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31 ターニャの決意

「私は玩具ではないぞ、慎重に扱うのだ」

 ロッドの上に載る象頭のぬいぐるみこと、バリー・セスがターニャに文句をつける。

「はいはい。じゃあ、早速、瞬間移動でアーロン王国の首都までお願いね」

「ブー。ダメ」

「なによ、それ」

「受動的と言ったはず。お主の危機には協力しよう。しかし、便利に使われると禁忌に触れる。瞬間移動もお主が死にそうな時や、任務が失敗する時だけに使えるだろう」

「なんだか、かなり不便ね」

「不便ではない。通常と変わらないと言うことだ」

「……」

(まあ、いいか。これがあったら、いざと言う時頼りになるわ。保険みたいな感じね)

「私を焦点具として用いれば、そなたの力くらいならたやすく増幅できる」

「はいはい、それは便利だわ」

 少し気のない返事をするターニャ。


 様子を見ていたセリウスが、

「ターニャ。今なら岩か何かにぶつけてへし折ったら倒せるのじゃないか?」 

 こっそり耳打ちする。

「ダメよ、そんなの」

「……無駄だ。そのようなことで死ねるのなら苦労しない」

 バリーが答える。

「うわ、聞かれたのか」

 あせるセリウス。

「聞こえなくてもお見通しだ」

「意外と勘が鋭いのね……」


 話がついたところで、二人は別れる。

「セリウス。ありがとう。ここでお別れね。事件が綺麗に解決したら冒険者から足を洗うわ」

「そうか、それが良いだろう。国に落ち着くんだよな。お見合いするんだろう?」

 そうセリウスが言うと、ターニャはとたんに不機嫌になる。

「なによ。私はさっさと片付いた方が良いって言うの、あなたは! 人の気も知らないで!」

 何故か突然怒り出したターニャ。

 唖然とするセリウス。

「もう、バカ!」

 ターニャは憤然と馬に乗ると行こうとする。

 セリウスは慌てて、さっとターニャの手を掴む。

「きゃ、なによ。落ちるじゃない」

「すまん。だが、気をつけて」

 セリウスの顔を見ると、真剣そのものだ。

「……ええ」

 何故か、しおらしくなったターニャはそう答える。

 やがて、草原に一人、ターニャは小さくなって行く。

 セリウスたちは彼女が見えなくなるまで丘の上から見送っていた。


 彼らと別れ、アーロン王国の首都を目指すターニャ。


 アーロンまではキルボールの首都から馬で行けば一週間程度の距離である。

 両国はあまり仲が良くないが、商業的には結びつきが強く、キルボールの農産物を人口の多いアーロンが買うという関係が長年続いている。

 尚、キルボールはアーロンの工芸品と砂漠を越えた遠い国の交易品買っている。

 

