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28 山男はなだらかな丘の夢を見るか?

 翌朝、いつものように鍛錬を始めていると、リアーナ連峰の踏破を目標に掲げたダニエルの姿があった。


「ダニエル、お前はもう鍛える必要がないだろ?」


「師匠、僕は愛する人を守る力が欲しい。それに体力がなければ、リアーナ連峰で行き倒れになるだけですから」


 実に男らしい。

 確かにリアーナ連峰は世界でも屈指の標高を誇る。万全を期するためにも体力強化は必須ってことか。


「良い心がけだ。ならば踏破して見せよ!」


 レポートは詳細にな?

 俺にも理解できるくらい具体的に頼むぞ?


「はい、師匠!」


 ダニエルとの鍛錬が始まったわけだが、俺たちを惑わせる事態となってしまう。


「アルフレッド先生、おはようございます!」


 どうしてか姫様が現れていた。加えて彼女の背後には攻略を誓ったエマさんの姿まで。


「姫様、何用でしょうか……?」


 エマさんを引き連れているのはいつも通りだが、手に入れようと考えたせいでエマさんのお山から目が離せない。俺も一端の登山家ってことだろうか。


「わたくしも鍛錬に参加しようと早起きしたのですわ」


「私は付き添いです……」


 うーむ、これは問題だ。

 ダニエルは姫様に好意を示していない。今もまだ婚約者候補筆頭である彼の真意はまだ伏せておかねばならないというのに。


(でもエマさんのオッパイから目が離せない!)


 思考すべきことより、俺は一点を凝視している。妄想が加速し、二つの高原は俺専用の保養地だと思えてならないのだ。


「えっと、エマさん……」


「私は付き添いなので、鍛錬はしませんよ!」


「いや、姫様の近辺は俄に騒がしくなっております。側付きメイドとはいえ、護身術が必要なのではと考えますが?」


「それは確かに! エマ、一緒に鍛錬しましょう!」


「ええー、本気ですかぁ?」


 姫様も乗り気だ。

 俺はまだやり方が分からないので雰囲気作りができればと思う。剣の振り方などを手取り足取り。


(いかん。ダニエルの妄想力が伝染していく……)


 エマさんのオッパイ。それは俺専用のリゾート地。だとしたら、ダニエルに倣って命名したく思う。


(同じ連峰は使えない!)


 リアーナ連峰に匹敵するネーミングが必要だ。だが、エマ連峰だなんて二番煎じは師匠として恥ずべきこと。


(エマ高原で妥協はできない)


 やはりリアーナ連峰より低くなるなんて矜持心が許すはずもなかった。

 エマ山系ってなんかイマイチだし、エマ連山も響きが悪い気がする。やっぱ安直だけど王道の山脈がベストか。


「あの……アルフレッド様?」


「エマ山脈!?」


 思考中に声をかけないでください。俺の頭はオッパイでいっぱいになっているのですから。


「山脈でしょうか?」


「ああいえ、エマさんと口にしただけですよ!」


 危ねえ。もしもエマ連山に決めていたら誤魔化しきれなかったぞ。


「そうでしたか。私は剣を扱った経験がありません。振り回せる気がしませんわ」


「最初は無理ですよ。まずはストレッチをしましょう! それからです!」


 いいぞ、やはり俺は超天才みたいだ。

 ストレッチにかこつけて、少しくらいエマ山脈に触れても問題あるまい。登山初心者だし、六合目くらいを目標に掲げよう。


「じゃあ、先生とわたくしでペアになりましょう!」


「ちょい、待ったぁぁっ!」


 不敬も考えず、俺は声を張る。

 せっかくエマさんの攻略を誓ったというのに、姫様が勝手な組分けを口にしたのだ。


「先生ぇぇ、わたくしとでは不満なのですかぁ?」


 いや、不満はないのですが、貴方は平地でしょう?

 それに俺には高嶺すぎて手が届かないのですよね。不敬罪で殺されるかもしれないし。


「不満はありませんよねぇぇ?」


 この威圧感はあれだ。確実にあの前兆だって。



『わたくし、怪死事件を解決したいのです!』


『姫様、王国はとても平和ですけれど……』


『なら早く怪死しなさい!!』


『ぎゃあああああ!!』



 完全にマッチポンプな事件。しかし、姫様は誰を殺そうとも無敵なのだ。

 ここは無難に『いのちだいじに』を選択しておこうか。


「了解であります! ダニエルはエマさんと!」


 ネトラレ属性はないってのに、連峰に続いて山脈までダニエルに取られてしまうとか悲しすぎる。やはり主人公補正は強力だな。


 まあそれでストレッチ。

 エマさんの背中を押すダニエルは何を思っていることだろうな。


「先生、重い!」


 おっといけない。エマさんの方ばかり見ていて、姫様に体重をかけすぎてしまった。


「すみません! 姫様は意外と身体が柔らかいのですね?」


「そそ、そうでしょうか!? それ以外に感想は!?」


 なかなかの柔軟性だけど、それ以外に?


