14.関係ない
「それは勿論…勇者として選ばれた者の責務であり、力を持つ者の義務だから…」
「それだけの力を持つ者が何故責務や義務に縛られる必要がある。無論、これに準じると言うなら好きにすればいい。が、嫌なら諸共滅ぼしてしまう事だって出来る」
「滅ぼ…夜神様、それは本気で言っているのですか?」
「冗談に聞こえるか?俺は世界に何も求めない。だから世界も俺に何も求めるな。そう言っているだけだ。力があるからと言って悪を体現する気は毛頭ないが、正義を為す気もさらさらない」
「何故…世界を救おうとしないのですか?」
「そんなの決まっている。俺には関係ないからだ。何処で、誰が、どれだけ死のうと知った事じゃない。お前だってそうだろう。他国の人間がどれだけ死んでも気に病む事はない。違うか?」
圧倒的暴論。しかし、倫理を排するなら正論とも言える言葉を…世界は認めない。
理屈は分かる。気持ちも分かる。が、およそ人として許容できる思考の範疇にない。それが柊夜神と言う人間の本質。
「…非公式とは言え、立場がありますので明確な返答は控えさせて頂きます。それと…これ以上は夜神様もご不快になると思いますので話題を変えましょう」
彼女はこれを理解していた。否、理解しているつもりでいた。愛する者と他者を比べた時、その天秤は必ず愛する者へと傾く。違う。そうではない。そもこの男に天秤など存在しなかった。
「機転の速さは流石と言うべきか。俺にとってこの手の話題は余り好ましくない。これは俺と俺以外とでは平行線を辿る話だ」
「そのようですね。…では、端的に言って世界より大切なもの。夜神様にとってのそれは、どのような人間にも等しく成り得る可能性があるのでしょうか?…例えばそう…他者から疎まれ、見下されるような…侮蔑の対象となるような者にでも…」
「今の言葉を聞いてこれか。お前も大概だな。とは言え、これで終わりも味気ない。そうだな…同等にそう思ってくれるのなら、と言う前提は付くが、その人物が持つ何かに価値を見出す事もあるだろう」
「……………」
(…これが…柊夜神と言う人間の根底にあるもの。以前は知り得なかったその他の価値。それがここまで軽いものだとは思わなかったけど…およそ人が望む物に関しては相変わらず執着がない。そして、これはきっと…お姉様にとって救い以外の何ものでもなかった言葉。…あの日、お姉様は夜神様にとって価値ある者に成る意味を知ったのですね…)
こうして、徐々に埋まっていく空白は想像の斜め上を行き。表裏一体では追いつく事もない表現は天使と悪魔か、神と魔王に例える方がより適当だと思える程。その庇護下にあっては何人も傷付ける事は叶わず。怒りに触れれば容易く刈り取られる。
柊夜神を手にする為に必要なものは、世界さえ捨て置く想いのみ。持つ者は捨てる事が惜しく、持たざる者は遂げる事が難しい。それは全てを持つシャーリーに引き際を悟らせるに十分過ぎる代償。…その筈だった。
「ふふっ…では、私など如何ですか?…これでも尽くす女ですよ」
「冗談はよしてくれ。お前は両手に抱え切れないほど持っているだろう。加えて俺まで取り込もうという…その欲望に忠実な所はどちらかと言えばあの女よりも好感は持てるが、その手に持てる量は決まっている。せいぜい見誤らない事だ」
僅かに弛緩する空気の中で振り撒く笑顔。その威力は誰でもない彼女が一番良く知っている。
並み居る貴族達を籠絡し、国の害になる者を幾人も排してきた。そもそも、自身の顔を鬱陶しいと言われたのも生まれて初めての事。せめて、場を和ませるくらい出来なくては存在価値すら失いかねないと。意地を見せ、これを達したシャーリーは、次いで口を開く夜神の言葉に動揺を禁じ得なかった。
