32 世界の真理は……
「さあ、ひと思いにやれ!」
大声を張ったあとに気付く。そういや、吸い過ぎるなと注意もしておかないと。
「インマー、分かってるだろうな? 吸い過ぎたら殺す」
「分かっておるのじゃぁ。少しずつじゃろ? 気が触れんようにする」
「分かればいい。始めろ」
こんなにも胸がドキドキとするのはいつ以来だろう。
予約していた『姫様、ご乱心!』を購入し、家路を急いでいたときかもしれない。
◇ ◇ ◇
「アルフレッド、わたくしお風呂に入りますわ」
どうしてか眼前に姫様の姿がある。
俺は夢を見ているのか?
現実だとしか思えないけれど、確かに俺はインマーに精気を吸われようとしていたんだ。
(これが淫夢……?)
少しばかり大人びた感じの姫様。
姫様が登場人物に選ばれるのは意外だったけど、ゲームを買った折の感情を思い出したからかもしれない。
「姫様……?」
「何をしているの? 盛りのついた犬のように腰を振りたくないの?」
ああ、この口調はゲーム内の姫様じゃないか。
相手は教育係になっているけれど、このシーンはダニエルが姫様の好感度を上げきった場合のご褒美スチルに他ならない。
ってことは今から俺は姫様と初めての夜を迎える?
「アルフレッド、わたくしは気が短いのです。お風呂に入ると言ったら入りますの。ドレスを脱がせてくださいな?」
問題はこの姫様が『紅雪が舞い散る夜に』を経験しているのかどうかだ。
もしも、あのシナリオを経由していたのなら、彼女の性格は[過激]から[暴虐]に変化している。
(暴虐ならエンディング間近でも、バッドエンドの可能性がある)
どうすべきか。
暴虐だと一つ間違えただけで大惨事だ。せっかくの淫夢なのだから、姫様が隠しあそばされる秘部のご開帳を願いたいところ。
「姫、お風呂に入りましょう」
「うふふ、分かれば良いのです」
正解だったらしい。
機嫌を損ねないようにして、俺は最高のエンディングを迎えるだけだ。
「アルフレッド、ドレスを脱ぎます。背中のリボンを外してくださいな?」
ゴクリと唾を呑み込む。
何度も見たシーンなのだけど、これはゲームじゃない。リアルとも違ったが、限りなく現実感のある夢でもあった。
「外します……」
「手が震えてません? 可愛いところもあるのですね?」
いやいや、それは俺の台詞だから。
貴方自身も震えているじゃないですか?
「少し緊張しています……」
「あらあら。じゃあ、おまじないをしてあげましょうか?」
「おまじないですか?」
振り向く姫様。ニコリと笑う様子からは、とてもじゃないが狂気の姫君という雰囲気を感じない。
長いまつげ。澄んだ大きな瞳が俺を捉えている。
か細いランプの明かりに照らし出される姫様は美しいブロンドの髪を掻き上げていた。
「アルフレッドは背が高いのね? 今まで気付かなかった」
見上げるようにして姫様が言った。
俺はどうすればいい?
何を求められているんだ?
戸惑っていると、長い溜め息が漏れている。
「アルフレッド、わたくし届きませんの。不敬ですわよ?」
「いや、どこに届かないのです? 俺にはまったく……」
「呆れましたわね? おまじないは口うつしで伝えるもの。わたくしの想いを有り難く受け取りなさい」
えええっ!?
口うつしってキス!?
前世から二代続けてファーストを守り続ける俺が姫様と口づけを交わすっての!?
「ほら、前屈みになってくださいな? それとも、おまじないは嫌ですか?」
「ととと、とんでもございません! 光栄です! 絶頂です! 俺は果報者ですぅ!」
「分かればよろしいの。わたくし、実をいうと初めてなのです」
ああ、この姫様は『紅雪が舞い散る夜に』を経験していないのか。
キスすら初めてってことはタリスカー公爵に拉致された経験もない。
つまり無垢。少し短気で口が悪く、ドSで赤ワインが大好き。だけど、穢れのない美しい姫君に他ならなかった。
「姫様……」
「ソフィアと呼びなさい。よろしいですね?」
奇しくもインマーの淫夢は最高のエンディングを舞台に選んでいた。
何度刺されようとも嫌いになれない。幾度となく向かえたバッドエンドにも心が折れなかった。全ては『姫様、ご乱心!』に、この姫様がいたからだ。
「ソフィア……」
「アルフレッド……」
静かに目を瞑るソフィア。俺は初めてのキスを交わす……。
はずだったのだけど。
『終了ォォッ! これ以上は気が触れるのじゃぁぁっ!!』
憎たらしい声が脳裏に響いた瞬間、俺の意識は記憶にある小部屋へと戻っていた。
えっと、なんだ。
終了って淫夢のこと?
