14 主人公ダニエル・ジー・ライオール
わたくしは不機嫌極まりない状態です。
というのも、先生が聖教会へと向かわれたあと、ライオール公爵様が登城されたから。
同行されたダニエル様に挨拶をしろとお父様に命じられたのですわ。
「姫殿下は益々美しくなられたようで」
「ふはは、そうであろう? 妻に似た美人に成長しておるわい」
ご機嫌なお父様。まるで自分を褒められたかのようです。
「しかし陛下、姫様が嫁がれると世継ぎは……」
「ぐぬぬ……」
いけない。この話はタブーなのよ。
グリフィス王家には子供がわたくししかいない理由があったのです。思い返すのも恐ろしい、のっぴきならない理由が。
「お父様、わたくしは授業の予習がありますので、これでお暇させていただきます」
「待て、ソフィア! まだダニエルと会話すらしていないだろう?」
せっかく話題を変えて差し上げたのに。
それにダニエル様と話す内容なんて、わたくしにはありません。
「ソソソ、ソフィア殿下、初めまして! ダニエル・ジー・ライオールと申します! 貴族院に通わせていただいております!」
「それはご丁寧に。ソフィア・レイ・グリフィスですわ」
「おいソフィア、お前もう少し……」
「お父様、何でしょう? わたくしは機嫌が悪いのです」
わたくしは自分で結婚相手を選びたい。そもそも王配なのですから、相手は誰であろうと問題ないと考えますの。
「ソフィア殿下は貴族院に通われないのですか!?」
立ち上がろうとしたのですが、ダニエル様が会話を続ける。わたくしの心は既に決まっているというのに。
「わたくしには優秀な教育係がおりますから。貴族院に通う理由などありませんわ」
「しかし、上位貴族との交流も必要では?」
確かに、上位貴族との交流は必要かもしれません。
ですが、王権の指名選挙はありませんし、不用意な人脈を避けるために貴族院は辞退しております。
「わたくしには心に決めた人がおりますから」
「おい、ソフィア!?」
お父様、申し訳ございませんが、わたくしは自身の気持ちを優先します。愛を知りたく思うのです。それに彼であれば、きっと国民も祝福してくれると思いますの。
「ひょっとしてアルフレッド・リブ・バロウズのことでしょうか?」
「どうでしょう。そのうちに発表できるのではないでしょうか?」
身分差はアルフレッド先生が解決してくれるはずですので、わたくしはその時を待つだけ。然るべき時に発表できればと考えますの。
「しかし、彼は侯爵家ですよ……?」
「恥ずかしくないのです? 立場しか優位にないなんて」
「ソフィア、もう下がりなさい!!」
これで良いはず。
わたくしに想い人がいると伝わればそれでいい。ライオール公爵様も考え直してくださることでしょう。
「失礼いたしますわ。ライオール公爵様、どうぞごゆっくり」
一応はカーテシーをしてこの場を去ります。
もうアルフレッド先生に会いたくなってしまいましたの。
◇ ◇ ◇
僕は愕然としていた。
初めて姫殿下とお会いするこの日を楽しみにしていたのに。
(ソフィア殿下はお淑やかな女性だとばかり)
成人するまで公の場に現れなかったソフィア殿下。だけど、見目麗しく、誰に対しても区別なくお優しいと評判だった。
なので僕は期待していたんだ。何しろ僕は婚約者候補の筆頭であったのだから。
「わたくしは機嫌が悪いのです」
ところが、塩対応ばかりだ。僕はまるで取り合ってもらえない。
「ソフィア殿下は貴族院に通われないのですか!?」
勇気を振り絞って会話を続けたけど、望むはずもない言葉が返ってくる。
「わたくしには心に決めた人がおりますから」
いや、貴方は王族ですよ?
