23.貴方と共に
こんこんっ…
がちゃ…
「失礼します。夜神様、今日もハーブティーをお持ちしました。ここ最近は食欲も多少戻られたようで何よりですが、睡眠にも気を付けて頂かないと…あれ?…夜神様?」
すた…すた…すた…
「こんな時間に何処へ…また調べ物でしょうか…最近は書庫に入り浸っていると聞きましたが…」
それは日課になりつつある深夜の訪問にて。
紅茶を手に部屋へと押し入り、小言を言って困らせる。そして間も無く。浴びせられる素気無い言葉も、数少ない会話の機会。
はてさて今日は、どんな言葉が飛び出すか。しかし、その声が彼女の耳に届く事はなく。室内を見回すと、普段から置き去りにされている夜神の衣類など、その一式が忽然と消えていた。
がしゃんっ!!
(荷物が無い…まさか…!)
すたすたすたすた…
ごくり…
がらっ!
手に持つ茶器を落とし、慌てて机の前に立つ。彼女が見つめる先には男が何より大切にしていた物が隠されている。
それがもし、無くなっていたら…。袖机に誂えられた引き出しに手を掛け、恐る恐る中を覗く。次の瞬間、レイシアは膝を突いて崩れ落ちた。
がくっ…
「…あれはもう魔力が無いから動かないって…ずっとこの中に…。持ち出すような事があるとすれば王都を出る以外…まさか…書庫で何か、元の世界へ帰る手掛かりを見つけた…?」
(…いいえ、そんな筈はない。仮にそうだとしても一言くらい………気を紛らわす為の…ただの散歩に決まってる…!)
ばんっ!
「誰かっ!誰かっ…!」
だっだっだっだっだ…!
静まり返った廊下に響く女の悲痛な叫び声。どれだけ首を振っても拭えない不安が胸を焦がし、情動がその身を突き動かす。
心当たりを手当たり次第に探し回り、一人城内を奔走するレイシア。息も絶え絶えに男の名を呼び続ける彼女を…神はまだ見捨ててはいなかった。
「夜神様…!夜神様ーーっ!」
「あれ…姫様?」
「あぁ、良かった!貴方、夜神様を見ませんでしたか!?」
「いえ…申し訳ありませんが…見ていません。…それより姫様、いつ此方に来られたのですか?」
「それはどう言う意味ですか?」
「その…先程、姫様のお部屋から物音がしたので…」
だっだっだっだっだっ!
「姫様…?」
偶然にも通り掛かった侍女を捕まえ、一も二もなく男の行方を問い掛ける。険しい表情と、流れる汗。あの荊姫がこうも取り乱すなど、只事ではない。そう察した侍女は顔を強張らせ、答えを返すと続けて小さな疑問を口にした。
普段であれば気にも留めない些細な違和感。しかし、今に限っては大きな異変。或いは、と。強迫観念に駆られ口にした疑問は、レイシアにとってまさに天啓だった。
荊姫と呼ばれ、多くの者から疎まれる悪女。そんな人物の部屋に深夜を過ぎたこの時間、許可も無く入る者などいる筈がない。そう、あの男を除いては。
言うが早いかその場を後に駆け出すレイシア。間も無く彼女が自身の部屋で目にしたのは…今、なくてはならない物の消失だった。
ばんっ!
すた…すた…すた…
「…………っ!?」
(無い…夜神様が持ち出した…?何の為に…そんなの決まってる…)
「……いえ、彼女の口振りからも時間はそう経っていない筈!まだ、追いつけるっ!」
だっだっだっだっだっだ…!
