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憎しみのかなたに  作者: 此道一歩
第4章 冷たい春
24/25

懺悔の時に

 そして、2月最後の土曜日の夕方、高木夫妻と鈴木明菜が桐谷の事務所を訪ねてきた。

 智也は、最後まで、「会いたくない、関わりたくない」と言って抵抗したが

「けじめだけはつけないと駄目!」という桐谷の強い言葉にいやいやではあったが会うことを了承した。

隣のレナコーポレーションで3人が桐谷の事務所に入っていくのを見ていた智也はため息をついたが、その瞬間、

( こいつらかっ! この二人が父さんを…… 母さんを死なせたのかっ!)

ここまで考えたこともなかった憎しみが、想像したこともなかった恨みが胸の底からこみ上げてきた彼は、一瞬戻しそうになったが、それでも唇をかみしめたまま彼らを凝視した。


「今日ですべて終わるよ、思ったようにすればいいじゃない。あの人達だって心のどこかで苦しみながら生きて来たんだと思うのよ。その人達が罪を認めて智也に謝りたいって来たんだからさ、受けるだけは受けてあげないと、智也がいつか後悔することになるよ…… 」

智也の様子が変わったことに気づいた麗奈が優しく微笑んだが

「……」智也は外を歩く3人を凝視したまま動かなかった。


「智也、智也、大丈夫……」驚いた麗奈の声が大きくなった。


「うん…… でも行きたくない」はっとして我に返った彼は麗奈を見つめた。


「でもね、けじめだけはつけないと駄目よ。今日で終わりにしてさ、明日からは二人で一歩ずつ進んでいこうよ。二人で楽しい家庭を作ろうよ。だから、関わりたくないんだろうけど、終わりにするためにも行った方がいいよ」

 麗奈のやさしさが心にしみてくる。


「うん…… 」それでも彼は俯いたまま立ち上がろうとはしなかった。


「智也…… 」麗奈の心配が伝わってくる。


「だけどどうしたらいいのかわからない……」


「思ったことを言ってみたら……」


「でも…… わからなくなったら隣で言って欲しいんだ」

「ええっ、私が何を言うのよ?」

「少なくても俺が言うよりはいいことを言うと思うよ」

 麗奈は同席するつもりはなかったのだが、この言葉に付き添わないわけにはいかない思った。


 二人が事務所に入ると


「智也さん、ごめんなさいっ、本当にごめんなさいっ、謝って許してもらえることじゃないのはわかっています。でも、ごめんなさい」

 突然床に土下座した高木信子が涙ながらに懸命に詫びると、

「申し訳なかったです」高木信道も土下座して床に額をこすりつけた。

 それを見ていた鈴木明菜も慌てて土下座すると

「ごめんなさいっ」と深く頭を下げたが、桐谷もこれには驚いた。


 突然のことに慌てた智也は

「よ、よしてください。立ってください、お願いですっ」桐谷も麗奈も、こんなに慌てた智也を目にしたのは初めてであった。


「ソファにどうぞお座りください。智也君も驚いていますから……」

 桐谷が優しくささやくと

 3人は涙をぬぐいながら、俯いたままソファに腰を下ろした。


「これは、貯金の全てです。3000万円あります」鈴木が用意していた1000万円の小切手を3枚差し出すと

「な、なんですか、こんなものいただけません」智也は慌てたが

「それから、お店の方は近いうちに売りに出しますので、売れたらすべてをお渡しいたしますが、そのままお店をお渡しすることでも構いません」鈴木は続けた。


「ちょっ、ちょっと待ってください。どういうことですか?」お詫びに来るということしか聞いていなかった智也は驚くばかりであった。

「智也さん、私の父はあなたのお父さんに借金を押し付けて、母はお世話になっていたのに預金をすべて勝手におろしていなくなってしまいました。とても人のできることではありません。桐谷さんから持っているものすべてを智也さんに差し出して土下座するべきだって言われて、最初は驚きました。でも真実がわかって、冷静に考えれば当然のことです。両親は全てを差し出してもマイナスにはなりません。でもあなたのお父さんは父の借金を背負ってマイナスの生活を強いられてしまった。すべてを差し出してもあなたのお父さんが帰ってくるわけじゃない、それで許されるとは思っていません。でも、今はこれしかできない…… 本当に申しわけありませんでした」鈴木がきれいに話した。


「ちょっと待ってくださいよ。それで店まで失ったらご両親はどうするんですか?」

「どこか小さなアパートでも借りて、日雇いの仕事でもして、もちろん私も援助しますので、大丈夫です」鈴木の表情は晴れやかだった。

「そんなこと、笑顔で言わないでくださいよ。私と同じじゃないですか、私のせいで誰かがそんなことになるなんて私は嫌ですよ、もういいですから、すべてもって帰ってください。それから、高木GSに預けた400万円もお返しします」

