35 悪い話?
朝の鍛錬を取り止めにした俺は十時間以上も眠っていた。
炊き出しはバリスタ級の助祭君に頑張ってもらうとして、山積みとなった仕事に取りかかるとしよう。
「アルフレッド様、王陛下がお呼びです」
仕事を始めて直ぐ、執事が俺を呼びに来た。
忙しいってのに、朝っぱらから行軍の報告を求められているのか?
「分かった。直ぐに行く」
やれやれ。報告書すら纏めていないってのに。俺に仕事を押し付けてくるところは親子による違いなどないようだな。
◇ ◇ ◇
王陛下に呼び出された俺は陛下の私室へ案内されていた。てっきり謁見の間で報告するものと考えていたけれど。
「アルフレッド、すまないな。早々に伝えねばならない話が幾つかあっての」
どうやら報告を求められているのではないらしい。逆に俺は何らかの話を聞くことになるようだ。
「私室でするようなお話ですか?」
「まあ、そうだの。大きな声で話す内容でもない」
これは厄介ごとに違いない。密談にも似たシチュエーションなのだし。まさか親子揃って暗殺の依頼じゃあるまいな?
身構える俺に王陛下が内容を口にする。
「良い話と悪い話と、どうでもいい話のどれから聞く?」
いやいや、どうでも良い話ってなに?
俺に関係することなの?
「それなら良い話からお願いします」
「うむ、賢明な判断だ」
怖くなるようなことを言わないでください。先に悪い話を聞くべきだったのか?
「お前がいない間に国議会を開いたのだ」
良い話だと聞いたけど、国議会の話題だなんて意外だ。
国議会は主に王陛下の招集によって開催される。伯爵位以上の上位貴族が集められ、重大事項の賛否を問うものであった。
「満場一致でアルフレッドの一代貴族位叙爵が決定しておる」
俺は息を呑んだ。
叙爵なんて想定していない。俺は侯爵家の跡目を継ぐまで、ただのアルフレッドでしかなかったのだから。
「本当ですか?」
「ソフィアの身を何度も守った。先日はダニエルの無罪も証明している。加えて大盗賊団の殲滅や、ティアナ殿下の救出から奴隷具の除去まで。全てを勘案して叙爵が適当という話になったのだ」
箔がつくという点では嬉しい。しかし、叙爵すると問題も発生するのだ。
「俺は給与の大半を炊き出しの費用としております。なので王家に納めるお金がありません」
「所領を持たぬ法衣貴族だからの。心配せずとも免除することで合意しておる。給与は大幅に増えるのだし、悪い話など少しもないぞ?」
それなら有り難い。上納金が免除されるのであれば俺にとってメリットしかない話である。
「爵位は伯爵位。ここは少し揉めたのだが、充分すぎる功績を加味した結果だ」
「伯爵位ですか!?」
一代貴族とはいえ、伯爵位だなんて厚遇すぎる。散々、問題ごとを起こしてくれた悪魔教に感謝すべきなのかもしれない。
「この身に余る栄誉であります」
「うむ。ならば次だ。悪い話と、どうでもいい話のどちらが良いか?」
もう悪い話なんて聞きたくない。順番的に悪い話から聞くべきだったのかも。
「じゃあ、悪い話で……」
「うむ……」
覚悟しよう。良い話が本当に良い話だったんだ。従って、間違いなく悪い話なのだろう。
「実はティアナ殿下からお前に感謝状が届いたのだ」
えっ?
覚悟していたというのに、それって良い話じゃないか?
ティアナ殿下は確かにお礼の品を贈ると話していたんだ。
「どうして悪い話なのです?」
「それがなぁ、内容に問題がある」
マジで?
ティアナ殿下は良識があるとお見受けしたのだけど。姫様のように腐乱死体を送りつけたのではないだろうな?
「どういった内容なのですか?」
「心して聞くが良い。お前と婚約したいと仰っておるのだよ」
言葉を失うとはこのことか。驚愕を通り越して何の感情も湧き立たねえよ。
俺が帝国の皇女殿下と婚約だって?
「いや、俺は今でこそ叙爵されそうですけど、侯爵家の跡取りでしかなかったのですよ?」
「そこは帝国も理解している。ティアナ殿下は盗賊に攫われたのだ。その時点で対等な婚姻など結べぬ」
「だからといって隣国の大臣補佐を選びますか!?」
「お前が良いらしい。割と頑固な性格のようで、皇帝陛下は意を汲むことにしたようだ」
亡命の有力候補であったものの、皇族になるとか考えもしていない。だけど、先々の運命を加味すると、婚姻は悪い話じゃないように感じる。
「悪い話ではなかったのですか?」
「ここからだ。覚悟せよ……」
マジですかぁ?
