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15 バッドエンド

 授業を終えたあと、俺はどうしてか姫様に呼び止められていた。

 聖女の暗殺なら、まだ方法すら見つけられていないのだけど。


「先生、急なお話で申し訳ないのですが、本日のパーティーにご出席ください」


 意外なことに暗殺の進捗状況を咎める話ではなかった。


「もしかして舞踏会でしょうか?」


 嫌な予感がする。

 盛大にフラグが立った気がしないでもない。


 なぜなら俺は邪教について知ってしまったし、毒についての会話もしていたから。


「ご存じだったのですか? わたくしの成人記念パーティーですわ」


 それは知っているが、俺はそもそも参加者ではない。

 実家が革新派の庇護下にあり、尚且つ婚約者がいない俺の参加は妙な憶測を生む。余計な軋轢を避けるために辞退していたのに。


「俺はバロウズ侯爵家の人間ですよ?」


 恐らく『狂乱の舞踏会』が幕を上げるのだろう。血みどろの地獄が始まろうとしている。


「先生の名が名簿にありませんでしたの。わたくしはそれを許しません」


「どうしてもですか?」


「どうしてもですわ。大混乱の中にも光が射すと信じておりますの。何なら命令いたしますけれど?」


 大混乱とのキーワード。たった今、狂乱の舞踏会が確定した。

 凄惨なパーティーであり、華やかさとは無縁のそれは大混乱という言葉でも足りない。


 姫様は軽く考えているみたいだが、生憎とその先は地獄だ。僅かな光すら射し込まぬ漆黒の闇が拡がるだけだった。


 一時期は良い雰囲気になったりもしたけれど、死の接吻は今もまだ効果を発揮しているらしい。


(これは詰んだかもしれん)


 明らかに準備不足だ。毒耐性を数時間で得られるはずもない。

 どうやら進展を見ないリアーナの暗殺を姫様はお怒りのようだな。


(ま、前世で好きだった人に嵌められるのも一興か)


 記憶を取り戻してから生きることだけを考えていた。だが、俺の能力不足か女神様の意向に反した結末を迎えようとしている。


「(俺が発狂すると)王家の立場が危うくなりますけど?」


 参加者は王家派の方が多い。狂乱の舞踏会が幕を上げると、姫様は支持者を大量に失うことになる。


「(先生の派閥なら)わたくしは気にしません。大丈夫です。思う存分楽しんでくださいな」


 考え直してくれるかと思いきや、姫様は結果を気にしないという。

 でも楽しんでくれって、どういう意味だ? 俺が考えるほど怒っていない?


(舞台裏はこんな感じだったのか。事前に教えてくれたのだし、姫様は余興のつもりなのかもしれない)


 俺を発狂させて戸惑う人々を見たかっただけ。大惨事に発展することまで姫様は想定していないようだ。


 ただし、発狂させる相手が悪かった。俺は姫様の想像よりも強い。上位貴族を全て一刀両断にしてしまうなんて考えが及ばなかったのだろう。


(きっと狂乱の舞踏会は予定外の結果だ)


 単なる余興として姫様は考えておられる。

 姫様とて自身の立場が危うくなることは望んでいないはずだし、あの結末は俺を犠牲にするしか切り抜けられなかったのだろう。


(ならば俺は絶対に狂乱の舞踏会を再現してはならない)


 結論は一つだ。俺は狂乱の舞踏会を回避してみせる。

 愛すべき姫様を一時の思いつきで窮地に立たせてはならんのだ。またそれは俺自身の生にも繋がっているのだから。


「分かりました。準備しておりませんので、衣装は新調できませんけれど」


「構いません。わたくしは今日のお披露目で先生と踊りたいのですわ」


 恐らくそれはご褒美だろうな。

 姫様の悪巧みを見事回避したならば、俺には相応の褒美が与えられるらしい。


(確か狂乱の舞踏会は立食による歓談のあとだ)


 背後で楽団の演奏が流れていた。

 ダニエルを操る俺はいとも容易く教育係に斬られたが、イベントは上位貴族全員が斬られるまで続いたっけ。


(何とかできるのか?)