「え…っと…その…何故そう思ったのですか?私が夜神様を取り込もうとしていると…」
「自慢じゃないが、俺は自分の異常さをよく理解している。あざとい笑みを向けられて勘違い出来る程まともじゃない。俺という人間を知れば、大抵はいかれた奴だと距離を置く。謁見の間で見たお前の印象は、勇者の持つ力と権威に靡く頭の悪い女だったが…今は少し違う。お前は勇者そのものではなく俺か、勇者である俺を欲している。違うか?」
「…流石は夜神様。慧眼、恐れ入ります」
「ただ事実を並べただけだ。慧眼には程遠い。まぁ、自分の為というのもあるだろうが…誰かの為か、国の為か。王女ってのは大変だな」
「…どうしてそう盲目に言い切れるのですか?もしかしたら私欲を満たす為かもしれませんよ」
「…言い方次第、と。よく諭されたものだが…俺は、自分の目で見た事しか信じない。まぁ何にせよ…俺には関係のない事だ」
「そう…ですね。夜神様には関係のない事です…」
為政者として。腹の底を見透かされて尚、平静を装い。続く素気無い言葉に自身もまたその他であると思い知れば、笑みを浮かべ、取り繕う必要性すら見失う。
シャーリーは先入観に毒され見誤っていた。彼が愛した者にだけ、その寵愛が降り注ぐ。否。人間の感情は愛だけが全てではない。
「…俺は数日後にこの国を出る。さっきも言ったが、冒険者になって世界を回るつもりだ。…成り行きに任せてこの国に戻ってくる事があるかは俺にも分からない。だが、コーヒーのある世界でまさか連絡手段すら無いとは言わないだろう。…俺の助けが必要な時は頼れ。駆けつけてやる」
「え……何故…どうしてですか。今、夜神様は自身に関係ないと…そう…言ったではありませんか」
「だから…お前や国の利益なんかどうだっていいと言っているだろう。そして、これに俺の力を利用する事は許さない。勘違いするな。俺はお前にこう言ったんだ。助けが必要なら頼れ、と」
「…分かりません!それは一体どういう事ですか!…私は貴方を利用しようとしました…何より…夜神様にとって私はっ……!」
一転して差し出された手の先にあるのは救いか、はたまた破滅か。政治を生業とする彼女の思考は夜神のそれと根本を除いては変わらないだろう。利益と不利益によって絡みつく世界に身を置けば、関係無いと切り捨てたくなる気持ちも理解できた。
なのに何故。その囁きに孕む思惑を疑わないことなど出来よう筈もなく。いつしか素直さを無くした心は夜神の言葉を額面通りに受け取る事が出来なかった。
「はぁ…それを言葉にするのは些か面倒だ。少しは自分で考えろ」
「なっ…!?私はこれでも王立の学院を主席で卒業しています!馬鹿にしないで下さい!」
「やれやれ…。おい、そこの精霊。お前には俺がどういう意味でこいつの助けになると言ったか分かるか?」
「……関係なくないからだろ」
「どうやら主席は狐の力あってのようだな」
「ファル!それは一体どういう意味ですか!?」
「シャーリー…俺様は少し悲しいぞ」
「いいから答えなさないっ!」
「はぁ…そいつは単にお前の事を気に入ったから助けてやると言ってるんだ」
「え……?」
「難しく考えるな。そいつだって感情のある人間だ。とは言え、今までの話を聞く限り、それは言葉ほど小さな事じゃない…国や、他の誰かの為に力を貸すと言ってる訳じゃない。シャーリー、お前に自分ではどうする事も出来ない困難が降り掛かった時、そいつは助けてくれると言っている」
前提があるからこそ見失う人間の本質に翻弄され、狼狽える。
およそ人の範疇にない思考や言動。加えて人外の力を有するとなれば、想像の埒外。あの柊夜神が自身を気に入った。気に入った?と。シャーリーは言い聞かされる答えに暫しの間、思考を放棄したのだった。




