33 陰謀
畏まって座るブーンとゆったりと腰掛けるリアンナ姫。
庶民的な酒場の雰囲気では、リアンナの優美な容姿は浮いている。
しかし、彼女は全く気にもしていない
「姫様、誰に襲われたのです」
ブーンが問う。
「バルガスってあなたの部下も言ってたでしょう。あいつ等よ」
「ホルス人の犯罪者デリク・ヴィクターと組んでいると聞きましたが」
「ええ、あの人は私が一人なのを見かねて援軍してくれたのよ」
「あいつは誘拐犯では」
「デリクの言い分では冤罪のようね。盗みはするけど誘拐なんてことはしないって言ってたわ」
「そ、そうですか。でも、犯罪者なんていくらでも出まかせを」
「敵は十六人もいたのよ。姑息な奴なら助けてくれるはずがないでしょ。あなたなら二対十六で戦えるの?」
「そ、それは。むり、かも」
頭を掻くブーン。
ブーンは剣が苦手だった。
「バルガスはエルヴィとティルクと言う少年を追っていたわ。そして、なぜか私に標的を変えた。バルガスの上には指令を出す何者かがいるのよ」
「……王の密偵を殺してましたからね、ヤクザ者程度がやることではないです」
思わずうなずくブーン。
「あなた、何か知らない? バルガスの事」
「当主のリーガンは司法長官と仲がいいですね。今日もあいつの紹介で地方の奴らと会ってましたよ」
「地方?」
「どこかの商工会の陳情団だとか。なぜか、あの女が……」
途中まで言って、しまったという顔をするブーン。
「あの女、どの女よ」
「えーっと、それはその」
「教えてくれたら、素直に城に帰るかもよ。あなたの説得で帰ったといってもいいわよ」
「そ、それは……」
脳内で駆け巡る打算。
「帰ってほしくないの?」
笑顔のリアンナ。
憎らしいが、とても美しい。
「ふー、仕方がない。教えますから絶対城に帰ってくださいね」
「ええ、もちろんよ」
心の中で舌を出すリアンナ。
「あの女、デリクとドーリンの冒険仲間ターニャがキルボールの正式な使者として、司法長官の元に来たんです」
「ほう、それで」
「彼らは妖術師の誘拐を妨害したため、そいつに恨まれて呪詛をかけられ、誘拐の冤罪を受けたというのです。キルボールでは妖術師の手先が暗躍してたので、冤罪だとはっきりしたと」
「そうなのね。司法長官は間違いを認めたの?」
「それは、その……ああいう人ですから」
「あのくだらない男が自分の失敗を認めるわけがないわね。それでターニャは?」
(よくわかっていらっしゃる)
内心苦笑するブーン。
「なぜか、司法長官と会っていた陳情団をつけまわしているようです」
「ターニャは魔法使い。何かに気が付いたのかも。陳情団はどこにいるのかしら? どこの陳情団なの」
「確か、マグレスだったかな。彼らの居場所は密偵が追ってます」
「場所がわかったら私の宿に連絡して『緑の子馬亭』よ」
そう言うと立ち上がり、すたすたと振り返りもせず立ち去るリアンナ。
いつも通り、唖然と口を開けたまま姫を見送るブーン。
「隊長、よだれが垂れてますよ」
部下の一人が声をかける。
「は? うわ」
思わず服の袖で拭く。
「リアンナ姫、美人ですからねぇ」
「勘違いするなよ。お前なぁ。俺たちの首が今切り離されるかどうかの瀬戸際だとわかってんのか」
「そ、そうなんですか」
「当り前だ。あの姫がもし敵の手にかかって死ねば俺たちは全員警備の手抜きで死刑。あの女ライオンが癇癪起こせば俺たちの首を跳ねる。姫の言うことを聞いても死、聞かなくても死だ。俺たちは今、ぎりぎりなんだよ」
「か、考えすぎでは」
「お前はなーんもわかってない!」
夕闇に暮れていく街。
東地区にある大きな屋敷の前の茂みに誰かが潜んでいる。
余程注意深い者でも分からないだろう。
それほど巧妙な隠密だった。
「結局、こうなるわな」
その者は独り言をつぶやく。
デリクだった。
彼は一人、バルガス家を門の前の茂みの中で見張っていたのだ。
今は陽も暮れて少し経っている。
世間的には夕食も終わる時間だ。
「バルガスが動いてくれたらいいんだが」
いつもの癖で独り言。
