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32 死臭

 ターニャが案内された部屋は豪華な執務室といった雰囲気である。


 立派な机の後ろに司法関係者であることを示すローブを着た男が資料に目を通していた。

 顔も上げずに声を出す。

「ターニャだな。フィフス騎士爵家令嬢」

 男の声は甲高い。

「はい。陳情書はお読みいただけたでしょうか」

 司法長官は小柄でとても貧相な初老の男。

 目つきも暗く、一目で好きになれないとターニャは思ったがおくびにも出さない。

「ああ、しかし、我が国がキルボールの意見を聞く義務はない」

「それはそうですが、妖術師の呪詛の可能性もあります。そもそも二人には攫った相手も存在しないのですよ」

「……」

「我が国も悪人に騙されて二人を指名手配しましたが、セレネという娘を狙う妖術師の存在が発覚して、そもそも呪詛であったと結論付けられました」

「……にわかには信じられん。私が騙されていたというのか。そもそも、お主も本来なら捕縛されるべきなのだ。キルボールの正式な使者だから手出しはせぬが」

「相手は手練れの妖術師です。私も二人も冤罪です。あなたも騙されたのです」

「……ならば、そうか。つまり、あの小僧と二人は妖術師の手先で、妖術で逃げおおせたのだ」

 妙な結論に辿り着く司法長官。

「逃げおおせたとは?」

「こちらの問題だ。キルボールの使者には申し訳ないがあの者たちの処遇はこちらで決める」

「妖術師は全ての人間の敵ではないでしょうか。善処をお願いします」

 ターニャは頭を下げる。

「キルボールには関係が無い話だ。そもそも敵国の人間であるあなたに会っただけでも善処であると知ってほしい」

 もう帰れというゼスチャーをする男。

「王に面会をお願いしたのですが」

「王には……」

 王には会わせられないと思ったが、正式な文書を持つターニャを自分の判断で退ければ、後で責任問題になるかもしれない。

「王には申し上げよう。しかし、会わない可能性の方が高いが。城下町で沙汰を待て。勝手に居場所を変えないように。宿は衛兵に伝えてくれ」

「ええ、お待ちしますわ」

 頭を下げて退席した。


 司法長官の部屋を出る。

 扉の外には数人の男たちが待っており、次の面会者なのだろう。

 ターニャは彼らに会釈してすれ違う。

 服装から商人のようだ。


「くんくん。死人の匂いだ」

 バリーが妙なことを言う。

「死人?」

「歩く死体だ。あいつらの一人が」

 振り返って見ると、商人たちは笑顔で司法長官と挨拶している。

「何なの、どういう事よ」

「死体を引き連れて司法長官と歓談しているのだ……ふむふむ、あ奴ら王に謁見するらしいぞ。隣町との法的問題とか、投資の問題があるそうだ」

 しばらく盗み聞きをする象の頭。

「意味が分からないわ、城を出たら詳しく教えて」

「いいだろう」

 衛兵も来るので小声でも会話が難しい。 

 衛兵に泊まってる宿を伝えてこの場を去った。


 城の正門を出て、跳ね橋を越えてから振り返る。

「バリー、どういうこと」

「あの商人たちの一人が死体だった」

 象のぬいぐるみが鼻を上げて答える。

「アンデッドってこと?」

「違う、いうなれば死骸を使ったゴーレム。肉のゴーレムだ」

「楽し気に話してたわよね全員」

「そういう芸ができるのだ、死骸のくせに」

「何なの。あの司法長官は妖術師なの?」

「違うだろう、性格が悪いだけの男だ」

「つまり、商人たちは死骸を引き連れて城に乗り込んでたのね。目的はわかる?」

「王への謁見の日取りを確認していた」

「それ、いつよ」

「数日後だ、今日ではない」

「はっきりしてよ」

「象耳でも雑音で聞こえない時もあるのだよ」

「とにかく、放っておけないわね。どうせ暇だし、王に会える保証もないし」

「悪の陰謀を暴いて妖術師を倒せば王も会ってくれるかもな」

「そうね、頑張るわ。でも、行方不明になった二人はどうなったのかしら」

「神隠しなら異界にいるのだ」

「それってさっき言ってた話ね。私が救出に行ける?」

「やめておけ、城が選んだがゆえに異界に入れたのだ。お主は選ばれていないだろう」

「そうなのね。とにかく死人を調べるわ。異界の二人が出てきてもやっぱり縛り首じゃ意味がないから」

 様子をうかがいながら話す二人。


