34 黄金の瞳
夜のバルガス家の屋敷。
デリクは謎の人物の密会を盗み聞きした。
やがて、謎の人物は去り、デリクはまだ少し当主リーガンの動向を探る。
(「上様」が何者か興味はあるが、馬車で遠くに行くとなると、追ってもきりが無いな……もう少しリーガンを観察しよう)
そう思って様子をうかがう。
上様が去り、リーガンは立ち上がると険しい顔になる。
「フン! 無能の分際でえらそうにしおって。何が『人任せにせぬ』だ。単に俺に仕事を押し付けに来ただけではないか」
毒づく男。
下僕がやってくる。
「リーガン様。ラパレイ様が……」
「なんだ。あのバカ息子がどうした」
更に不機嫌な声を出す。
「勝手に親分の懇意にしている冒険者や兄貴分を集めて、怪我をさせた犯人を捜しております。町で騒ぎまで起こす始末でして」
「あのバカ! ……でも、待てよ。そうだな。明日早朝に息子に会うぞ。連絡しておけ」
彼らは部屋から出て行く。
(想像以上に収穫があった。でも、知らない方が幸せだったような気もする……下手をするとこのまま大事件に巻き込まれそうだ)
デリクはそう思いながらバルガスの屋敷を後にするのであった
ティルクとドーリンは暗い階段の終わりに待っている巨大な両開きの扉を見つめていた。
黒い扉の隙間からは黄金色の光が漏れている。
「この先に何があるんでしょうか」
ティルクが不安な声を出す。
「さあな、開けるしかない」
ドーリン。
扉は城門のように大きなもので、二人は自分が更に小さくなったように感じた。
「基本は木製で、鉄で補強した扉か…」
ドーリンが調べる。。
ノブを持って押しても引いてもびくともしない。
「そこに小さな鍵穴がありますよ」
ティルクは少し離れて見ていたが、ふと小さな穴が目に入った。
厨房の怪物、ネズミ人間が腰に持っていた鍵を出すティルク。
「ふむ、確かに」
ドーリンも気が付いたようだ。
「もしかしてこれで」
鍵を嵌めてみると、カチッと音がしてスルッと回る。
扉がほんの少しだけ自然に開き、明かりが強く漏れた。
「鍵を手に入れていたのは運が良かったな」
「ええ、でもこの先がちょっと怖いです」
「悩んでいても仕方がないだろ」
ドワーフがノブを持って引くとゆっくりと開く。
扉の先は豪華な広間になっている。
大理石の床に、金銀で装飾された椅子が広間の端に並んでいる。
壁は金糸の刺繍がされたレリーフや彫像などで埋め尽くされていた。
正面奥に再び扉がある。
これも立派で美しく装飾されているが、今開けた扉よりはかなり小さい。
部屋は不思議な明るさがある。
天井に何かの魔法の照明があるようだ。
「なんだこの部屋。えらく金ぴかだな」
ドーリンが辺りを繁々とみる。
ティルクは魔法の照明が黄金色ではないことを不思議に思って天井を見ていたが、その明かりに何かの黒い影が浮かぶ。
それは、照明を隠すように蠢いた。
何らかの巨大な生き物がいるのだ!
「ドーリン!」
シュルシュルと蛇の警戒音のような音。
「何だ!」
ドーリンも気が付き天井を見て斧を構える。
ガシャ!
それは天井から落ちてきた。
金属音がしたのはその者が金属製の鎧を着ていたからである。
シュー!
蛇特有の呼吸音。
それはのっそりと立ち上がる。
縦に長い瞳、二つに割れた舌。爬虫類特有の鱗の皮膚。長い尻尾。リザードマンのような姿。
見上げるような巨大さ。
「ヤバい、こいつは蛇人間だ、特大の!」
ドーリンが叫ぶ。
「蛇人間って何です!」
「敵だ。人類の敵!」
蛇人間と呼ばれるその化け物は、二つに割れた舌をちろちろさせながら、のしのしと近づいて来る。
片手には特大のシミター、片手には丸盾。
金色の胸当てをつけている。
「奴の牙には毒があるぞ。気をつけろ。俺は奴の右手、お前は左手から入って攻撃だ」
右手にはシミターを持っている。
ドーリンなりの配慮だった。
化け物はその発言が終わる前に突進してくる。
体の大きさはティルクの二倍。身長ではドーリンの三倍はあるだろうか。
二人は慌ててかわすと、敵を挟むように動く。
各々、斧とメイスで叩き据えるが、敵は両方が見えているかのように器用に受け流してくる。
「畜生! これは手ごわい」
ドーリンが毒づく。
立て続けにシミターが乱舞し、ドーリンの斧を打ち据える。ドーリンはその破壊力を受け流すだけで両手に痺れが走った。
「クソ!」
ティルクはドーリンの危機を見て、メイスを叩きつけるが、敵の盾を凹ませるだけで、逆に盾を叩きつけられて転倒させられる。
「気をつけろ、尻尾が来るぞ!」
ドーリンは必死に警告を出すが、転倒したティルクに巨大な尻尾の一撃が叩き込まれた。
ボン!
