1.異世界召喚
「…と、これが夜神様の召喚、及びここに居られる経緯となります。急に倒れられたのは先のお二人に比べ、膨大な魔力を有していた為ではないでしょうか」
「なるほど…まぁ元の世界に何がある訳でもなし。魔物とやらを倒して金が手に入るなら娯楽が無いことを差し引いても幾分か、こっちの世界の方が性に合っていそうだな…」
勇者召喚。そう、一言に述べるだけで現状を理解し、淡々と切り捨てる。夜神にとって価値のない世界。当然、未練などある筈もなく、受け入れる事は容易だった。
王女曰く。数千年前に降臨したと言われる魔王に抗う為、とある国が古代の文献を元に知恵を絞り構築した儀式魔法。後に世界へ流布され、今は勇者召喚とも呼ばれる魔法によって、男はこの世界に召喚されたと言う。
その名が示す通り、勇者の存在意義などただ一つ。異界の者達は皆上位の魔力核持ち、内包された魔力は他を凌駕する。であれば。遅かれ早かれ押し付けられる使命と褒賞。男の反応を窺い、恐る恐ると言った様子で口を開く王女の言葉は、言わずと知れた過酷な旅を想起させるものだった。
「…理解が早くて助かります。この後は一度食事を挟み…その…国王に謁見をして頂きたいのですが、よろしいでしょうか?」
「あぁ、勿論構わない。それより…俺からも幾つか質問がある」
「はい。なんなりとお聞きください」
「お前の口振りから察するに…魔力とは、即ちこの世界に於ける力そのもの。短絡的だが、漠然と魔法が使えるという事くらいは俺にも分かる。とは言え…支援、回復、攻撃、防御とまぁ、一口に魔法と言っても様々。…魔物との戦闘があるなら殊更重要になってくるだろう…その中で、勇者の役割とは何だ。俺には何が出来る」
「…そうですね…覇天核を持つ夜神様に限るのであれば、何でも出来ると言うのが答えとして適切ではないでしょうか。魔法は、精霊と契約する事で行使が可能となり、様々な恩恵が受けられます。勿論、魔力そのものについても同様に。身体能力の強化を始め、多様な使い方があるので、後日予定している訓練で試されてみるのがいいでしょう」
「……………」
(何でも出来る…か。当然、付帯的にと言う意味で、取捨選択を迫られる場合もあるだろう。こいつを疑うにせよ、信じるにせよ。現状では情報が足りないか。…先ずは浅く、広く。知識を得るなら書庫に案内してもらった方が手っ取り早い。実戦的な訓練があるなら擦り合わせにも丁度いいだろう)
果たして。想像の域も出ないレイシアの頼みを二つ返事で了承し、続け様に問いかける。その内容は言わずもがな。不明瞭な事も多い自身の力について。中でも、憶測の域を出ない魔力に関する言及は彼女達の読み通りだった。
謁見に際して国王から言い渡される魔王討伐。これをして旅の道行に不安を覚えるのは必定とも言える。如何に膨大な魔力を有していようと扱えなければ意味がない。そんな、至極当たり前の懸念に対する女の答えを訝しみ、熟慮する。
無為と悟るに余る多くの疑問。同時に、猜疑心を見透かされた様に提示される機会。今も、薄く笑みを浮かべる女は既に次の言葉を待っていた。
「…そうだな。一つの事に固執して時間を無駄にする訳にもいかないか。話を先に進めよう。…次に、俺はいつこの世界に召喚され、どれくらいの間眠っていた」
「その疑問はごもっとも。夜神様が召喚されたのは昨晩。その後すぐに意識を失った為、こちらの部屋へ運び、約半日の間眠り続けていました」
(…貴方は辻褄の合わない事を極端に疑う癖がある。それが自身の身を守る為と言う事を今の私は知っていますが…申し訳ありません。事を成すまでは譲れないのです)
