04 ドS覚醒!?
わたくしは父であるベネディクト王陛下に呼び出されていました。
ここ数日、アルフレッド先生の授業を受けたわたくしに、意見を聞きたいのだとか。
「アルフレッドの教育係任命については一悶着あった。実際に授業を受け、どのような感想を持った? 特別な思想の押し付けはなかったか?」
どうやら教育係の任命に際して反対派の貴族がいたようです。
確かにアルフレッド先生のバロウズ侯爵家は革新派であるタリスカー公爵の庇護下にある。
革新派閥とは王権が相続制であることに反発する者たち。すなわち反王家派とも言える派閥なのです。従って良からぬ噂が立つのも頷ける話でした。
「アルフレッド先生は素晴らしい人格者ですわ。わたくし、今後も彼に教わりたいと考えておりますの」
ここは毅然と返しておくしかありませんね。
疑惑こそ問題ないのですが、先生は現状の国政に疑問を感じておられますし。
「評判通りの才覚であったか。心配性な家臣が多いのも困ったものだな。夜遅くまで大臣補佐の業務もしておるそうだし、バロウズ侯爵は良い跡取りを持ったようだ」
お父様も先生を評価しているみたい。外部の声に惑わされないでくれているようです。
「少しばかりスケベですけれど……」
「うぬ? 何だそれは!?」
「ああいえ、こちらのことですの!」
いけない。先生とわたくしが一線を越えたことを知られては一大事だわ。
朧気な記憶によると、もうわたくしは純潔を失っているのですし。
『姫様、俺はもう我慢できません!!』
『はい! わたくしもですの!!』
こんなだったかしら?
嫌がっていたわたくしですけど、執拗に迫る先生を受け入れたのですよね?
[※違います!]
『姫様、永遠の愛を受け止めてくださぁぁい!!』
『嗚呼、先生っっ!!』
二人して向かえた朝の記憶はなかったけど、確かこんな感じ。
夢から覚めた今も、詳細を思い出せるの。
[※早く目覚めてください!]
「兎にも角にも先生は素晴らしい方ですわ」
先生がお父様に不用意な発言をするはずもありません。従って、わたくしたちの秘め事を黙っていたら、先生は安泰ですの。
(先生はわたくしを特別扱いしてくれますし)
授業では大っぴらにできない王家の裏話まで聞かされています。反面教師として受け取り、わたくしに思考させようと先生はタブーともいえるお話をしてくれたのです。
一方でわたくしは熱心に教えてくださる先生にアヒージョ様の面影を見ていました。
久しく覚えなかった気持ち。わたくしは真っ直ぐで正義感のあるアルフレッド先生を特別な感情で見ていたのよ。
「ところで、アルフレッド先生に婚約者はいらっしゃるのでしょうか?」
この数日、とても気になっている。
先生に聞いても良かったのですけど、何だか恥ずかしくて口にできません。
「むぅ? ひょっとしてソフィア……?」
「いえ、少し気になるだけですの! わた、わたくしは別に……」
「ふはは! いや、彼は良い男だからな。気持ちは分かるわい。もう五年になるか。アルフレッドにも婚約者がいたのだが、彼女は追放処分となっておる。今は婚約者などおらんはずだ。貴族院を歴代一位の成績で卒院した高物件だというのに……」
「本当ですか!?」
婚約者が追放処分って何をしたのでしょうかね?
せっかくアルフレッド様という崇高な方の婚約者になれたというのに、既に王国から追い出されたのだとか。
「まあしかし、彼は侯爵家だからのぉ。お前の相手としては家格が足りんな」
そういえば身分差がありましたわ。
今のところ、わたくしは唯一の後継者。公爵家ならまだしも侯爵家の嫡子は明らかに格下です。わたくしたちには越えられぬ高い壁がありました。
「そうですか……」
「それで、ライオール公爵が近い内に登城する。恐らくダニエルを連れて来るはずだ。会っておきなさい」
ここでその話をする?