吹っ飛ぶティルク。
椅子や彫像を体で弾き飛ばして、壁に激突する。
盾とメイスは手から離れ落ち、兜も衝撃で紐が切れ、脱げてしまった。
ティルクは衝撃で気絶する。
ぴくりとも動かない少年。
激怒したドーリンは捨て身で敵の右腕狙う。
振り下ろされるシミター。
ガン!
ヘルメットの一番堅い部分でシミターの根元を受け、角で固定する。
一瞬だけ膠着した。
その隙を逃さず手首に、大斧を叩き込む。
バスッ!
鈍い音と共に、右手首に武骨な刃が入り骨が折れる。
キシャー!
蛇人間は悲鳴をあげ、シミターを取り落とす。
右手首がぐにゃッと曲がっている。
しかし、ドーリンも頭の衝撃の激しさで膝を突き、額も割れたのか血がたらたらと落ちてきた。
怒り狂った蛇人間は毒の牙をむき出しにして、ドーリンに噛み付く。
ドーリンは朦朧とする意識を必死に戻し、牙を左手で掴んで右手で下顎を押さえ、顎が閉じないよう抑えた。
「ぐ、く、くそ」
ドーリンは怪力だったが、怪物の顎の力はそれすら凌駕する。
じわじわと牙が降りて来る。
顔を真っ赤にして渾身の力を籠める。
滴る、黒い毒。
ゆっくりと、ドワーフの肩口にめり込んでいく。
牙が鎖帷子を貫いぬいたら万事休すだった。
ティルクは誰かに頬を叩かれたような気がして、はっと目覚めた。
見るとドーリンと蛇人間が腕力と顎の力で命がけの力比べを行っている。
命を懸けた勝負は怪物に有利なようだった。
ティルクの額に血が流れる。
血液が目に入るので、右目を開くのが痛い。
いらいらして、左目の包帯を引きちぎる。
すると、ぱあっと、視界に黄金色の光が満ちた。
「左目が、ある?」
確認している暇はない。
だが、無いはずの左目から視覚情報が入るのだ。
しかし、通常の景色ではない。
左で見ると漆黒の中に黄金の光が満ちることに気が付く。
この眼は通常とは違う何かを見せる瞳だったのだ。
蛇人間を見ると背中の一面に禍々しい闇の紋章が見える。
紋章が脈動し、その力が全身に満ちてパワーを増大させている様がまざまざと見えた。
ティルクは無言で腰の剣を抜く。
光を感じて自分の胸を見ると、鎧を透過して不思議な刺青の脈動が見える。蛇人間と同じように彼に力を与えてくれているが、その光は黄金色に輝き、穢れたものには見えない。
(まさか)
少年はその脈動を操作できるように感じた。
胸の光の力を剣に流すと、剣は光輝を帯びる。
(怪物のあの背中の紋章をこれで刺せば「)
強い思いが浮かぶ。
ティルクは剣を両手で掴んで、走り出す。
(軽い!)