 やがて、件の商人の一団が城から出てくる。

 彼らは馬車に乗りこみ、数騎の護衛と共に東に行くようだ。

 徒歩では追えない速度で行ってしまう。

「走って追ったらバレバレよね。象さん、あんた魔法で追えないの」

 ため息をつくターニャ。

「できるけどやらないぞ。ちなみに、あ奴らはマグレスの商工会だそうだ。総勢三十人もいると言ってたな」

「本当にケチね……じゃあ、あれは一部なのね。三十人もいたら大きな宿以外は無理よね」

「まあ、そうだろうな。大貴族の家なら宿泊できるかもしれないが、身分の低いものを泊まらせるはずもない」

「あいつらの宿を探すわ。悪の正体を暴くの。その功績で王に謁見するのよ」

「若干、無理があるかもな」

「無理でもやるわ」


 ターニャは気が付かなかったが、城を出たと同時に数人の男たちが彼女の後を追っていた。


 彼女は城の近くの宿を巡って、マグレスの商工会が宿泊している宿を探す。

 やはり、人数が多いのか、すぐに見つかった。


 適当な宿に入り、店主などに問う。

「おじさん、マグレスの商工会の人はここに泊まっているかしら」

「はあ、お譲さんはどちらの方です」

「商工会に親戚のおじさんがいるのよ、首都に来ていると聞いて、久しぶりに会いたくて探しているの」

「それなら聞いたことがありますよ……」

 ターニャは見かけも清楚で美しく、言葉遣いも上品。疑いようもない。

 宿の人間たちは快く教えてくれたのだ。

「『白髭亭』ね。この街でもかなり大きい宿だわ」

 

 ターニャはロッドを握りしめて、その宿に向かう。

 その頃には陽が落ちかけていた。





 衛兵隊長のブーンは司法長官に再び呼び出されていた。

(さっきは怒鳴りやがって。本当に糞ジジイだ)

 内心怒りながらも司法長官の部屋に向かう。

 

 途中、魔法使い風の女が話しかけてきて、自分の泊まっている宿を伝えた。

「ああ、司法長官の指示で居場所を……不要不急の外出は控えてくださいね」

「はい、わかりました」

 女は姿も美しく、挙措も礼儀正しい。

 ブーンは無精ひげを剃ればよかったと後悔しながら微笑んで彼女を通す。

 ふと、変なものが目に入る。

(ぬいぐるみの頭が付いたロッド? 象、だよなたぶん)


 司法長官の部屋の前に行くと、数人の男たち。

 話が終わって立ち去る直前のようである。

(運送業というかヤクザ者のリーガン・バルガスの野郎だ。他のは何者だろう、商人?)

 一人の壮年の男に見覚えがあった。

 商人風の服装だが、がっしりした肉体。短い髪と髭。顔にも傷があり堅気には見えない。

 リーガンはブーンを見ても完全に無視して立ち去る。

(け! 司法長官と仲良くしてるから、下っ端の俺なんざどうでもいいってか?)

 そう思いながら、無理やりの笑顔を作り、司法長官の部屋をノックした。


「今、キルボールの使者として、ターニャ・フィフツの訪問を受けた」

 司法長官は不機嫌そうに言う。

「ターニャ。もしかして」

「ああ、消えたデリクとドーリンの仲間だ」

「ならば、すぐに逮捕しては」

「ダメだ。一切手を出すな。あの女はキルボール司法の正式な使者としてきた。逮捕には王の許可がいる」

(こいつはいつもこれだ、責任を取るのが怖い。本当にクズだ)

 内心悪態をつくブーン。

「女の目的は」

「あの女は自分と仲間の二人が妖術師の呪詛で冤罪にかけられたと主張してる。キルボールはそう認識したようだ。だから二人を釈放しろと」

「し、しかし」

「そうだ、二人は城で消えた」

「ならばいかがしましょう」

「それぐらい自分でわからんのか。見張って、女から情報を得るのだ。女には城の密偵を付けた」

「は、はい」

「それと、リアンナ姫を見つけたら、即刻、城にお連れするのだ」

「はい、しかし、彼女はどこに行ったのか、城の密偵とも連絡がとれず」

「目撃情報が来た。姫は暴漢に襲われて、逆襲し、十数人を斬り殺したという」

「一人でそんなに?!」

 思わず素っ頓狂な声になるブーン。

「協力者がいたようだ。死骸は西地区に転がっている。それも回収して調べろ。すぐにだ!」

「はい。ではすぐに」

 頭を下げて退出するブーン。


「なんで私の部下は無能ばかりなんだ。しかし、冤罪が本当なら私の失態に……」

 ブーンが退出するときそんなつぶやきが聞こえる。

(クソ爺、貴様こそがこの城一番の無能だよ!)