 姫様はドレスではなく見慣れない運動着だ。ただし、急いで用意したのかサイズが少し大きいように感じる。


「大きいですね……」


「大きい!? わたくし、成長期かもです!」


 なるほど、成長期だから大きめの運動着を用意したってことか。


「良いと思います。小さいと動きにくいですし」


「大きい方が動きにくいと思っていました!」


 今日は朝からテンションが高いな。新しい運動着がよほど気に入っているのかも。


「少し脇腹を伸ばしてみましょう」


「ちょちょ、せんせぇぇぇ!?」


 姫様の両腕をゆっくりと傾けながら、脇腹をさする。

 姫様は顔を真っ赤にしているけど、このストレッチはキツいのかもしれない。


「あれ?」


「どどど、どうしました!? 興奮したとか!?」


「とても感動しましたよ」


「感動!? わたくしはそれほどまでに成長しているの!?」


 先日はまるで反応がなかった魔力を感じたんだ。


 成人するまでに魔腑が生成されない者は、普通なら魔力なしとなるところ。流石は勇者の血を引く由緒ある家系だと感動すら覚えていた。


「姫様の成長は目を見張るものがあります」


「わたくし、先生のお眼鏡に適ってしまったのですか!?」


「もちろんです。このまま成長なさいますと、とんでもないことになりそうですね」


「とんでもないこと!? まさか聖女様を超えてしまうとか!?」


 なぜにリアーナが比較対象なのか分からん。あいつは魔力じゃなくて神力特化だぞ?

 まあでも、姫様は聖女の座を狙っているから比較されたいのかも。


「彼女よりも成長する可能性は高いかと」


「えええー!?」


 やはり姫様はメインヒロイン。血筋的にも聖女の魔力くらい超えてしまうことだろう。


 姫様とストレッチをしていると、背後から艶めかしい声が届く。


「ああっ! ダニエル様、もうそれ以上はっ!」


 振り返るとエマさんに乗っかるダニエルが目に入った。確かにストレッチだけど、覆い被さりすぎじゃね?


「エマさん、ほらもっと!」


「ああん、無理ですぅ!」


 リアーナへの愛を口にしながら、ダニエルは鼻の下を伸ばしている。パンパンになったメイド服をガン見していたんだ。それは俺の『エマ山脈総合リゾート』だというのに。


「ストレッチ終了ォォッ! ダニエルは中庭百周だ!」


「百周!? 師匠、それはキツいです!」


「うるさい! 早く走れ!」


 強権にてダニエルを排除。これより二人に剣術稽古を科すことにしよう。それこそ手取り足取り。


「二人には護身術を学んでいただきましょう」


 俺も触れてやるぜ。エマ山脈の八合目くらいまで到達してやる!


「姫様は充分にお強いので、エマさんに基礎的な動きを」


 天才すぎる。極めて自然にエマさんの身体に触れることができるんだ。


「異議あり! わたくしも基礎を学びたく存じますの!」


「えっと、私は殿下を見て学びます……」


 そんな……。

 ダニエルには身体を許したってのに、俺はダメなのかよ?


