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憎しみのかなたに  作者: 此道一歩
第4章 冷たい春
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罪びとの覚悟

途方に暮れた鈴木はその週末、両親と本気で向き合うことを決意して、再び実家に帰った。


「あの桐谷っていう弁護士は、相当に切れるみたいよ。いくつかの事務所に行ったけど、桐谷って聞いてどこも相手にしてくれなかったわよ。あの弁護士が動いているっていうことは、絶対に動かない証拠を持っているはずだって言ってたわよ」娘の厳しい言葉に

「ごめんなさい……」母親は両手で顔を覆い、涙を流し始めた。

「今日は全て真実を話して! あんたたちの問題だけじゃ済まないのよ。こんなことが公になったら、作家としての私だって終わってしまうのよ。そろそろ2作目ができそうなのに、どうするのよ」明菜の怒りに満ちた言葉に

「でも、明菜、本当なんだ。あのお金は本当に一樹が持たせてくれたんだ」父親は懸命に妻をかばったが

「お母さん、本当なのっ?」

娘の強い言葉に耐えかねた母がついに

「ごめんなさい、盗むつもりなんてなかったの……」罪を認めた。

「信子……」夫も乱れた妻にこれ以上の無理強いはしなかった。


「やっぱり、でも、どうしてなのよっ?」明菜の言葉が母を突き刺す。

「あの日…… 」

「いいわよっ、すべて話してっ、最初から真実を話してっ!」

「ごめんなさい、ごめんなさい、本当にごめんなさい」母は泣きながら謝り続けたが

「やめなさいよっ、泣いたってどうにもならないでしょっ、ちゃんと話して!」

 明菜は目を吊り上げて母親に迫った。

「あの頃、母さんは九州の福岡におばあちゃんと二人で住んでいて、よく出張でやってくるお父さんと知り合って、結婚の約束をしていたの。だけどあなたができたことが分かって、結婚しようとした時におばあちゃんが入院してしまって…… 伸ばし伸ばしになっていたんだけどお腹は大きくなるし、だけどおばあちゃんもだいぶん元気になって、次に来るときは一緒に静岡に行こうって約束していたのに、急にお父さんと連絡が取れなくなってしまって…… 」

「それで中野のお好み焼き屋を尋ねたの?」

「うん…… でも、そこがお父さんが借金を押し付けた家だなんて知らなかったの…… 本当よ」

「わかったから続けて」

「聞いていた住所には工場はないし、途方に暮れてお店に入ったら、そこでは何人もの人が寄って、お父さんが逃げたって…… 驚いて出ようとしたら産気づいてしまって、救急車で病院に運ばれたんだけど、荷物はすべてコインロッカーに入れていたから、母さんの名前がわからなくてみんな困ったらしいけど…… 」

「それでどうしたの?」

「母さんは一樹さんが父さんから何か聞いていたら怖いって思って、思わず藤井環奈って、親友の名を言ってしまったの……」

「そんな嘘、すぐにばれるでしょ。正直に…… まっ、いいわ 」

「その時にはね、中野の家でお世話になるなんて思っていなかったし、退院したら九州に帰ろうって思っていたのよ…… だけど、退院の前日に一樹さんのお母さんが来て、『事情があるんでしょ、いくところがないのなら……』って、言ってくれて…… 怖かったけど、でもあそこにいればお父さんのことが何かわかるかもしれないって思ったら、もうお願いしますって言ってた」母親は目にいっぱいの涙を浮かべながらも懸命に話した。

「ちょっと待ってよ、都合よすぎるでしょ。だいたい偽名だって使っているんだし、証明書には母親の名前だって書くでしょ」

「それは、出産した翌日に、看護師さんに事情があって本名が名乗れなかったんだっていうと、悪い男から逃げていると思ったみたいで、書類は正式名で書いてくれて、名前はあくまで藤井環奈として扱ってくれたの……」

「それで藤井環奈として1年過ごしたの?」明菜は呆れていた。

「怖かったけど、皆いい人たちばかりで、そのうちには店を手伝うようになって…… 」

「それで1年後にお父さんから連絡があったの?」

「……」母親は静かに頷いた。

「だけど、そんなにお世話になったのにどうしてお金までもって逃げたのよっ!」明菜はそのことが信じられなかった。

「盗むつもりはなかったの、その日は買い出しを頼まれていて、キャッシュカードを預かっていたの…… 」

「ええっ、そんなに信頼されていたの?」

「半年くらいしてからは、母さんが買い物に行っていたから……」

「それでどうしたの?」


「母さんは処分するって言ったんだ。俺が悪いんだ。倍にして返せばいいって思ったんだ。店の開店資金にだいぶん使ってしまって、蓄えも心細くなって、一樹ならわかってくれるって……」突然父親が母親をかばったが

「わかるわけないっしょ」あまりにも愚かな所業に明菜は言葉を吐き捨てた。


 しばらく静寂が続いたが。

「それで父さんも、内藤医院で入れ替わったの?」明菜が尋ねると

「……」父親も静かに頷いた。


「もう、桐谷の言う通りじゃないのっ、どうすんのよ」

「……」

「だけど、どうして内藤医院のことが分かったのよっ、調べたらもう存在しないわよ」

「あの時、看護師が疑っていた…… 」

 彼が状況を話すと、

「いくつくらいだったの? 」

「50くらいかな…… 今は80前くらいだと思う。そいつしか考えられない、だけど、そいつの記憶だけだと思うんだ。あの弁護士だって、話を聞いただけで証拠がないからうちに来たんだと思うんだ。証拠があるっていうことだけで、具体的には言わなかった」

