22 やっぱイベントフラグですよね?
気が進まないけれど、王命であれば仕方がない。
俺は姫様の護衛として、ヴァルディア帝国へと向かうことになった。
馬車は帝国が用意してくれたものの、姫様とエマさんは王国の馬車に乗り、俺が帝国の馬車に乗ることになったんだ。
「なぜお前がいる……?」
まだ帝国は信頼できない。だから俺が帝国の馬車に乗るのはいい。だけど、俺だけじゃなく、馬車にはもう一人乗り込んでいたのだ。
「あら、私は国賓ですわよ? アルフレッド様?」
ちくしょう。
素直に引き下がると思ったわけだが、どさくさ紛れに同行しようって魂胆だったのか。
聖教会のナンバーツーが祝辞を述べたいと言えば二つ返事であり、同行を断られるなんてことにはならないのだし。
「てか、離れろ!」
「一週間ずっと一緒ですわね?」
だから胸元を見せるな。胸を押し付けるな。ショートダガーのクソレシピで調理されたいのか?
「向かい側に座れよ」
「そんなご無体な!」
ただでさえ一悶着あった馬車選び。どうしてか姫様は帝国の馬車に乗ると言って聞かなかったんだ。最終的に姫様ではなく、王陛下が行くという話になり、渋々今の振り分けとなっている。
「アル、熱くなってきましたの。法衣を脱ぎます……」
「冬だぞ? 何なら吹雪いてるけどな?」
王都を出たくらいで吹雪になっていた。長旅だというのに、最悪の滑り出しである。
「やはり法衣を脱ぎましょう!」
「脱ぐな! やはりじゃねえ!」
完全に性女モード。この先に一週間も俺はプライドを守ることができるのだろうか。
一日目の夜。ちょうどタリスカー公爵領に入ったところだった。
本日はタリスカー公爵領の首都ウィルディンまで進む予定が、真っ暗な山中で馬車が急停車してしまう。
「どうした!?」
護衛は帝国兵であったけれど、俺も一応は侯爵家の人間。命令口調でも構わないだろう。
「いや、それが後続の馬車が行方不明です!」
「何だと! 気付かなかったのか!?」
夜とはいえ、姫様の車列は護衛も相当数いたんだぞ?
それが一瞬にして消え去るなんてあり得ないというのに。
「かなり遅れていたことに加え、吹雪のせいで視界が……」
「弁明するな! 戻るぞ!」
なんてこった。
後続の車列が遅れた理由は姫様の殺傷による兵たちの治療だと思うが、完全に姿を消すなんて事件だとしか考えられない。
「アル、無乳……いえ、あの姫様がいなくなると問題ですか?」
「当たり前だろうが。そもそも姫様が国賓だぞ?」
マズいことになった。
せっかく狂乱の舞踏会を乗り越えたってのに、姫様が行方不明になったなら俺は確実に断頭台送りじゃん。
「衛兵は報告もできなかったのか?」
王家直轄の近衛兵が警護していた。
二十人からいたというのに、報告すらできないなんて怠慢すぎる。
(そういや姫様の外出時にはイベントが盛りだくさんだったな)
姫様は攫われるたびに性格が捻くれる。
事前に食い止めなければ大惨事不可避だ。もちろん、主人公ダニエルが大惨事に見舞われるのだけど。
(すまんな、ダニエル)
俺が姫様と一緒に乗るべきだった。
世話役としてエマさんが適切だと考えただけ。まさかリアルでも攫われてしまうなんて予想していなかったんだ。
「アル、無乳の行方は分かりますか?」
「敵意を隠す気もなくなってんな?」
やれやれ。
ま、西に向かった折に攫われるとすれば、あのご老人の仕業かと思うが、今はまだ公爵領に入ったところだ。
(舞台は雪が降る夜……)
何となく理解できた。ダニエルがいない場面での行方不明は一つのイベントに結び付いていたんだ。
(紅雪が舞い散る夜に──)
状況的には間違いないだろう。
イベント難易度は高くなかったのだけど、このイベントが始まると姫様の性格が[過激]から[暴虐]に変化してしまう。
事前に対処しなければ、クリア難易度が跳ね上がるイベントだったんだ。
「始まってしまったのなら仕方ない」
姫様の性格が悪化しようとクリアするのはダニエルなんだ。よって俺は粛々とイベントをこなすだけ。
「赤い雪は罪の数だけ降り積もる……」