ここに来る前に捕まえた捕虜のリガルの住居に向かい、こっそりと財産を頂いている。
その後にバルガス家に投げ文をしてリガルの居場所を教えた。
その件なのか、バルガス家の使いの者が行ったきり帰ってこない。
「あんなやつのことはどうでもいいが、一応、奴の話の裏を取っておかないとな」
いい訳じみたことをつぶやく。
リガルの家で一働きしたデリクはそこそこの現金を手に入れている。
「空ッケツだったから、スゲエ助かったぜ。悪党がセコセコ貯めた金をがっぽり掠め取る。これこそ泥棒様の醍醐味」
懐のズシリと重い財布を見てにやつく。
「それにしても、あのお嬢さんを一人待たせておくのは苦労するぜ」
宿での口論を思い出す。
好戦的で何でもやりたがるリアンナ姫。
当然のようにバルガスの屋敷に浸入すると言って、反論に耳を貸そうとしなかった。
レティと二人で散々説得しても納得しない。
結局、彼女が納得するまで、
「えらく、時間がかかった……」
遠い目をして、思わず嘆息する。
「でも、あの様子じゃ、宿で女の子二人、大人しく待っているなんて絶対なさそうだな……」
大きなため息をついた後、再び、バルガス家の様子に目をやる。
バルガス家の屋敷は半分が運送業の預り荷物の倉庫などになっている。
かなり大きな屋敷だった。
そして、下手な砦より防御は強固かもしれない。
堀こそないが、屋敷の周りはぐるりと高い石の塀があり、その上は歩けるようになっており、ヤクザ者たちが常に監視を行っている。
門は巨大な木製の門で、破城鎚でも使わないとこじ開けるのは無理だろう。
その周りにも、数人のヤクザが剣や斧で武装し、監視を怠らない。
「最低でも、五十人はいるな。下手するともっと兵はいる。さて、どうやって入るか」
しばらく監視していると、カンテラを灯した一台の馬車がやってくる。
御者が門衛と一言二言話をすると、すぐに門を開けようとする気配。
「これはちょうどいいかもな。今は暗いから」
先ほども馬車が一台来たが、その時はまだ明るく、人手も多いので躊躇したのだ。
暗くなってから手ごろな馬車の到着。
しかも、迎える側も妙にこそこそして人も少ない。
デリクは、いつものように地面に擬態すると、素早く止まった馬車に忍び寄る。
そして、馬車の底に張り付き難なく侵入を果たした。
馬車は屋敷の玄関の前で止まり、数人の男が降りてくる。
屋敷からも、数人の出迎え。
「これはこれは、上様」
壮年の男の声。
(上様ってことは馬車の野郎は相当偉い奴だよな)
「リーガン、私が来た理由はわかっているだろうな」
馬車から降りてきた中年の男の声。力強い。
「はい、それはもちろんでございます、しかし、このような場所にいらしては誰の目に止まるか……」
壮年の男が答える。
彼がバルガス家の当主リーガンらしい。
馬車の下からでは姿は見えない。
「重要な仕事は人任せにはせぬ。私の決意がわからぬのか」
「それは……さすが。素晴らしいお覚悟をお持ちです。では、こちらに」
彼らはぞろぞろと家の中に入って行く。
同時に馬車が動き出すので、さっと飛び出して、玄関の脇にある植木に身を隠す。
誰にも見つかってないことを確認してから、屋敷の通用門に張り付いた。
そして、魔法のように簡単に開ける。
するっと小動物のように、デリクは建物に入った。
突然の来客に数人の召使たちが忙しそうにうろうろしている。
密談をしている部屋はすぐに見つかった。
豪華な杯をのせた盆をもった召使の後を辿ったのだ。
ただし、扉の前にはしっかり兵士が立っているので、別の部屋の窓から外に出る。
そして、密談の部屋に忍び寄り、ガラス窓に調音器を当てた。
もちろん、壁に擬態している。
「それでは、その陳情団に例の連中が入れ替わっているのだな」
上様の声。
ガラスを通して中の会話がはっきり聞こえる。
「はい、王は誰とでも会われるお人柄。それを逆手にとって接近します。話し合える距離ならあのお方たちが失敗するはずもありません」
リーガンが答えた。
「しかし、武器はどうする。王の面前に武器は持ち込めないぞ」
(こいつら、王の暗殺を話し合っているのか?)