 激しくそう思うブーンだった。


 城を出ると目つきの悪い男が待っている。

 路地に入ってこそこそ話す。

「城の密偵か」

「はい」

「ターニャを追っているのだな」

「はい、今、女は宿に帰らず別の方角に向かってます」

「あいつは犯罪者の仲間だ、何が目的なんだ」

「どうやら、地方の陳情団に目を付けて追っているようです」

「陳情団? なんだそれは」

「司法長官とお会いになられていた連中です、バルガス家の紹介で」

 すれ違った男たちを思い出す。

「ああ、あいつらか。何かあるのか、あいつらに」

「さあ、そこまでは。なぜかターニャは彼らに興味があるようです」

「陳情団はどこの奴らだ、まともな奴らなのか」

「さあ、まだ調べてませんので、でも場所は確かマグレス。地方の商業都市です」

「女とそいつらのことは調べてくれ。俺はリアンナ姫を探す」

「姫は西地区で敵の襲撃を受けて撃退し、その後、呉服店で目撃がありました」

「今、姫はどこに」

「まだ連絡はきておりませんが、部下が後をつけています」

「死骸の回収はこちらでやる。とこで、襲撃前に姫を見張ってた密偵はどうした」

「残念ながらやられました」

 首を振る男。

「そうか、誰がやった」

「たぶん姫の襲撃者です。しかし、我らの女獅子が仇を討ってくれたようです」

 やや誇らしげに言う密偵。

「死体の片づけは俺たちの仕事なんだぞ」

「それは、お気の毒です」

 薄ら笑いの密偵。

「襲撃者は調べたのか」

「バルガス家のようですが、そこはまだです。我らも人数に限りがありますので」

「死体は衛兵で調べる。ターニャと陳情団は任せたぞ、後、姫の居場所がわかったら連絡をくれ」

「はい」

 そう言うと単なる通行人のような顔で立ち去る男。

 個性が少ない。


 死体の回収は部下に任せ、いつもの酒場でくだを巻くことにした。

(役人の仕事はどう働いても同じ給料。サボれる時にサボらないとな。必死に頑張っても無駄)

 そう考えて、まだ明るいのに酒を喉に流す。

 一杯目の酒を飲みほした時、部下が報告にやってくる。

「隊長、死骸を回収し終えました」

「そうか、ご苦労。座って酒でも飲んでくれ」

「はい」

 合図すると店員が酒とつまみを運んでくる。

「何がわかった」

「死骸はバルガス家の人間とハーフオーク、スラム街の人間のようです」

「戦ったのは?」

「浮浪者が見ていました。連中と戦ったのは白い服に細剣の女と小柄な隠密のようです」

「細剣の女は想像はつくが、隠密?」

「ホルス人ですね」

「嫌な予感がするな、デリク・ヴィクターではないのか」

「人相風体から可能性は高いです」

「姫と誘拐犯のデリク。奇妙な取り合わせだ」

 酒が注がれ、ゴクッと飲む。

「二人は一人の捕虜を引き連れてどこかに消えたようです」

「ということは生きているとして、その捕虜も抑えたいな。そいつは見つけたか?」

「西地区に。危険地帯に消えたようですので……」

 部下の顔に微かな畏れが見える。

 この街の人間であの地域に行きたい人間はいないだろう。

「姫は捕虜を尋問した後で呉服店に行ったのだ。密偵が追っているが、今はどこにいるのやら」

「我々の情報では見つかりませ……え! い、居ました」

「何を言ってるんだお前は」

「あの……隊長の真後ろです」

「え? ほへ!」

 慌てて振り返ると、真後ろに鎧姿のリアンナが立っていた。

 鎧の上に薄い皮のコートを着ている。

「ほへって何よ」

 艶然と微笑むリアンナ。

 ブーンは慌てて立ち上がる。

「ひ、姫様。よくぞ御無事で。大勢の敵を撃ち果たされたとか」

「数は多かったわ。でも、たいして手ごたえが無かったわね」

「そういう問題では。とにかく、お城にお戻りください。街は危険です」

「事件が解決したらね。隣に座ってもいいかしら、ついでに部下の皆さんも下がってもらっても」

「は、はい、お前ら、離れてろ」


 リアンナがブーンの横に座り、部下が遠くの席に行く。




2026/6/6 6/14 微修正

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