「さあ、先生! わたくしは先生にいただいたナイフで学びますわ」


 目を輝かせて姫様。やはり彼女は刃物の扱いを学びたかったらしい。


「姫様は神級のナイフ使いでしょうに……」


「早く教えてくださいまし! 何事も基礎は大切ですの」


 仕方ないな。下手に断ると、いずれも神級のスキルで瞬殺されるだけ。脳の爆破か全身スプラッタの違いしかない。


「良いですか? 構えはこう。姫様は非力なので両手持ちにした方が威力を出せます」


 神級のスキルを所有していたとして、やはり素人だ。

 足運びだけでなく身体の向きも悪い。よって俺は理想の構えにしようと姫様の太股や腰回り、上半身を動かしてみた。


「せせ、先生……わたくし……」


 なぜか息が荒い姫様。まあでも構えは完璧だろう。


「姫様、片手で刺す場合は必ず踏み込むように」


「踏み込む……?」


 天性の才能は充分だけど、やっぱお姫様だ。基本的な動作も分からないみたいだし。


「こうです! 左脚をこのように」


「また太股!!」


 踏み込む感じを教えようとしただけなのだが、太股と返されている。

 違うんだ。太股じゃなくふくらはぎを意識すること。更には態勢を低く、お尻をの辺りに力を入れて踏ん張るんだ。


「姫様、腰を落として、お尻をこんな感じにキュッと!」


「お尻ぃぃぃ!!」


 先ほどから単語を復唱しているけど、大声を張って覚えるってことかな。


「右手で突き刺した場合は左肩を引くと良いでしょう。胸をこんな感じで……」


「胸ぇえええ!!」


 大きな声を出すものだから酸欠なのかも。姫様は息が荒く、顔を真っ赤にしているじゃないか。


「あっ、踏みだした左太股もですね……」


「アルフレッド様! もうそれくらいで……」


 せっかく姫様が学ばれているのに、エマさんから制止の声。確かに姫様はへたり込んでいる。運動量は徐々に増やすしかないみたいだ。


「姫様はお疲れのようですので、エマさんもやってみますか?」


「いえいえ! 私は未婚なので結構ですわ!」


 よく分からない返答があった。未婚なら姫様も同じだと思うのだけど。


「せ、せんせぇ……、わたくしはまだやれます……」


「殿下、貴方もう限界でしょう!?」


「エマ、好機を逸してはなりません。わたくしも女ですから……」


「殿下、それほどまでに覚悟を!?」


 理解できない二人の三文芝居があり、姫様が立ち上がる。

 その目には闘志が漲っていたんだ。姫様がヤル気ならば俺は付き合うだけ。


「姫様、無理をするものではありませんよ?」


「いえ、今度は向かい合って指導してください!!」


「殿下、それでは貴方の精神がっ!?」


 またも三文芝居が続くのかと思いきや、姫様は俺の前へと歩む。

 正面からの指導ってことは攻撃に失敗した想定かもしれない。


「俺がナイフを避けたと仮定しましょうか。右腕を伸ばして、俺の懐に入ってください」


「ひゃい! わわわ、分かりましたの!」


「殿下ぁぁっ!!」


 エマさんってノリが良かったんだな?

 まるで本当に姫様が攻撃を外し、勢いあまって俺の懐に入った感じじゃん?


「ナイフを避けた俺は脇で姫様の右腕を挟みます。再度の攻撃を封じるためです」


「封じられましたの! これはもう完全拘束です! 密着するしかありませんわ!」


「その通り。こうなると姫様は身動きできません。相手が男性なら詰んだも同然です」


「詰みましたの! 死に体ですわ!」


「殿下ぁぁ、ご無理なさらずぅ!」


 模擬戦でもないのだけど、エマさんは逐一声をかけているな。


「この状況で姫様はどう対処します?」


 話を聞くだけでなく思考しなければ身につかない。従って、俺は普段の座学と同じように問いを返している。


「せっ、せんせい……」


 流れで懐まで引っ張り込んだわけだけど、直ぐ近くに姫様の顔があった。

 間近に見ると、やはり端正な顔立ち。美しい金髪をした彼女の視線が俺を捉えている。


 息を呑むその美貌。初めてお会いした瞬間の感情が意図せず蘇っていた。


(綺麗だ……)


 体型は幼い。しかし、王妃様譲りのご尊顔はあの頃に描いた妄想を彷彿とさせた。


 俺とソフィア殿下が結ばれるという夢物語。俺の運命や姫様のドSのせいで意識することは少なかったけど、俺は妄想を止められなかったんだ。


「えっと、姫様……?」


「せんせぃ……」


 疲れ果てたのか虚ろな目をして俺を見る彼女は狂気の姫君だと思えない。

 むしろ無垢な女性のよう。俺は未来を知っているというのに、どうしてかそんな風に感じていた。


「わたくしは……」


 ジッと見つめられると俺は視線を外すしかない。

 こんなとき童貞であることが恨めしい。女性の扱い方がまるで分からないのだ。


(ぬおっ!?)


 避けた視線の先。密着する姫様の胸元が開いていたんだ。

 薄手の運動着であり、大きめという衣服の首筋から真っ白な下着が見えていた。


「あっ!?」


 俺がガン見しているのに気付いたのか姫様はサッと胸元を手で隠す。加えて、手に持つナイフを俺に突きつけたのだった。


「ぐわあああっっ!!」


 片手で刺すときは踏み込む。

 ああ、とても基礎的で効率の良い攻撃ですぞ……。


「先生! 覗き見は死刑ですわ!」


 前言撤回だ。

 やはり姫様はドS。無垢な少女ではない。


 血飛沫を撒き散らしながら、俺は少しばかりの妄想を悔やみ、更には生で拝んだ下着(Ver2)の記憶を脳裏に焼き付けるのだった。

ヤンチャンWEB等、各種電子書籍サイトにてコミカライズが連載中です。

そちらもお読みいただければ幸いです!

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