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19 師匠の教えを

 僕は早朝から王城の中庭へと向かっていた。

 アルフレッド師匠に稽古を付けてもらうためだ。


「師匠には感謝してもしきれない」


 僕は飲み過ぎた挙げ句、悪魔教徒によって発狂薬を飲まされたらしい。

 剣を抜くと高揚して、無性に人を斬り付けたくなってしまったんだ。


「師匠がいなければ、僕は確実に断罪処分となっていただろう」


 憎まれ口を叩く僕を師匠は寛大な心で受け止めてくれた。

 普通ならあの場で僕を叩き斬っていてもおかしくない。だというのに、茶番であると周知させ、僕は何のお咎めもなかった。


「師匠、おはようございます!」


 本当に早朝から自主訓練をされているのだな。

 彼は政務大臣補佐であり、軍部とは無関係であったというのに。


「ああ、ダニエル様。体調はいかがです?」


「敬称は必要ありません。僕のことはダニエルとだけお呼びください」


 師匠が弟子を呼び捨てにするのは当たり前だ。僕はもう彼の信者であり、世界で一番尊敬しているのだし。


「じゃあ、ダニエルと呼ぼうか。基本的に体力強化をするぞ」


「僕は武門の出身ですけど、剣術や体術は苦手なんです」


 師匠は文武両道であり、そもそも全ての科目で歴代トップだったと評判だ。

 今も貴族院では伝説扱いであり、師匠が残した数々の記録は語り草となっている。


「最初からは難しい。しかし、全て日々の積み重ねだ。勉強も同じだろう?」


 それはそうか。

 苦手だからと避けていては、いつまで経っても前に進まない。師匠であっても最初の一歩があったからこそ、その境地に至っているはず。


「師匠はどうして鍛錬されているのですか? 業務的には不必要かと思いますが」


 聞いてみたかったこと。師匠の原動力は何であるのか。僕は師匠と同じように歩みたかったんだ。


「備えは必要だろ? それに俺には理想の世界がある。弛まぬ努力の先にしか到達できない世界が……」


「理想の世界? ひょっとして世界中の悪を懲らしめるとか?」


「バカ言うな。俺の望みは崇高なものじゃないぞ? 未来の自分が楽に暮らせることしか考えていない。端的に自己中心的な男なんだ」


 師匠ほどの人であっても慢心しないのだな。

 否定的な話だけど、僕は理解している。


(師匠は自己評価が低すぎるだけ)


 これでも公爵家の嫡男なんだ。僕の目は誤魔化せませんよ?

 きっと師匠の願いはフローリス世界の平穏だ。師匠が奔走しなくても良い世界。師匠が楽に暮らせる世界はきっと平和で素晴らしい世界だから。


(師匠は世界を救う人だ!)

[※誤魔化されてますよ!]


「師匠の理想に僕も追いつきたいです」


「頑張ろう。身体を鍛えることは間違いじゃない。貴族院での成績にも繋がるだろうし、何より姫様の拷問に耐えられるようになる」


 目下のところ、姫殿下のドSを克服することが僕の課題だ。師匠曰く体力を付けなければ一撃で殺されてしまうらしい。


「まずは走り込みだ。最初だし、軽くジョギング程度に」


 良かった。スパルタかと思ったけど、師匠は僕を理解してくれる。語られたように日々の積み重ねが成長なのだろう。


「師匠はご婚約されていないのですよね?」


 ジョギングしながら聞く。

 それは事実なんだ。姫様と仲が良いと知ってから調べたことだし。


「五年前にはいたのだが、今はいないな」


 師匠は十九歳。だが、過去には婚約者がいたらしい。


 ってことは経験者だよな?

 僕はメイドにお手付きもしていないし、婚約者もいない。姫殿下の王配になることだけを考えて生きてきた僕は成人した今も童貞だったんだ。


「師匠は姫殿下のメイドと仲が良いのですよね? どんな感じでした?」


 師匠ほどの人だ。周囲にいる女性は全員が好意を寄せているはず。

 据え膳食わねばというし、万能な師匠は既にご賞味されていることだろう。


「素晴らしかったぞ? 目が潰れるほどに眩しかった……」


 ああ、師匠もまんざらではなかったみたいだ。

 これは新しい恋の予感? それともワンナイトラブ的なものだろうか?


 アレに興味がある僕は詳しく聞いてみることに。


「師匠はどうやったのですか?」


 僕はやり方を知らない。

 どうやって、その雰囲気に持ち込めばいいのか分からなかった。姫殿下のメイドをも食べてしまう師匠なら、紳士的で最高のアドバイスがもらえることだろう。


「突き飛ばしたんだ」


「まさかの暴力!?」


 いや師匠、それは流石に。

 彼女は確か侯爵家だし、訴えられますって。温厚な師匠からは想像もできないけど。



『おらおら! メイドは大人しく言うこと聞きな?』


『アルフレッド様、おやめください!』


『おらぁぁ! ドン!(ベッドに突き飛ばす音)』


『あぁぁれぇぇぇ!』



 貧困な妄想だけど、こんな感じか?

 いや、絶対にやっちゃいけないことでしょ?


