17.誰のせい
それから暫し間を置いて。夜神と共に練兵場を後にしたレイシアは最後の言葉を交わす為、王の私室を訪れた。
こんこんっ…
「お父様、レイシアです」
「…入れ」
がちゃ……
「…陛下、良かったですね。別れを惜しむ時間はあるようですよ。…それでは私はこれで失礼致します」
すた…すた…すた…
その意味を察したディルハーツがすれ違う彼女に深々と礼をして部屋を後にする。
「……………」
「お父様……いよいよこの国を発ちます」
ぴく…
「そうか…」
一瞥もくれない国王へ言葉少なに別れを告げ。僅かに筆を止める手と共にたった一言。
「………シャーリーの事、宜しくお願いします……幼い頃からずっと…不出来な娘で申し訳…ありませんでした」
これ以上、話す事はないと。喉元まで溢れる言葉も後ろめたさを思えば出る筈もなく。
すた…すた…
これが我儘を通すという事。
迷惑を掛けた。心労を掛けた。命を掛けた。であれば…人並みの別れさえ望めない。
「…不出来ではない」
ぴた…
そうして振り返り、部屋を後にしようとする背に声が掛けられる。
「…私こそが不出来であった。目を背け、お前を見てこなかった…今更かもしれないが…後悔している」
何故、人は後悔するのか。誰もが一度は考える疑問。その答えは至極簡単。曰く、後悔とは、今に満足しない者だけが抱える苦悩であり、今に満足している者は決して過去を振り返らない。故に後悔が先に立つ事はないのだと言う…。
『馬鹿な…その話が本当なら、更なる災いがこの国を、いや世界を襲うかもしれんのだぞ!』
我が耳を疑った。
『真実は誰にも分かりません。全ては憶測に過ぎないのです。…彼は今、深い眠りについています。目覚めの時は遠く、その時が来れば全てを忘れ…。陛下もご存じの通り、愛する者と引き離された怒りと喪失があのような災厄を齎した…三度目はありません。これからは私が夜神様の支えとなって生涯を尽くします。この国にも少なからず、責任の一端はございましょう』
かの場所でただ一人生き残った。一国を滅ぼしたと思しき者を救い。…これに飽き足らず、責任とこじつけ共に在りたいと言う。
『ならんっ!お前はこの国の王女だぞ!突然国を飛び出したかと思えば…その銀髪も…気でも触れたのか!あの男は即刻処刑する。目覚めぬと言うならまたと無い機会だ。ディルハーツ、直ちに準備を整えろ!』
『そうですか…なら私は今からただのレイシアとなって夜神様と共に野に下ります』
その真意は…くだらない愛だった。
『それを私が許すと思うのかっ!…お前達、レイシアを捕らえよ。あの男の処刑が終わるまで別室に隔離しておけ!』
すっ……
『そうですか…』
ちゃき…
『な…っ!レイシア、貴様…』
『姫様…何をっ!?』
『…それさえも叶わぬと言うなら仕方ありません。私は夜神様と共に在りたい。彼を処刑すると言うなら…私も死にます。お父様、私は彼をどうしようもなく愛しているのです』
そうさせたのは誰だ…。
『…どうせただの脅しに過ぎん。お前にそのような覚悟…ある筈がない!それを捨てて大人しくしろ!…この話は聞かなかった事にしておく。婚姻を望むなら…相応しい相手を見繕ってやろう。城内での噂は私の耳にも入っている。今のお前ならそう難しくはない』
『そうではないのです…お父様…!夜神様でなければ、意味がないのです…!』
『黙れっ!…お前達、何をしている!さっさと娘を取り押さえろ!』
じり…じり…
『姫様、申し訳ありませんが…大人しくして下さい』
『……無力とはなんと歯痒い…身分とはどうしてこんなにも邪魔なのでしょう。私に力があれば…夜神様…どうやらこれが、私に出来る精一杯のようです。…来世ではどうか…貴方と結ばれたい…』
ざしゅっ…!
ばた……
他でもないこの私だ。
腹を貫く刃を見て初めて気が付いた。
大事だと。大切だと。そんな娘を何故…私は放っておいたのか。
自業自得と…納得するしかないだろう。時は進むばかりで戻りはしない。
「お父様…」
「…これが私に与えられた罰なのだろう。その報いと思ってお前の言う事に協力してきたが…並大抵ではない。あの男の目は何も映してはいなかった」
「承知の上です」
「ふっ…誰に似たのか。叶わぬならいっそ来世で…か。あれは心臓に悪い。名を捨て、国を捨ててもお前は私の大切な娘。便りくらいはあると思ってよいのだろうな?」
「それは…お父様が許してくださるのであれば…」
「言ったであろう。心臓に悪い、と。過酷な旅だ。幾ら名の売れた冒険者と言えど命の危険は付きまとう。…確かその名を銀姫と言ったか…我が国内でも近年注目の冒険者と聞くが…」
「何で…それを…」
「国よりも優先すべきものがあった。私とて王である前に父だ。我が子の事を知る努力を始めた。もっとも、現実にそのような時間は余りない故、ディルハーツにそれとなく聞いて、ではあるがな」
「お父様…」
「これだけ大々的にやったのだ。失敗は許されないぞ」
「分かっています」
「…その手に幸せと世界の安寧を掴みなさい。便りを楽しみにしている」
「はい…!必ず」
それが自作自演だったのは言うまでもなく。であれば、その後ろめたさも必然だろう。何よりも先に突破すべき、そして協力を得るべき存在。その慌てようたるや…言葉にするのも憚られる程の父親だった。
認め、そして償い、見守る事が代償であると。王として。いや父として。娘の幸せを願い、これを別れの言葉とした。




