22.前夜
ぎいぃ…
「夜神様!」
たったったったっ…
「悪いな、ちょっと道に迷って遅くなった」
「…まよっ…た?」
「…どこ見て言ってんだお前…こいつはさっき、仲間になりたいと声を掛けてきたんだ」
「…それを夜神様は?」
「承諾した。元々パーティメンバーの話はお前が言い出した事だ。四人から六人、これが一般的と言うなら不都合どころかお前にとっても都合が良い筈。それに…どうせお前もそいつを仲間にしたいって言うんだろ?」
「それは…そう…ですが…」
それから程なくして。シャラを伴い冒険者ギルドへ戻った夜神は、その姿に気付き駆け寄るレイシアと合流を果たし、言葉少なに謝意を述べた。
男にとっては僅かな遅れ。しかし、レイシアにとっては気が気ではなかった数分間。また先日のように小煩く問い詰められては敵わない。
続く言及に対し、夜神が先の言動を引き合いに出すと、最早返す言葉も無く押し黙る。更に、初対面で怪訝な目を向けられ続ける不快感。その意趣返しとでも言うように、薄紅髪の女が笑みを浮かべて口を開いた。
「シャラよ。聞いての通り、柊様から随伴の許可は貰ってるわ。これからよろしく」
ぽんっ
「話が早いという事にしとこうぜ、シーア。俺はレインだ。宜しく」
「……シーアです……宜しくお願いします…」
大義名分を掲げ名乗りを上げるシャラに続き、意気揚々と自己紹介をこなすレイン。背後から顔を出し、レイシアの肩にそっと手を置くさり気なさは、夜神に対する敵対心の表れと言えるだろう。
そして、遅きに失した状況の中、萎む声でその名を告げたのはパーティの発起人。元は自身を含む三人を予定していたメンバーも、気付けば四人。加えて夜神が認めた女性となれば、気掛かりは増すばかり。いっそ二人きりの旅ならば。気苦労も多いが、その分夜神を独占出来る。と、意気消沈俯く女の耳に聞こえたのは、無愛想な声ではなく、背を向け去っていく男の足音と、険を含む言葉だった。
「………………」
すた…すた…すた…
ざっ…!
「おい、夜神」
「……………」
「これから仲間になるんだ。自分勝手な行動は慎め。何の為にここで落ち合う約束をしたと思ってる。お互いに何も知らないんだ。…急ぐ用がないなら、少し飲みながら話でもしないか」
すっ…
「…何の為?大方、お前がパーティに加入する事を俺に納得させる為だろう。…シャラは俺を知っている。そこの女も。そしてお前も今、俺の名を呼んだ。これ以上、何を語る必要がある。…俺に指図するな。俺のする事に口を出すな。そして、必要以上に協調性を求めるな。戦闘には加わるし、労働にも参加する。お前の同行もその女が求めるなら同意しよう。けど、それだけだ。行き先が同じだけの関係と言う事を忘れるな。俺に仲間は必要ない」
すた…すた…すた…
「…ちっ……」
剣呑な雰囲気を醸し、男の背を睨め付ける。長く冒険者をしていれば、このような諍も珍しくはないのだろう。自分勝手を地でいく夜神の行動を嗜めつつ、打ち解ける切っ掛けを作ろうと誘いを掛ける。
親指を立て、上階を指し。酒を酌み交わせば少なからず険も取れる筈。何より、好意を寄せる女の期待に応えたい。そんな、レインの誘いを素気無くあしらい、辛辣な言葉を浴びせる。男にとっては文字通り、行く先が同じだけの他人。仲間意識などある筈がない。故に残るのは、嫌悪と利害と想いだけ。そして同意を得られた以上、彼女達がここに留まる理由は何もない。
「………夜神様…」
「…シーア、近い内に二人きりで話したい事がある」
「えっと…シャラ…?」
「安心して。あたしはあんたの味方よ」
(今はまだ、ね)
すた…すた…すた…
「…ちょっ…!それはどういう意味ですか!?シャラ!?」
がし…!