全然、悪くない話が急展開を見せるってこと?
王陛下は長い息を吐いたあと、ゆっくりと悪い話の核心を口にする。
「ソフィアが猛反対したのじゃ……」
あっ、察し……。
それなら俺にも理解できるぞ。姫様が猛反対したのなら、事態は悪化するしかないって。
「珍しく激怒しての。宥めようとしたのだが、帝国の使者をけんもほろろに追い返してしまったのだ」
あっ、詰んだ。
俺の人生において最高のエンディングを迎える選択であったというのに、姫様は俺の意見を聞くことなく拒否してしまったらしい。
少なからず帝国は嫌悪感を覚えているだろうし、何なら俺自身の好感度もガン下がりしたに違いない。
「最悪だ……」
「であろう? だから悪い話と言ったのだ」
どうしようか。
俺は帝国を亡命先にと考えていたのに、姫様が台無しにしてしまった。
元よりティアナ殿下の暗殺を望まれていたのだし、姫様が申し出を知ったのなら反対して当然。使者が斬り殺されなかっただけマシと考えるべきかもしれない。
「では、どうでもいい話とは?」
もう全然、思考が追いついていない。まあしかし、頭の中を整理する一環として、どうでもいい話でも聞いてみよう。
「聞き流す程度でよい……」
本当にどうでもいい話みたいだ。聞き流すくらい無意味なのなら聞く必要はないのかも。
「実はライオール公爵が困っておられるのだ」
「はい? ライオール公爵様ですか?」
公爵様はまだ王都にいたのかよ。とっくの昔に所領へ戻られたとばかり考えていたけど。
「所領で問題でも?」
「いや、違う。ダニエルのことだ……」
益々、俺には無関係っぽい方向へと向かう。
その話って俺にする必要ある?
「ダニエルがソフィアを好きではないようなのだ」
関係あったわ。大ありだよ。それは俺も困っていたことだし。
「お前を師匠と慕っていると聞いた。何か知っておらぬか?」
「婚姻に感情を優先するのですか?」
「実をいうとな、ソフィアもダニエルを毛嫌いしておるのだ。それで儂は公爵に色々と頼まれて面倒になっておる」
聞けば王陛下も姫様とダニエルの婚姻に前向きではなくなったらしい。二人共が仲違いしている現状で、推し進める気にはなれないのだとか。
だとすれば、これは由々しき問題だ。
帝国への円滑な亡命が絶たれた今、俺はドMルートを突き進むしかないというのに。
「アルフレッド、ダニエルに何か聞いておらぬか?」
「えっ!?」
いや、知っているけど、まさかダニエルが登山家になったなんて言えるはずがない。
飽くなきお山への探究心でもってリアーナ連峰へと挑んでいるなんて。
「どどど、どうでしょうか? ひょっとすると大きい山を狙っているのかも……」
俺にはここまでしか言えない。聖女リアーナに恋慕しているなんて口が裂けても無理だ。
「むぅ、大きな山か。確かに(王配では)小高い山なのかもしれぬな」
「その通りです! (姫様では)丘とも呼べませんし!」
「ダニエルはそこまで(国政に)興味を持っていたのか? 野心家であったのだな」
「陛下、男として当然だと進言させていただきます!」
ダニエル、一応は山男であると伝えておいたぜ?
きっと王陛下も理解を示してくれるだろうよ。
(俺としては丘を攻めて欲しいのだけどな)
ハイキング気分で姫様にも登頂してもらわないと俺は断頭台に上るしかなくなる。
複雑な心境ではあったけれど、それが主人公とヒロインの正しき関係なんだ。
「難しい話になってきたのぉ」
「まったくです。こればかりはどうしようもありません」
現状、リアーナもダニエルを鬱陶しく感じているのが救い。こっぴどくフラれたのであれば、ダニエルも丘で満足してくれるような気もする。
「俺は忙しいのでこれで失礼します」
「ああ、すまなかった。叙爵式については追って知らせる」
いやマジで良い話と悪い話と、どうでもいい話だったな。なかなかジョークが効いていて面白くもあった。
とりま、仕事を片付けよう。
昼からは姫様の授業が再開となるのだし。
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そちらもお読みいただければ幸いです!




