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夜のアリカと銀の星  作者: k...
第一章 貴方と共に
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18.王都ルウェンブル

そして翌日。


「へぇ…流石、王都と言うだけあって活気があるな」


(夜神様…そのように楽しげな表情もなさるのですね)


「…はい。際立って珍しい物でない限り、必要な物は全てここで揃える事が出来ると思います。…それで、本日の予定はどのように…目的などは決まっているのですか?」


辺りを見渡し、感嘆の息を漏らす。今男が居る場所は王都ルウェンブルの一角。

旅の支度を整える為、商店が軒を連ねると言う通りへ足を踏み入れて間も無く。中世を思わせる石畳と、木彫りの看板。人々は皆、笑みを湛え幸せそうに通りを行き交い、豪華な馬車がすれ違う。それは、男が夢想した異世界の街並みに相違なく。並んで歩くレイシアはあの頃と違う男の表情に暫し見惚れると、相槌を打ち、此度の目的を問い掛けた。


「あぁ、冒険者ギルドと…出来れば剣を調達したい。騎士団長には好きな物を持っていけと言われたが、国の紋章入りは何かと不便そうだ。……ところで…今日は随分と洒落た格好をしてるじゃないか」


「ふふっ。気になりますか?」


右に左に忙しなく顔を動かし、上機嫌に予定を語る夜神。その視線を奪うよう、動きに合わせて男の顔を覗き込む。ここまでの道程に一切触れられなかったレイシアの装いは普段と一味違う。

青を基調とし、銀の意匠を散りばめた鉄のドレス。所謂ドレスアーマーと言われる戦闘用の防具に加え、腰に差す白と金の鞘に納められた長剣。まるで何処ぞの女剣士と見紛う風体は、彼女の想いが形に成ったもの。であれば、これに言及してもらいたいという気持ちも分からないではないだろう。

あざとくも瞬きを二回。男の価値観を知れば、終日触れられなくても不思議ではない。美麗な顔も、華美なドレスも。容姿について触れられたのはあの時だけ。故にそれが揶揄だとしても、レイシアは口元に指を当て、嬉しそうに微笑んだ。


「…まぁ、それなりに戦えるなら頼もしい限りだ。荷物は少ない方が楽だからな」


「それで…その…」


「…ん?…何だその嫌な予感がひしひしと伝わる態度は」


「いえ…その…パーティメンバーなどはどうされるのかと…冒険者であれば役割にもよりますが、四人から六人のパーティを組むのが一般的なので…」


通りを進む道すがら。側から見れば仲睦まじい恋人のようなやり取りから一転。もじもじと、顔色を窺うように。レイシアが切り出したのは、兼ねてから予定していた協力者の参画に関わる事案だった。

旅は道連れ世は情け。そう言って彼女の旅に同行し、結末を見届けた人物は二人。その内の一人とは今も定期的に文のやり取りを行っている。何かあれば必ず力になると約束を交わしてくれた。全てを知っている彼なら、旅の同行者として申し分ない。後は、どのようにして男を納得させるか。

話題は自然。空気も良好。しかしてその返答は、予期していた言葉に相違なく。


「必要ないだろ」


であれば、何の為の議論だったのだろうか。


「ですが…例えば道中の食事や食料の調達。斥候、探索に加えて戦闘の分担など。夜神様が思う以上に頭数が有るというのは利になります」


「………必要ないな。俺にとっては何処の畜生の骨とも知れない奴と一緒にいる気疲れの方が大きい」


『と、このように、どれだけ有益を示そうと夜神様が代償を支払ってまでこれらを望むとは考えにくい。そしてこれ以上の失言は機嫌を損ねてしまいます。なので次はこう言って下さい』


ぴた…


すぅ…


「…私を何処かで置き去りにするつもりなら…この身を国に届ける者がいた方が、夜神様の寝覚めも悪くないのではないですか?」


『でもそれって…』


『はい。理由は何であるにせよ、この時既に夜神様が姫様を死なせたくない、傷付けたくないと。そう思っている必要があります。…どのような利に靡かなくても失う事になら…』


それは、偶然の産物であり裏返し。どちらにせよ、手放しで喜べるものではない。しかしそれでも、期待に胸が高まるのはいけない事だろうか。

幾百通りも考えた、その一つ。目の前の男が遠慮と言う言葉を知っているとは思えない。或いは、残酷なまでに現実を突き付けられ、終わる可能性もある分の悪い賭け。それを、忠義の騎士が王女の為に覆した。


「…………………」


『…精霊との契約を成すまではあんたの姫様を大切に扱おう』


「……………はぁ…好きにしろ」


「…ふぇ?」


「あ?なんだその間抜けた顔は」


「いえ…その…よろしいんですか?」


「…その代わり、必要以上に協調性を求めるな」


「はいっ!」


薄氷の上を歩くような綱渡り。その道は、彼女を想う者達によって支えられていた。

望みと現実の乖離。期待はすれど、もう一悶着くらいはあると思っていた。男の予期せぬ返答に目を丸くさせ、再度問い掛ける。もはや不承不承と言い含める男の言葉など聞いているのかいないのか。急かす女に手を引かれ。程なく、夜神達は冒険者ギルドへと辿り着いた。