 それでも父親はまだどうにかしたいと思っていた。


「お父さん、もう止めましょう。私は謝りたい、土下座して智也さんに謝りたい」

 嗚咽に遮られながら妻が言うと

「信子…… 」夫は悲しそうに妻を見つめた。

「400万円、返しに行った時だって、怖くて会えなかった。でも……」

「ちょっと待ってっ! 400万円、返しに行ったの?」

「えっ、ええ…… 」


 母は、数年前、400万円だけでもと思い、丸々市を訪れ、やっとの思いで高木GSを探し出したが、智也は腰の痛みで休んでいたらしくて、ほっとした彼女は、手紙を添えて、菓子箱に入れた400万円を高木と言う店長に渡したことを説明した。


「なんて言って渡したのっ?」

「昔お世話になったことがあるんです。地元の銘菓なんで智也さんに食べていただきたくて、って…… 」

「それ、届いていないわよっ、多分」

「まっ、まさか」

「もう、信じられないっ、どうすんのよ……」

「母さんはね、すべて話して謝りたいの、許してくれなくても謝りたいの」母親が涙ながらに訴える。


「今、貯金はいくらあるの?」

「約3000万円くらい」

「もうそれをすべて、渡しましょう、それで土下座して…… 」

「あの桐谷は店まで出せって……」

「そこまで言われたら、好きにしてくれって言いましょうよ」

「2000万円じゃ駄目か?」


「全部貯金してるんでしょ」

「あ、ああ……」

「あの弁護士は全て調べているわよ、」

「そ、そうか……」

 3人は覚悟を決めざるを得なかった。


 その翌日、鈴木明菜は意を決して桐谷に電話を入れた。

『 昨日、両親からすべてを聞きました。桐谷さんの言う通りでした。二人も苦しんでいたみたいで、貯金も店も智也さんに差し出して、お詫びしたいと言っています。近いうちにそちらに出向きます』

『そう、それじゃあ待ってるわ』

『ても1つだけお知らせしておきたいことがあります』


 彼女は母が400万円を高木に預けたことを説明すると、

『あいつなら、平気で懐にいれているわね、最初はお菓子なら食べてやれくらいの思いだったかもしれないけど、開けてびっくり、でしょうね』

『そんな人なんですか……』

『まっ、それはあいつに償わせるわ』


 電話では冷静に対応したものの、桐谷ははらわたが煮えくり返るような思いで、翌日、智也を伴って高木GSに出向いた。


「なっ、何でしょうか?」

 桐谷を一目見た店長の高木は不安そうに尋ねたが

「智也君のことよ」

 冷たく一言だけ言い放つと

「あ、あれはあの時に済んだはずです。100万円退職金として……」

 彼が智也を一瞥して、桐谷に目を向けると

「それはいいわよ。今日来たのは400万円のことよ」

 桐谷の目つきと語気が強くなった。

「し、知らないです。そんなこと知らないです」

「数年前、智也に渡してくれって、菓子箱を持ってきた女性がいるでしょ」

「し、知らないです。俺じゃないです。誰か別の者です」

「あんたねー、あんたにそれをお願いした藤井環奈っていう人は、中身を入れるところからあんたに渡すまでビデオにとっているんだからね、一緒に来た旦那があんたが奥に入るまではっきりと映しているんだからねっ」

「お、思い出しました。ありました。そんなことがありました。でも、それは誰かに頼んで智也に渡してもらいました。本当です。」

 智也は何の話か全く分からずただ二人のやり取りを見つめていた。


「あんたねー、本当に地獄に落ちるよ。これは売り上げをごまかして税務署に追徴税を取られたとか、そんな生易しい話じゃないわよ。400万円を盗んだのよ。執行猶予はつかないわよ。わかってるの?」

「で、でも、本当に智也に渡すように頼んだんです」

「わかったわ、じゃあ、警察にいくわ。それから税務署にも、売り上げをごまかしていることをリークしておくわ」

 彼女が智也に目配せして帰ろうとすると

「ゆ、許してくださいっ、悪気はなかったんです。本当です。車が欲しくて仕方なかったんです。親父は買ってくれないし、ちょうどそんな時だったんです。茶菓子にしようって思って開けたら……」店長のすがるような言い訳に

「だいたい、仮にお菓子だったとしても、あんたがどうして開けるのよっ」

 桐谷が睨み付けると

「す、すいません」店長は俯いてしまった。


「あんたがいかに智也君のことを馬鹿にしていたのかっていうことがよく分かったわよ」

「す、すいません」

「すぐに400万円を返しなさい、どうせ持っていないんでしょ。親を呼びなさい」


 しばらくして慌ててやって来た父親は、

「本当にお恥ずかしい限りです。前回といい、今回といい、もう言葉がありません」

 覚悟していたのか400万円を持参して深く頭を下げた。 


「息子さんがやったということは納得して下さったのですか?」

「はい、確認しなくてもわかります。今の車の金がどこから出たのか不思議だったんです。どうか、警察にだけは…… 」

「……」桐谷が智也を見つめると彼は頭を傾げたが

「中野君、本当に申しわけない。何とか穏便に済ませてもらえないだろうか……」

「いや、何がなんやら、全然わからないんですけど……」

 桐谷が説明すると

「ええっー、そんなのいただけません」智也は慌てたが、

「ここに置いておくわけにもいかないでしょ、近いうちに藤井に会うことになるから、返すんだったら、その時にあんたから返しなさい」

「は、はー……」


「店長、私がなぜ警察に行かないのかわかる?」

「い、いや、わかんないです……」

「あなたのお父さんが人格者だからよ…… あなたのお父さんはね、いろいろなところで困っている人を助けてきたの、私がかかわった方々の中にもあなたのお父さんに感謝している人が何人もいた。そのお父さんが積み重ねたものをあんたがすべて台無しにしているのよ」

 桐谷の暖かい言葉に店長は泣き崩れてしまった。



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