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30 元共和国への侵攻

 聖教会から行軍の通知が届いていた。ダニエルがリアーナに惚れ込むという事態であり、悪魔教に構っている時間はなかったのだけど。


「先生、無事にお戻りください」


「問題ありませんよ。それよりサキュバスの尻尾とか何に使うのです?」


 俺は妙な宿題を姫様から与えられていた。

 その宿題とは共和国にサキュバスがいて、その尻尾を奪ってこいという話だった。


「そそ、それは秘密ですわ! しかし、先生にも利益のある話ですから!」


 俺にも利益があるってか。

 高く売れるってことかも。分け前をいただけるってことかな。


「では行ってきます。毎朝の鍛錬は欠かさぬように」


 手を振る俺を寂しげな目が捉えている。

 気のせいかもしれないけれど、それを肯定するような言葉がかけられていた。


「お気を付けて。わたくしは毎日無事を祈っております」



 ◇ ◇ ◇



 僧兵たちと合流した俺は南へと向かって行軍を始めていた。

 その規模は僧兵三千人。一国の制圧にしては少ないものであったが、敵は解放軍という名の無法者であり、これでも過剰戦力という判断らしい。


「お前も参加するのな?」


「アル、私はエリアハイヒールまで使いこなします。元々、編成に入っておったのですわ」


 エリアハイヒールってマジかよ?

 確か、聖なる力は精力だった。枯れた泉のマギナ教皇様よりもリアーナの精力はずっと凄いってことになる。恐らく、この行軍は精力絶大軍団であり、俺が参戦せずとも圧倒してしまうことだろう。


(フローリス様もお好きなんだな?)

[※違いますよ!]


「師匠、待ってください!」


 王都を発ってすぐ、聞き慣れた声がした。それは毎朝、一緒に鍛錬する弟子に他ならない。


「ド変態じゃないですか!?」


 そういやダニエルはとんでもない要求をして、リアーナにド変態呼ばわりされていた。

 追いかけて来たってことはリアーナ関連なのだろう。


「ダニエル、遊びに行くのではないぞ?」


「分かってます! 父上にお願いしました。僕も功を立てる。男なら引き下がれない場面でしょ!?」


 まだクソ弱いというのに、ダニエルは本気だった。

 さりとて、無茶をさせるつもりはない。行軍には俺が参加しているんだ。一人の死者も出すつもりはなかった。


「ならリアーナの側にいろ。万が一の場合は彼女の盾になれ」


「アル!?」


 リアーナもダニエルの気持ちを知っているのだろう?

 ド変態だとして、その想いは真っ直ぐなのだから。


「当たり前ですよ。僕はリアーナ様を守るために来た。その目的のためなら、命ですら惜しくない」


 流石は主人公ダニエル。なかなかカッコ良いじゃないか。


「ド変……、ダニエル様……?」


「リアーナ様、僕の想いは告げたままです。貴方様のために死ぬ覚悟を決めました」


「私のために……?」


「ただで死ぬつもりはありませんよ……。まあ見ていてください」


 ヤバい。まるで覚醒した主人公のようだ。本格的にダニエルはリアーナルートへ入ってしまうのだろうか?