ぎぃぃぃ…


すた…すた…すた…


「……嘘だろ…今のは…」


「がははははは!んでそいつがよぉ…ん?」


「今日はだいぶ儲かったな。次は…なんだ…下が妙に騒ついてんな……あれは…」


「…シーア…!」


扉を開け放ち、女が一歩踏み入ると、水を打ったように静まり返るギルド内。次いで、驚愕や羨望、鋭い敵意が向けられる。しかし、それらが見慣れない新人冒険者の登場に集まる視線とは違う事を、男は即座に理解した。


「……………」


(…俺に対して…じゃないな。こいつ、そんなに有名人なのか。まぁ王女ならこれくらい…そう言えば、拍子抜けする程騒ぎの一つも無かったな。…この国の奴等は自国の王女を知らないのか…。王侯貴族へ向けるにしては行き過ぎた視線もある。そもそも何で冒険者なんかに…素質があったのか、何か目的があるのか。道楽と言うには些か度を超してるような気もするが…)


此処までの道中を振り返り、ふと思い出す女の肩書き。王女であればと思い至る男は早々に違和感を覚えると、新たな疑問にぶち当たった。

街の住民が誰一人気付かない王女の存在に冒険者だけが反応を示すのは余りにも不自然。仮に、女が顔の知られた冒険者であったとしても、腑に落ちない事がある。


すた…すた…すた…


煌めく銀色の髪を目にした者は声を失い。静けさに振り返った者達が道を開ける。その圧倒的な存在感は、一介の冒険者が醸す風格なのだろうか。

当の本人はどこ吹く風とギルド内を闊歩し、依頼の貼られた掲示板を過ぎていく。一人、また一人と道を譲り後退る者達。そんな彼等の呟きが男の耳を掠める。


「…銀姫…」


ぴた…


「……………」


(…銀姫って…まさかこいつの事か。やれやれ…。どおりで…さっきから視線が痛い訳だ。七面倒な事にならなければいいが…)


「夜神様、どうかされましたか?」


不意に耳にしたその一言。銀姫が女の強さを認め冠された二つ名であれば、全てに合点がいく。

立ち止まり、振り返る女の容姿は言わずもがな。突出した実力まで兼ね備えているとなれば、これに向ける目も様々あるだろう。

憧憬を抱き、美しさに嫉妬を覚え、称えられる強さに対抗心を燃やす。それだけなら存分にと言いたいところではある。が、それらは男が忌み嫌う厄介ごとの種にも成り得る。

新人に絡む胡乱な輩、女に言い寄る下衆な男。果てに、勇者と露見し騒然となるギルド内。そんな、お約束に巻き込まれるのはごめん被ると辺りを窺う夜神に、レイシアはこともなげに問い掛けた。


「いや、どうってお前な…」


「……………?」


「ふっ…いや、何でもない」


すた…すた…すた…


女にとっては取るに足らない瑣末な事なのだろう。或いは、気にする事もない程、慣れてしまったのかもしれない。

嫉妬、羨望、敵意。よりも今、貴方の目に映る私が知りたい。そう言っているようにさえ見える屈託の無い表情に毒気を抜かれ、口を閉ざす。

そもそも、どれだけ警戒したとて絡まれる時は絡まれる。その馬鹿馬鹿しさに気付いた男は薄く笑みを浮かべ。間も無く目当ての受付に近付くと、久しく見る事がなかった人物に一人の職員が声を掛けた。


「…あれ、シーアさん?」


「久し振りね、ティス」


「お久し振りです!…相変わらず凄い人気ですね…今日はアリアさんと一緒じゃないんですか?」


「えぇ…今日は彼の冒険者登録をお願いしたくて…」


「…もしかして、そちらの方が…」


「…えっと…はい…あ、いえ…うん…」


「…ははーん…彼、名前は何て言うんですか?」


「やれやれ…」


すた…すた…すた…


背に衆目を集め、ティスと呼ばれた顔馴染みの職員と挨拶を交わすレイシア。そのぎこちない口調と呼び名に、刹那。真剣な表情で問うティスの言葉を聞き逃す。代わりに、夜神は彼女が素性を隠している事を確信し、唐突に始まる居た堪れない話に巻き込まれないよう、空気を読んで距離を取った。


がやがや…


「……………」


(上は食堂…いや、酒場になっているのか。それにしても、思っていたより広いな。あっちのでかい扉は何だ…昇級試験に使われる訓練場か、引き取った魔物の解体現場あたりか。一階はまるで雑多な役所のようだが、剥き出しの木造建築は異世界らしくて悪くない。欲を言えばもう少しくらい小汚い方がそれらしくて好みだが…まぁ、他の街に行けばそんなギルドを見る事もあるだろう)