「半日か…思っていたよりも短いな…身に付けていた服や手回品はどうした?」
「勝手ながら…衣服についてはこちらで着替えさせて頂きました。必要でしたら後ほど持ってこさせますが…この世界では些か目立つのではないでしょうか。それと所持品ですが、身に付けていた物は無かったと聞いています」
「……そうか。服に関してはそのまま処分してくれて構わない。気遣いに感謝する。持ち物に関しても、心当たりはある。無いなら無いで仕方ないだろう」
対面に顔を突き合わせ、立て続けに繰り出される質問を何食わぬ顔でやり過ごす。或いは、ここが一つの山場と言える状況に労した時間は少なくない。
その甲斐あってか、これにふと考える素振りを見せ、自身の中で理解を得ると、感謝さえ述べる。その間、夜神の思考が何を導き出したのかは分からない。が、彼女の話を注意深く聞けば、これを突き止めるのも難しい事ではないだろう。
そうして、二人を包む空気が僅かに弛緩し始めると、およそこれ以上はないと気を緩めるレイシアに不意の追撃が襲い掛かる。
「他に何か聞きたい事はありますか?」
「…なら最後に。随分と高待遇のようで嬉しいが、倒れた者の付き添いは王女の務めなのか?」
「……っ!」
(…疑問…いえ、違う。この言い草は…。懐かしいですね。貴方はそうやって人を…人から嫌われる事で、他者を遠ざけようとする。答えなど、勇者であると言うだけで事足りる筈…けれど貴方は、何を言っても嫌味たらしく私の言葉をあしらい、突き放そうとする…それならいっそ…)
「それは…」
(きっと、言葉通りの意味で受け取ってはもらえない。要らぬ疑念を抱かせるべきじゃない。…それでも…またこの気持ちを伝えられずに消えてしまったら…)
「それは?」
「……貴方を…愛しているからです」
それは、いつか言えなかった言葉。長く胸に秘めた想い。
伝えたい。伝えてみたい。僅か数秒の逡巡は刹那に消え去り。口を衝く言葉の意味を理解した瞬間、夜神の表情からは一切の色が失われ。事の重大さを理解したレイシアもまた、赤く染まった顔を覆い背を向ける。
気まずさに凍り付いた空気。どう釈明をすべきかと茹だる頭を振り絞り、言葉を探す。そんな、彼女の心中など露知らず。荒唐無稽な告白に虚を突かれた男はやれやれと。いつものように、溜め息混じりの笑みを零した。
「ふっ…なんだそれ。お前、見た目は堅苦しそうなのに、中身は随分とポンコツなんだな」
「い…いえっ!今のは違います!いや!違わないんですけど…違うんです!」
(あぁ…変わらないその不器用な笑顔…私は貴方の傍にいられるだけで…)
「いくらなんでも愛してるはないだろ。…気が抜けちまったな。飯を食って、さっさと王様の所へ行くとしよう」
「はい!」
愛してる。貴方のたった一人に選ばれたい。そう願い、全てを捨てたのはニ年前のあの日から。
『異…勇者様、少しいいかしら』
城壁の天辺に佇み、茜色に染まる夕陽を見ながら一人感傷に浸る男の元へ歩み寄り、彼女はそう声を掛けた。
『…何だ?見ての通り、今の俺は機嫌が悪い。お前の言葉、当たりどころが悪ければ殺しかねないぞ』
『…覚悟の上で来ました。先日は…貴方の心情を慮る事も出来ず。不躾にこちらの意を押し付けるような物言いをしてしまい大変、申し訳ありませんでした。…つきましては…謝罪として私を…」
『………慣れない事はするもんじゃない。大方俺の機嫌を取ってこいとでも言われたんだろう。しかも…生贄にされたのは第一王女のお前の方か。…随分と嫌われているんだな』
『……………』
光を失った瞳を見つめ、柄にも無く腰を折り、謝罪を口にする。覚悟と宣う女の言葉はどこか投げやりで。男が素気無くあしらうと、もう既に満身創痍の心が軋みを上げ始める。
