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29 姫様、巨乳の正義に気付く

 わたくしは上機嫌です。

 なぜかというと、ダニエル様が近付いて来なくなっただけでなく、アルフレッド先生がわたくしのお胸を気に入ってくれたようなのです。


「服の隙間から覗いていたし……」


 先生ったら、やはりエッチなのね。咄嗟にナイフで突き刺してしまいましたけれど。


「だって恥ずかしかったのよ……」

[※覚醒してません!?]


 わたくしもそろそろ夜の作法について本格的に学ぶべきかも。

 このまま成長してしまうと先生が一線を越えてくるかもしれませんし。



『姫様、俺はもう我慢できません! 貴方様の巨乳に魅せられました!』


『先生、わたくしたちはまだ婚約も……』


『俺の溢れる想いを受け止めてください!』


『いけませんわ! あ゛あ゛あ゛あ゛っ!!』



 なんて甘美なのかしら。

 少し大人な小説にある恋物語じゃないですか。


 わたくし、遂に大人の階段を上ってしまうのですね。


「やはり巨乳って正義だわ……」


「殿下、バカなこと言ってないで早く起きてください。鍛錬の時間ですよ?」


「バカなことってなに? わたくし、胸が大きくなったのです!」


 もうエマと変わらない大きさに違いない。でも、見比べると少し負けてるかな……?


「下着のサイズは同じでしょう? 殿下の胸は変わっておりません!」


 言ってエマは毛布を捲り、わたくしは寒々とした空気に晒されてしまう。


「ほら、何も変化はありませんよ?」


「いやでも、先生が成長したって!」


「お世辞か皮肉でしょう? さっさと朝ご飯を食べてくださいな」


「ぶぅ……、先生がそんなこと……」


 触ってみても確かに。先生は本当にお世辞を口にしたのかしら?