 そのような関係なので、道は整備され、宿場町もある。

 ただし、たとえそうではあっても女の一人旅は危険が多い。

 しかし、ターニャは危険を顧みず一人旅を続けていた。


「最初から一人で旅をするつもりだったのか、無謀だぞ」

 ターニャが腰に挿すロッドの頭、象のぬいぐるみのバリーが声を出す。

「うるさいわね。私は魔法使いよ。雑魚なんかに負けないの」

「ふうむ。しかし、何にも考えない野盗の類もいるだろう」

「野盗なんて、私の手に火花を出すだけでビビって逃げるわ。冒険中何度もやったことがあるの」

「そういうものか」

「そういえばあなた、何で襲われてたのよ。あいつら魔黒教国と言ってたわよね」

「あの者どもは邪悪の意思で動いている」

「あの人たちはあなたみたいな怪物の打倒に来たんじゃないの?」

「怪物とは失敬な。私はれっきとした人間だ!」

 などと言う象頭のロッド。

「どこをどう見たら人間なのよ!」

 思わず、馬上で大声になるターニャ。

「とにかく、あれは魔黒教国の者どもだから、私は止めなければならんと思ったのだ」

「ふーん。魔黒教国って遠い南方の国よね」

 アーロンのはるか南、ジャングル地帯に邪教の国があると聞いていた。

「そうだ」

「それで、その邪教徒をなんであんたは止めるの?」

「あの者たちがうろついて良いことがあると思うか」

「ろくなことしないわよね」

「それに、あの者たちの目的を知る必要もあった。単なる略奪ではあるまい」

「で、何かわかったの」

「私ならあのような脆弱な者たちの心を読むのはたやすい」

「私の心は読まないでよ」

「心配するな、力はみだりに使ったりしない……あの者どもは私と目的が同じだった」

「つまり、マナを持ってる人間を探してたのね」

「そうだ。そして、生きたまま攫うように命じられていた」

「マナを持つ人のことは知ってたの?」

「それは知らなかった。奴らはキルボール内のスパイと接触して指示に従う予定だったのだ」

「え? じゃあ、そいつの事セリウスに教えないと」

 思わず馬を止め、キルボールの方角を振り返る。

「アーロンに向かうのではないのか」

「でも、祖国のスパイを放置するわけには」

「私があの若者にメッセージを送ってやろうか?」

「それなら頼もうかしら」

「では、いでよ使い魔」

 ロッドの象頭が念じると、手のひらサイズの黒い子猫が空中に出てくる。

 ひょいと象頭の上に乗ると退屈そうにあくびをした。

「あら、かわいいわ」

 笑顔になるターニャ。

「三つ目猫のダークアイだ」

 その黒い子猫は眉間に瞳があり三つ目。

 ロッドの象と謎の言語で話し始めた。

「にゃー」

 返事する子猫。

「にゃーだ。では頼んだぞ」

 ふっと消える子猫。

「大丈夫なの、何を話したの」

「キルボール伯の宰相家が魔黒教に帰依している」

「待ってよそれ! そんなのすごい大きな話よ!」

 思わず馬を止め、大声を出すターニャ。

 そして、人に聞かれていないかキョロキョロする。

 牧歌的な平野と街道が続くだけで人の姿はない。

「国家の中枢に近い人間を篭絡するのはスパイとして普通の行動だ」

「でも、そんなの、セリウスではどうしようもないわ。下手をすると殺される」

 正義感の強い青年が悪党に暗殺される想像が湧く。

「確かにそうなるかもしれん」

「今、伯爵と宰相はあまり仲が良くないって聞くけど……そういう背景もあったのかも」

 考え込むターニャ。

「では、どうする」

「やっぱり、連絡はしないで。猫ちゃんは戻せるかしら」

「いいだろう、ダークアイ」

 黒い子猫が虚空から再び現れて、鳴く。

「にゃー」

「何度も呼ばれて迷惑だそうだ」

「いいのよ、人が死ぬよりマシ。今はアーロンに向かうわ」

「スパイはいいのか?」

「……適切な人に教えたいけど……やっぱり伯爵よね」

「では、伯爵に」

「待って。いきなり使い魔の子猫が来て信じるかしら」

「信じないだろう」

 やや面倒くさげに答えるバリー。

「じゃあ、そうよ。私の師匠に伝えて。紹介状を書くから」

 紙片を取り出し、慌てて事情を書きなぐるターニャ。

 バリーに師匠のことを説明する。

「大魔導ジョシュアか、会ったことはないが噂は聞いている」

「何を知ってるの」

「キルボールの魔術の長で、国を守っていると。多分、私のことも少しは知っているだろう」

「信じてくれたらいいのだけど」

「魔黒教の悪魔信仰は世界の癌だ。良識を持つ全ての者の敵なのだ。お主の師匠も事情はすぐに理解するだろう」

「……はい、紹介状と手紙よ。猫ちゃんに」

 象が鼻で紙片を受け取ると、それは小さな首輪になった。

 そして、それが黒猫の首に勝手に巻き付く。

「頼んだぞ、ダークアイ」

「にゃー」

 虚空に消える黒猫。

「大丈夫かしら」

「お主の師匠を信じる以外に方法はないだろう」

「……」

 ターニャは不安げに祖国の方を見るが、現状でできることはないと考え、馬首をアーロンに向ける。

 

 この子猫のメッセージはキルボール国内の政治闘争に繋がるが、それはターニャには関わりようのない話でもあった。


 旅は続き、ターニャはようやくアーロン城が見える場所まできた。


 彼女はキルボール司法長官の陳情書をもう一度見つめる。

(これであの二人が無罪放免になればいいんだけど)

 デリクとドーリンが妖術師を追い払ったがゆえに恨みを買い、冤罪を被る呪詛をされていたというキルボール司法からの正式な連絡である。

 もちろん、この文書には何の法的な効力もなく、条約で何かが保証されてもいない。

 仲の悪い二国間では無罪の「陳情」以上のことはできないのだ。 

 国家から見ればただの個人の犯罪者である。

 しかし、地位のある人間からの陳情であれば、考慮される可能性はある。

 また、呪詛であると明言されているので不可抗力であったという判断も出るかもしれない。

 ただ、アーロンの王や司法が頑固に間違いを認めなければ、二人の処刑はどうしようもなく止まらないだろう。

(私ができることはこれだけ。残念だけど)