「智也さん、許していただれないのはわかっています。でも、できる償いはさせてください、お願いです」信子が懸命に頭を下げると二人も頭を下げたが

「許す、許さないって言われても……」智也は困ったような顔をして麗奈を見つめた。


「あ、紹介しておきます。智也君の婚約者です」桐谷が微笑んだ。

「えっ……」智也の相手が桐谷だと思っていた鈴木は驚いた。

「吉岡不動産代表の娘で、そのマンションなんかを維持管理しているレナコーポレーションの代表です」

「吉岡です。私も責任を感じています。当時担当していたうちの小西が、植山さんを惑わせてしまったことはわかっています。本当に申しわけなかったです」麗奈が頭を下げると、父親はかつてを思い出して再び涙ぐむと、頭を振りながら

「とんでもないです。私が弱かったんです。私が馬鹿だったんです」

 父親もここに来て、智也の思いに触れ、若くても毅然としている麗奈の人間性に触れ、あわよくば、という思いは消え失せてしまった。


「ねえ、智也は自分がお金をもらうことで、植山さん一家の生活が苦しくなるのが嫌なんだよね」

 麗奈がやさしく語り掛けると

「……」彼は黙って頷いた。

「でも、お金は嫌いじゃないよね」

「そ、それは…… でも誰かを苦しめてまで手にしたいとは思わない」

「うん…… よくわかるよ。だけど智也がここで受け取らなかったら、植山さんたちはもっと苦しむと思うよ」

「で、でも…… 」智也はそんなことはどうでもいいと思っていたが

「植山さんたちの償いたいという思いだって受け入れてあげるべきだと思うよ」

 麗奈の人としてのやさしさに

「……」誰も何かを言うことはできなかった


「だからさ、お店はもういいじゃん、お店をもらってもお好み焼き屋なんてできないでしょ」

「そんな気持ちは全然ないよ」

「それにさ、お金だって、その400万円とね、あと1000万円だけいただいたら……」

「ええっー、だけど……」智也はこいつらの金なんて欲しくないと思っていたが

「そうすればさ、植山さんたちだって明日から普通に生活していけるよ。それに智也が受け取ってくれたことでいくらかは救われるよ」

「吉岡さん……」父親が麗奈に目を向けた。

「それでさ、お父さんたちのお墓を建ててあげようよ、いつまでもただの石っていうのは気の毒だよ」

「知ってたの?」

「知ってるわよ、父さんからも結婚したらすぐにお墓を何とかしなさいって言われてんのよ。五輪塔やお地蔵さんまで入れると、一式で500万くらいはかかるよ。そうすればさ、皆が幸せになれるよ」

「麗奈さん……」お墓と聞いて智也は頷かないわけにはいかなかった。


「それで決まりね」桐谷が微笑んだ。

「い、いいんですか、桐谷さんもそれでいいんですか」鈴木が驚いたが

「あなたが、シナリオになかった土下座までしてくれて、智也君たちが納得するんだったら、私だって納得しないわけにはいかないわよ」桐谷が微笑むと鈴木は安堵したように目を閉じて頷いたが

「でも…… お店を続けさせていただけるのなら、それだけでもとてもありがたいです。でも、このお金だけは全て受け取ってください。智也さん、お願いです」信子がすがるように智也を見つめると

「いや、そんなこと言われても……」

「こいつの言う通りです。お店だけでもありがたいのに、恨み言の一つも言われずに…… せめてお金だけは受け取ってください」

ここに来るまで、せめて店だけでもどうにかならないだろうか、お金だってせめて100万円でも、何とかならないだろうか…… そんなことを考えていた植山は、智也たちの高貴な人間性に触れ、妻の懺悔を目の当たりにして、今更ながらに自らの罪の深さにあふれる涙をどうすることもできなかった。


「頭を上げてください。この人は上手く気持ちを言葉にすることができないですけど、自分が苦労した分だけ、人の苦労がわかるし、想像できるんです。今、自分があるのは今までの苦労を乗り越えてきたからなんだって思っているんです。それなのにここでお金をすべて受け取ってしまうと、今までの苦労に対する恩恵よりも大きなものを受け取ってしまうことになるかもしれないって、そのことを恐れているんです。ね、そうよね」

 麗奈が智也をのぞき込むと彼は首をかしげながらも頷いた。


「吉岡さん……」

「ですから、今後、もし困っている人がいたらそのお金で助けてあげてください。そうすれば、それは智也さんのご両親やおばあちゃんが手を差し伸べたのと同じことになるじゃないですか…… もうみんなが納得しているんだから、このことは罪だとは思わないで、恩を受けたんだと思われたらどうでしょうか」

「……」3人は、かたく目を閉じ、唇をかみしめると涙をぬぐいながら頷いた。


「この子は、若いのにすごいでしょ」桐谷が微笑みかけると、

「本当に…… いい年しているのに自分が恥ずかしいです」父親の言葉とともに二人も頷いた。

「亡くなられたお母様が易をされていて、人の在り方とか、人生の流れとか、そんなことを子供の頃から教えられて育ってきたんです。私はお会いしたことはないのですが、話を聞いただけでも感動しました。おそらくお母様は自分の寿命も知っておられて、自分が亡くなった後も娘が迷わないように懸命に愛情を注いで来られたんだろうなって思うんです」

「そうですか、話を聞くたびに一言一言が突き刺さって来て……」

「私はうれしいです。智也さんがこんな素敵な方と一緒になられるなんて…… そのことだけでも救われたような思いです」妻が目にいっぱいの涙を浮かべながらも初めて微笑みを見せた。


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