少年は鎧も着ていないかのようだ。
異常な力が四肢に満ちている。
怪物のしっぽを踏んで風のように背中を駆けあがり、胸当ての背中に剣をまっすぐ向ける。
おぞましい紋章の中心。
怪物はあまりの早さに気づくことすらなかった。
「喰らえ!」
少年は渾身の力で剣を紋章の中央に突きたてる。
剣は胸当てをバリっと割り、柔かいバターを刺す様に剣を怪物の背中にズブズブと潜り込ませる。
「ギャー!」
苦痛のあまり、特大の悲鳴を上げる蛇人間。
ドワーフを放し、一瞬硬直する。
左目を黄金に輝かせる少年は片手でのけぞる怪物に軽々とぶら下がっていた。
剣を抜くと血が噴水のように、あふれ出る。
背骨を完全に断ち切っていた。
さっと飛びのき、敵の動きを伺う。
どうッと、倒れこむ蛇人間。
埃と血を撒き散らし、暫く蠢いていたが、やがて全く動かなくなる。
ティルクもふっと意識が途切れてしまった。
「やれやれ、一時はどうなるかと思ったぞ」
ティルクが目を覚ますと、いかめしい顔のドワーフが無理なニコニコ顔で覗き込んでいた。
少年の頭には何かの布を破いて作った包帯。
どうやら、危機は脱したらしい。
「ここは?」
「何を寝ぼけている。まだ、あの広間だ」
どうやら、まだ、蛇人間との戦いの場所にいるようだった。
部屋を見渡すと、それほど状況に変化は無い。
蛇人間はばらばらにされ、部屋の片隅に積み重ねられている。
シミターと胸当ては壁に立てかけてあり、あれから暫く時間が経ったことを思わせた。
「オオ、そろそろ焼けたようだ」
ドワーフは部屋の片隅でなにやら調理していたらしく、酷く旨そうな焼いた肉の臭いがしている。
「味は淡白だがなかなか旨いぞ」
差し出された肉に思わずむかぶりつくティルク。
空腹のあまり気が狂いそうになっている自分に気がつく。
肉はやわらかく、肉汁と旨味が口にいっぱいに広がった。
暫く貪り食ってから、ふと疑問に思い。
「……この肉は?」
「まあ、言わずもがなだな」
チラッと目を蛇人間の遺体に向ける。
「ウ、ゲ!」
思わず気持ちが悪くなったが、恐ろしく美味なのも事実だった。
「心配するな、人肉食ったわけでもないし、禁忌には触れんよ」
「でも……」
「生きるためだ。我慢しろ」
不承不承だが、納得したティルク。
人心地ついてから、はっと左目に手をやる。包帯は無いが、見えるわけでは無い。
あの戦いに起きた状態はなんだったのか。
「お前の左目は一体どうしたんだ。無くなったはずでは。不思議なこともあるものだ。金色の瞳が入っているぞ」
「ええ! どういうことです」
「その瞳は人類のものでは無いな。少なくとも見たこともない。金色だが、蛇人間みたいに縦に細いって事もないし、うわさに聞く上古のエルフみたいだ」
「そんなもの、誰が入れたんですか?」
「俺に聞かれてもわからんよ。どうだ、視力として何かあるか? 偉大なドワーフ様みたいに闇が見通せるとか」
「……左目に視力はありません。見えているのは右目だけです」
改めで左目だけで見る。
しかし、見えるのは闇ばかり。
がっくりと肩を落としてティルクは言う。
「そうか……でも、お前の男前ぶりはかなり良くなったぞ。俺よりちょっとかっこいいくらいかな」
(さすがに、それは片目がなくても勝ってるんじゃ……)
そうティルクは思った。
「それにしても、お前の働きは凄まじかったな。奴に噛み付かれて良く見えなかったが、背中を貫き通すとはな。背中の鎧も鱗も突き破って背骨も叩き折っている。人間業とは思えない。まさしく、火事場の馬鹿力だ」
ティルクは「人間業とは思えない」と言う言葉にぞくっと恐怖を覚える。
あの光景、あの力は今から思うと幻想のようだ。
「ドーリン、これからどうします」
「どうやらここは行き止まりのようだ、下に戻る以外にないだろう」
うんざりした顔でドーリンは答える。
「あの扉の先は?」
ティルクは気になっていた扉を指さした。
「ああ、お前が寝ている間に見たが、あそこにはいつの時代かわからん女が一人眠ってるだけで、行き止まりの小さな部屋だ」
「女? 何者です」
「さあな、お前も気になるなら見たらどうだ」
ティルクはうなずいてその扉に向かう。
扉は開いており、暗い部屋に入る。
古代の貴人を安置する玄室のようでもあるが、墓場特有の陰湿な雰囲気はない。
床は白い大理石で作られ、壁にも幾何学的な装飾があった。
小さな部屋の中央には台座があり、その上に半透明の巨大な球体が鎮座する。
その中に白銀の髪を持った女が目を瞑って浮かんでいた。
古代の衣服だろうか、白いゆったりした衣装が水晶の中で揺れている。
「こ、この人」
ティルクは女を見て心に衝撃を受けた。
2026/5/13 微修正