いや、淫夢にもなっていない。これはただの夢だ。何しろ内容にはキスすら含まれていなかったのだから。
「アル、大丈夫ですか!?」
目を開いた俺にリアーナが駆け寄ってくる。
体調に問題は少しもなかったけれど、何だか心が痛い。
(あと少しだったのに……)
姫様とのファーストキス。淫夢ではあったけれど、俺はそれを待ち望んでいたんだ。まあでも、気が触れるのなら仕方ないのかもな。
「問題ない。それでインマー、夢はお前が意図的に見せたものか?」
確認しておこうか。
インマーが見せたものなのか、或いは俺の意思を反映させたものであるのかを。
「淫夢か? 夢は心の奥底を映す鏡じゃ。汝を登場させた他は何も関与しておらぬよ」
「心の奥底を映す鏡?」
やはり俺は姫様を意識していたのか?
できればリアーナのような巨乳を拝みたいと考えていたけど、本心は前世と何も変わらないってことかもしれない。
「アルフレッドが最もヤリたい女が出てきたじゃろ!?」
その言い方はないっての。風情も何もありゃしない。
まだ愛を知らない俺は自信がなかったけど、インマーの話を否定できなかったんだ。
「アル、恥ずかしいですわ」
「お前は自信過剰すぎだ!!」
少しも疑わないのな。だけど、残念ながら君じゃなかった。
俺も表層的にはリアーナが良かったというのに、実際に登場したのは姫様だったんだ。
「夢の続きは見られる?」
「アル、二連戦とか無理よ!」
「一戦すらしてねえ!!」
心が痛む原因を取り除きたかったんだ。続きを見ることで俺は自分を慰めることができると思った。
なぜなら彼女は手が届かない人。埋めようのない身分差は妄想にも似た夢で済ませるしかなかった。
「それは分からん。最も印象的な場面であれば、続きが始まるやもしれんし、同じシーンから始まる場合もある」
「そゆことね。今から頼めるか?」
「無理じゃ。これ以上吸うと汝は気が触れるぞ? 快楽の海に沈み、我を忘れるじゃろう」
快楽まで進んでいないのだけど、確かに興奮していたと思う。
(激推しだったからな……)
廃プレイした理由は一つだ。
ルートこそ多岐に亘っていたけれど、最終的な攻略対象は決まっていたから。ソフィア殿下が好きじゃなければ廃プレイなどできないのだ。
「とりあえず理解したよ。尻尾は悪かったな?」
ここでインマーとはお別れだ。ただでさえ悪魔教の謀略が起きている現状で淫魔を連れ帰るわけにはならんからな。
「待つのじゃ。妾も連れて行け」
「あん? サキュバスを連れて帰るなんてできるかよ」
「妾は役に立つ。淫夢を見せるだけじゃない。魅了にて他者を操ることができる!」
魅了で操る?
物騒な能力を持っているなら、余計に連れて行けないっての。
「誰でも操れるのか?」
「条件はあるの。まず妾が精気を吸った経験が必要じゃ」
一応は繋がりが必須ってか。まずってことは二つ条件があるのだろうな。
「次にエロくなければ無理じゃ」
「はぁ? どういうことだ?」
「人にはエロ度というステータスがある。妾の魅了が成功するのはエロ度90が最低値じゃ」
インマー曰く、エロ度というステータスがあるようだ。ゲームにはなかったが、最大値は100なのだという。
「ってことはエロエロな人間しか無理だと?」
「そういうことじゃ。ちなみに、ダニエルのエロ度は95。エリートエロじゃな」
「僕はエリートなのですか!?」
喜ぶんじゃない。
俺ならエロ度を晒されてエリートエロだと判明したら、腹を裂いて自害するっての。
「アルフレッドは100オーバーじゃ!」
「ウソだよな!?」
最大値が100だと言っただろ?
オーバーってなんだよ!?
「アルフレッドはエロの超越者じゃ……」
「嬉しくねえよ!!」
最低だ。俺は確かにエリートでありハンサム。何事もトップでなければならない。しかし、エロ度において世界一どころか次元を超えてしまうなんて。
(クソ、前世から続く童貞の病か……)
妄想だけで生きてきた。
最大値を超えてしまったのは恐らく二代続けて燻り続けたからだろう。
つまり、俺の脳裏でエロは成長を続けていたらしい。まさか怪物にまでなってしまうとは、童貞の怨嗟は恐ろしいものだ。
「妾と最高の相性なのじゃ。光栄に思え」
「そんな破廉恥な格好の淫魔など王都に入れられん!」
「心配無用じゃ。妾は姿を消すことができるでの!」
どうあっても付いてくる気かよ。
(まあでも、ダニエルを操れるのなら……)
ダニエルはリアーナに心酔している。それは俺にとって不都合な相関図。だが、インマーの魅了で対処できる可能性があった。
(インマーが操り、姫様に襲いかかったなら……)
言い逃れできない行為をさせたらいい。貴族とは感情で結婚するものとは違う。いつだってお家事情や身分がついて回ってくるものだ。
(俺の感情は二の次。叶うはずのない未来なのだから)
エロゲー『姫様、ご乱心!』のソフィア殿下をどれだけ好きだろうと、この現実とは異なる。俺と姫様が番になる未来など存在しないのだ。
「分かった。インマー、ついてこい」
俺は決断していた。淫魔という手駒を最大限に利用してやろうと。
「お前を歓迎しようじゃないか」
ヤンチャンWEB等、各種電子書籍サイトにてコミカライズが連載中です。
そちらもお読みいただければ幸いです!




