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夜のアリカと銀の星  作者: k...
第一章 貴方と共に
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15.閑談

「精霊ってのは思った以上に頭が回るんだな。それだけの知恵があればさぞ気苦労も多いだろう」


「ふっ!俺様は上位精霊だぞ。これくらい当然だ。…お前の方こそ、すげー捻くれてるじゃないか。シャーリーと良い勝負だぜ。…もっと分かりやすく言ってやれなかったのか?」


「色々なものを見てくればこうもなるさ。…ところで、聡明な上位精霊に一つ聞きたい事がある」


「ほぉ…良い態度だ。気に入った。お前の事はシャーリーに倣って夜神と呼ばせてもらおう。お前も俺様の事を特別にファルと呼んでいいぞ。…それで、何が聞きたいんだ?」


「別に大した事じゃない。ただ…こいつは一人で大丈夫なのかと思ってな…」


その後、一人上の空となったシャーリーから目を離し、精霊を褒め称え会話の糸口を探る。夜神は上機嫌に腕を組み先を促すファルに向け、言葉少なに問い掛けた。


(こいつ…もしかして何か勘付いてるのか?だとしたら並外れてるな。…まぁ、多少話てやるくらいならいいか。もう、一人で為すにはすれ違い過ぎたんだ。姉貴を連れて行くならきっと、夜神の力を借りる時が来る…)


「…こいつの姉貴、レイシアは少し前まで長い旅に出ていてな。元々上昇志向のある奴じゃなかったが…姉貴が国を出た事を機にシャーリーは必死に政治を学び始めた。いつか…いや、自分が国を守らなければと…責任感の強い女だからな。当然だ。百戦錬磨の貴族を相手に手練手管を駆使して今の地位を築くまで、俺様も随分と苦労させられた」


「……………」


「四面楚歌の中…お前程じゃないが、次第に本心を見せなくなっていった。…けど、さっきのこいつは…あれがシャーリーなんだ。頬を膨らませて…子供っぽかっただろ?無邪気に笑う顔が俺様は好きなんだ。…心配すんな。この!俺様が付いてる!それに…何かあったらお前も助けになってくれるんだろ」


「…そうか…そうだな」


不意に繰り出された質問に戸惑い、男の真意を探ろうと思慮を巡らせる。ファルの直感は当たらずも遠からず。

言葉と想い。事実と真実が異なる事はままあるだろう。謀り、陥れるにしては悪意を感じず。欲するにしては足りない我欲。そして、練兵場での光景が男にとある仮説を抱かせた。

目の前の女は姉を引き留める為に自身の身を欲しているのではないか。そうなればもう、関係ないとは言い難く。夜神は精霊の言葉に薄く笑みを浮かべ頷いた。


「…俺様からも一ついいか?」


「ん?」


「シャーリーに力を貸そうと思った本当の理由は何だ」


「…お前の見立てに間違いはないが…そうだな。まず、俺の機嫌が良かった事。二つ目にあの女の妹である事。…それから最後に…こいつの身体が目当てだ」


「っ!?…お前…!」


「ふっ…冗談。…この世界に期待しているからだ。つい先刻、何とも言い難い理由から騎士団長と相対する事になったが…。その想いは酷く不器用で…とても綺麗なものだった。…端的に言って心を打たれたよ。だからこいつも、俺に何か魅せてくれるんじゃないかと思っただけだ。こいつのものになる気はさらさらないが、気紛れに力を貸すくらいなら構わない」


「…ちょっと二人とも、私を差し置いて何を話ているんですか?」


「…何でもない。それより、ようやくお花畑から戻ってきたのか」


「そうだ!何でもない…!俺様はお前の事なんか何も喋ってないからな!」


しかして。一人と一匹による束の間の閑談は幕を閉じ。直前から機を窺っていたシャーリーが加わると朗らかな声が室内に響く。これより先、茶会はその意味を見失う事なく続き。そして間も無く、閉会を迎えようとしていた。


「さて…シャーリー第二王女。…俺と言う人間の本質も少しは理解できたか?」


「はい、とても有意義な時間でした」


「…それで…?」


「ふふっ…今後私の身に何かあった時は遠慮なく頼らせて頂きます」


「はぁ…姉妹揃って変わっているな」


「そんな事はありません。…夜神様の言っている事は誰もが胸の内に秘める葛藤。それを言葉にし、行動に移せるかどうかの違いしかありません。…私とて逼迫した状況になれば…大切なものとそうでないものを天秤に掛けるでしょう」


「…そこまで言っていいのか、シャーリー」


「構いません。夜神様に建前は不要です」


「……………」


「私は幸運でした。貴方の本質を知ればこそ……貴方の想いに応える。対価はこれでよろしいですか?」


面倒事が嫌いだった。無責任に他者の持ち物を奪い、無自覚に傷付ける。皆が自分本位に利益を求め、言葉遊びに興じると、残るのは汚れ腐ったものばかり。

世界に抗う術など無く。けれど従う事すら出来ない心は他者を不要と切り捨てる事で安寧を保つ。関わり。その定義と意味が変わる分水嶺。果たして彼女はこれを成す歯車足り得るだろうか。