「あーあ、どうして巨乳に生まれなかったの?」


「巨乳と言えば、稀代の錬金術師が亡命されたそうです」


 ここで話題が転換。だけど、稀代の錬金術師と巨乳の関係性が分かりません。


「錬金術師様が巨乳なの?」


「それはもう凄いと噂です。何でも胸が大きくなる秘薬のレシピを完成させたのだとか」


「えええっ!?」


 何てタイミングなのかしら。

 その秘薬さえ手に入れば、先生にお世辞や皮肉を言われなくて済むじゃない。


「エマ、錬金術師様とお会いしましょう! 特急の案件ですわ!」


 朝の鍛錬が終わると同時に動き始めないと。

 先生は大きなお胸が好き。従って、わたくしも大きくならなければいけませんの。



 ◇ ◇ ◇



 本日の鍛錬もつつがなく終了し、わたくしとエマは貴族街へと来ていました。

 本来なら亡命者が住まう場所ではないのですけど、有能な方にはそれなりの待遇があったりします。


「大臣様曰く、デカメロン様は共和国の叡智と呼ばれておるみたいですね」


 まあなんて素晴らしいお名前。如何にも成長しそうな感じですわ。


「共和国の叡智ですか。益々期待できそうですの」


 馬車に乗って到着した先は貴族街の中心でした。

 立派なお屋敷。王国はかなりの好待遇で錬金術師様を迎えたようです。


 呼び鈴を鳴らすと使用人が現れ、わたくしたちをデカメロン様の元へと案内してくれます。


「姫殿下、お初にお目にかかります。わたしはデカメロン・ボン・キュボンと申します。しがない錬金術師ですわ」


 聞いていましたが、確かに大きいです。

 ローブがはち切れてしまいそうなお胸。聖女様と双璧かもしれません。


「キュボン様、ソフィアと申しますの。わたくしは貴方様の偉業を耳にして訪問致しました」


「どうかデカメロンとお呼びください。わたしの偉業とはどれのことでしょう? たくさんありすぎまして」


「実はその……お胸……」


「はい? 何ですって?」


「お胸が少し……ちいさい……」


「少し小さい? 何がです? どう小さいのです? 具体的にお願いします」


「ああもう! 貧乳なのですわ! 見て分かりません!?」


 思わずナイフを抜きそうになってしまったわ。

 このナイフは護身用であって、怒りに任せて振り回すものではないというのに。


「ああ、なるほど。姫殿下は貧相極まりない平面状の板胸を気にされているのですね?」


「そこまで卑下しておりませんけれど!」


 どうも反りが合わない感じだわ。やはり、わたくしはお胸の大きな人が苦手なのかも。


「ということは秘薬をお求めということですか」


「その通りですわ! 貧相で平面状の板胸を何とかしたいのです!」


「確かに地平を模したかのような坦々たる極小乳では気になりますよね?」


「一々、癪に障りますわね!?」


「殿下、落ち着いて……」


 エマに宥められて事なきを得る。

 危ない。先生で慣れすぎてしまったわ。普通の人はナイフで斬り裂かれたら死んでしまうのよ。


「わたしはJカップ。ジャンボなオッパイのJです」


「その認識は違うと思いますけどぉ!」


 話が前に進まないわ。どうしても、逆鱗に触れようとするんだもの。


「見たところ姫殿下はHカップくらいでしょうか?」


 えっ?

 わたくしはAカップですけど、やはり大きく成長していたのかしら?

 毎日見ているエマには成長が分からないとか?


「平面オッパイのHです」


「Aカップですわ!!」


 用事が済めば王国から追い出そう。

 もう絶対に追放処分ですの。


「実のところデカメロン様は共和国から追放されたのでは?」


「失礼な。共和国議会が解放軍に乗っ取られましたから。国境が封鎖される前に移住しただけ。能力に見合った待遇でお分かりでしょう?」


 悔しいけど、そうなのよね。

 稀代の錬金術師と評判なのだから、王国としては歓待すべき方よ。性格はひん曲がっているけれど。


「それで秘薬なのですが、手元にありません。急いで国を出たもので、多くを工房に残したままなのです」


「本当に効果があるのでしたら、素材を用意しますの。優秀な錬金術師様ならパッと錬成できるはずでしょ?」


「姫殿下は口が悪いですね?」


「貴方に言われたくありませんの!」


 わたくしはもう限界だわ。この人と会話が成立する気がしません。


「効果は個人差がございます。何しろ胸の肥大化は副作用でしかないのです」


「副作用? では主な用途は何でしょうか?」


 わたくしに代わってエマが聞いてくれる。

 どうか、そのまま話を付けてくださいな。


「秘薬の正式名称は『最近、アレがこないの。責任とってくれる?』です。その名の通り妊娠薬ですね。わたしとしては最高のネーミングだったのですが、誰もが秘薬と呼んでおります」


 そりゃそうでしょ。

 妙な名称を口にするのは恥ずかしいですし。


「妊娠しやすくなる副作用で胸が大きくなります。十人中八人くらいの割合でしょうかね」


 八割も胸が大きくなる?

 それは凄いですの。是非とも服用したいですわ。


「ならば材料を教えてくださいまし」


「いえ、まだ注意事項があるのです。恐ろしい副作用がもう一つ」


 デカメロン様が溜め息混じりに話し出す。恐ろしい副作用について。


「服用後、男性を見るや必ず女豹のポーズで誘ってしまうのです」


 身構えていましたが、男性を誘ってしまうくらい大丈夫じゃない?


「それが恐ろしいのですか?」


「誰かれ構わず誘ってしまうのですよ。父親であったり、ヨボヨボのお爺さんでも。加えて妊娠率は100%。意図しない相手の子を身籠もってしまうわけです」


 なんと恐ろしい!

