25 国宝級と対峙して
僕は駆け出していた。
師匠曰く、リアーナ様は押しに弱いのだと知って。
「まさか僕がリアーナ様と……?」
自分がスケベだと思ったことはないけれど、それでもリアーナ様をお見かけするたびに視線を奪われてしまう。
「いや、僕のせいじゃなく、女神様の意思だ」
リアーナ様は美しい。けれど、容姿よりも際だったものが彼女にはあった。
重力に逆らってそびえ立つ連山。その標高は僕じゃなくても男性なら全員が憧れるはずだ。
「あの高さこそが聖女様の地位を指し示しているはず」
女神フローリス様が聖女リアーナ様に授けたもの。
それは彼女の言動に求心力を与えているんだ。隆起したその標高に比例した賞賛を彼女は受けているのだろう。
「女神様の思惑に僕なんかが抗えるはずもない」
師匠に背中を押されるまで考えたこともなかった。未経験の僕があの山脈に挑むだなんて。
「僕には姫殿下がいるというのに」
天高くそびえ立つ双山に挑戦する。そう考えるだけでドキドキが止まらなかった。
しかし、同時に罪悪感も覚えている。何だかソフィア殿下を裏切るような気がして。
「いや、これは姫殿下のためだ。最初の夜に僕が失敗しないために」
助祭にまで愛を授けてくれるという聖女様。世界が少子化しないために、彼女は身を削っておられるのだ。
ならば僕も学ばせてもらおう。幾度となく登頂に失敗するだろうけど、慈愛の権化である聖女様ならば許してくれるはず。
「最初の夜に姫殿下を失望させてはならない」
僕はリアーナ様にご教授いただくだけであって、下心は微塵もない。姫殿下の親愛を享受するために、僕は聖女様に教えてもらうのだ。
「よし、行くぞ……」
意を決して城門をくぐっていく。
これより僕は人生で最大の難関にトライすることになる。
聞けばリアーナ様は最初に拒否を示すらしい。だけど、彼女は慈愛の化身だ。僕が熱心に頼むことで、彼女は僕を受け入れてくれるという。
『ダニエル様、承知しましたの』
誠心誠意頼み込む僕に、彼女は小さく溜め息を吐くんだ。その長い息には母性が溢れていることだろう。
『人様に見せられた身体ではありませんけれど』
『リアーナ様の双山は国宝認定すべき! そうだ! リアーナ連峰と名付けましょう!』
静かに法衣を脱ぐリアーナ様。
僕は尊き山々に迷い込み、そのまま遭難していく。
『あらダニエル様、登山口はこちらですよ?』
『ももも、申し訳ございません! 僕、初めてなんで! 入山から間違うなんてお恥ずかしい!』
『うふふ、お可愛いこと。もう迷うことなどありませんわ。ここにある標識をよく見てくださいね?』
『あ゛あ゛あ゛あ゛っ!!』
ヤバい。僕はようやく大人になる。洗礼の儀は済ませたけれど、それは年齢的な意味合いしかない。精神的にも身体的にも大人となる時が来たんだ。
王城へ入り、リアーナ様の寝室がある王宮殿へと向かう。
長い回廊を歩いていると、上下に揺れる物体が目に入った。
激しく揺れる二つのお山。大きく成長したそれは僕を大人に誘う象徴的なものだ。
間違いない。
この僕が遙かなるリアーナ連峰を見紛うはずがないのだ。
「リアーナ様!」
何を急いでいるのか、彼女は無作法にも回廊を走っている。
あり得ないくらいにボインボインと揺れているのだけど、僕は揺れに合わせて頭を上下させるしかなくなっている。まるで壊れた水飲み鳥といった風に。
「ごめんあそばせ!」
リアーナ様が直ぐ側を走り去る。だが、僕は咄嗟に彼女の手を握った。
「リリリ、リアーナ様! どうかおなしゃす!」
ああ、思わず噛んでしまった。妙な妄想が僕を焦らせている。
「はいい? 私は急いでいるのですけど!?」
「どうか話を聞いてください!」
懇願すると彼女は立ち止まる。どうやら押しに弱いとの話は本当みたいだ。
誠心誠意訴えたなら、彼女は頷くしかできないのだろうな。
(やはり助祭たちは全員……?)
ゴクリと唾を呑む。
本部だけでも助祭なら百人以上いるはず。その全てを彼女は受け入れてきたのか。
(リアーナ様、僕にも愛を授けて!)
僕は自分に自信がない。
こんな大きな双子山と戦えるのだろうか?
助祭たちはどうやって勝利を収めたんだ?
(いや、この巨山を征服したことで自信を得たんだ!)
助祭たちも最初は自信がなかったはず。だけど、これだけ大きな山を登り切ったという自信が彼らを強くしたのだと思う。
全ては師匠の勧めなんだ。
僕は土下座をしてでも彼女の指導を仰がないと。
「リアーナ様、僕と……」
「僕と……?」
とても恥ずかしい。早朝から女性に性的な話をするなんて。
『精神力(神級)を習得しました』
ここで脳裏に聞き慣れない声が届く。
えええっ!?
これって、もしかして天恵!?