疎外され、政務とは距離を置く彼女が最低限、貴族の領地、主要な国防拠点を把握する為部屋の隅に掛けていた国内の地図。それは色褪せる事のない壁紙を残し消えていた。
微かな希望に手を伸ばし、辿り着いた絶望の淵。それでも尚、レイシアは諦めずに走り続けた。そして…。
「…もっと早くに出逢えていたら、違う未来があったかもしれないな。積み重ねか…皮肉なもんだ…」
「夜神様っ!」
「…来たか」
「…行かれるの…ですか…」
「あぁ」
「なら私も…私も連れていって下さい!」
城を背に立つ男の名を呼び。左右に倒れる門兵を前に全てを悟る。今宵、男は城を去る。
であれば共に。そう言って縋る女に、男は小さく紡ぎ始めた。
「…悪くなかった…」
「え……」
「お前と過ごした時間は悪くなかった。だから…最後くらいちゃんと言葉を交わしておこうと…」
「嫌っ!嫌です!聞きたくありません!私も付いて行きます!」
「…まったく…五月蝿くて、しつこくて、ずけずけと。あいつと同じように俺から離れようとしない」
「私が茜様の代わりになります!だからっ!」
「いっそ全部捨てられるなら……けど、どうしようもなく俺はあいつが好きなんだ」
「夜神様!私の話を聞いてください!」
「はぁ…聞くのはお前だ。一度しか言わないからよく聞いておけ。…レイシア、こんな俺に…今まで尽くしてくれてありがとう」
「嫌…!お願いします!行かないで下さいっ!」
「元気でな…」
「え……うっ……夜神…様……」
耳元で囁かれる言葉と共に薄れていく意識。その記憶を最後に世界は終わりを告げた。
「夜神様っ…!!」
がばっ…!
「…夜神様……何で…夢…え…嘘、また…」
叫びが目覚めを促し。頬を伝う涙と、天井に伸びる手は何を零し、何を掴もうとしたのだろうか。ふと目を向けた先、在るはずの姿は既にそこに無く。夢か現か、その境界さえ曖昧になっていくと、胸を侵す不安に耐えきれず。
ばっ!!
「誰か…!誰かっ!ナルニア…!居ないのですか!?」
がちゃ…
「姫様、そんなに慌ててどうなさいましたか?」
「っ!…夜神様は!夜神様は何処ですか!?」
「夜神様でしたら…」
声を上げ、間も無く訪れる侍女に安堵し、これが現実である事に恐怖を抱く。
ナルニアが告げた答えはあの日、想いが芽生えた場所だった。
ばんっ!
だっだっだっだっだっ…
「ん…んぅ〜…っはぁ…いい朝だな。異世界も、今のところは悪くない。…にしても仲間とは…また面倒な事になったもんだが…最悪はあの女だけ連れて後は適当に…」
登る朝陽に目を細め。これまでを振り返り、これからに想いを馳せる。言葉とは裏腹に笑みを浮かべてしまうのは誰のせいか。
「夜神様っ!」
だっだっだっだっだ…!
ばっ!
「起きたのか…っておい、またかよ…」
「良かった…!」
着替えもせず。髪も跳ねたまま。走る女を受け止めいつかのように呆れを返し。
抱き締める事もなければ突き放す事もない手はゆっくりと肩を超え、胸に埋める女の頭に添えられた。
ぽふっ…
「はぁ…安心しろ。少なくとも精霊と契約するまで置いていく気はない。そもそも俺はこの国の地理も分からないんだ。けど…それならシャラでも問題ないか」
「駄目ですっ!誰か一人を連れていくなら私を…!」
「冗談だ。…俺は余りうるさい人間を好まないが…何故だかお前のそれは言う程嫌いじゃない」
「…夜神様………?」
「捨て置くつもりならと。そう決め打つ憂いが何に起因するものか…お前は俺に知らなくていいと言ったが、俺は何があっても自ら交わした約束は違えない。改めて…束の間、異世界の案内役をお願いしよう」
言葉だけでは足りないと知り。想いだけでは届かないと理解した。
無力さに泣いた日も、何も持たない事を嘆いた日もあった。
「………はい…!」
あの日、薄れゆく意識の中に見る姿を追いかけ続けた二年間。
貴方と共に。それを叶える為、力を蓄え、知恵を身につけ。ようやく辿り着いた場所。
「それじゃあ飯を食って準備を始めよう。…それと、コーヒーも忘れずに頼む…」
次は貴方に、価値あるものと言わせてみせる。
ここまでお読み頂き、ありがとうございます。
第一章はこれにて一区切りとなりますが、皆様の心に何か一つでも残るものがあれば作者として嬉しい限りです。
もしこの先の出会いと積み重ねに興味や関心を持って頂けたら、ブックマークや評価で応援して頂けると励みになります。
第二章「星降る夜の再会」は、三日に一度の更新を基本とさせて頂こうと思っていますが…
感謝を込めて。明日、第二章プロローグ及び第二章第一話を投稿させて頂きます。
胸熱く、感涙に咽び、手に汗握る。
あの時の彼のように。少しでも読者の皆様に届いていれば幸いです。