詩的でもあるが、これは単にイベントの内容を要約しただけだ。
「赤い雪でしょうか?」
「姫様はあれで次期施政者。狙われる理由は枚挙にいとまがない」
廃プレイヤーである俺も『紅雪が舞い散る夜に』の主犯を知らない。
ただの人攫いか雇われの刺客なのか分からないんだ。何しろ、主人公が駆け付けたときには解決していたから。
「無乳といえど、心配ですわね?」
「いや、問題ない」
このイベントは姫様が凶悪化するだけのもの。姫様の安否を気遣う必要はなかった。
「そうなのです?」
「後処理の方が問題だ。リアーナは浄化魔法を習得しているか?」
「謎の光とミドルピュリフィケーションでしたら……」
「見苦しいものを見ることになる。浄化魔法で乗り切って欲しい」
「意味が分かりませんね?」
事前に告げておかねばならない。姫様を拉致した現場がどうなっているのか。
「誘拐犯は全滅している──」
それは確定事項だ。
姫様を拉致した者たちは一人残らず惨殺されるんだ。ある者は内臓を引き摺り出され、ある者は胴体から手足を切り離されて。
「いや、無乳はあれでプリンセスですよ!?」
リアーナには分かるまい。
きっと王城でも理解しているのはダニエルとエマさんくらいなものだろう。
「俺は誘拐犯が気の毒だよ」
今頃は頭部爆破の刑に処されているはず。一人ずつ大笑いしながら、処刑を楽しまれていることだろう。
「あの方は強者だったのですか?」
当たり前だろ?
聞くまでもないっての。だから俺は端的に返すだけだ。
「狂者に決まってるだろ?」
◇ ◇ ◇
何事もなかったかのように思えた旅だったのですが、急に馬車が停止したかと思えば扉が開かれています。
「おい、降りろ」
「何用です! 無礼ですわ!」
エマが声を張るのですが、わたくしには分かりました。革の鎧に身を包んだ男性が近衛騎士団ではないことを。
「エマ……」
どうやら、攫われたみたいね。しかし、帝国の車列もあったというのに、何が起きたというのでしょう。
「質問があります。貴方たちはどうやって馬車を誘導したの?」
「何てことはない。この吹雪だ。お姫様が乗った馬車だけを狙った」
どうもわたくしの身元は割れているらしい。加えて、吹雪に紛れて襲いかかったのだとか。
「オレたちはアサシン。暗殺はお手のものさ」
近衛兵の練度を考え直さなくてはなりません。こんなにも容易に馬車ごと拉致されてしまうなんて。
「では、前方の車列には手を出していないと?」
「前に要人はいないと聞いている。お前さえ拉致できたら良かった」
前の車列には急遽参加された聖女様がいたのですけどね?
とにかく、この拉致は失敗ですの。最も有能な彼を殺めることなく、逃してしまったというのですから。
「ご愁傷様ですわ……」
「さっさと降りろ! お前たちは共和国行きだからな!」
わたくしはエマと視線を合わせる。
カインズ共和国は南に隣接する国でした。過去形なのは共和国議会が既に存在しないから。解放軍によってクーデターが起きたそこは無法地帯と化していたのです。
馬車から降りた場所には小屋がありました。
また聞いていたように近衛騎士団の姿はなく、わたくしとエマだけだったのです。
「さっさと入れ!」
ざっと見た感じは二十人くらいでしょうか。
アルフレッド先生であれば十秒もかからない戦力じゃないの。よくもまあ超強い先生に喧嘩を売れたことですわね。
「呆れてしまいますわ……」
「何を笑っている? お前たちは共和国へ運ばれるが、迎えが来るまでオレたちが弄んでも構わないのだぞ?」
「わたくしのピンチに駆け付けない方ではありませんの。特に悪を嫌っておいでです。貴方たちは尊厳も考慮されることなく抹殺されると存じます」
将来を約束したわたくしの危機。アルフレッド先生が慈悲を与えるなんて思えませんでした。
「おめでたいやつだ。護衛の質は前方も同じだろ?」
「護衛の質はそうかもしれませんね。けれど、本当に怒らせてはならない人が馬車の中にいたのですよ」
「ふん、所詮は女神の信徒。オレたちの敵ではない」
それは新しい情報でした。女神フローリス様を侮辱するような発言。だとしたら……?
