03 新たな生存ルート
「肝に銘じておきますの」
やはり姫様にはドSの素質がある。
弱者が蹂躙された過去を聞いて、笑みを浮かべるなんて。
(ダニエルも存在するし、もう疑いようがない)
ここは『姫様、ご乱心!』のF世界にあるG国であり、ソフィア姫殿下こそが冷酷なドSヒロインに他ならない。
「姫様、初日ですのでこれくらいにしましょうか。これより野暮用で聖教会へ行かねばなりませんので」
前世で好きだったソフィア殿下。まあしかし、リアルでドSなんて恋人にはできないよな。そもそも俺と姫様では身分差がありすぎるし。
「ありがとうございました。非常にためになりましたわ」
狂人が次期施政者なのは不安しかないが、俺としては自分の命を優先すべき。
そもそも人の本質は容易に変化しない。姫様にドSの素養があるからこそ、俺はそれを目覚めさせるだけなのだ。よって未来に小国が蹂躙されようとも、俺の責任ではない。
「先生、つかぬ事をお伺いしますが、錬成も得意であったりしませんか?」
ここで妙な質問があった。
錬成とは錬金術のことだろう。貴族院では選択科目であり、俺は履修していない。
「いや、囓ったことがあるくらいですね。才能がないようでしたので諦めました」
幼い頃に頑張ってみたのだが、生花をブローチに変えたり、ハイポーションを作れるくらい。エリクサー(完全回復薬)などのSSS級アイテムや無から有を生み出す錬成はできなかったんだ。天才の俺が伝説級のアイテムを錬成できないのなら、俺には適性がないってことだろう。
「そうでしたか。これからもよろしくお願いいたしますわ」
何の質問だったのか分からないけど、これで初日の授業は終わりってことだな。
姫様の自室をあとにし、俺は王都にある大聖堂へと向かうことにした。
「女神様に前世の記憶を見せてもらったお礼をしておかないと」
きっと俺は女神様の使徒だ。失われてはならない世界の重要人物に違いない。それ故に女神様から前世の記憶を授かったはずなんだ。
「大聖堂とか洗礼の儀以来だな」
聖教会は国政と切り離された巨大な組織だ。世界中に支部を持ち、その本部はグリフィス王国にある。
大聖堂前の広場には下民共が物乞いをしていた。
そういえば報告書に今年は小麦が不作だったと記されていたな。
「そういや、こいつら……」
物乞いたちの姿に俺は閃いていた。
ダニエルのドMルートしか生き残れないと考えていたけれど、斬首刑が下された場合でも生き残る可能性があったんだ。
「確か民衆が教育係の死刑に反対した」
住民が教育係の斬首刑に反対したおかげで、国外追放処分と減刑されるルートがあった。
あれはランダムなのか?
それとも狙って起きるイベント?
「クック、やはり俺は天才らしい」
追放エンドを迎える理由。王国民たちが死刑に反対した原因を俺は察知していた。
「王国民にも好感度がある」
憎き教育係が生き残るプレイヤーにとって最悪のルート。
恐らく追放エンドはプレイヤー(ダニエル)の好感度が低い場合に起こり得るのだと。言い換えれば俺がダニエルよりも高い好感度を維持すれば、彼らは死刑に反対してくれるんじゃないか?
「ならば炊き出しを始めよう。不作だったのは幸いだ」
王国民が死刑に反対してくれたなら、俺は生き残ることができる。ドMルートに失敗したとき、その真価を発揮するはずだ。
「金はかかるが仕方ない。命あっての物種だからな」
炊き出しを決めた俺は大聖堂へと入って女神像の前へと進む。膝をついては目を瞑り、熱心に祈った。
「女神様、俺は死にたくありません。俺だけはお守りください」
目一杯の願望を述べて、俺は立ち上がっていた。すると立派な法衣を身に纏ったご老人の姿が背後にあったんだ。
「これはこれは、バロウズ卿ではございませんか?」
「教皇様、お声かけせず申し訳ございません」
マギナ教皇様はフローリス聖教会のトップ。全ての支部の頂点に立たれる尊きお方だ。
「私こそお祈りの邪魔をしました。流石は聡明な大臣様だと感心しておったのです」
どうやら俺の噂は聖教会にまで轟いているようだ。超天才であることは隠しきれないらしい。
(あれ……?)