 一応、アーロン王に謁見して申し上げるつもりである。

 仮に会えなくてもアーロンの司法長官が会ってくれるかもしれない。

(王に会って許諾を得るのが一番早いけど、無理でもなんとか食い込まないと)

 決意を胸に、馬を駆るターニャ。


 城下町に入る街門では身分の照会は行われず、僅かな税金を払うだけで通ることができる。

(アーロンに来るのは久しぶりね)

 いつも通りの活気に満ちた国だ。 

 彼女の祖国キルボールより明らかに繫栄している。


 一軒の宿を王城近くで取り、すぐに向かう。

 宿から近いので徒歩。


 黒くて四角い巨大な廃墟を再活用した城。

(何度見ても不気味だわ。堅牢なんでしょうけど)

 上古人が作った城は今の人類では理解できない高度な建築技術で作られている。

「アーロン城か。いつ見ても呪われているな」

 象頭が突然声を出す。

「しっ! 変なこと言わないで」

 キョロキョロして小声でバリーに文句を言う。

 今は閑静な住宅街であり、近くに人はいないようだ。

「城に入るのか」

「ええ、仲間を助けないと。この書状で」

 胸に持つ羊皮紙を抱きかかえる。

「王に直接会って話せばいいだろう」

「それが簡単にできたら苦労しないわ」

「とにかく、正面から行って公式に陳情嘆願するわ。変なことしないでね」

「大丈夫だ。任せろ」

 鼻を持ち上げて答えるバリー。

(大丈夫じゃない感じがするわよね、すごく)


 城の正面の門に向かう。

 アーロンの王城。建物は上古人の遺跡だが、その周りの壁や門は現代に作られている。

 跳ね橋も降りており、歩いて入って行く。

「何者だ、用件を述べよ」 

 鉾槍を持った衛兵が止める。

「キルボールの司法長官からの陳情書をお持ち致しました。私は、同国フィフス騎士爵の娘ターニャです」

 書状を渡す。

 しばらく、確認で待たされた後。

「フム。確かに本物のようだ。控室まで行って沙汰を待て」

 衛兵に案内される。


 そこは城の内部、そこそこ広い部屋だった。

 数人の人間がターニャと同じように待たされている。


 それから、長時間待たされることになった。


「暇だな」

 耳をパタパタさせ、鼻を持ち上げたりするバリー。

「やめなさいよ、大人しくできないの?」 

 小声で文句を言うターニャ。

「王は謁見希望者が多いので、お主は司法長官に会うことになるようだ」

「何でそんなことがわかるのよ。心を読んだの?」

「私の魔道の耳は遠くの会話も拾えるのだ」

「変な魔法使わないでよ、警戒されたらどうするの」

「大丈夫だ、ここの雑魚魔道士どもなど私から見たらゴブリンの祈祷師と変わらん」

「はあ、とにかく、二人が助けられたらいいのよ」

「ふむ……確かデリクとドーリンだな」

「ええ」

「二人はいないようだ、厳密には囚人三人だが」

「どういうこと?」

「司法長官という男が癇癪を起して大声を出している。『なぜ三人が見つからない、ブーン』ときこえる」

「どういう事よ。どこかの刑務所とか城の留置所にいるんでしょ、普通」

「神隠しでどうとかくどくどと言い訳しているな、ブーンが。こいつはたぶんどんくさい」

「神隠し?」

「フム。総合すると城の中で三人が消えて、それを調べるために城下町を探索しているようだ」

「何で城下町? 城でしょ、普通」

「城のことは調べても何もわからんのだろう。ここの未熟な術者どもでは、城の異界のことも気が付かないのだ。だから城下町にいる関係者を探っているのだ」

「そうなのね、でも、城の異界って?」

「城の異界はこの城に内在する時空の狭間だ。時間も因果も歪んで存在している。そに行けるのは、偶然か、上古の血を引くものか、力で結界を割れるものだけだ」

「じゃあ、あの二人と謎のもう一人はその異界に何かの理由で入ったのね」

「遠くの会話ではこれが限界だな、司法長官はお主に会うようだぞ」


 ターニャの元に鉾槍を持った衛兵がやってきて、司法長官の部屋に案内された。




2026/5/31 微修正

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