わたくしは先生のことが気になっているというのに、ダニエル様と面会だなんて。
「ライオール公爵家とは長い間、婚姻関係がない。相手としては相応しい」
ダメだわ。
これはゴリ押しされる予感。会うのは構いませんが、わたくしの心はもう……。
「失礼しますわ。わたくし、これから先生の授業がございますので」
長話はいけない。深みに嵌まるだけだもの。
それよりも授業が大切よ。何とか先生の気を惹いて、次なる段階に進まなければなりません。
お父様の執務室をあとにし、側付きメイドのエマと廊下を歩く。
「そういえば、アルフレッド様は少し遅れると仰っておられました」
「ええ? それ本当? お父様に呼び出されたせいじゃないの?」
「本日は予定が立て込んでおられるのだとか。このところ毎日、大聖堂前で炊き出しをされているみたいですし」
それは初耳ですわ。先生がどうして炊き出しとか。
「先生が自ら? 部下に命じているのではなくて?」
「いえ、ご自身で調理されております。住民の評判では美味しいらしいですよ」
「どうしてでしょう? 先生はお忙しいのに……」
「殿下、何事も人任せではいけません。アルフレッド様は自ら示されているのではないでしょうか? これから冬が来ます。体力のない者たちは飢えて死ぬことが多いのです。他人任せにしておると、充分に食事が行き渡らない場合もございますし、ご自身の目で確かめたいのでしょう」
そんな……。
まさか王都で餓死者が出ているなんて、聞いたことがありませんわ。
「食べるものがなくて人が死んでいるの?」
「どこの国でもあることです。知っていても行動できる人間は少ない。毎日熱心に教会で祈りを捧げられているそうです。きっと市井の者たちの平穏を願われているのでしょうね。アルフレッド様はまさに聖人。私も気になる殿方です。ぽっ……」
いや、ぽっ……はやめてくれない?
確かにエマはアルフレッド様と同じ侯爵家だし、家格は相応しいかもしれないけど。
「エマ、わたくしも炊き出しを手伝いたい」
先生はわたくしの知らないところでも弱者を救っている。
尊い先生の行動に、少しでも助力したいですわ。
「それはなりません。アルフレッド様の行為が邪推されますので。殿下に気に入られようと炊き出しをしているなんて噂が広まれば、他の上位貴族が黙っておりません」
そんな……。
また身分差なの? わたくしは純粋に手伝いたかっただけなのに。
エマに諭され、わたくしは部屋で待つことにしました。
いつもより、おめかしをして先生を待っておりますの。
「姫様、遅くなりました……」
ようやく先生の登場です。
心なし息が荒いのは、わたくしのために走って来られたからでしょうか。
「先生はお忙しいですから。問題ありませんわ」
「それで、初日に話していたナイフをお持ちしました」
そういえば先生はなぜかナイフをプレゼントしてくれるという約束をしていました。
豪華なラッピング。わたくしは手に取って、包みを開きます。
「ドワン親方の逸品です。持ち歩きやすいように、できるだけ小さなものをご用意しました」
「ええ? これを持ち歩くのでしょうか!?」
先生が用意したナイフはとても小さな刃物です。かといって、ナイフを持ち歩くなんて女性として……。
「もちろんです。いつ何時でも使用できるように。その際には躊躇いなく……」
先生は真面目な顔をしています。
この表情は明らか。先生は何かしらの意図を持っている。
ふふっ、わたくしは誤魔化されませんよ?