 俺は起こり得る惨劇を知っているのだ。知恵を振り絞れば対策できるのかもしれない。


「姫様、俺は少しばかり運命に抗ってみたいのですが」


「もちろん、そうしてください。目一杯に抗ってくださればと」


 やはり遊びの延長らしい。

 俺が必死で藻掻き足掻く姿を姫様は楽しみたいのだろう。


「知りませんよ? どうなったとしても」


「うふふ、よろしくてよ? それこそ、わたくしが望んでいることですし」


 自身の計画が破綻すること。別にそれは構わないという。

 予想通り、騒ぎが起こって収束するまでが姫様の思惑のようだ。


「分かりました。楽しみになってきましたよ」


「立食にて歓談のあと舞踏会が始まります。それまで酔わないようにしてください」


 満面の笑み。姫様は本当に楽しみに感じているらしい。

 結果を知る俺としては戦々恐々の事態だけど、彼女は起こり得る未来を知らないのだ。


「わたくしは真っ赤なドレスですの。色だけはご配慮いただければと!」


 姫様は返り血を浴びても目立たない赤を選択したとのこと。

 配慮といっても、俺は貴族院のプロムで着た白いタキシードしかないのだけど。


「俺は白のタキシードです。(血飛沫が映えるので)姫様も好きでしょ?」


「わあ! バッチリですわ!」


 やはり喜んでもらえたみたいだ。ゲームの知識を持つ俺に抜かりはない。


「それでは準備がございますので」


「先生、また夜にお会いしましょう!」


 屈託のない笑み。その企みが見え隠れしていなければ美少女そのものだ。

 まあでも、姫様のドSは今に始まったことじゃない。俺は平穏無事にイベントを乗り切るしかなかった。


 姫様と俺自身の未来を繋ぐために。



 ◇ ◇ ◇



 執務室に戻った俺は考え込んでいた。

 最早、狂乱の舞踏会は避けられない。あと四時間くらいしかないが、何とか対策しようと思って。


「猛毒全書によると解毒薬はないと書いてあるじゃん」


 王宮図書館で猛毒に関する書物を借りてきた。

 発狂薬は毒物でも強い部類になるらしく、一度口にしてしまうと解毒する薬は存在しないという。


「魔法ならハイピュリフィケーションのみ浄化可能なのか」


 浄化は俺も収めているけれど、最上位魔法である超浄化ハイピュリフィケーションのみが発狂薬の効果を除去できるとのことだ。リアーナの謎の光では恐らく効果がない。


「何とか習得してみようか」


 神聖魔法は祝詞を唱えることで発動となった。

 神力の所有者であり、能力が足りているのなら効果を発揮する。習得に成功すると、以降は祝詞を省略しても発動する仕組みだ。


「大いなる女神の慈愛……。大地に満ちたる神の息吹よ」


 何度か祝詞を詠唱してみるけれど、習得には至らない。神力が失われる気配すらなかった。


「神力は足りていると思うのだけどな。俺はハイヒールまで使いこなせるのだし」


 ハイヒールの習得に苦労したことはなかった。

 浄化魔法はそこまで必要性を感じなかったので、貴族院では学ばなかったんだ。


「これはマズい。解毒できないのなら、摂取しないようにしないと」


 発狂薬についてのページを読み進める。

 とにかく時間がないのだ。得られる情報は全て確認しておかねばならない。


「即効性なのか……」


 どうやら発狂薬は蓄積型の毒ではなく、摂取すると数秒で効果を発揮するとのこと。


「じゃあ、ゲームの俺はそれ以前から毒を盛られたわけじゃなく、パーティー会場で摂取したことになる。ゲームでは俺だけが発狂していたよな?」


 料理に混入していたとすれば、口にした全員が発狂する。立食パーティーである以上は俺だけを狙うなんて不可能だろう。


「姫様はどうやって俺だけを狙ったんだ?」


 考えられるのはアルコールだ。

