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夜のアリカと銀の星  作者: k...
第一章 貴方と共に
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13.第二王女の誘い

「…はぁ……疲れたな…」


(騎士団長はあぁ言っていたが…幾ら何でも…まぁ、どうせ俺という人間を知れば何をしなくてもいずれ向こうから去っていくだろう…)


すた…すた…すた…すた…


それから程なくして。居た堪れない空気から脱し、城内を歩く。男の足取りは心なしか軽く、けれど心は重く。理由は、誰でもない自分が一番よく分かっていた。

およそ変わる事のない人間性や価値観は他者から認められないもの。故に期待など、持つだけ無駄と捨て去った。なのになぜ、こうも気分が悪いのか。


「……ん?…あれは…」


思考に引きずられるまま歩を進め。気付けば、変わらぬ床を見るばかり。人気も無く、長い廊下を歩く道すがら。ふと、耳を掠めた足音に視線を上げる。

男が廊下の角へ目を向けると、青く透き通る髪を靡かせ、彼女は愛らしい顔で微笑んだ。


「あら、夜神様」


「…えっと……」


「ふふっ…シャーリーです。先日は見苦しい所をお見せしてしまい、申し訳ありませんでした」


「失礼しました。シャーリー王女。…お気になさらないで下さい。姫様のような方にあのように言われ、嬉しくない者などおりません」


「……………」


(これがあの夜神様…本当に同一人物なの…)


べったりと塗りたくられた偽りの仮面。それ自体、城内においては見慣れたもの。しかし、そうではない。取り繕えるだけの理性を持つ事に彼女は驚愕した。

取り付く島もなくあしらわれた過去。今、その本質はどのように変わっているのか。俄然興味を引かれる男の中身。或いは、姉の想いを知る事が出来るかもしれないと。僅かな逡巡を経て、シャーリーは夜神にこう問い掛けた。


「お気遣い感謝します。…ところで夜神様、この後のご予定を伺っても宜しいですか?」


「…いえ特には…部屋に戻って休もうと思っていたくらいです」


「まぁ!でしたら私の部屋でお茶でもいかがですか?美味しい甘味もございます。夜神様とは一度ゆっくり、お話をしてみたいと思っていました」


(…はぁ……)


(…はぁ……)


((…ん?))


しかして。第二王女の言葉に嫌な予感を覚えつつ。案の定と言うべき誘いに内心で溜息を零す夜神。また、いつからそこに居たのか。一人と一匹は不意に顔を見合わせた。


「…なっ…!?精霊…なのか…」


「ふふっ。夜神様でもそのような顔をするのですね。驚かせてしまい申し訳ありません。こちらは私の契約精霊、ファル。どうやら夜神様の魔力に惹き寄せられたようで…思わず出てきてしまったみたいです」


「よ…よぉ!…あ…あは…あははははは!」


(おい…!シャーリー、何を考えてんだ!)


(何って、夜神様をお茶に誘っているだけです)


(馬鹿な事言ってないで今すぐここから離れろ!さっきの見ただろ!こいつは…)


(大丈夫です。他意はありません)


「…どうかされましたか?」


「あ、いえ…何でも…それで、いかがでしょうか?」


「シャーリー王女直々のお誘いとあっては…是非もありません」


突如現れたファルの言葉に聞く耳持たず。危険より、得られる対価に惹かれ振り切る。精霊の気苦労など知らず。踏み込んだのは、行き着く先も知らぬ道。

腰を折り、笑みを向け。そうは言っても本心は、無為な茶番に辟易としていた。

確実に損害を被る時間。言葉を違えれば信用を失い、期待を裏切れば信頼を損なう。そうして、いつか離れていくのなら、今でも変わりはしない。だから、一人でいい。そんな男にとって、何の価値もない人との関わり。気まぐれな王女の話し相手など、面倒以外の何ものでもなかった。

とは言え。ここで王女をあしらい、更なる厄介ごとを招いては本末転倒。たかだか数日。城を発つまでの間と思えばどうと言う事はない。夜神は内心を押し込め、シャーリーの誘いを受け入れたのだった。


がちゃ…ぎぃぃ…


「どうぞ。今紅茶を用意しますのでこちらに掛けてお待ち下さい。…ファル、お菓子の準備をお願い」


「ちっ…何でこの俺様が……はぁ…」


「失礼します。…やれやれ…」


「「…ん?」」


「「…………」」


その後、王女の私室へと招かれ、促されるまま部屋に足を踏み入れた夜神は、用意を始めるシャーリーの言葉に溜息を零す精霊を見つめ。精霊は、要らぬ気苦労に溜息を零す男を見つめ視線を交わす。