「師匠、それって訴訟は問題ないのですか?」


「いや、ギルティだった」


「やっぱり!!」


 いや、侯爵令嬢を押し倒したのなら有罪確定だよ。

 僕でもそれなりの罰則を受けたんじゃないかな。


「和解できたのでしょうか?」


「何とかな。姫様の機嫌を取ることで……」


 ああ、姫殿下に割って入ってもらったのか。

 確かに、姫殿下が謝罪してくれたなら侯爵家も引き下がるしかないね。


 師匠も有罪に懲りて、もう無茶はしないのだろうな。


「まあでも、俺はまた経験したいと思う」


「少しも懲りてないし!!」


 大丈夫かな、師匠は……。

 だけど、英雄色を好むというし、師匠も例外じゃないのかも。


「気を付けてくださいよ? 僕の師匠なんですから」


「分かってるって。今度はバレないようにするつもりだ」


 睡眠薬を盛るってことかな?

 師匠も懲りないというか、あのメイドがそんなに良かったのか?


「とにかく、僕を毎日鍛えてください。プライベートのことで問題がありましたら、僕は相談に乗りますので」


 好色な師匠はこの先も色恋沙汰で問題を起こす気がする。そのときにはライオール公爵家が後ろ盾になってあげますよ。


「助かる……」


 超絶有能な師匠にも弱点があった。

 僕は少しばかり嬉しく思うと同時に、自分を見つめ直そうと思う。


 完璧な人間などいないのだ。

 人は何かが欠けていたとして、それも魅力の一つなのだから。



 ◇ ◇ ◇



 パーティーを終えた翌日。昨晩はあまり眠れませんでした。

 色々と考えているうちにエマが起こしに来る時間となっていたのです。


「アルフレッド先生は流石ですの」


 結論は先生の才覚が際立っているということだけ。


「ダニエル様が罪を負うしかなかったのに」


 ライオール公爵家の嫡男が人斬りの罪を負うこと。それは王国が大混乱に陥るということでした。


「先生は王国の混乱を防いだ。瞬時に機転を利かすことで」


 あんなの誰にでも思いつくことじゃない。

 超浄化の詠唱だけでも凄かったのに、混乱の中でも最善を見極められていたの。


「王家派は先生の実家にとって政敵なのに」


 どうして助けてしまったのか。

 放っておけばタリスカー公爵様から褒美までいただけたかもしれません。


「いや、先生は派閥じゃなく、王国にとって最善を尽くされただけなんだわ」


 どこまでも忠臣ですのね。

 わたくし、ますます畏敬の念を抱きましたわ。


「でも、王国内に悪魔教徒がいたなんてショックですの」


 王国にはフローリス聖教会の本部がございますし、もちろん国教に認定しております。

 悪魔教という邪教は認めていませんのに。


「だけど、王国には先生がいる」


 それだけで安心できます。

 先生がいるから平穏があり、先生の存在により世界は安定を図れているはずよ。

 

「王国だけでなくフローリス世界も、いや宇宙全体をも知り尽くしておられるから」

[※その評価高すぎません!?]


 何だか不安が吹き飛んでいました。

 流石は先生ですわ。安心したら眠くなってきましたの。


「殿下、さっさと起きてくださいな? 私は暇じゃないのです」


 ベッドで考え込んでいるとエマが言いました。

 横にはなっているけど、熟睡したわけじゃないのに。


「まだ寒いじゃない?」


「そんなに怠けていたら、アルフレッド様に軽蔑されますよ?」


 うっ……。

 確かに先生は早朝から自主訓練をしていると聞いておりますけど。


「先生に密告するつもりぃ?」


「バカなこと言ってないで起きてください。お食事用意しますよ?」


 眠いけど起きなきゃ。

 次期施政者であるわたくしは怠けていられないのです。


「本日の衣装はこれでよろしいです?」


「今日は白いドレスかな。赤はちょっとね……」


「確かに私も思い出してしまいました」


 エマが斬られたのは記憶に新しい。

 よって血を連想させる赤はやめておきましょうか。


「そういえばエマは本当に大丈夫?」


 着替えながらエマに聞く。

 治癒士は問題ないと診断しましたが、今日くらいは休んだ方がいいのではないかと。


「アルフレッド様のハイヒールのおかげです。傷口も綺麗になっていますし、痛くもありません。全てはアルフレッド様のおかげですわ。ぽっ……」


 いや、ぽっ……はやめて。

 エマはわたくしの気持ちを知っているというのに。


「やはり先生は凄いです……」


「教皇様でも唱えられない神聖魔法をお使いになられるわけですし。本当に類い希なる人ですわ」


 先生がいなければ、聖教会を巻き込んだ大騒動になっていたかもしれません。この穏やかな朝は先生がもたらせてくれたものに違いないのです。


「先生にお礼がしたいなぁ」


「でしたら買い物に行きましょうか? 私もアルフレッド様に感謝の品を贈ろうと考えていますし」


「ホント? じゃあ、連れて行ってくれる!?」


「では、さっさと朝食を済ませてくださいな。お片付けのあと出かけましょう」


 お買い物なんて久しぶり。

 それもアルフレッド先生のために買い物をするなんて。


 わたくしはまるで子供のように、はしゃいでいたのでした。

ヤングチャンピオンコミックスより『姫様、ご乱心!』第一巻が発売となりました!


実店舗の他、各種通販サイトでもお求めいただけます!

メロンブックス様とゲーマーズ様では特典があったりしますのでお得です!

姫様めちゃ可愛いので、どうぞよろしくお願いします!

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