しかも一人しかいない王家の嫡子だ。自分勝手な結婚を許される立場じゃない。
「ひょっとしてアルフレッド・リブ・バロウズのことでしょうか?」
今年からソフィア殿下の教育係を拝命したという男。その名は貴族院でも知れ渡っており、稀代の才能を持つという評判だった。
「どうでしょう。そのうちに発表できるのではないでしょうか?」
濁すところを見ると、まだ許可は得られていない感じ。だとすれば、僕は姫殿下にアタックし続けるだけだ。
「失礼いたしますわ。ライオール公爵様、どうぞごゆっくり」
このままではいけない。王陛下も僕たちの婚約を望んでいると聞いた。
革新派の人間なんかに彼女は譲らないぞ。
「姫殿下、今夜のパーティーを楽しみにしておりますから!」
今晩は姫殿下が初めて公に姿を現すパーティーがあった。
父上もパーティーのために登城したのであって、姫殿下と僕の仲を周知させるために僕も同行しているんだ。
「お構いできるかどうか分かりませんけれど」
丁寧なカーテシーが返されている。きっと僕は嫌われていない。
問題があるとすればアルフレッドという男だ。彼がライオール家の良くない話を姫殿下に吹き込んだのだろう。
「ご機嫌よう……」
去りゆく姫殿下。パーティーでは僕がどれだけ優秀かをアピールするしかない。
それに姫君も分かっているはずだ。
姫殿下のお相手は公爵家の嫡男である僕しかいないのだと。
◇ ◇ ◇
俺とリアーナは炊き出しの準備をしていた。
最近では買い付けに向かわずとも、商売人たちが大聖堂前まで食材を運んでくれるんだ。
「本日はこのような感じです」
「助かる。金額的にも許容内だな。それで毒草とか取り扱っていないか?」
「どど、毒草でしょうか!?」
そんなに驚くなって。
俺だって毒殺なんて望んでいないさ。不穏な計画を立てているのは次期施政者様だけだっての。
「いや、リアーナが毒殺未遂に遭ったと聞いてね。俺も毒に対する耐性を付けておこうと思うんだ」
「アル、それは危険な思考ですよ!?」
別に死んでも構わないと、刹那的な思考に陥っているわけじゃない。
寧ろ、生き続けたい。中途半端に生を終わらせたくないだけだ。
「少量ずつ摂取する。耐性を付けておかないと大変なことになってしまう」
狂乱の舞踏会を阻止するには姫様が与える発狂薬に耐性を持っておかねばならない。
(狂乱の舞踏会が始まってしまうと、確実な死が待っている)
生き残るのは姫様だけ。ダニエルや他の上位貴族も俺は斬り刻んでしまうのだから。
「心配ですわ。アルも狙われているのですか?」
「俺は所属派閥からも敵が多い。教育係の件でも一悶着あったそうだし」
俺の実家であるバロウズ侯爵家は革新派として有名なタリスカー公爵の庇護下にある。父もその後光で政務大臣をしているのだし、俺が幅を利かせることに王家派は難色を示すのだ。
「そうなのね。だったら、アルは聖教会に所属してみない?」
んん?
確かに俺は聖教会に取り入って、亡命の手助けをしてもらわなきゃなんだけど、リアーナからお誘いがあるなんて意外だった。
「しかし、俺は王国でそれなりの地位を持つ人間だぞ?」
「問題ありませんわ。アードベッグ枢機卿もヴァルディア帝国の貴族様ですし。枢機卿はご高齢ですし、ここ数年はずっと病気がちで。聖教会としては穀潰し……いえ、アードベッグ枢機卿に代わる人材を探しておったのです」
「枢機卿!? 俺は世界的な貢献とかしたことないぞ!?」
枢機卿は教皇様のお目付役。聖教会ではナンバー3という立場だった。
世界どころか王国内でも無名に近い俺が選定されるとは思えない。
「大丈夫ですよ。下手に名前が知れ渡っている方よりも、無名の方が有り難いです。純粋な人選であることを理解してもらいやすいのですよ」
不安しかないが、俺にとって悪い話じゃない。
聖教会でそれなりの地位があれば亡命など容易いこと。王国にある本部にはいられないとしても、帝国や第三国は受け入れてくれるはずだ。
(その場合、姫様は激怒するかも……)
姫様は聖教会の掌握を願っている。
俺が先んじてナンバー3の地位に入り込むことを彼女はどう感じるだろうか。
(やっぱ殺されるのかな?)
強欲な姫様は何を思うのか。
俺を裏切り者だと認定するのか、或いは……。
(いや、序列の二番と三番が手の内に入るんだ)
恐らく姫様は歓迎してくれる。
枢機卿はナンバー3であるし、聖女よりも格下だ。聖女となった姫様は俺と共謀して教皇様を支配下に置くことを望まれるだろう。
(クック、またも姫様ポイントを獲得してしまったじゃないか?)
天才であることは罪かもしれない。
俺は意図せず、姫様の要望以上のことを成してしまったようだ。
「粛々と進めてくれたまえ。俺は聖教会を背負って立つ覚悟がある!」
「まあ、とても頼もしいですわ!」
これは姫様に良い報告が出来るというもの。
聖教会に入り込むことはリアーナ暗殺の機会が増えることだし、俺としても亡命の受け皿を選びたい放題となる。
(聖女の暗殺容疑は悪魔教に丸投げすればいいし)
どうして俺はこんなにも天才に生まれてしまったんだ?
聖教会に与して悪いことが一つもない。どう転んでも俺の利益になるじゃないか。
「クック……」
「アル、どうしたのです?」
「ああいや、こっちの話だよ。聖教会の改革は任せてくれ」
現状では姫様が望まれる通りだし、聖女リアーナは生かしても殺しても俺に利を与える。
従って突き進むだけだ。元よりロードするデータなど現実世界にはないのだから。
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