きっと、わたくしの命を狙う不届き者がいるのでしょう。情報を入手した先生は護身用のナイフを用意してくれたの。これはきっと愛の形なのでしょうね。
「承知しました。然るべきときには……」
幸いにも、ドレスに引っかけられるようになっています。
鞘も銀で作られており、見事な装飾がありますのでアクセサリー的にも見えることでしょう。
本日の授業は経済についてでした。貧民の年間所得がわたくしの朝食代にも満たないことを力説されております。
弱者には飢えて死ぬ価値すらないと仰っておりますが、エマに聞いておりますの。
先生は炊き出しをして、価値がないという人々を救っておられる。だから、ここも逆に考えるべきでしょう。
王族は贅沢をしすぎ。こんなことでは革命が起きてしまうとの警告なのでしょうね。
「流石ですわ。アルフレッド先生……」
「分かっていただけたなら何よりです。この世界は権力と幸福が等号で結ばれております。力を持たなければ、不幸になるだけです」
確かに由々しきことだわ。
権力イコール幸福だなんてあってはならないこと。先生は王国だけでなく、この世界をも否定したいとお考えらしい。
「少し早いですがここまでにしましょうか。大臣補佐の仕事が山積しておりまして」
「ありがとうございます。少しご一緒してもよろしいですか?」
「楽しいものではないですよ? あまりお構いもできませんし」
やったわ。授業が短くなるのだから、もう少し一緒にいたいの。
崇高な先生がどのような仕事をしているのか、わたくしは知りたく存じます。
二人して部屋をあとにする。並んで歩くと先生は背が高いと気付く。誠実で正義感があり、カッコいいだけじゃないなんて素敵すぎますわ。少しばかりスケベですけれど。
まあでも、貴族院では武術もトップだったのですから、体格が良くても当たり前か。
並んで歩く至福の時間でしたが、急に怒声が轟く。
「ソフィア、死ねぇえええ!!」
どうしてか刃物を持った暴漢が王城にいたのです。
先生は書面に目を通されていましたので、気付いたのはわたくしの方が早い。
「この状況は!?」
刹那に、わたくしは先生の言い付けを思い出しました。
『その際には躊躇いなく──』
護身用として手渡されたナイフ。相手は長剣でしたが、ここは先生の気遣いに応える場面に他ならないのです。
「でやぁああっ!!」
不思議と勇気が出たの。
わたくしは咄嗟にナイフを抜いて、暴漢に突きつけていました。
絶叫する暴漢に、わたくしは尚もナイフを突き刺しています。躊躇わずという先生の教えを守って。
◇ ◇ ◇
俺は油断していた。まさか王城に姫様の命を狙う不届き者が現れるなんて。
まあしかし、流石は極悪非道のドSヒロインだ。暴漢が気の毒になるくらいの滅多刺しじゃないか。
「姫様、大丈夫ですか!?」
即座に暴漢を拘束する。ドM用ナイフは殺傷力に欠けるが、これ以上放置すると殺してしまうのは明らか。
「ミドルヒール!」
暴漢を殺してはいけない。こいつの背景を吐かせる必要がある。姫様が拷問にかけると、暴漢が壊れてしまうし。
「先生、暴漢を助けるのですか!?」
どれだけドSなんだ。まだ刺し足りないというのか?
今さらながらにドS設定はどうなのかと考えてしまう。こんなにも可愛い容姿をしているというのに。
「この男は雇われでしょう。恐らく国家転覆を願う不届き者がいる。洗いざらい吐いてもらいましょう」
即座に兵を呼ぶ。姫様が拷問官に名乗りを挙げる前に連行しておかないと。
駆け付けた衛兵に捕縛され、暴漢は連れ去られていった。
「先生、わたくしの勇姿を見ていただけましたか!?」
目を輝かせて姫様。美しい金髪は返り血を浴びて、まるで赤いドレスとの調和を図ったかのようだ。
末恐ろしいとはこのこと。人を刺したというのに、満面の笑みを向けられるなんて。
やはりソフィア殿下はドSの素質がピカイチ。更にはナイフの扱いにも長けている。
とはいえ、ドSなのは俺にとって良いことだ。
実害を被るダニエルには悪いが、本当に助かる。初見で八つ裂きにされたとして、俺を恨むんじゃないぞ?
「ええ、もちろん。記憶の通り……いえ、ご立派です!」
ここは褒めておこう。
とりあえず、俺は姫様のドS成分を開花させることに成功したんだ。
今夜はその祝いとして、高級なワインでも楽しみながら眠るとしよう。
毒々しい鮮血にも似た真紅のワインを……。
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