05 敵は一人だけ
昨日は本当に驚きましたの。
まさか暴漢が現れ、わたくしがその相手をするなんて。
「今、生きているのは先生のおかげだわ。ちゃんとお礼を伝えなくちゃ……」
そろそろ先生がお越しになる。
わたくしは感謝を言葉にしなければなりません。
アルフレッド先生はアヒージョ様と異なるアプローチ。アヒージョ様が直接助けてくれたのに対し、先生は間接的にわたくしを救ってくれたのです。勇気を与えてくださった先生には感謝しかありませんわ。
(大人の階段も上らせてくれましたし)
あれからずっと考えている。
先生はスケベ。常に舐め回すように、わたくしを見てくるのです。
(やはり、わたくしに気があるのですよね?)
好きだから触るの。好きだからジッと見つめる。
両想いであるのは明らかだったけど、確認するのは怖かったりするの。
(明らかに異性の経験値不足ね……)
婆やから性教育は受けていますけど、あまり熱心に受けてこなかった。
そのシワ寄せなのか、わたくしは先生の大胆な行動に対処できないのよね。
「殿下、アルフレッド様がお見えです」
エマが先生の到着を知らせてくれました。
これより授業が始まるのです。
わたくしにとって至福とも言える時間が。
エマが退出したあと、先生はわたくしに歩み寄り、
「ソフィア殿下、昨日はとんでもない事態となってしまい、申し訳ございませんでした」
真っ先に先生は頭を下げていたの。いや、暴漢と先生は何も関係ありませんって。
「わたくしが先生の執務室へ一緒に行ったからですわ」
悪いのはわたくし。あのまま授業を終えていたら、暴漢と出会わなかったわけですし。
「いえ、恐らく間者は姫様の私室を知っていたはず。俺に同行していなくても襲われていたことでしょう」
そういえば、この階にはわたくしの部屋がある他は貴賓室くらいしかありません。
というと、暴漢はわたくしが部屋にいることを知って襲って来たのでしょうか?
「恐ろしいですわ……」
「そういえば姫様はスキルを発現しておられないのでしょうか?」
青ざめていると、先生が妙な話を口にしていました。
スキルは天恵と同義です。普通は成人するまでに幾つかのスキルを女神様より授かるのですが、わたくしはまだ一つも持っていなかったりする。
「いえ、わたくしはまだ……」
本当に恥ずかしいことです。
貴族院において、スキルを持っていない者は虐めに遭うと聞きます。貴族として女神様に愛されていないのは無能の極みであると。
「誠ですか!? たとえばナイフを高速で突き刺すスキルとか、急所を的確に貫くスキルとかお持ちでないと!?」
どうして先生はナイフにこだわるのでしょうね?
それこそ初めてお会いしてからずっと……。
「残念ながら、わたくしは一つもスキルを授かっていないのです。魔力も発現しておりませんの」
頭を抱えるアルフレッド先生。無能な弟子だとお思いになったことでしょうね。
「ならば、スキル習得を目指しましょう。魔力についてもお任せください」
「本当でしょうか? ずっと気になっていたのです」
「ご安心を。見たところ、姫様のお身体はまだ成長途中。スキルも魔力もこれから発現させることができるかと」
咄嗟に気付く。先生はわたくしのお胸を見ておられるのだと。
成長途中って、まだお子様って意味じゃないの!?
あんなにも楽しんでおいて、それはないのではないですか!?
「先生……、わたくしも一応は成人したレディーですので……」
「少し、失礼しますよ」
「はわわ!?」
どうしてか先生はわたくしの身体をまさぐる。特にお胸の辺りを念入りに。
「せ、先生! また……あ゛あ゛あ゛っ!!」
こんなにも無抵抗に。わたくしはどれだけ無防備なのでしょう。
前回と変わらず、わたくしは先生に慰みものとされております。
「先生……」
真剣な表情ですの。
やはり愛するわたくしに触れることは先生の性的欲求ですのね。ならば女として、わたくしは受け入れましょう。
(殿方に二度もお胸を触られてしまった……)
もう婚約するしかありませんの。
わたくしは先生に身体を許した。心だけでなく無垢な身体まで。
婆や、これでいいの? 殿方の欲求に応じるってことは。
「ふむ、やはり無いですね」
「はいぃぃ!?」
そんな……酷い。
確かに他の子と比べて成長が遅いような気もしますが、揉みしだいた挙げ句、胸がないと言われるなんてショックで寝込んでしまいそうです。
「先生、それは失礼すぎ……」
「申し訳ございません。本当に無かったもので」
もう立ち直れそうにないわ。
やはり先生もエマのような豊満な女性がタイプなのでしょうか?
