12.綺麗なもの
(何だ今のは…気のせいか…いや、そんな事より早く魔力の流れを切らないと……なっ!?)
「…おいおい…一体何がどうなってる。…何だこの剣は…いや…まぁでも…お陰で一か八か。たまには、そんな賭けをするのも悪くない…」
意識を駆られ、僅かに揺らいだその刹那。手に伝わる脈動が、男の疑問を振り払う。
事ここに至っては理由など、瑣末な事。薄闇を纏い、軋みを上げるように。妖しく脈打つ煌めきを見て、引き攣った笑みを浮かべる。
およそ限界ぎりぎり。男はいつ四散してもおかしくはない剣を一瞥すると、再び空を仰いだ。
「…とは言え…この世界に来てまだ数日。やりたい事が無いでもないんだ。そう簡単に死んでやる気はない…!」
…すぅ……
「……砕けろっ!」
ぶぅぉんっ!!
ぼろっ…
しかして一閃。解き放つ未完の奥義は飛燕の如く風を切り、けたたましい響を轟かせて舞い上がった。
空を裂き、地に伸びる紫紺の残光を見つめ、砕けた剣を握り締める。引き結ばれた因果の極地。混じり合う魔力の奔流は爆光と共に弾け、波及する衝撃が均衡を崩し破断する。
果たして。撃ち貫かれた紅蓮の隕星は一瞬の歪みを残し砕け散った。
「くっ……!」
「姫様っ!」
「うっ…夜神様…!」
赤熱の欠片が迸り、灼け堕ちる想い。微かに残った未練さえ掻き消すように、逆巻く暴威が周囲を薙ぎ払う。
相対するジュレットは勿論。アリア、レイシアに加え、駆けつけた騎士達を含む全ての者が激しい余波に目を塞ぎ。次いで、一人立ち尽くす男の姿に声を失った。
どさっ………
「…………」
ざっざっざっ…
「俺の勝ちと言う事でいいのかな、騎士団長殿」
降り注ぐ魔力の残滓。跡形もなく消え去った自身の魔法。全霊を賭して届かぬ高みを前に崩れ落ちる。ジュレットは澄み渡る空を見上げ、重なる影と砕けた剣を前に俯いた。
「…惨めなものだな。お前の言う通り、ただの自己満足さえ通せない…」
「…誰が為に…そう言い聞かせ、免罪符を得たつもりでいたのか。望まれてもいない想いを押し付け、剰え…忠義を盾に吐き散らす。それは決して褒められた事じゃない」
「…容赦ないな」
「けど…あんたは間違えなかった。他者を陥れるでもなく。傷付けるでもなく。ただ純粋に想いをぶつける。…綺麗だと思ったよ。羨ましいとさえ思った。だから…精霊との契約を成すまでは、あんたの姫様を大切に扱おう。それより先は、この世界が俺に何を魅せてくれるのか。…それ次第だ」
「…感謝する」
空想に想いを馳せ、憧憬を抱いた若かりし頃。願い、諦めた夢の名残が今また微かに揺れ動く。それが、滑稽な喜劇だとしても。
遠く離れた異界の地。全てを奪った世界が見せる微かな希望に笑みを浮かべ、夜神は静かに頷いた。
「…ところで一つ、聞きたい事がある。なぜあの女が俺に好意を寄せるのか、その理由をあんたは知っているのか?」
「ふっ…何かと思えば。…しかしそれを私の口から言うのは無粋だろう。が、誰かを想うのに言動の多寡など些細な事。お前にとっては小さな事でも、誰かにとって大きな事というのは往々にして良くあるものだ。それが分からないお前ではないだろう」
「…………」
かくして。幕を閉じた激闘は、その苛烈さ故に熱を撒き。ある者は呆然と口を開け。またある者達は顔を見合わせ立ち尽くす。
余韻に飲まれ、時を忘れて幾許か。遅々として動き出す平静の中、その名を叫び走り出す。女の声を皮切りに、騎士達が二人の元へ集い始める。
「…夜神様っ!」
だっだっだっだっ…
「……………」
「その…これについては私も…」
「眩しいな…」
「え…」
「俺に…こいつらを放ってまで付いてくる価値はない。俺は…ずっと一人で生きてきた。それはこれからも変わらないだろう。…レイシア王女、貴方はこの国に残り王女としての務めを果たすべきだ」
不意に零れる呟きが、駆け寄る女の足を止め。その意味が理解に溶けるより先に、突きつけられる別れの言葉。
戸惑い、困惑を浮かべ。真意を問い掛けようと口を開いたその刹那。レイシアは耳を過ぎる足音に振り返り。目の前の光景を見て理解に至る。
「団長!一体何考えてるんですかっ!?あんな魔法…城内は凄い騒ぎになってますよ!」
「う…ぐす…団長…生きてて良かった…姫様が団長は殺されるかもって…ぐすっ…私も一瞬…あ、これ死んだかもって…うぁーーん!」
「すまない。陛下や城の者には後で私から話しておこう。…アリアも心配掛けてすまなかったな…」
罵声と安堵が入り混じり、胸を叩いて咽び泣く。その光景を眺める男の背は、消え入りそうな儚さを滲ませていた。
綺麗なものが好きだから。それをこの手で壊してしまうのが堪らなくて。
自分とはどうしたって重ならない光景に、どうしようもなく思ってしまった。
彼等から奪うべきではないと。何より、夜神は一度として彼女の口からその意志を聞いてはいない。
(もっと早く伝えるべきだった…けど…疑念を抱かせないようなるべく我慢してきた。…今の私にできる精一杯で伝えたい…!)
すぅ…
「…人の価値とは、万人にとって同じではなく。それを見出した者にしか理解できないもの。…これはある方の受け売りですが…私にとって夜神様、貴方は…貴方と共に征けるなら、私は何を失っても構いません」
「…幾ら何でも言い過ぎだろ…あいつらの前だぞ」
ざっ…ざっ…ざっ…
「柊夜神…先の言葉、よもや覆そうというのではないだろうな」
「みんな姫様の事が好きだから、望む道を進んでほしいと思っています」
「…………はぁ…分かった分かった。…俺は疲れたから部屋に戻る」
凛と佇むその影に、淡い期待が胸を打つ。或いは、この世界にならあるのだろうか。そんな希望と深まる疑問。
悪くない。そう思いながらもこれ以上、何を言葉にすればいいか分からずに。肩を借り、近付くジュレットとアリアの一途な想いに心が揺れると、うら恥ずかしさに背を向ける。
夜神は久しく感じぬ空気に居た堪れず、足早にその場を後にしたのだった。
「それで…ジュレット騎士団長、これはどういう事か、説明して頂けるのでしょうね?」
「姫様……申し訳ありません。ですが…」
「ひ…姫様…さっき詮索はしないって…」
「アリア、それはジュレット騎士団長があのような魔法を使う前までの話です。…夜神様を挑発して、一体何をしようとしたのですか」
「それは…」
徐々に遠ざかる男を見つめ、まだ胸に残る憂いを押し留める。
王女として、些か目に余る此度の決闘。捨て置く訳にはいかないと、険しい表情で問いただす。一体、何がジュレットを駆り立てたのか。事のあらましを聞き、レイシアは小さく溜め息を零した。
自己満足と語り、苦笑いを浮かべる。そしてたった一言、貴方の為に。
レイシアは尽くされた想いと忠義に感謝を述べ、男の後を追い掛けた。