俺はふと妙案を思いついていた。
フローリス聖教会は国家の圧力に屈しない。国政とは無関係な組織なのだ。
(教皇様と親しくなれば……)
現実ではセーブとロードができない。
刺されたり斬られたりする以上、ダニエルがドM化する前に死んでしまう可能性があった。
また追放処分の場合に受け入れてくれる国家。その懸念をこの出会いが払拭してくれるはず。
(追放処分で必要なのは人脈……)
またもフローリス様のお導きだろうな。
どうしても女神様は天才の俺を失いたくないらしい。
(聖教会と繋がっておけば亡命先も選び放題だ!)
俺は女神様の意図に気付いた。
教皇様を介して聖教会ナンバーツーである聖女様とも繋がっておけということですね?
(聖女様はどうしてか世界人口の約半数(ほぼ男性)に支持されるお方だ!)
聖女様と繋がっておけば亡命先でも歓待を受けること間違いなし。
(フローリス様、俺は聖女様を懐柔すれば良いのですね!?)
[※違います]
(フローリス様の指示通り、まずは下民共の好感度を稼ぎます!)
[※違いますから]
(フローリス様の意志に従い、そのあと聖教会を牛耳ってみせます!)
[※誤解ですって!]
フローリス様の叫び声が聞こえた気もするが、きっと大正解を導いたことへの賛辞だろうな。
[※違うと言ってますのに!]
とにかく、方針が決まった。
基本はドMルートを突き進み、失敗したときには追放エンドを目指す。
(女神様、光を授けてくださり、ありがとうございます!)
[※もうそれで良いです]
「大臣補佐は父の後光にすぎません。俺は俺にできることしか」
「ご立派ですぞ。フローリス様のご加護がありますよう願っております」
既に加護はあったんだ。
フローリス様は俺に前世を見せてくれた女神様。俺が何とか生き残れるようにって。
「教皇様、これから炊き出しをしようと考えておりますが、教会の前でも問題ありませんか?」
「おお、それは信徒たちが喜びます。今年は不作であったらしく、物価が極端に上がっておりますから。是非ともお使いください」
炊き出しは場所が問題だったからな。教皇様の許可を得たのなら百人力だぜ。
王都の住民には是非とも断頭台送りに反対してもらわないといけない。出費は痛いが、命には換えられないのだから。
大鍋は教会が貸してくれた。煮るだけの簡単な料理であったけれど、塩で味付けした具だくさんな鍋ならば、貧民にはご馳走だろう。
「押すんじゃない! まだまだあるから!」
思わぬ大盛況。奮発して肉を多めにしたからか、味の評判も良い。
「アルフレッド様、ありがとうございます」
「たっぷり食え。餓死とか俺が許さんからな?」
「感謝しきれません!」
「全員が冬を乗り切れ! 春にはまた小麦の収穫がある!」
住民の声が大きいほど効果を発揮するはず。
だから俺は一人の脱落者も許さない。来たるべきとき、全員が声を揃えて処刑に反対するんだぞ?
「毎日、ここで炊き出しするぞ! 全員、俺のために生きろ! 俺が許可するまで死ぬのは却下だ!」
思わず本音が出てしまったが、なぜだか住民たちは歓喜の声を上げている。
「アルフレッド様のために生きます!」
「オレもアルフレッド様のために!」
「許可がでないんじゃ、死ねませんなぁ」
やはり、愚民なのだな。
俺は本音をぶちまけてしまったというのに、彼らはそれでも構わないらしい。
「ふはは! 食って食って食いまくれ! 今年の冬は餓死者ゼロを目指すぞ!」
声を張る俺に住民たちが大歓声で応える。
下民は扱いやすくて助かるな。
お前たちはこの恩に報いて、俺の処刑に反対してくれたらそれでいいのだ。
大盛況のうちに、炊き出しは終了。
これから俺は王城に戻って、大臣補佐の仕事を片付けなければならない。かなり激務になるだろうが、俺はまだ死にたくないんだ。
ダニエルがドMに目覚め、ソフィア殿下を孕ませるまで。
俺は教育係と大臣補佐業務をこなし、更には教会での祈りと炊き出しを続けなければならなかった。
だけど、不思議と充実している。
俺はただ死にたくなかっただけなのに。