「せせ、先生。その……わたくしはまだ十六歳ですから……」
「確かに。成長と共に魔力の源である魔腑は生成されますからね」
「はい? 魔腑?」
何のことでしょう?
先生はわたくしのお胸を思う存分まさぐっていたではないですか?
「ええ、姫様には魔腑がまだ生成されていないようです」
「えっ? だとしたら、お胸をお触りになったのは……?」
「はぁ? 魔力の根源たる魔腑を探していたのですが?」
ああ、やってしまいましたわ!
誠実な先生を邪な目で見てしまいました。わたくし、穴があったら飛び込みたい気分ですの!
でも、少しくらいは堪能していたのでしょう!?
「ももも、申し訳ございません。てっきり、その先生が……」
「姫様はまだ子供ですからね。ご心配なく!」
わたくしは心配よ!
先生が恥ずかしがらない身体がとても心配ですわ!
「まあそれで王家の血を引く姫様が魔力なしであるなど考えられません。勇者の血を引く家系なのです。魔力は心配せずとも自ずと発現するでしょう」
「そうでしたか……」
どうにも腑に落ちませんが、先生はわたくしに魔力の素養があると言います。それはそれで嬉しいはずなのですけれど。
「問題はスキルです。恐らく姫様は今まで特別な鍛錬をされてこなかったのでしょう。天恵と呼ばれるスキルは努力が根源にあります。女神フローリス様が努力を形にしてくれるのですから」
お胸の話は完全にスルーされ、スキルの話題となっております。
どうやら、スキルなしの原因は今までの人生で熱心に取り組んだ経験がないからだとか。
「手始めにナイフの投擲を始めましょう」
「またナイフなのですか……?」
疑問を感じずにはいられません。先生はどうしてかナイフに強いこだわりがあるみたいなのです。
「では鞭はどうでしょう? 姫様ならば素質はピカイチです」
「鞭!? それって、わたくしの立場でどうなのでしょう!?」
「必ずや使いこなせます。俺の目立てを信頼してください。どのような悪漢も姫であれば立ち所に音を上げることでしょう。なんなら、ドワン親方に製作を依頼しておきますが?」
「ああいえ、ナイフで結構ですの!」
流石に鞭を持ち歩くわけにはなりませんし。
また先生にいただいたナイフはわたくしの宝物。既に薔薇のブローチと同じくらいに大切ですの。
美しい装飾のおかげで持ち歩いても目立ちませんし、昨日は暴漢から救ってくれたのですから。
「ではナイフの投擲訓練を始めましょうか。姫様であれば、立ち所にスキルを習得されることでしょう」
先生はわたくしを何だと考えておられるの?
とはいえ、先生はお考えがあって、このような話をされているはず。
「分かりました。どうすればいいのです?」
「ドワン親方のナイフは流石に危ないので、このペティーナイフを使用しましょう」
エマが果物を剥いてくれるナイフ。先生はそれを使用すると話されています。
「構えはこう。目標物に向かって振り下ろすように投げます。こんな感じで」
「すごいです!」
先生はテーブルに置かれたリンゴにナイフを命中させていたの。
だけど、こんなに難しそうなことを習得なんてできるかしら?
わたくしが戸惑っていると、
「姫様、構えはこうです。ほら右手は……」
「せせ、先生!?!」
わたくしの背後から先生が構えを教えてくれる。
でも、少し近すぎない? 先生の吐息が首筋に……。
「姫様、何を緊張されているのです? これは練習ですよ? 肩の力を抜いて……」
「また触ったぁぁっ!?」
いや、分かっております。先生は緊張を解そうとして肩に触れたのだと。
だけど、わたくし……。
「姫様、何事も最初が大事です。間違ったフォームを覚えてはなりません」
「わわ、分かっておりますけどぉ」
わたくしに触れたことはまたもスルーです。
別の意味で緊張していることが先生には分からないの?
そう考えると、何だかムカムカしてきました。
腹が立ってきましたの。無性に苛つくと申しましょうか。
わたくしが先生を睨み付けていると、
「姫様、なかなか良い殺気です。あのリンゴを敵だと認識してください。姫様にも気に入らない人間とかいらっしゃるでしょ?」
ああ、そうですわね。
あのリンゴを敵に見立てたら上手くできるってわけですか。
わたくしは先生の問いに間髪入れず返すのでした。
「敵はアルフレッド先生ですわ!」──と。
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