06 死の接吻
「敵はアルフレッド先生ですわ!」
俺は戦慄していた。
ただならぬ殺気に。加えて、その矛先が俺であると知って。
(やべぇ。マジで狂気の姫君モードに入ってしまった)
ドMルートを歩もうとした頃から覚悟はしていたけれど、早くも俺は敵としてロックオンされてしまったらしい。
「ひひ、姫様……?」
「まあ見ていてくださいな? あのリンゴのように赤い血が飛び散る様を想像しておりますから……」
怖えよ。
ゲームでは喜々として姫様のドSを楽しんでいたけれど、流石にリアルでは笑えない。
俺は姫様をドS化して本当に生き残ることができるのだろうか?
「ええい!!」
まだ一投目だ。
しかし、姫様は熟練の投擲手であるかの如く、華麗なフォームを見せていた。
(マジか……)
やはり才能が違いすぎる。
ナイフの扱いに関して言えば、姫様の才能に敵う者などいない。
投げられたナイフはリンゴに命中するどころか、リンゴを木っ端微塵に粉砕してしまったんだ。
「どうです? 先生が仰る通り、気に入らない人間を目標にした結果ですわよ?」
ゴクリと唾を飲み込む。
次は俺の脳天を爆発させそうな殺気じゃん。幾ら俺がハイヒールの使い手であったとして、脳みそが飛散してしまってはどうしようもないぞ。
「ままま、まあまあです。ナイフはもうこの辺で……」
「いいえ! スキルを習得するまで続けますわ!」
このあと姫様はテーブルにあった果物を連続して爆破してしまう。
背後からでも感じる憎悪にも似た殺気を振りまきながら。
(ナイフは危険だ)
投擲を勧めたのは間違いだった。
刺すくらいなら回復できたというのに、脳天を一撃必殺だなんて惨すぎる。
「あっ! 先生、女神様の声が聞こえました!」
「なにぃぃ!?!」
素質は分かりきっていた。
鞭とナイフは姫様の得物なんだ。少し練習しただけでスキルくらい授かると理解していたはずなのに。
「ももも、もしかして天恵を授かりましたか……?」
「はい! ナイフの投擲スキルを習得したみたいです!」
満面の笑みを浮かべて姫様が返した。
由々しき問題だ。俺の自己責任であるけれど、天恵を得てしまったならばナイフの威力は大幅に増していることだろう。
「しかも神級ですよ!」
「何だってぇええ!?」
スキルにはクラスがあり、凡才級から神級まで様々。神級はその名の通り、人外の効果を発揮する最高位のスキルなのだ。
「先生、わたくしもっと練習したいですわ……」
やめろ!
狂気の目を俺に向けるんじゃない!
スキルを一つも持っていないと悲しげに話すものだから同情してしまったじゃないか。
こんなことなら大食いとか昼寝とかのスキルを習得させるべきだったぜ。
「姫様、スキル習得おめでとうございます。しかし、悪漢が現れたとして、脳天を破壊してはなりませんよ? 背後関係を吐かす必要がございますから……」
無闇矢鱈と頭部を爆発させんな。
今の時点で戒めておかねば、俺の頭部は肉片となって飛び散るだけだ。
「存じ上げております。最悪の場面でしか使用致しませんわ。先生もお気を付けくださいね?」
可愛らしく話していることが、余計に恐ろしい。
この数日、好感度上げを頑張ったつもりだけど、やはり姫様は教育係との相性が悪いのかも。簡単に最低値に戻ってしまうらしい。
「姫様は俺が死んでも平気なのですか?」
ここは聞いておかねばならない。
俺は貴重なゾンビ的玩具であるはず。姫様の殺傷欲求を満たすことのできる希少な人材であるはずだ。
「先生、どうしてそのようなことを?」
しらばっくれるんじゃないって。
隠しきれない殺気を発していただろうに。
「いやその……、俺は(殺されたくないので)ずっとお側に置いて欲しいです」
まだ死にたくねえよ。俺は殺されたくない。断頭台よりも早く天に還りたくないんだよ。
「せせ、先生……!?」
どうしてか姫様の殺気が消えていた。
何だか分からないが、姫様は顔を紅潮させて頷いている。
「わたくしも同じ考えですわ。しかし、(身分差という)問題がございますの。お分かりだと存じますが……」
「ああ、そういえば(殺傷癖という)問題がございましたね? けれど、それはいずれ問題ではなくなります。まあ、(ダニエルがドMとなって)懸命に頑張ることで」
兎にも角にもダニエルが登場しないことには始まらない。
俺が脳天を粉砕される前に彼が標的になってくれないと。
(そういや、初期値のダニエルはクッソ弱かったよな?)
ドMルートへの道のりは険しい。
恐らく現状の姫様とダニエルが顔を合わせたのなら、ダニエルは瞬殺されてしまうことだろう。
(マズい。主人公共倒れエンドじゃん……)
ゲームの序盤は主人公ダニエルと俺こと教育係は一蓮托生の関係なんだ。
俺が姫様に殺されたとすれば、姫様はダニエルにその罪を着せる。その逆もまた然りで、ダニエルが殺されると、姫様は俺が殺したと証言してしまうのだ。
(クソゲーすぎる……)
バッドエンドの数は本当に多いのだけど、そのいずれも俺は死ぬ運命だ。やはり少しでも早くダニエルと会い、彼をドM化していかねば俺の未来はない。
「先生、そんなに真剣に考えておられたのですね? 興味がないものと疑っておりました。懸命に頑張るとは良い言葉ですね。障害を何とか乗り越えて参りましょう」
良い話をした覚えはないのだが、この場で投擲の的になれと言われないのなら、俺は乗っかっておくべきだろうな。
「姫様、俺はいつ何時もお側に。興味がないどころか、常に気を配っております。(いつでも頭部破壊が可能な)姫様は俺の将来を左右する重要な人ですから」
「まあ、わたくし……何というか……」
生かすも殺すも姫様次第だ。
俺を殺したところで姫様は無敵。誰にでも責任をなすり付けてしまうことだろう。
「あの……、先生はエマのこと、どう思っておられます?」
ここで理解不能な話になる。
エマさんは有能なメイドだと思うけど、どういう意味で聞いたんだ?
「エマさんですか?」
「はい。(胸が大きい)エマと親しいですよね? 同じ侯爵家の出身ですし」
ヤバいな。ひょっとしてエマさんを新たな的にするつもりか?
俺のせいでエマさんが風船のように破裂するのは流石に悪い気がする。
「彼女よりも(殺傷に)相応しい人がおります。俺はそう考えておりますが、姫様はどうお考えでしょう?」
殺傷に相応しいのはダニエル。それ以外は認めんぞ。
「わたくしもです! わたくしも最初からそう決めておりましたの! そうですよね! 相応しい人とか、そんなぁぁっ!?」
どうしてか姫様が壊れてしまった。クネクネと悶絶している感じだ。だけど、何とかエマさんが爆散する未来は回避できたみたいだな。
まあそれで壊れたソフィア殿下。
どうしてか俺に歩み寄り、耳打ちするような格好に。
「先生……」
なぜか俺は頬にキスされていた。
えっと、これってどういう意味?
必死で記憶を遡ると、俺はその意味合いに気付くことができた。
ゲームにおいて姫様は死に逝く俺にキスをしたことがある。
断頭台へと歩むその瞬間に『いよいよ首がちょん切れますわね?』と話しかけて。
ってことは……?
(死刑宣告かよ!?──)
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