 執事に命じていたとすれば、ワインに発狂薬が入っていてもおかしくない。


「見えてきたな。解毒できないのなら摂取しない方向でいこう」


 更に読み進める。

 猛毒全書との題名通り、なかなか詳しく記されていたんだ。


「無味無臭ってか」


 発狂薬は味がなく、匂いもほぼないらしい。

 料理に混ぜ込むと匂いで察知するのは難しいとある。恐らくワインでも気付かないことだろう。


 愕然としている俺だけど、最後に見過ごせない内容を発見する。


「色は赤色……」


 無色透明かと思いきや、発狂薬は毒々しい赤色なのだとか。

 だけど、それは如何にも姫様らしいチョイスじゃないか。


「ならば赤ワインだ」


 俺は結論に至っていた。

 姫様は俺が飲む赤ワインに発狂薬を混ぜ込むおつもりらしい。


「フハハ、原因が判明したのなら俺の大勝利は揺るがない!」


 姫様、悪いけど俺は狂乱の舞踏会を乗り切ってみせましょう。

 何食わぬ顔をして、悔しがる貴方をダンスに誘いますから。


「姫様の思惑通り、楽しいパーティーにしようじゃないか!」


 ゲームの結果を再現してはならない。

 姫様も俺自身も守ってみせよう。この計画は明らかに上位貴族の惨殺まで期待したものではないのだから。


「姫様はヒントまでくれたのだし」


 姫様がくれた言葉に解答への糸口が含まれていた。それにより彼女が探偵ごっこ的な遊びのつもりだと確信できたんだ。


『それまで酔わないようにしてください』


 それはワインへの混入を知らせるヒントだった。

 結果が分かると、姫様の本心も理解できるってものだ。


「ひょっとして俺を試しているのかも」


 本当に有能かどうか。少しのヒントで回避してみせろと。


「ふはは! 姫様、実に面白いよ! でも、からかう相手を間違えましたね? 俺という超天才を選んだ貴方の負けです」


 まるでゲーム内のイベントを消化したかのような満足感があった。こういった遊びであれば幾らでも受けて立ちましょう。


 余興らしく終わらせてやる。八方塞がりの姫様が俺を犠牲とする前に。


「悔しがる姫様の表情は眼福に違いない!」


 美少女が地団駄を踏んで悔しがる様子を見てみたいだろう?


 負けず嫌いな姫様は唇を噛んで今にも泣き出しそうな表情をする。

 俺は勝ち誇った顔で頭をポンと叩いたりして、姫様を煽ってやろう。


「楽しみになってきたぜ!」


 俺にもドSの素質があるのかもな。逆に姫様を虐めてみたくなるなんてさ。



『姫様ぁ、もう少し難題であれば俺も楽しめたのですがね?』


『ぐぬぬ、わたくしは先生の天才ぶりを見誤っていたようですの』


『仕方ありませんよ。俺は超天才ですからね? 右脳の一部をほんの少し使っただけでクリアできました』


『流石ですわ……。仕方ありませんから踊ってあげます』


『仕方ありませんよねぇ? 何しろ姫様は勝負に負けたのですから!』


『キィィ! もう先生なんか知りません!!』



 至高すぎる展開じゃん。

 きっちり約束は果たしてもらいますよ。俺とのダンスはご褒美でしたよね?



『姫様、チークダンスはもっと身体を密着させないと!』


『はわわ、先生! どれだけカッコいいのですか!?』


『俺は超天才で超絶ハンサムが売りですからね?』


『悔しいですが、最高ですの! 素敵ですわ!』



 とまあ、こんな感じに甘い夜となるだろう。

 姫様はまだ子供体型だけど、その美貌は前世から俺を魅了するものに違いないし。


「さあ姫様、行きましょうか!」


 対策の時間さえあれば、天才の俺に不可能はない。

 従って俺は予定にないパーティーを楽しむ準備ができていた。


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