「悪魔教徒なのですか?」
先日も悪魔教徒により大騒ぎとなっております。ここもまた彼らの仕業なのかも。
「答える必要はねぇな」
「答えないことが返答でしてよ?」
「減らず口を。この女を目の前で犯してやる。次はお前の番だからな!」
「エマ!?」
少しばかり煽りすぎました。
見せしめとばかりにエマは腕を握られ、引っ張られていきます。
「待ちなさい!」
先生の到着まで大人しくしているべきでした。エマはメイド服を無惨にも引き裂かれています。
「どうしよう……」
衣服を引き裂かれたエマ。わたくしも婆やの性教育で学んでおります。
このあと彼女は陵辱されてしまうのだと。
『最近は物騒なので、姫様には投擲用にこのナイフセットが必須かと考えます』
ふと先生の言葉が脳裏をよぎる。
そういえば、わたくしは先生からプレゼントをもらっていた。
辱めを受けた品ですけど、今もわたくしの太股には十二連投擲ナイフホルダーが取り付けてあったのです。
(先生は何でもお見通しだ……)
こういった状況を先生は察知していたに違いない。
いつ何時も近くにいられるわけじゃない。だからこそ、プレゼントとして、わたくしの側にいるのだと。
「先生ぇぇっ!」
スリットから手を入れて、わたくしはナイフを投げつける。エマの衣服を切り裂いた男の頭部目がけて。
直視するのも憚られる状態となりましたが、怯んでなどいられない。エマを早く救出しないと。
「エマ、こちらに!!」
「殿下!!」
仲間の頭が弾け飛んだことで、悪漢たちは尻込みしています。
先生の教えに従い習得した天恵のおかげ。とりあえず、エマを助けることができました。
「お嬢ちゃん、少しおいたがすぎるぞ?」
概ね遠巻きに見ているだけでしたが、髭面の男性が前に出てきました。
「貴方が頭領? 悪は滅びてくださいな?」
「天恵持ちだったとはな。油断したぜ……」
何とかして脱出しないと。二十人以上を相手にする投擲ナイフはないのですから。
「おいお前ら、捕まえた奴は好きにして良いぞ」
頭領自ら戦いを挑むのかと思いきや、わたくしの相手は部下たちにさせるようです。
わたくしは次のナイフを抜く。それも二本同時に。
(ナイフの残量を知られちゃダメだわ)
敵を倒しつつ、扉の位置まで移動するの。そのあとは全力で逃げるだけよ。
「来ないで!!」
興奮気味に襲いかかる男性にナイフを投げる。続けざまに二本のナイフで仕留めることができた。
でも、後続は怯むことなく突っ込んできたのです。
「無駄よ!!」
一本失うたびに、生命力が削られているような気がします。こんなことなら両足分のナイフをおねだりするべきでしたわ。
「嬢ちゃん、いつまで凌げるかな? おい、早く死んでこいよ!」
頭領の命令には逆らえないのか、悪漢たちはナイフを恐れず襲いかかってきます。
(ナイフがない!?)
瞬く間に十二本のナイフがなくなっています。あとは最初の授業でもらった逸品のナイフのみ。
「先生……」
今思えば先生が執拗に剣術訓練と口にしていたのは、こういった状況のためでしたのね。
恐らく鞭についても同様。一度に大勢と戦う術が鞭だったのではないでしょうか。
「今さらだわ。生きて戻れたのなら、鞭についても学んでみよう」
女の子らしくないという理由で拒絶していた。
わたくしは本当にバカですの。先生はあの頃から、わたくしを心配してくれていたのに。
「嬢ちゃん、もうナイフは打ち止めのようだな?」
頭領を含めて十人。わたくしはナイフ一本で戦うしかないようです。
「平気ですわ。かかってきなさいな?」
心を強く持とう。
わたくしはもう一度、先生にお会いしたい。
死ぬのであれば、愛する人が側にいなければ。
だから死ねない。わたくしはまだ死にたくありませんの。
「全力でお相手いたしますわ!」
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