僕は今まで天恵を授かったことがなかった。貴族院でも気になっていたのだけど、僕はこの土壇場で最高のスキルを授かっている。
神級って超レアでしょ!?
凄すぎない!?
(女神様も僕と彼女が一戦交えることを望まれている!?)
そうとしか思えない。
だったら、あとは勇気だけ。女神様にも背中を押されているのだから。
「リアーナ様、僕とエッチなことをしてください!」
師匠、僕はやりましたよ!
精神力(神級)が仕事をしてくれたおかげで、恥ずかしい台詞も問題ありませんでした!
「エエエ、エッチなことでしょうか!?」
「そうです。初めてなので丁寧に教えて欲しいのです。どうかお願いします!」
ここはお願いを続けるだけ。押しに弱いというリアーナ様だから、僕は懇願するんだ。
「大いなるリアーナ連峰にて僕を遭難させてください!」
ちょっと詩的じゃないか?
押しに加えて、情緒的でもある。武術はからっきしだけど、文学はこれでも優秀なんだ。
「ななな、何を言っているの!?」
良いぞ。もう少しだ。かなり僕を受け入れてくれた感じ。
「登山家の夢。僕はまだ見ぬ貴方という秘境に辿り着きたい」
「貴方様は何を言っているのです!?」
「だから、僕はリアーナ連峰を登頂したいのですよ!」
精神力(神級)はパッシブスキルなのだろう。気弱な僕が堂々と意見できるなんて。
「ととと、登頂……?」
焦った彼女も可愛らしい。もう僕のポエマー力にメロメロじゃないか。
ならば、ここは詩的に畳み掛けるだけ。
「そこに山があるからです!!」
かつて登山家であり無類の巨乳好きであったオナベニ・マロニー氏は言ったんだ。
大いなる山があるから頂を目指すのだと。
「後腐れなし。一回限りの登頂です。だから僕を貴方様のエルドラドにご招待ください」
スッと右手を差し出す。
ここまで押したのだから、彼女は顔を赤らめながらも僕の手を取ってくれるはず。
そして、僕を誘う。儚くも甘美なシャングリラへと。
「嫌ですわ!!」
んん?
手を握られる前に何か声がしたような。
腰を折って手を伸ばしていた僕は恐る恐る視線を上げる。
(えっ!?)
そこには聖女様とは思えぬ表情をした人がいたんだ。
僕を蔑むその目は永久凍土よりも冷たく、嫌悪感を露わにした表情はゴミ虫の交尾を眺める苦行を強いられたかのよう。
刹那に心臓がドキンとした。
どうしてだろう?
僕は聖女様を見て、鼓動の高まりを抑えきれずにいる。
「聖女……様……?」
「馴れ馴れしくしないで! ド変態!!」
「ド変態!?」
罵倒されたはずなんだ。
それは僕も理解している。だけど、耳に残るリフレインを、再び直接的に浴びたくなっていた。
「聖女様、僕は世界最高峰の連山を征服したいんだ!」
「やめて! このド変態野郎ッッ!」
またも僕はドキドキとしている。
もうハッキリとした。この感情が何であるのか。僕は明確な回答を導いていたんだ。
「これが……恋か」
[※違います!]
間違いない。
僕は今までソフィア姫殿下の婿になることを意識して生きてきた。
だけど、それって恋じゃないだろ?
無理矢理に乗せられたレールを進んでいただけ。
今みたいに胸がドキドキして気持ちよく感じることなんてなかった。
「恋ってゾクゾクするんだな?」
[※違います!]
恋について理解した僕は、この感情に相応しい真っ直ぐな気持ちをぶつけてみたくなった。
「もっと僕をなじってください!」
[※間違ってます!]
「この僕ちゃん、変態すぎますわ……」
ああ、最高だ。
僕は彼女に罵られるために生まれてきた。彼女に踏み潰され、口から贓物を吐き出すために存在しているんだ。
ねえ、そうでしょ?
ですよね、女神様?
[※もうそれでいいです]
「リアーナ様、先ほどは失礼しました」
「えっと、分かればいいのですよ……」
まずは訂正だ。
後腐れなしの一回限り。心に芽生えた感情を理解した僕はそれを否定しなければならない。
「遙かなる頂、Mt.リアーナに何度でも登頂しますから! 僕は貴方の山頂でビバークしたい!」
「もっと失礼になりましたけど!?」
ここで素直な感情を語ろうか。
ずっと心の奥底にあった気持ち。全てを吐き出すようにして。
僕は自分の想いに気付いたのだから。
「リアーナ様、僕は貴方様のことが好きです」
これで良いだろうか?
ちゃんと伝わるだろうか?
これは僕が気付いた本心だ。
「わわ、わあああああん!!」
どうしてかリアーナ様は走り去ってしまう。
まあいいや。きっと彼女は穢れていない恋をしたことがないのだろう。
助祭や教皇様とは感情なんて交わしていないはず。
だから僕が教えてあげるよ。
本当の恋を。暗がりに落ちた彼女の心を救い出してあげる。
「二人してエデンに舞い降りよう」
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そちらもお読みいただければ幸いです!