「あぁ。精々、俺がこの世界に幻滅しないよう頑張ってくれ」


その言葉を最後に部屋を後にする夜神の背を見送り、一人と一匹は今日と言う日を振り返る。


「…孤独でいる事でしか保てない。本来の夜神様はそれ程に優しく、繊細な方だったのでしょう。今はもう、人と言うものの価値を完全に諦めている」


「…これで分かっただろ。あいつを籠絡するのは不可能だ…お前の姉貴と同じくらい、根性がなければな」


「そうですね。人とは、自分に都合の良い解釈をしたがるもの。けれど、彼は悪意に慣れすぎている。自分にとって都合の良い解釈など存在しないとでも思っているのでしょう。けど……」


「おいおいおい…まさかあいつに惚れたとか言わないだろうな?」


「ふふっ…どうでしょう。ただ、彼を理解する者が一人である必要はない。そして彼もまた人であるという事。でなければどうして愛する者など出来ますか。それが気まぐれだったとしても…ファル、私の想いは綺麗だと思いますか?」


「お前、聞いてたのか。…はぁ…心はすっかり歪んじまったけど…ずっと変わらないその想いは、綺麗だと思うぜ。…そんなの、俺様を見てれば分かるだろ」


触れてしまえば壊れてしまうのではないかと、ただ待つ事しか出来ず。長い時を経て訪れた変化は望むものではなかった。

知ってほしい。見てほしい。それを言葉にすることは困難を極め。愛憎故に今更と。そう喚く事しか出来ない想いをいつか、明かすことは出来るのだろうか。


一方。一人と一匹に見送られ、間も無く当てがわれた部屋へと辿り着く男には知る由もない。練兵場での一件、その後始末に追われ部屋に戻った彼女は、そこに在る筈の姿がない事に酷く狼狽え、動揺した。

侍女に聞いても行方は知れず。かと言って城を出た形跡はない。一分一秒が永遠にも思える時をただじっと耐え。彼女は今ようやくの気配に扉へと駆け出した。


がちゃ…


たったったっ…!


「夜神様っ!」


ばっ!


「っ……!?おいおい…いきなりなん…あぁ、どうやら随分と長居してたようだな。腹が空くわけだ」


ドアを開けた瞬間、飛び込んでくる女の姿に声を上げ、部屋に差し込む夕陽の色に時間の経過を思い知る。

かれこれ数時間。時を忘れて言葉に興じたのは久し振りの事。恐らくは、帰りの遅い男の身を案じていたのだろう。夜神は自身の胸に顔を埋める銀髪を見下ろし、そっと腕を解かせようとしたが…レイシアは抗うようにきつく男を抱き締め、その名を叫んだ。


「夜神様…!」


「ちょっ…おい…!」


「やはり私も一緒に戻ってくるべきでした!」


「はぁ…ったく何をそんなに心配してるんだか…」


「夜神様は知らなくてもいいんです…!そんな事よりも!今まで何処で!何をしていたのですか!?」


「いや…何をと言われても…練兵場から戻る途中、お前の妹…シャーリーに誘われて…」


それからはもう、疑問を抱く事さえ許さない詰問に。何が悪いのか。何を間違えたのかも分からないまま追い詰められる。

レイシアの激しい剣幕に押され、無い筈の罪悪感に経緯を語り始めて一言。告げられた意外な人物の名に力は抜け、次いで至る妄想にレイシアの不安は俄然勢いを増していった。


「…シャーリーに?」


「え…あぁ、一緒にお茶でもどうかってな」


がしっ!


「何もされませんでしたかっ!?例えばその…!」


「何もない!何もないから!とにかく、一度離れてくれ」


「本当…ですか…?」


「…あぁ、だから落ち着け」


青褪めた表情から一転して肩を掴み、男の身体を揺らして問いただす。右往左往と忙しない女の様子にこれ以上はと弁解を叫ぶ夜神。

もはや、情緒不安定と言う次元ではない。嫉妬、苛立ち、不安。そのどれとも違う、蒼い瞳に浮かぶ昏い影。目的を果たせば用も無くなる女の闇に、踏み込む気など更々ないが…そうも言えない約束を交わしたばかり。

夜神はレイシアを宥めると、一部始終を聞かせこれを拭い去った。


「そう…でしたか。…それならいいのですが…」


「…お前が思っているような事は何もない。まぁ、初対面で見たのが姉妹喧嘩だ。多少警戒はしたが…思いの外興が乗ってな。話てみると存外可愛いところもある。あいつは俺を…」


「…夜神様!」


「何だ急に…」


「そろそろ、食事にしましょう」


呆れ、薄らと笑みを浮かべて聞かせる顛末。その先など、聞きたくない。

全てを捨てて貴方だけ。全部失くして貴方だけ。

恨んでいる訳じゃない。憎んでなどいない。けれどその言葉も、笑みも、私だけのもの。だからこれ以上、聞きたくないと声を上げ。募る不安と胸を刺す痛みに堪えながら、彼女はそう言って微笑んだ。


「………そうだな」


触れていいのだろうか。たった数日で分かる筈もない関係に首を突っ込むべきではないと。何より、そこまで子供ではないだろう。そんな思いを胸に押し黙る男もまた、これ以上言葉を返す事はせず。こうして、慌ただしい一日は終わりを迎えたのだった。

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