「…お前まで勝手な事を…」
「あたしに指図出来るのは柊様だけ。分かったらその手を離して」
そして間も無く。夜神の後を追うように、シャラが意味ありげな言葉を残し去っていく。一体彼女は何者で、その目的は何なのか。
振り返る男の横を通り過ぎ、殺意を込めて睨め付ける。その迫力に気押された訳ではない。が、これ以上事を荒立てても益はない。レインは咄嗟に開いた口を閉ざすと、掴んでいた手を離し、レイシアに向き直った。
「…全く、頭が痛いな。夜神と言い…あの女も何を考えてるか分からない。警戒はしておいた方がいいだろう」
「そう…ですね…」
「……………」
(…気が気じゃないって様子だな。シャラに何か言われていたようだけど…それよりも、気にしているのは夜神の方か…この調子じゃ、まともな会話は出来ないだろう。シーアの夜神に対する想いは…常軌を逸している。これを覆すには時間が必要だ。…焦る必要はない。野営、偵察、物資の補給に情報収集。旅の途中、シーアと二人きりになれる機会は幾らでもある。俺もこの街に着いたばかり。今日は早めに宿を探しに行くか)
しかして喧騒の中。立ち尽くすレイシアを横目に思い至る。ギルドの扉を見つめ、空虚な相槌を打つ女の顔に浮かぶ憂い。本当なら今すぐにでもこの場を飛び出し、追い掛けたい。レイシアの後ろ髪を引き、この場に留まらせているのが自身である事を、レインは自覚していた。
長く旅を共にしたかつての仲間。頼り、馳せ参じてくれた友。そして、全てを知った知己。捨て置ける筈がない。しかし、これらを笠に着て迫るのは余りにも姑息。レインは己の気持ちを律すると、再会の約束を交わし、この場を後にしたのだった。
そして、この日の夜。
「そう言って夜神様は先に帰ってしまって…やっぱりレインを引き入れたのは間違いだったのでしょうか…」
「話を聞くに…結果だけを見ればこれで良かったと思います。予定外とは言え、シャラ様と言う女性が加わった事で姫様の立ち回りも幾分か楽になるでしょう。…目的が夜神様本人である場合を除き、彼女との関係は良好に保って下さい。上手くすればレイン様のお相手を任せる事も、夜神様との過度な接触を阻む事も出来る。更には狙い通り、姫様とレイン様の関係に何か思うところを芽生えさせる事も…」
「私は…残酷でしょうか…」
「残酷ですね」
「んもうっ!この発案はナルニアではありませんか。押し引きが大事と…夜神様にその…私が取られてしまうかもしれないと思わせろって…」
「人間とは、そう言うもの。…きっとあの人は一切の綺麗事を剥ぎ取り、抜き身の言葉でそう言うでしょう。…貴方はそんな方に想いを寄せている。なり振り構ってはいけません。他国とは言え、幾万の屍さえ踏み付けて…知己の一人犠牲に出来ず、これから先の踏み絵をどう乗り越えるのですか。…悪辣極まる所業。貴方でなければ、私も協力はしていません」
今はもう、出入りする事も少なくなった私室で、今も変わらずその日の事を話し、相談する。
男の目覚めと共に叫ぶ声に駆けつけ。贄のように差し出され。そんな彼女の言葉と示す道は、レイシアにとって何よりの支えだった。
「…ナルニア……」
「…長いようで…短かったですね。…侍女になってくれと懇願された時は随分と戸惑いましたが…それでも…姫様、私は貴方の想いに少しでも応えられたでしょうか?」
最後の夜に。いや、この人に涙は似合わない。笑顔が素敵な人だから。そう思い、気丈に振る舞って見せるつもりだった。刻一刻と迫る別れの時を前に。間も無く部屋を後にするであろう彼女に。
ちらと見るのは使い古された魔道具。今はもう動かないそれを捨てないのは、恩を忘れない為だと言う。あれから、魅せられ続ける王女の資質と、振り回される言動に精一杯応えてきたつもり。だから。
女々しく思われるかもしれない。それでも、忠義に対する答えが欲しかった。
『姫様、魔力の込め過ぎです。美味しいコーヒーを淹れるには温度が大事です』
『はい!…出来ました…!ナルニア、どうですか?』
すっ…
『……最低限、飲み物としての体は保っています。後は日々の積み重ねが味を深めていくでしょう。これで私もお役御免ですね』
思いの外不器用で、努力家だという事を知った日々も終わりを迎え。
『ナルニア…私の侍女になってもらえませんか?勿論ニルネも一緒に…!如何でしょうか?』
『えっ…!?いやいやいや姫様、急にそんな事を言われても…流石に…』
その目を真っ直ぐに見つめ、差し出された手に心が揺れた。
『初めて…人に心から師事しました。そして今、一人では成せない事を成せる喜びを知ってしまった。二人なら…いえ三人ならもっと!…私は夜神様を追いかけたい…その為に力を貸してほしい』
『…それでしたら…私なんかよりももっと適任がいるのではないでしょうか…』
あの時はまだ、信じ切る事が出来ず。責任を逃れるように言い訳を並べた。
けれど…。
『誰でもない、貴方に支えてほしいのです!』
『…その…何で…私なんですか?』
『貴方とニルネが…初めて私の価値を見出し、存在を認めてくれた者だからです!…この先を貴方達と共に歩いていきたい。どうか…愚かな私の道を照らしてはくれないでしょうか…!』
焦り、柄じゃ無いと言って逃げ惑う相棒に、人身御供の様に差し出されたからではない。
その手は、彼女の決意と共に握られた忠義の証だった。
「ふふっ…そんな顔をする貴方を見るのは初めてです。…私の期待に…我儘に、よく応えてくれました。姉のように慕い、友のように分かち合い。私を見捨てず、支えてくれてありがとう。貴方で良かったです、ナルニア」
「…っ!………………ぐすっ…」
「もし…戻ってこれたら…また私に仕えてくれますか?」
「……貴方以外に仕えようとは思いません。その時を、心よりお待ちしています」
「…ありがとう…」
背を向け、鼻を啜る音に…抱き締めたらきっと意地を張る。険しい道を切り拓き、先を照らしてくれた彼女に報いる事は慰めではない。
成して戻ってくる。そう告げる事こそ正しいと信じ。それでも、未来は誰にも分からない。だから、これまでの感謝に心を込めた。