 迂闊に服用すると、望んでもいない相手を誘って、その方の子を身籠もってしまうなんて。


「危険ですわね?」


「特に姫殿下のようなお立場だとお勧めできません」


 困りましたわ。

 お胸が大きくなるのは良いのですが、わたくしはお爺さんの子供とか身籠もりたくありませんの。


「ずっと効果が続くわけです?」


「いえ、女豹のポーズは服用後一日。その間、男性に出会わなければ問題ありません。妊娠に関しても効果は一日となっております」


 一日ですか。

 流石に一日中眠ってもいられません。朝の稽古はお休みしたとして、午後は先生の授業がある。


(あれ……?)


 ひょっとして無意識に先生を誘惑できるんじゃない?

 それでもって、あんなことやこんなことをして先生の子供を孕んじゃったりして。


「それ危ないですわ! 超危険ですの! 妊娠してしまいます!」


「えっと、姫殿下……?」


「デカメロン様、気にしないでください。殿下の平常運転です」


 いや、先生の子を身籠もったなら、お父様も婚約を受け入れてくれそう。身分差を有耶無耶にして先生と結婚できちゃうかも!


「デカメロン様、是非とも錬成してくださいまし。わたくし、幾らでも支払う用意がございますの」


「王国には屋敷を用意してもらいましたし、素材を集めていただければそれで結構です」


 良い人じゃないの。疑ってごめんなさい。

 まあそれで秘薬は妊娠薬でした。わたくしが望んでいる効果は副作用の一つでしかないとのこと。


「しかし、危険な副作用もございますのに、秘薬は需要があるのですか?」


「身分の低い女でも高貴な男性の子を身籠もれば、雑な扱いは避けられます」


 なるほど、確信犯というわけですか。不妊治療だけでなく、他にも需要があるみたいです。


「女が成り上がる鉄板の計略に使用されます。ああ、失敬。板は禁句でしたな?」


「だから、そこまで卑下しておりませんの!」


 油断するとこれです。別に鉄板と同じだなんて考えもしておりませんわ。


「鉄のように固く簡単に割れない。つまり確実に成り上がれる計略です」


「訂正は求めておりません!」


 最悪ですの。板にトラウマなんてありませんのに。


「それで何の素材を用意したらいいのですかー(棒)」


 わたくし疲れました。さっさと必要な素材を話してくださらない?


「必須の素材。入手難易度が極めて高い[サキュバスの尻尾]をお願いします。それ以外の素材は用意しますので」


「サキュバスの尻尾? 夢魔ですよね?」


 サキュバスは下位の悪魔だったと言われております。

 悪魔が滅びた現在では夢魔、或いは淫魔という区分です。


「男性の精気を吸う夢魔。尻尾には性エネルギーが凝縮されています。性機能の活性化が見込める成分です」


 聞けば性機能の活性化こそが妊娠薬の肝であって、副作用の原因にもなっているそうです。


「しかし、夢魔は神出鬼没であり、普段は姿を消しています。ハンサムな童貞を好むとのことで、贄にしておびき出すと良いでしょう」


「サキュバスは危害を加えないのですか?」


「いえ、精気を吸います。美味しい精気であれば枯れるまで吸い取ります。その場合はミイラになってしまいますね」


 恐ろしい相手です。ミイラになるまで精気を吸うなんて。


「解放軍がサキュバスを飼い慣らしていると噂で聞きました。ひょっとすると共和国内にいるかもしれません」


 ここでサキュバスの情報がもたらされました。

 共和国というと聖教会主導の侵攻が始まろうとしている場所に他ならない。


「アルフレッド先生……」


 ハンサムな精気ならば侵攻軍の指揮官である先生が危ない。ミイラと化して再会だなんて考えられないこと。


 しかしながら、先生は格好いいだけでなく、強くもある。婚約者がいないとはいえ、完璧人間である先生がモテないはずがないわ。


 ハンサムだけど、先生はサキュバスの好みに合致しない。

 わたくしは安心するための結論に至った。


「先生は間違いなく経験者だもの」

ヤンチャンWEB等、各種電子書籍サイトにてコミカライズが連載中です。

そちらもお読みいただければ幸いです!

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