知らず腕を抱き、顔を伏せ。男は、女を追い詰めるように言葉を連ねた。
『…傲慢な振る舞いは皆に疎まれる事で仕方がないのだと、自分を納得させる為か。或いは劣等感…妹の為とでも思っているのかは知らないが…卑屈な生き方だ』
『…なぜ…そう思われるのですか。…私は…』
『存在意義でも欲しいのか。悪役にもなり切れず言われるがまま、この場に現れる女が荊姫とは笑わせる。…人とは、誰もが皆人よりも劣っている生き物で、完璧な者など在りはしない。同様に、見出す価値も人それぞれ。…お前は何を求めている。誰に価値を示し、認められたい。代償を支払う事が出来ない奴に、得られるものは何も無い』
そうして、繰り出された言葉の一つ一つが胸を刺し貫くように容赦なく。数日にも満たない時間。会話など、数えるくらいしかなかったにも関わらず。男は、誰にも知られたくない本当の自分を見透かしていた。
全てが変わったあの日から、己の価値を信じられず。小さな自尊心を守る為に虚勢を張った。
脳裏を過ぎる凄惨な日々。知らず込み上げる涙。悔しさに歯を食いしばり、そうまで言うなら教えてほしいと。女は、長く胸に仕舞い込んだ積想を弾けさせた。
『全て…勇者様の仰る通りです…しかしでは!私の価値とは…!もう既に、この手に残るものなど数えるまでもありません…!これ以上…何を捨てれば、この空虚な心は満たされるのですか!?』
『ぬけぬけとまぁ、よく言う。お前は捨てたんじゃない。失っただけ。…望むなら賭ければいい。全てを失う前にな。…俺達は神じゃないんだ。示さなければ誰の目にも止まらない。…あいつがいなきゃ、今の俺もお前と同じ…いや、お前の方が幾分かましだろう。…俺にはもう、何も無い…』
『………そう…ですね…勇者様に比べれば私など…。仰る通り、私は失っただけ。ただ望むばかりで何をしようとも思わなかった。…………あの…勇者様はこれからの事…どうされるんですか。魔王の討伐には行かれないのですよね…?』
『…さぁな…と言うか、なぜ機嫌を取られる側の俺がいじけた女を慰めてやらなきゃならないんだ…話は合わせといてやるからさっさと失せろ』
そう、言いながら女に手を振り背を向ける。男は、涙を溢し縋るように叫ぶ女の想いを素気無くあしらった…訳ではない。寝覚めも悪くなりそうな虚な瞳。漂う悲壮感に思わず口を衝く。嫌味と皮肉に込められた選択の余地。
求め欲したものが手に入るかは分からない。或いは、全てを失って終わる事もあるだろう。それでもまだ、選ぶ事は出来る。暗に、そう語る男の言葉は相も変わらず冷やかで。これ以上は無いとまた、陽が沈む空を眺め続ける。
悲哀の滲む男の背。ちらと振り返れば瓦礫の山と、崩壊した城が目に映る。後に全てが一人の為と聞かされ、代わりにと当てがわれた。
そんな自分でも、この手に残る全てを賭けたなら…。
『…最後に一つだけ聞かせて下さい。もし…仮にもし、私が貴方の想い人であったなら…!この国の皆から疎まれる私の傍にいられますか?私が全てを捨てたいと願ったら…ただの私を、それでも貴方は想い続けられますか?』
『……それを一つとは言わないが…お前は数日前、何を見て今日ここに来た。…俺は例え世界を敵に回しても、愛した女と一緒にいたい。…疎まれていようと、何を持っていなくとも関係ない。…俺にだけ…俺の前でだけ笑っていてくれたらそれでいいんだ。…そう、信じさせてくれるなら…』
それは筆舌に尽くし難く。異常でありながら理想とも言える。
この身が貴方にとって価値あるものになるならば。もう二度と、失う事はないのでしょうか。
この日、女は自身の中で何かが変わるのを強く感じた。




