耐え難いものらしく。
地位権力が人を動かす力なら、金は人が齎す物。であれば奴が何も求めない事を理解する事は出来る。
しかし…長い時を生き、人間と言う存在を知れば到底納得出来るものではなかった。
「…何でそう頑なにオレの力を使おうとしない。人間は己の欲望に抗えない生き物だろ」
「はぁ…十分使っているだろう。アーカイムの時も。それに、神聖の大樹で存分に使うさ」
「そうじゃないっ!人間は…私利私欲の為なら何だってする!その渇望が満たされる事は決してない!お前だって…一皮剥けば同じに決まっている!…同じじゃないと駄目なんだ!」
「……人の姿になって興奮するな。と言うか少し雰囲気が…まぁ、生きていれば人間だろうと精霊だろうと胸に刺さる棘の一つくらいあるだろう。…ったくあの姫様と言い…何で俺はこう損な役回りなのか……黙って聞いててやるから話したいなら勝手に話せ」
あの時のオレは…自分のせいじゃないって思いたくて…後悔を塗り潰す為にだけ…。
ぽっかりと空いた穴はどれだけ詰め込んでもすぐにまた空いて…繰り返す内に分からなくなっていたんだ。
「……俺はお前の自己肯定に付き合ってはやれないが、代わりに選ばせてやる事はできる。楽しい事だけ掴んで生きていけばいい。街を壊し、国を謀るより、暖かい陽の光を浴びて昼寝をしてる方が幾分か心地良いだろう」
「……………」
それから暫くの間、ヨルは行く先々で街や村へ頻繁に寄り道をするようになったんだ。やる事があるって言ってたけど…聞けば『道草を食う』らしい。
一緒に弱い魔物を討伐して、適度に美味しいご飯を食べる。一日の終わりには狭い宿に泊まって、何もしない日は本を読んだり、昼寝をして過ごす。
それはとても穏やかな日々で…昔に戻ったようで…凄く楽しかった。
「…ねぇ、ヨル」
「ん?」
「名前を付けてよ!」
「…何言ってんだ急に」
「精霊っていうのは契約者に名前を付けてもらうのが慣わしなんだ。だからヨルもオレに名前を付けてよ」
二度目の命名。ううん…正確にはもっと沢山の名前があった。けど…オレにとってはこれが二度目なんだ。オレはヨルの精霊でいる事を選んだ。もうつまらない日々に戻るつもりはない。例えヨルと離れ離れになっても…名前があればきっと忘れない。
「もし神聖の大樹が眉唾だったとして…ヨルはその後どうするんだ…?」
「さぁな」
「帰る場所とか…その…前に言ってた姫様、とか…」
「…或いは…そんな世界線もあったかもな。けど…今の俺に寄る辺はない…」
「なら!オレが拠り所になってあげるよ!オレは精霊だし…絶対にヨルを裏切らない!ずっと一緒に居られる!」
「ふっ……お前が猫のままでいるならそれも良いかもな。…拠り所か…そうだな。アリカ、なんてどうだ」
「…え?」
「名前、付けてほしいんだろ?意味は寄る辺とそう変わらない。まぁ厳密にはまるで違う意味を持つが…俺の世界では『在り処』とこう書く。在るべき場所。という解釈をすれば…とにかく、人の姿を模した時は女みたいなんだ。別に悪くないだろ」
嬉しかった。心がぽかぽかして…分かるだろ?ヨルはとっても優しいんだ。
ただ臆病なだけ。そして…優し過ぎたんだ…。
「…………………」
「ヨル……」
それから随分と時が経って…いつものわざとらしい溜息すらしなくなってしまったのは、神聖の大樹がオレと同じだったから。
望むもの全てを叶えるって…何だよそれ。オレと同じで何も叶えられないじゃないか!
「…名前はなんて言う?」
「カイナです。ご主人様、これから宜しくお願いします」
…でも、救いはあったんだ。似てるって言ってた。本当は凄く嫌だったけど…ヨルが笑わないのはもっと嫌だった。
人間になれたらって心から思ったよ。
人として望むもの全てを叶える力がその実、たった一人の大切な人すら支えられない力だと知った時、その心に寄り添える人間が羨ましくて堪らなかった。
だから…次は何があってもヨルの心を守ってみせるって誓ったんだ。
オレは…ううん…私は、ヨルのアリカだから。