重要な会話に驚くデリク。
「それもぬかりはございません。奴を連れて来い」
しばらくして、一人の人間が入ってくる音がする。
デリクは我慢できなくなって、窓からこっそり覗く。
部屋には数人の男たち。
仮面にローブの男が一人だけ腰掛けている。
彼が「上様」なのだろう。
対面位置に、筋骨隆々の護衛二人を侍らした白髪の壮年の男。
彼がリーガン・バルガス。
デリクは過去にリーガンは見たことがあった。
そして、彼らの横に一人の男が立っている。
いかにも商人風の男で、商工会ギルド関係者と言ういでたちであった。
男は恐ろしく間延びしたような表情をしている。
何かの術をかけられているのか、全く目に意志がない。
「おい、フリッツ。上着を脱げ」
リーガンの命令。
フリッツと呼ばれたその男は、ぽかんと口をあけ、やや上の方を見ながら軽くうなずく。
そして、無造作に上着を脱ぐ。
その男の体型は特に変哲もない太った中年男の体だが、異様なことに胴体の全体に剣や斧、シミターなどの武器の刺青がびっしりと施されている。
「これは?」
「ヴォルガン様の偉大な魔術の傑作でございます。この刺青に触れると剣や斧が飛び出してくる魔術です。しかも、この者は武器を出し尽くすと死ぬようになっております」
(ヴォルガン! あの妖術師!)
デリクの心に王城の屋上で出会った不気味な男が思い浮かんだ。
「叩けばよいのか」
仮面の男は刺青に触ろうとする。
「お、お待ちを。一度発動すると戻せないのです。我らが試しで武器を取り出せば、その分、あの方たちの武器が一つ減ることに……」
「ふむ、そうか、ならば信じて試すのは止めるとしよう」
「は、申し訳ございません」
頭を下げるリーガン。
「……」
仮面の男は興味深げにじろじろとフリッツを見る。
「フリッツ、下がれ」
刺青男は上着を着ると、のろのろと部屋を出て行く。
「それにしても、あの男、魂までないようだ」
「あの者は既に死んでおります。先ほど『死ぬ』と申し上げたのは、ある意味、嘘になりますな。既に死んでいるのですから。あの者の魂は既に滅び、今は悪霊が取り付いております」
「まさしくゾンビだ」
「生きていてはことが最悪の結果になった場合に情報が漏れる恐れがあります。死んでいるのに生きているように動いているなら、これほど便利なことはありません。これもヴォルガン様の御手配です」
「ぬう。さすが魔黒十傑の一人。恐ろしき術だ」
(魔黒十傑? マジ? もしかして、俺、そんなヤバい奴に恨み買ってる?)
少し焦るデリク。
「だからこそ、上様のお役に立つというものです。上様が王になられた暁には……」
「口に出すな、真に切なる願いと言うものは秘めるものだ」
「申し訳ございません。さすが上様」
「それにしても、バルガスの当主その人が悪魔教の司祭とは恐れ入る」
「私などは、教団の末席に座るだけの者に過ぎません。ヴォルガン様の下僕と名乗るのも恥ずかしい限りです」
(バルガス、想像以上にやばい連中だったんだ。山賊如き相手にならんわな。勢力伸張するわけだよ)
バルガス家の運送業はかなり繁盛している。
「ところで、リアンナ暗殺は失敗したのだな」
(やっぱ、上様が黒幕かよ)
「は、申し訳ございません。上様の部下の方も……」
「ハーフオークのことなど気にするな。あれは使い捨てのゴミのような生き物だ。わが領に幾らでも住み着いておる。少し減った方が清々するわ。それより、あの姫は目障りだな。あれの剣術は女の真似事では済まん。王の側にあれがいては決行に支障があるやも知れん」
(アーロンでハーフオークの居住地があるのは南方だな、どこの領主だろう? 暗殺狙うぐらいだから王族だよな)
「リアンナ様は例の囚人失踪事件を調べるために勝手に城を抜け出し、そのために王と絶縁状態だと言ううわさです」
「あの事件……話は聞いているが。とりあえず、私には関係がない。そんなことより、城下町をうろついている間にとっとと始末しろ。あれさえ死ねば王を守る剣はいない」
「さすがに、姫一人ごときに……」
「油断するな。衛兵などたいした者はいないがあの姫は侮れない。英雄と呼べる者は全て領地を貰って荒野の経営に躍起になっている。あの姫だけが唯一残った懸念材料だ。あれさえいなければことは確実だろう」
「しかし、まだ王妃が」
「長年、あの女は剣を帯びてもいない。冒険者は引退したと公言してな」
「ははは。それではもう成功したも同然ですな」
「念には念をだ。リーガン、王の件も姫の件も頼んだぞ。手下が必要ならハーフオークは幾らでも貸せる。必要なら連絡をよこせ」
「は」
「ではさらばだ。見送りには及ばん」
そう言うと、上様は立ち上がり部屋を去る。
「はは」
跪いて頭を下げるリーガン。
2026/6/7 6/14 微修正