次第に平静を取り戻しつつあるギルド内。とは言え、女の姿を盗み見る者はまだ多く、特に。吹き抜けの天井を見上げると、杯を手に身を乗り出す冒険者の姿が目に映る。

暇を持て余し、辺りを見渡す。元より観光気分が無かった訳じゃない男にとっては城を出て初めての王都。警戒心を排せば見る物全てに好奇心が刺激される。

そうして、一人異世界の趣に浸る事数分。ここでようやくティスとレイシアから声が掛かる。


「夜神さん、お待たせして申し訳ありません。こちらへどうぞ」


「夜神様!」


「…ようやくか」


すた…すた…すた…


その後。受付に向かう男を待っていたのは、例に漏れない登録手続きの数々だった。

怪しい水晶に魔力を流し、規約や依頼の受注、ランクについての説明を受けると、最後に冒険者証を受け取り終了となる。まるで特筆すべき事もない一連の流れ。しかし。この当たり前を実現する為に、レイシアが要した時間と労力は計り知れない。

途絶えた魔力の痕跡。二度目の冒険者登録。これら男に関する情報の操作と隠蔽の為、ティスと親密な関係を築いてきた。


(良かった。夜神様も違和感は覚えていない様子。ティスには申し訳なく思いますが…もう、何を犠牲にする事も厭わないと決めた。それが屍であろうと、踏み越えてみせる。…レイン…貴方にも…本当に申し訳なく思っています。貴方の気持ちを知りながら利用する…私は、そんな醜い女で……構わない…)


「ありがとうティス。…それと、私に何か言伝はない?もしくは、見慣れない冒険者が私の事を訪ねに来たとか」


「んー…あっ!そう言えばさっき、シーアさんを探している方が居ましたけど…あれらと同じ類だと思って…一度、シーアさん達と入れ違う形でギルドを出ていきましたよ。…言われてみれば、この辺りでは見掛けない顔でしたね。…ちょうど…そう、あんな感じの金髪で…」


すっ…


「すまない、シーアと言う冒険者を探しているんだが…蒼…いや、銀髪の…」


「レイン…!」


「ん…?…シーア!?」


目的を果たし、早々に背を向ける男を見つめ、胸を撫で下ろす。レイシアはティスに向き直ると、続けて王都に来ているであろう協力者について尋ねた。

辺りを見回し、女の背後を覗き込む。と、ティスが指差す先には見覚えのある姿。

レイシアが思わずと言った様子で声を上げると、金色の髪を揺らし男が振り返る。レイン。それはいつか在りし日。彼女の命を救った者の名前だった。


『え…今…何と言いましたかナルニア』


『はい…バッシェルド帝国内にて迷宮から這い出した魔物が街へと流れ込み…討伐隊が編成される事態になったとか。我が国も…』


『そこではありません!』


『はぁ……だめです』


『まだ何も言ってないではありませんか!』


それは先刻、彼女が王都に赴いた際、ふと耳にした同盟国での大捕物。

今はもう王女の侍女として。ナルニアは都市の軍備に役立てばと一部始終を語った。その内容は、突如前線に現れた男の手によって幾百を越える魔物がその姿を氷塊に変えたという。これを口にした瞬間、彼女は咄嗟に自身の口を塞ぐも、遅きに失したのだった。


『…これを一掃したと言う者が彼とは限りません。それに…未だ根本的な解決には至っておらず。街には断続的に魔物が押し寄せ、厳戒態勢が敷かれていると聞きます。何より、今から国境を越え、国を超えても夜神様に会える可能性など…』


『無いに等しいのです!無いのではありません!…あの日、城を発つ夜神様に縋る事が出来ず…その悔しさを胸に今日まで努力をしてきました。…あれを使えば帝城までは直接行く事が出来ます』


『っ!?何を言っているのですか!?そうであったとしても…ルーウィン王国の第一王女が理由もなく城に現れては混乱を招きます!最悪は国交問題に発展する可能性だってあるのですよ!』


『…分かっています。だからどうかお願いです。私と一緒に帝国に筋の通る言い訳を考えて下さい!…それに…魔物が跋扈する状況であればこそ。名を変え、この目立つ蒼い髪を隠してきた甲斐があったと言うもの。…今動かないで…いつ動けと言うのです!また、偶然耳に入る噂を待つ日々に戻れと!…なら…私は一体何の為に…』


暖簾に腕押し馬耳東風。その心は遠く、思考は早く。諌める言葉と急く算段。相入れない言葉の行方はいつも、決まってそうだった。

転移魔法陣の強行使用を仄めかし、鏡台に掛かる冒険者プレートに目を向ける。その一途な想いを。努力と、耐え忍ぶ姿を一番近くで見てきた。故に。


『姫様…………はぁ…もう、本当に貴方と言う人は……』


柊夜神を巡る言い争いにおいて、ナルニアが勝利を手にした事など…一度としてありはしなかった。


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