 俺は咎めるべき立場であるけれど、彼の本気に口を挟めない。


「死に場所はリアーナ連峰の山頂ですから!」


「やはりド変態ですぅぅ!!」


 残念ながらダニエルのバカさ加減によりリアーナルートは断たれた。俺としては好都合だけど。


 とりま、俺たちの行軍が始まっていた。

 目的地は共和国の首都ラズベル。さっさと解放軍を殲滅して王国に戻ろうじゃないか。



 ◇ ◇ ◇



「ボルケーノバーストォォッ!」


 王都を発ってから二週間。俺たちは交戦に入っていた。かといって、俺の広域火属性魔法によって敵兵は壊滅状態となっている。


「アルフレッド隊長、前線の敵兵はほぼ殲滅しております!」


「思ったより練度がないな。寄せ集めの傭兵団かもしれん」


「アル、魔力回復薬をどうぞ」


 僧兵の犠牲はゼロ。予想外に敵兵は素人であって突進してくるだけであった。


「私の出番はありそうにないですねぇ」


「師匠、流石です!」


「被害はない方が良い。斥候は議会の様子を見てこい」


「承知しました!」


 カインズ共和国議会を占拠した解放軍だが、恐らくもう逃げたあとだろう。傭兵を盾にして、どこかへ逃走したと思われる。


「共和国中に解放した旨を魔道通話にて拡散してくれ。それで俺の仕事は終わりだ」


「分かりました。僧兵長に準備させますわ」


 俺は姫様からの宿題を片付けるか。サキュバスの尻尾とか何に使うのか分からないけど。


 しばらくすると斥候が戻ってきた。


「共和国議会はもぬけの殻でした。悪魔教と思しき資料を押収しております!」


「んん? 共和国議会にサキュバスはいなかったか?」


 姫様の情報によると、解放軍はサキュバスを飼い慣らしているという話だったのに。


「夢魔? 人も魔物も姿はありませんでしたけれど……」


 撤退時に連れていったのかもしれない。そこまで有能な魔物ではないはずだけどな。


「アル、夢魔をどうするのですか?」


「いや、姫様からサキュバスの尻尾を取ってこいと命じられていてな。用途は俺も聞いていないのだが」


「まさか姫殿下はまたドSなことに!? 僕、ゾクゾクします!」


 どうもダニエルは意図せずドMの扉を開いたらしい。

 やはり素質があるのだろうな。こうなると問題はリアーナがご主人様であるとの思い込みを改善することだけだ。


「アル、支部の様子を見に行きたいのですが……」


「ああ、そうだったな。護衛するよ」


 姫様は怒り狂うかもしれないが、議会内に存在しないのだから連れ去られたのか、或いは最初から噂でしかなかったのだと思う。


「酷い有りさまだな……」


 フローリス聖教会のカインズ支部は廃墟と化していた。

 その惨状を見る限り、解放軍は悪魔教徒に違いない。女神信仰の象徴を破壊し尽くしていたのだから。


「生存者がいるとは思えませんね……」


 リアーナの意見に同意だ。

 魔道通話が途絶えた現状から聖教会も予想していただろうが、ここまでとは考えていなかったのかもしれない。


「一応、調査してみようか」


 徒労にも思えるが、支部の調査は行軍の目的だ。絶望的だからと止めるわけにはならなかった。


「女神像も破壊されてしまったのか」


 我が主神フローリス様、申し訳ございません。使徒たる俺ですが、間に合いませんでした。


 破壊された女神像に祈りを捧げていると、僧兵が俺を呼ぶ。


「アルフレッド隊長、夢魔を発見しました!」


 もう諦めていたのだが、何とサキュバスを発見したという。

 元々は悪魔に分類されていたというのに、聖教会に入り込んでいたらしい。


「案内しろ! あまり近付くなよ!?」


 夢魔サキュバスは男性の精気を吸うという。姫様曰く、ハンサムで未経験の精気が大好物なんだとか。


(俺って、めちゃ該当者じゃん……)


 よくよく考えると、俺が一番危ない。

 フローリス世界で一番のハンサムであり、超絶天才でもある。何よりサキュバスが好む童貞なのだから。


(真っ先に俺の精気を吸いに来たら童貞ってバレるんじゃ?)


 それは由々しき問題だ。

 サキュバスとかいうゴミ色魔によって俺の秘密が暴露されてしまうなんて。



『あらあら、アルってば童貞でしたの? 超絶エリートもお子ちゃまなのでちゅねぇ』


 千本斬りのリアーナに馬鹿にされてしまう!

 プライドが瓦解することもそうだが、枢機卿候補者である俺はこの秘密を知られてはいけない。


『童貞に枢機卿は務まりません! 異性の秘部すら見たことがない者には!』



 バリスタ級の助祭君にまで扱き下ろされるじゃん。

 その俺は失意に暮れ、追放ルートでも自由な亡命ができなくなってしまう。


(サキュバスの習性を知られてはならない!!)


 意外と俺は繊細なんだ。

 周囲に童貞であると揶揄される未来は絶対に回避する必要があった。しかしながら、僧兵の報告を受けたリアーナは即座に知識を披露している。


「夢魔といえば童貞様の精気を好まれ……」


「いかぁぁぁん!!」


 皆まで言うな。てか、リアーナは知っていたのか。サキュバスの嗜好とやらを。


「アル、どうしました?」


「ああいや、サキュバスはダニエルをエサ……いや、彼が対処するべきだ」


「ああ、確かに! ド変態ですし!」


 咄嗟の機転が利いている。

 流石は超天才の俺。弟子なのだし、俺の代わりにダニエルが人柱になるべきだ。

[※最低な師匠です!]


「僕がサキュバスの相手をですか!?」


「お前は功を成すために来たんだろ? サキュバスの捕獲は姫様の命令なんだ」


 クック。俺は天才すぎて、やがて世界を掌握しかねないぜ。ダニエルの同行理由をそのまま利用してしまうなんて。


「確かに功績をあげたいのですけど……」


「お前の精気を吸っているところを背後から仕留める算段だ。干からびる前に討伐するから安心しろ」


「しかし、ド変……ダニエル様の気が触れる可能性も考えなければ……」


 ここでリアーナが俺の知らない話を始める。気が触れるとか俺は聞いてないぞ?


「どういうことだ?」


「サキュバスは精気を吸い尽くして対象をミイラにします。特に気に入った精気にはとんでもない淫夢を見せるそうで、吸い尽くされる前に討伐したとして気が触れると聖典に載っておりました」


 流石は悪魔に分類されていただけはある。聖教会の聖典に載っているなんて。


「マジか。まあでも気に入るとは限らんだろ?」


「そうだと良いのですが……」


 ダニエルをエサにしないことには俺が狙われる。

 ダニエルよりもハンサムで二代も続けて童貞の俺はサキュバスの好みに超絶合致してしまうのだ。


(まさか姫様は俺の気が触れることを望んで?)


 ドSな姫様ならあり得る。でも、俺が童貞なのは知らないと思うんだけどな。


「とにかくサキュバスの尻尾を持ち帰る。未達成となったなら、鋼の鞭で打たれることを覚悟しなければ……」


「鋼鉄の鞭でぶたれるのです!? 僕はどうしたら!? 姫殿下のことはどうでも良いのですけど、少しばかり興味が!」


 立派になりやがって。完全にドMが覚醒しているじゃないか。カップリングさえ正規の通りであれば、俺も助かるのだけど。


「ダニエル、ご褒美じゃないぞ? これは姫様の命令なんだ」


「承知しました。絶対に助けてくださいよ?」


 淫魔如きに俺が後塵を拝するとかあり得ぬ。速攻で始末してやるよ。


「ダニエル任せておけ。さあ、夢魔も聞き惚れる夢想曲《トロイメライ》を奏でようか」


 俺たちは僧兵の案内で、サキュバスを見つけたという部屋までやって来た。


「超天才の旋律によって悪夢は消し去るのみ──」

ヤンチャンWEB等、各種電子書籍サイトにてコミカライズが連載中です。

そちらもお読みいただければ幸いです!

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