王女の気まぐれに振り回される身であれば、理解の及ぶ胸の内もあるだろう。一人と一匹は再び顔を見合わせると、互いに笑みを向け合った。


かちゃっ……


「お待たせしました。お口に合うといいのですが…」


「頂きます。…良い香りですね。味も爽やかで飲みやすい」


「こちらのお菓子とも良く合いますので宜しければどうぞ」


差し出されたカップと、皿に並んだマドレーヌ。紅茶は恐らくアールグレイだろう。別段詳しい訳ではないが、覚えのある味に一息吐いて向かい合う。

テーブルを挟み、対面に腰を下ろすシャーリーと、その横で様子を窺うファル。果たしてどんな話が飛び出すか。夜神は勧められた洋菓子に手を伸ばしつつ、本題に切り込んだ。


「ありがとうございます。…それで、私と話をと仰っていましたが、何か主だった用向きでも?」


「ふふっ。焦らないで下さい。先ずは…そうですね。その話し方から…出来ればお姉様と接している時のようにして下さると嬉しいです。聞けば既に仲睦まじく言葉を交わしているとか…お姉様が羨ましい限りです」


「……………」


(…何だ…この強烈な違和感は…。確かに、余計な面倒を避けるならあの女に対しても同じ振る舞いをすべきだったのは間違いない。一国の王女に対してあの態度は…らしくないな。混乱して素が出たか…あいつの告白に虚を突かれたのは事実だが…)


余りにも自然だったと。強請るシャーリーの言葉に自身の言動を思い返す。

馴れ馴れしいどころではない、横柄な態度。それも、馴れ合い始めた今でこそ納得は出来る。がしかし、そうではない。煩わしさも、気疲れもなく、当然のように言葉を交わす。

また、最初から全てを受け入れているような。底の見えないレイシアの対応にも、今更ながらに疑問が湧いてくる。


「夜神様…?」


と、思考の海に溺れる間際。自身の名を呼ぶ声に意識を引かれ、視界を占めるつぶらな瞳に我を取り戻す。そんな二人の様子を横目に捉え。ファルはシャーリーの言葉に男の精霊が反応した事を見逃さなかった。


「…あ、いえ…申し訳ありません…と言うか近いです、シャーリー王女」


「……………むぅ」


「はぁ…ちょっと考え事をしていたんだ。鬱陶しいから離れてくれ」


「ふふっ、それでこそ夜神様です」


「シャーリー…!」


「分かっています。…では、本題に入りましょうか。と言っても、本当にただのお話を…夜神様の事をもっと知りたいと思っただけなので…うーん…では、夜神様にお尋ねします。このブランディアで、何かやりたい事はありますか?」


「やりたい事…そう言われると難しいが…折角の異世界だ。冒険者になって世界を回り、穏やかに暮らせそうな場所があれば…行く行くは小さな島でも買ってのんびりとしたいもんだな。精霊と一緒なら、寂しくもないだろう」


こうして始まった小さな茶会は夜神の想像とまるで異なるものとなり。穏やかな雰囲気の中、出された話題に顎を触り真剣に思案する。

自由気ままな一人旅。小銭を稼ぎ、酒を傾け、本を手に惰眠を貪る。その横に、精霊がいれば会話に飢える事もないだろう。夜神はファルを一瞥すると、薄く笑みを浮かべそう答えた。


「…っ!?」


「ファル、どうしました?」


「い…いや!何でもない…」


(気付いたのは俺様だけか…。こいつの精霊、何に反応したんだ…こいつの言葉…?精霊と一緒に、か。どれだけこいつの事が好きなんだよ…)


「素敵な夢ですね。けれど夜神様ならその程度の望み…すぐにでも叶えられると思いますが…」


「確かに、この力を使えば大抵の夢は叶うだろう。けど…そんな事をする程生き急いでいる訳じゃない」


「…と、言いますと?」


「いや…そんな不思議そうな顔をされてもな。俺はこの力を、私利私欲の為に使う気はない。そもそも、欲しいものがそうある訳じゃないんだ。…人並みに生きていければ十分。夢も、いつか叶えばそれでいい」


内なる精霊の反応に驚き、身を竦めるファル。契約者との関係は無論、良いに越した事はない。しかし、過去その強過ぎる想いに阻まれた身としては触らぬ神に祟り無し。余計な口を閉ざし、また成り行きを見守る。

ファルにとっても興味の尽きない男の本質。であればもっと深く。シャーリーは夜神の言葉を掻い摘み、更なる深淵に足を踏み入れた。


「真に力ある者はそれを誇示しない、と。…では、夜神様がその力を使うのは一体どのような時でしょうか?」


「そうだな…大切なものを守る為。…俺が望んで力を使うのは、そんな時だけだろうな」


「…大切なもの……これを指して世界と、そう捉えてもよろしいでしょうか?」


「おいおい…それは幾ら何でも拡大解釈が過ぎるだろう。俺が言ってるのは人の話しだ…とは言え、召喚の目的を考えればそう在ってほしいというのも当然か。…なら、逆に聞こう。何故、世界の為にこの力を使う必要がある」


珍妙な魔道具に描かれた女性の姿と、倒壊した儀式の間。聞かずとも知れた答えを問うシャーリーは敢えてその意味を履き違えた。

柊夜神にとって世界とは、大切な者に劣るもの。では、これを持たぬ今の男にとって世界の価値とは。

行き過ぎたシャーリーの希求に反応を示し、立場は問われる者から問う者へ。ここから先、彼女はその異常な感性と、異様な価値観を垣間見る事となる。

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